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第一章 断罪から脱出まで
12 愛しの教会お迎えさん
しおりを挟むいつもは静寂に包まれる屋敷内が、風に吹かれる木々のようにざわついている。ザラザラと、不快な粉を撒き散らして震えている。
いつものように、私の妄想で狂言です、すみませんとはいかなかったらしい。
一台の馬車が、前庭に到着した。
そして、閉じ込められている私室にも伝わるくらい、この屋敷は動揺に包まれた。
とだばたと誰かが走り回る音、必死の言い訳は私のところまでは聞こえないけれど、部屋付きのメイドたちのささやき声の中に、教会という単語を聞き取ることができた。その後、母親が私の部屋にわざわざ訪れた。わお。初めて、最初で最後だな。
紅蓮の炎に包まれたり、氷漬けにされたらたまらないんで、距離は取りたい所存です。
そんなワタクシの所存はどうでもいいお母様は、私を睨めつけて扇を広げた。
「教会の者が、貴女を迎えに来ます。
もし考えを変えるのなら、早くお言いなさい。今ならばまだ引き返すことができます」
「……」
私はその言葉に、薄笑いを浮かべた。
ナイス、教会、愛してる。
「――貴女は今まで貴族の子女であるからと自覚していなかったでしょうが、その振る舞いは傍若無人で狡賢い、品性に欠けるものです。教会に行けば自分の人格はおろか、一族の汚名となるのですよ。今までのように、内々に貴女の不出来な部分をを補うことは、もうできなくなります」
そう強く言い放つ母親の、その視線が鋭くなる。
だからどうだ。
「ありがとうございます。ですが、平民になるのですから、そもそも、一族ではなくなります。今までご迷惑をおかけいたしました。教会にて、自身の行いを振り返りたいと思います。」
薄笑いのまま、口だけを動かす。
眉をひそめ、汚いものでも見るように彼女は後ずさる。
身内ネタにできなかったのは、全面的に、貴方達の不始末ですよー。
あの時。
父親が平民か、幽閉かの選択肢を提示し、私が平民となると答えた時に、そばに置かれた青色の石は、その選択を教会に伝えた。
付添人だって用意して、事前に教会に申請だってしたんでしょうよ。
だからこそ、あの形式が成り立った。
だから、教会の人が迎えに来た。
確かに、茶会で王子ごと毒を盛って昏睡させようとしたなんていう罪状があるわけだから、一族としてはその形式を整えるのも当たり前かな?
それ以前に、娘の罪を本人だけにでも確認すべきだったとは思うけど。
ファースト断罪(アリアと愉快な仲間たち)の後待っていたのは罪状認否どころか罪状確定の上での罵倒と非難と監禁だったし。親しい人の裏切りにあい、愛しい人の愛を失い、愛しい人が他人を慈しむ現場を見せつけられた挙句、家族が味方でないなんて最低の状況でそりゃあ自殺だってするでしょう。――その自殺ですら、家族は気づかないとか、どんだけ低いランクなんだよ。はあ。
まあ、高級娼婦――ちがった、上級貴族であるシュトレン家の報告書にはこういった体裁が必要である、というのは落ち着いた今となっては理解できる。
できたからこそ、平民希望を出せたわけですが。
形式に則っていなければ、もう一度監禁で、その後私刑の流刑で確定でーす。隔絶した極寒の地へようこそ! その後婚約者に罵倒ルートでおじいちゃんの奥様。灼熱の大地ですだれ髪で闇の精霊登場でーす。はい、いらっしゃいませー。
そう、だからさ。
罪状認否――は強制自白で冤罪による処罰は確定したその後に、ご丁寧にも選択肢を提示してくださった父親に、私は感謝しなければならない。
あの形式を揃えたからこそ、教会が私を引き取る義務が発生したのだ。
嘘だ妄言だ、父親と叔父が喚いても、儀式を遂行した以上、私を一度教会に預けなければいけない。
それがこの王国の――この世界の法律だ。――上級貴族であるのだから、それを順守するのが当たり前。
話すこともないのに、母親はその場にとどまる。以前ならば、『お母様がわたくしに関心を持ってくださっている』と感涙もののその光景だったと思いいたり、少し胸が傷んだ。――その程度の関心すらも、与えられていなかったのだ。
そして、ドアからノックが聞こえた。従者が渋ったのだろうか、そこから一呼吸して鍵が開場される。
「失礼致します」
そう声を上げたのは、教会の白衣を着た、男性達だった。おじさまから若者まで、年齢の違う四名と、おばさまの一名が、私の部屋の扉から顔を見せた。私の部屋は、思ったより狭いはずだ。だから、少しだけ眉を動かして、一番歳を重ねただろう男性が礼をして入室した。
本来ならば男性など入れない未婚女子の私室だが、正式に手続きをしているのだから仕方ない。ドアも開いているし。
母親が「まだ話は」とつぶやいたのを、おじさま白衣は小さい礼で制した。
「ユーフェミア・シュトレン」
そう言っておじさまは空に教会の印を描いた。指先から、光が漏れ、一瞬だけその印が浮かび上がって消える。青い清廉な光。この国の宗教の象徴となる色だ。
「はい」
私は姿勢を正し、おじさまを真っ直ぐに見つめた。王妃の教育で得た、優美に見えるそれは、それでもかすかに震えている。その震えがなぜなのか、私は考えないことにした。
「我ら、四の教会の、女神シアンローゼ様の使者として、貴殿に尋ねる。
昨日の平民の申し出は真であるか」
「真であります」
「これより教会の下僕となり、その身の汚れを受け入れ、自身の罪を償うと誓うか」
「誓います」
母親が何かを言う前に、若干食い気味に――それでも優雅に見えるように、私は着々とおじさまの言葉に答えていく。
答える毎に、母親の顔が醜く歪むのを、視界の端で捉えた。
「我ら、四の教会はユーフェミア・シュトレンを受け入れよう。これより場所を教会に移します。準備ができ次第、我とともに来られよ」
「直ぐに用意いたします。お一人を残して下でお待ち下さい」
そう言うと、おばさまがおじさまと入れ違いで前に出た。
一緒に居てくれるらしい。
私だけだと、行動を抑えられる可能性があるからね。――具体的には倒れかかりながら睨みつけている母親とか、この事態を報告に走った高齢の執事さまの先にいる父親とか。
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