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勘違いの初恋(6)
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長い間隆之介と会わなかったなんて間違いだった。一人でうじうじして、彼みたいな人と離れようとしていたなんて。彼はこんなにも僕を元気づけてくれるのに……。
その後も隆之介が誘ってくれて、二人で食事をしたり少し遠出して綺麗な景色を見に行ったりもした。以前彼が宣言したとおり、僕が好きだと言った映画の旧作もちゃんと見てくれて、どこが良かったか二人で語り合った。彼は当時の時代背景や、監督のこだわった点など、あらゆる情報を調べてくれていた。彼は忙しいはずなのに、こうやってできるだけ僕のために時間を割いてくれる。
隆之介は僕なんかより人間付き合いに長けているし、ずっと大人だ。何も知らない僕を馬鹿にすることなんてせず、口下手な僕の発言を辛抱強く待ってちゃんと聞いてくれる。
両親や兄ですら完全には理解してくれなかった僕の些末なこだわりもわかってくれる。彼といるとき以外に僕がマスクをしているのも気づいていて、一緒にいるときは外界から守るように僕のそばを離れないでいてくれた。彼といると何の心配もしなくて良くて、ただ良い香りのする幸せな時間に浸れば良い。
だけど、隆之介と一緒にいる時間が増えて僕は段々怖いと思うようになってきた。最初は長い間離れていた彼のことを知りたいというそれだけの気持ちだった。だけど今は違う。
彼に優しくされるたび、彼の隣で清々しい香りに包まれるたび、彼のことを独り占めしたくなる。この時間を誰にも邪魔されたくなくて、彼のことを掴んで離したくなくなる。
隆之介は僕一人のものじゃない。彼は友人も多いし、学業も忙しい。怖くて聞けないけど恋人か、好きな人がいるかもしれない――。
それはわかっている。だけど、昔隆之介が僕にくっついて離れなかったみたいに、今僕は彼から離れ難くなっていた。
この気持ちが何なのか認めたくはないけどわかっていた。
――僕は隆之介に恋してるんだ。
彼のことを知る前なら、たまたま匂いが好みだから惹かれるだけだと思い込んで諦めればよかった。だけど、彼に色んな場所へ連れて行ってもらって、一緒に色んなものを見て、もう彼のことを知ってしまった。
彼のことが好き――そう思うだけで頭が妙にぼんやりして、ふわふわした気分になる。実際、家でも気づけば考え込んでいて名前を呼ばれハッとするなんて事があるくらい。
頭の一部を隆之介のことが常に占めていて、追い出すことが出来ない。三十歳も近くなったいい大人なのに……。
母はそんな僕をからかう。これまで母がいくら勧めても僕は外出しなかったのに、隆之介に誘われればすぐに出掛けていくからだ。
「本当に隆之介くんには感謝しないとね」
「……うん」
「あなた、顔付きが変わったわ」
母がこちらを見て目を細める。僕は恥ずかしくて顔をそむけた。
「やめてよ」
「良いことじゃない。恋すると綺麗になるって本当よ」
「そんなんじゃないってば」
「何よ、隠さなくたっていいのに。母さんにもその気分少し分けてほしいわ」
――まったく、人のこと面白がって。
だけど、自分でもなんだか以前より体調も良い気がしていた。今までは毎日が同じことの繰り返しで、週末だって用事がなければ出掛けもしない日々だった。だけど、隆之介と会うようになってからはこれまで興味を持っていたこと以外に、隆之介の好きなことについても知るようになった。これまで人との関わりを避けていた自分が、今では他者と関わることで世界が広がる感覚を楽しんでいる。こんなふうに思えるのも隆之介のおかげだ。
昔総太郎のことが好きだったかもなんてどうして思ったんだろう。あんなのは恋じゃない。今のこの、じりじりと焼け付くみたいな感覚が本当の恋だ。一緒にいるときの甘ったるい気分だけじゃなくて、焦りと、嫉妬と、独占欲も……。自分がこんな気持で隆之介のことを想うようになるなんて。
隆之介と一緒にいる時は気分が高揚して幸せな気分になる。逆に家に帰って一人になると彼が自分のものじゃないと思い知って落ち込む。
