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3章.新たな人生のはじまり
23.殿下と共に入浴する(1)
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僕はこの時点になってはじめて、殿下と共に温泉に入るということはお互いに服を脱ぐのだということに思い至った。しかし殿下は何も気にせずにさっさと服を脱いでしまった。男の僕から見ても惚れぼれするような引き締まった筋肉質な身体を見て、自分の貧相な身体とアンバランスに突き出たお腹を見せるのが途端に恥ずかしくなった。
(どうしよう……殿下にお見せするにはあまりにもお粗末な身体だ。隣に並びたくないなぁ)
「どうした?」
「え、いえ。なんでもありません。えっと……その……何か着て入るのでは?」
「ん? 浴槽へか? 叔父が貴族の友人たちを集めて披露するときには水着を着ていたがな。俺たちは夫婦になるんだし、そもそも男同士で何を恥ずかしがることがある?」
「はぁ……でも……」
(会ったばかりでいきなり裸を見せるという方が無理があるような?)
「入りたくないのか?」
「いえ。まさか! 絶対入りたいです」
(そうだった。ちょっと気が引けるけど温泉の湯に入れるなんてなかなか無い機会だ。逃す手はない)
僕は観念して衣服を全て脱いで殿下に続いた。殿下は一瞬僕の全身を見たが、さっと目を逸らした。
(そうだよね。こんな貧相な身体、見るに耐えないよね……いや、落ち込むな。出産したら誰かに剣の稽古でもつけてもらって鍛えればいいだけのこと)
「床が滑るといけないから」と言って殿下は僕に向かって手を差し伸べた。たしかにこのお腹で転ぶわけにはいかない。僕は彼の手を取った。
「失礼します」
湯気の立ちこめる浴室内に入り、月明かりが照らす水面に一歩ずつ入る。警戒したほど熱くはなく、人肌より少し温かい程度でほっとした。
「ゆっくり……そこが段差になっているから気を付けて」
「はい」
「ここに座ろう」
二人で湯の中の段差に腰掛ける。こんな広い浴場は初めてで、その贅沢さに感動して震えそうになった。
「こんなに水をたっぷり使えるなんて……デーア大公国はとても豊かな国なのですね」
「そうか? まぁ、水ということで言えば恵まれているかもな。大体の街には上下水道が完備されているし……一部水源から遠すぎて届いていない地域も未だにあることはあるが」
「そうなのですか」
「毎年その地域では疫病が流行るんで現地の役人は頭を悩ませているよ。やはり水を存分に使えないと衛生面で問題が起きやすい」
「なるほど……」
僕が神妙な顔で頷いていたら殿下が吹き出した。
「ふっ。本当にお前はこういう話が好きなんだなぁ。実を言うと最初に会った時、俺のことをじっと見ているからてっきり俺に気があるんだと思って勘違いしたんだ」
「え……?」
殿下は少しはにかんだように笑って言う。
「笑うなよ? 俺はお前に一目惚れした」
「あ……え?」
(殿下が僕に――?)
「俺は世界中旅して回っているが、こんなに美しい人は見たことがない……いや、どんな彫刻と比較してもお前の美しさには敵わない」
「そんな、大げさ過ぎます」
「俺がお世辞なんて言うように見えるか?」
「いえ……それは……」
殿下は目を細めて僕を見た。優しい緑色の目に見つめられるとやっぱりどうしても胸が締め付けられ、息苦しくなる。
彼の手が僕の頬に触れた。温かくて大きな手だ。
「俺のことを熱心に見てくるお前に、俺は内心自惚れたよ。だけど、お前が夢中になってたのは俺じゃなかった。相手はなんと――ダムだった!」
殿下の笑い声が浴場に響いた。
「……あ……」
僕はなんだか無性に恥ずかしくなった。頬が熱い。
「あの時はさすがの俺でも顔が引きつりそうになったよ。あまりにがっかりしてね」
「殿下……その、無礼をお許しください」
「なぁ、グスタフと呼んでくれないか」
「え?」
「それくらい良いだろう? ダムに負けた哀れな男に少しくらい慈悲を見せてくれても」
「では、グスタフ様と呼ばせていただいても?」
「ふむ。最初はそれでもよかろう」
殿下の手が頭の後ろに回って距離を詰められる。美しい殿下の顔が近づいてきて、心臓が破裂しそうだ。
「グ、グスタフ様……?」
「未来の妻にキスをしても?」
「それは……」
(そう言われては断る理由はない。だけど……)
僕が返答に詰まってしまったところ、殿下はゆっくりと近づいて唇を重ね合わせた。羽が触れるくらいにそっと。それだけで、全身がしびれそうなくらいの心地良さに包まれた。
「はぁ……」
唇が離れ、思わず息を漏らしたら殿下に咎められた。
「おい、そう色っぽい声を出されたらもっと先までしたくなるじゃないか」
しかしそう言いながらも殿下はそれ以上の接触を求めては来なかった。
(フェリックスならこのまま強引に僕を抱いているところだ。でも殿下はそうなさらない……)
少し落胆したと同時に、姉から「無意識に男を誘っている」と言われた過去を思い出して自分の考えが恐ろしくなった。
「すみません。失礼いたしました」
身を捩って殿下の手から逃れる。しかし殿下は僕の手を掴んで引き寄せた。それどころか、身体ごと持ち上げられ、殿下の膝の上に乗せられてしまった。
(どうしよう……殿下にお見せするにはあまりにもお粗末な身体だ。隣に並びたくないなぁ)
「どうした?」
「え、いえ。なんでもありません。えっと……その……何か着て入るのでは?」
「ん? 浴槽へか? 叔父が貴族の友人たちを集めて披露するときには水着を着ていたがな。俺たちは夫婦になるんだし、そもそも男同士で何を恥ずかしがることがある?」
「はぁ……でも……」
(会ったばかりでいきなり裸を見せるという方が無理があるような?)
