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番外編【マルセル視点】
歪んだ真珠の肖像(3)
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両親が事故で亡くなった後私を育ててくれたのは父の弟、つまり叔父であった。名をディートリヒといい、後見人になってもらうまでは神殿騎士団の中隊長だった。
しかし、私の面倒をみることになった彼は騎士団を退団はしなかったものの事務官へと配置換えを希望した。これにより前線に赴かずに済む代わりに事実上の降格となった。子どもの僕に何かあったときすぐに駆けつけられるようにとの配慮だった。
私は叔父の犧牲の上に生きているということを幼いながらに重く受け止め、どうしても自分が叔父の代わりに出世しなければならないと一心不乱に勉強するようになった。
それは生殖能力の欠如を知ってから更に顕著になった。子孫を残すという侯爵家にとっても重要な役割を果たせないことがわかったからには、自分に出来ることは立身出世しかない。
無我夢中で勉学に励んだ甲斐あって現在はデーア大公国宰相という地位を得ることができている。グスタフ殿下は私の狂ったような働きぶりを揶揄して「悪魔にとりつかれたように仕事をする男」などと言う。
なんと言われようとも、私の人生には仕事しか無いのだ。死ぬまで家庭や人間関係に煩わされることなく、脇目も振らずに国政に集中するのみだと思っている。
しかしながらそんな私の心を乱す男がこの世に一人だけいる。それがオットー・リーゼンフェルト伯爵だ。
私は二十二歳でオメガの女性に嫌悪感を抱いてから、オメガの人間を寄せ付けないように気を遣っていた。自分が近寄りたくないというのもあるが、下手にオメガに近づいて何かの拍子に自分が不能であることが他人に知れてしまうのを恐れているのだ。
その点オットーはアルファ男性なので近寄っても安心だった。彼と最初に会ったのは私が十八歳、彼が十二歳のことだった。当時はクレムス王国第二王子だった現デーア大公グスタフ・レーヴェニヒ殿下の十二歳の誕生パーティーに列席していた彼を今でもよく覚えている。
グスタフ殿下も立派な体格のアルファ男性だが、オットーも負けず劣らぬ堂々たる体躯だ。そんな彼らはわずか十二歳にしてその片鱗を見せつつあった。仲の良い幼馴染同士の二人が並んでいる姿は既に人々を惹き付ける不思議な魅力があり、うら若い乙女たちはそれをうっとりした眼差しで見つめていた。
私は叔父と共にアードラー侯爵家としてグスタフ殿下へお祝いの品をお渡しするため、他の貴族たちと一緒に順番を待っていた。そして順番が巡ってきて殿下に決まり文句でご挨拶をし、すぐに下がろうとした。すると急にオットーに引き止められたのだ。
「マルセル様。今度鹿狩りにご一緒していただけませんか」
「え……?」
私は殿下からではなく、横に控えていた彼に声を掛けられるとは予想しておらず一瞬何を言われたのかわからなかった。
すると隣りにいた叔父が代わりに答えてくれた。
「勿論です。マルセルもまたお会いできるのを楽しみにしています」
「……あ……ええ……またいずれ」
その時は彼の身分もよくわかっていなかったので咄嗟にどう答えてよいか迷ってしまった。後から伯爵家の長男と知って自分が六つも年下の伯爵家の長男坊に圧倒されてしまったことを恥じた。
まだ成人したばかりとはいえ、私は仮にも父から爵位を継いでいる侯爵家の当主なのに――。
殿下のお祝いに出向いたというのに、あんな場でいきなり話しかけてくるのも失礼ではないか? しかも会話したこともないのにファーストネームで呼ばれた。
あの飄々とした態度も、十二歳の子どものくせに生意気な――いや、子ども相手に腹を立てる方がおかしいのか?
私は彼の態度が気に入らず、その後もしばらく頭から彼のことが離れなくなってしまった。
この時から三十歳になる現在までずっと私はオットーに振り回されることになる。
しかし、私の面倒をみることになった彼は騎士団を退団はしなかったものの事務官へと配置換えを希望した。これにより前線に赴かずに済む代わりに事実上の降格となった。子どもの僕に何かあったときすぐに駆けつけられるようにとの配慮だった。
私は叔父の犧牲の上に生きているということを幼いながらに重く受け止め、どうしても自分が叔父の代わりに出世しなければならないと一心不乱に勉強するようになった。
それは生殖能力の欠如を知ってから更に顕著になった。子孫を残すという侯爵家にとっても重要な役割を果たせないことがわかったからには、自分に出来ることは立身出世しかない。
無我夢中で勉学に励んだ甲斐あって現在はデーア大公国宰相という地位を得ることができている。グスタフ殿下は私の狂ったような働きぶりを揶揄して「悪魔にとりつかれたように仕事をする男」などと言う。
なんと言われようとも、私の人生には仕事しか無いのだ。死ぬまで家庭や人間関係に煩わされることなく、脇目も振らずに国政に集中するのみだと思っている。
しかしながらそんな私の心を乱す男がこの世に一人だけいる。それがオットー・リーゼンフェルト伯爵だ。
私は二十二歳でオメガの女性に嫌悪感を抱いてから、オメガの人間を寄せ付けないように気を遣っていた。自分が近寄りたくないというのもあるが、下手にオメガに近づいて何かの拍子に自分が不能であることが他人に知れてしまうのを恐れているのだ。
その点オットーはアルファ男性なので近寄っても安心だった。彼と最初に会ったのは私が十八歳、彼が十二歳のことだった。当時はクレムス王国第二王子だった現デーア大公グスタフ・レーヴェニヒ殿下の十二歳の誕生パーティーに列席していた彼を今でもよく覚えている。
グスタフ殿下も立派な体格のアルファ男性だが、オットーも負けず劣らぬ堂々たる体躯だ。そんな彼らはわずか十二歳にしてその片鱗を見せつつあった。仲の良い幼馴染同士の二人が並んでいる姿は既に人々を惹き付ける不思議な魅力があり、うら若い乙女たちはそれをうっとりした眼差しで見つめていた。
私は叔父と共にアードラー侯爵家としてグスタフ殿下へお祝いの品をお渡しするため、他の貴族たちと一緒に順番を待っていた。そして順番が巡ってきて殿下に決まり文句でご挨拶をし、すぐに下がろうとした。すると急にオットーに引き止められたのだ。
「マルセル様。今度鹿狩りにご一緒していただけませんか」
「え……?」
私は殿下からではなく、横に控えていた彼に声を掛けられるとは予想しておらず一瞬何を言われたのかわからなかった。
すると隣りにいた叔父が代わりに答えてくれた。
「勿論です。マルセルもまたお会いできるのを楽しみにしています」
「……あ……ええ……またいずれ」
その時は彼の身分もよくわかっていなかったので咄嗟にどう答えてよいか迷ってしまった。後から伯爵家の長男と知って自分が六つも年下の伯爵家の長男坊に圧倒されてしまったことを恥じた。
まだ成人したばかりとはいえ、私は仮にも父から爵位を継いでいる侯爵家の当主なのに――。
殿下のお祝いに出向いたというのに、あんな場でいきなり話しかけてくるのも失礼ではないか? しかも会話したこともないのにファーストネームで呼ばれた。
あの飄々とした態度も、十二歳の子どものくせに生意気な――いや、子ども相手に腹を立てる方がおかしいのか?
私は彼の態度が気に入らず、その後もしばらく頭から彼のことが離れなくなってしまった。
この時から三十歳になる現在までずっと私はオットーに振り回されることになる。
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