これまでの起伏のない日々が一転して、荒波に揉まれる小舟みたいに僕の感情は揺れ動いていた。
その後も隆之介が誘ってくれて、二人で食事をしたり少し遠出して綺麗な景色を見に行ったりもした。以前彼が宣言したとおり、僕が好きだと言った映画の旧作もちゃんと見てくれて、どこが良かったか二人で語り合った。彼は当時の時代背景や、監督のこだわった点など、あらゆる情報を調べてくれていた。彼は忙しいはずなのに、こうやってできるだけ僕のために時間を割いてくれる。
隆之介は僕なんかより人間付き合いに長けているし、ずっと大人だ。何も知らない僕を馬鹿にすることなんてせず、口下手な僕の発言を辛抱強く待ってちゃんと聞いてくれる。
両親や兄ですら完全には理解してくれなかった僕の些末なこだわりもわかってくれる。彼といるとき以外に僕がマスクをしているのも気づいていて、一緒にいるときは外界から守るように僕のそばを離れないでいてくれた。彼といると何の心配もしなくて良くて、ただ良い香りのする幸せな時間に浸れば良い。
だけど、隆之介と一緒にいる時間が増えて僕は段々怖いと思うようになってきた。最初は長い間離れていた彼のことを知りたいというそれだけの気持ちだった。だけど今は違う。
彼に優しくされるたび、彼の隣で清々しい香りに包まれるたび、彼のことを独り占めしたくなる。この時間を誰にも邪魔されたくなくて、彼のことを掴んで離したくなくなる。
隆之介は僕一人のものじゃない。彼は友人も多いし、学業も忙しい。怖くて聞けないけど恋人か、好きな人がいるかもしれない――。
それはわかっている。だけど、昔隆之介が僕にくっついて離れなかったみたいに、今僕は彼から離れ難くなっていた。
この気持ちが何なのか認めたくはないけどわかっていた。
――僕は隆之介に恋してるんだ。
彼のことを知る前なら、たまたま匂いが好みだから惹かれるだけだと思い込んで諦めればよかった。だけど、彼に色んな場所へ連れて行ってもらって、一緒に色んなものを見て、もう彼のことを知ってしまった。
彼のことが好き――そう思うだけで頭が妙にぼんやりして、ふわふわした気分になる。実際、家でも気づけば考え込んでいて名前を呼ばれハッとするなんて事があるくらい。
頭の一部を隆之介のことが常に占めていて、追い出すことが出来ない。三十歳も近くなったいい大人なのに……。
母はそんな僕をからかう。これまで母がいくら勧めても僕は外出しなかったのに、隆之介に誘われればすぐに出掛けていくからだ。
「本当に隆之介くんには感謝しないとね」
「……うん」
「あなた、顔付きが変わったわ」
母がこちらを見て目を細める。僕は恥ずかしくて顔をそむけた。
「やめてよ」
「良いことじゃない。恋すると綺麗になるって本当よ」
「そんなんじゃないってば」
「何よ、隠さなくたっていいのに。母さんにもその気分少し分けてほしいわ」
――まったく、人のこと面白がって。
だけど、自分でもなんだか以前より体調も良い気がしていた。今までは毎日が同じことの繰り返しで、週末だって用事がなければ出掛けもしない日々だった。だけど、隆之介と会うようになってからはこれまで興味を持っていたこと以外に、隆之介の好きなことについても知るようになった。これまで人との関わりを避けていた自分が、今では他者と関わることで世界が広がる感覚を楽しんでいる。こんなふうに思えるのも隆之介のおかげだ。
昔総太郎のことが好きだったかもなんてどうして思ったんだろう。あんなのは恋じゃない。今のこの、じりじりと焼け付くみたいな感覚が本当の恋だ。一緒にいるときの甘ったるい気分だけじゃなくて、焦りと、嫉妬と、独占欲も……。自分がこんな気持で隆之介のことを想うようになるなんて。
隆之介と一緒にいる時は気分が高揚して幸せな気分になる。逆に家に帰って一人になると彼が自分のものじゃないと思い知って落ち込む。
これまでの起伏のない日々が一転して、荒波に揉まれる小舟みたいに僕の感情は揺れ動いていた。
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