「入りたくないのか?」
「いえ。まさか! 絶対入りたいです」
(そうだった。ちょっと気が引けるけど温泉の湯に入れるなんてなかなか無い機会だ。逃す手はない)
僕は観念して衣服を全て脱いで殿下に続いた。殿下は一瞬僕の全身を見たが、さっと目を逸らした。
(そうだよね。こんな貧相な身体、見るに耐えないよね……いや、落ち込むな。出産したら誰かに剣の稽古でもつけてもらって鍛えればいいだけのこと)
「床が滑るといけないから」と言って殿下は僕に向かって手を差し伸べた。たしかにこのお腹で転ぶわけにはいかない。僕は彼の手を取った。
「失礼します」
湯気の立ちこめる浴室内に入り、月明かりが照らす水面に一歩ずつ入る。警戒したほど熱くはなく、人肌より少し温かい程度でほっとした。
「ゆっくり……そこが段差になっているから気を付けて」
「はい」
「ここに座ろう」
二人で湯の中の段差に腰掛ける。こんな広い浴場は初めてで、その贅沢さに感動して震えそうになった。
「こんなに水をたっぷり使えるなんて……デーア大公国はとても豊かな国なのですね」
「そうか? まぁ、水ということで言えば恵まれているかもな。大体の街には上下水道が完備されているし……一部水源から遠すぎて届いていない地域も未だにあることはあるが」
「そうなのですか」
「毎年その地域では疫病が流行るんで現地の役人は頭を悩ませているよ。やはり水を存分に使えないと衛生面で問題が起きやすい」
「なるほど……」
僕が神妙な顔で頷いていたら殿下が吹き出した。
「ふっ。本当にお前はこういう話が好きなんだなぁ。実を言うと最初に会った時、俺のことをじっと見ているからてっきり俺に気があるんだと思って勘違いしたんだ」
「え……?」
殿下は少しはにかんだように笑って言う。
「笑うなよ? 俺はお前に一目惚れした」
「あ……え?」
(殿下が僕に――?)
「俺は世界中旅して回っているが、こんなに美しい人は見たことがない……いや、どんな彫刻と比較してもお前の美しさには敵わない」
「そんな、大げさ過ぎます」
「俺がお世辞なんて言うように見えるか?」
「いえ……それは……」
殿下は目を細めて僕を見た。優しい緑色の目に見つめられるとやっぱりどうしても胸が締め付けられ、息苦しくなる。
彼の手が僕の頬に触れた。温かくて大きな手だ。
「俺のことを熱心に見てくるお前に、俺は内心自惚れたよ。だけど、お前が夢中になってたのは俺じゃなかった。相手はなんと――ダムだった!」
殿下の笑い声が浴場に響いた。
「……あ……」
僕はなんだか無性に恥ずかしくなった。頬が熱い。
「あの時はさすがの俺でも顔が引きつりそうになったよ。あまりにがっかりしてね」
「殿下……その、無礼をお許しください」
「なぁ、グスタフと呼んでくれないか」
「え?」
「それくらい良いだろう? ダムに負けた哀れな男に少しくらい慈悲を見せてくれても」
「では、グスタフ様と呼ばせていただいても?」
「ふむ。最初はそれでもよかろう」
殿下の手が頭の後ろに回って距離を詰められる。美しい殿下の顔が近づいてきて、心臓が破裂しそうだ。
「グ、グスタフ様……?」
「未来の妻にキスをしても?」
「それは……」
(そう言われては断る理由はない。だけど……)
僕が返答に詰まってしまったところ、殿下はゆっくりと近づいて唇を重ね合わせた。羽が触れるくらいにそっと。それだけで、全身がしびれそうなくらいの心地良さに包まれた。
「はぁ……」
唇が離れ、思わず息を漏らしたら殿下に咎められた。
「おい、そう色っぽい声を出されたらもっと先までしたくなるじゃないか」
しかしそう言いながらも殿下はそれ以上の接触を求めては来なかった。
(フェリックスならこのまま強引に僕を抱いているところだ。でも殿下はそうなさらない……)
少し落胆したと同時に、姉から「無意識に男を誘っている」と言われた過去を思い出して自分の考えが恐ろしくなった。
「すみません。失礼いたしました」
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