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第一章 断罪から脱出まで
15 平民の寿命は五十年
しおりを挟む高く高く空間を取った天井を見上げると、キラキラと色とりどりの粒子が、雪のように揺らめいている。磨き上げられた白と金の装飾よりも、もっと綺麗だ。いつの間にか消えるそれらは、多くが青白い。
揺らめくこの光は、精霊の残滓。名を持たない、まだ幼い(力を持たない)精霊が、気まぐれに訪れるのが教会だ。この光は、それだけ精霊が好む場所であるという証で、この光が多く存在するということは、この教会が精霊に愛されているという証である。
名を持つような強い力を持つ精霊があらわれるとき、母やアリアたんのように祈りの途中で福音を受け、了承となれば加護となり、一生の友となる。それでもその言葉は霧のように儚く、一瞬の風や光に消えてしまうような頼りないものであると聞く。アリアたんの精霊王のように、具現化するのは相当な能力が必要だ。ほんとにあの子は稀有な存在。才能と奇跡の塊だ。そしてその上に信頼と絆を重ね、契約をさらに重ねると精霊王の奥様になれるのね、永遠にも似た命なのね、すごい、憧れない。
幻想的なこの光景は、ファンタジー好きの自分を思い出した後では、幼いころの自分の痛みさえ横に置いておくことができる。そうやって、傷は癒され、遠く、痛みを持たない思い出になればいい。
感嘆しながら見入る様子にも、父親は苛立ちを隠しきれず体に力を入れる。平和な治世にあって、鎧を簡素化したような礼服が、戦闘服に見えるくらいこわい。周りの聖職者のみなさまが、その気に押されて祈りを取りやめた。そしてそそくさとその場から立ち去る。
赤絨毯の先、一人だけ、残っている男性が居た。
法衣はゆったりと青色で、金色の刺繍が遠目にも麗しく、だけれどけばけばしくもなく。金色の髪を束ね、それ以外は気にしていないだろうその人は、ゆっくりと振り返った。
正面、肩掛けに四の文字と、女神の名を装飾文字にした刺繍がされている。深い青のシャツが見えた。
ゆっくりと笑いかけるその口に、深いシワが刻まれている。目尻にも、優しくカラスの足跡が見える。太い眉毛と、すこし細い目に、深緑の瞳。
その姿に、私を連れてきてくれたおじさま達が深く礼をして印を切った。
「四の教会、フォリアステ総司祭のリテです」
「本日は、不肖の娘のために、時間をお取りいただき、申し訳ない」
そう言って、父親は頭を下げた。顔を上げたら、私を睨みつけるのは変わらない。
「幾度かお目にかかりました。覚えていらっしゃるでしょうか、ユーフェミア様」
「はい、もちろんですわ」
前に出ようとする私を制止して、父親が「申し訳ない。娘の妄言で総司祭殿を煩わせてしまうとは……早々に撤回させますので、なあ、ユフィー」
愛称なんて、幼児期以来なんですけど、この親父キモい。急に猫なで声的な。キモい。
私は苦笑で返す。
「ユフィー、ですか。総司祭様の前ですわ、家族内での愛称はお控え頂けますか。
ただでさえ十数年ぶりの愛称は見に馴染みません」
「は、お前はまたそのような……このように娘は自分の都合の良いように事実を歪ませる癖がありましてな。寛容に対応していただいていた王子にも、限界が来たのでしょう、そうやって破棄された婚約にすら、納得がいかず、いじけてこのような暴挙に出たのです。
貴族で甘やかされた小娘にはよくあることですが……我が娘と思うと情けない。しかし親である以上、この試練に耐えねばなりません」
あくまで私のすねた結果、良からぬ方向に話がズレた、としたいらしい。
「私の想いは、変わりませんわ」
頷け、俺の話に頷けと、つよく圧力が襲いかかる。
清浄なこの場所の、歪みが私と父親の間に生まれる。精霊の光が舞い込まず、徐々に数を減らしていく。その様子を、苦笑を持って聖職者の皆様は受け入れた。
「総教会はどんな印象を持たれましたか?」
「総教会に訪れたのは、幼少の頃一度きりでした。――その時は、ここはとても恐ろしい場所に感じられましたわ」
「お前は一体何を……」
「ですが今は――そうですわね、とても美味しそうで、落ち着いていて、力強いですわ」
「は?」
呆れた父親の合いの手に、総司祭様の慈愛のこもった眼差し、どちらに向けて話をしているかなんて、明らかだ。だから私の震えは収まって、ゆっくりと息をすることができる。
美味しそうって言ったのは、周囲に植えられている植物が食べられたり、生活に有用な植物だからだ。落ち着いているのは、修復跡を残しながらも、荘厳さを失わない建物、そして力強いのはそれを利用しながら、神への忠誠と信仰を黙々と続ける聖職者たちについてだ。
「そうですね、美味しいかどうかは、ここで生活してみれば分かるでしょう。口に合わない、と言われた貴族の方もいらっしゃいましたから。落ち着きも、力強さもその根底は変わりません。――それが、貴女に耐えうるものなのか、受容すべきものなのか」
「私には、その力がないと?」
そう反論すると、総司祭様はくすりと笑った。
「いいえ。――誰にでも、我らが神は手を差し伸べます。もちろん私も、その神に仕えている以上、手を差し伸べるべき人々は、多くある。
そして、その一人は貴方です。ユーフェミア・シュトレン」
そうやって、次は誰も言葉を続けない。
沈黙の中、にやりと顔を歪めたのは父親だった。
私は笑みを浮かべながら、背中で冷や汗をかく。
どうしよう。
これ、父親との間でシナリオ決まってたらどうしよう。
柔和に笑みとか浮かべてるこの人が、父親と癒着してたらどうしよう。
そもそも学園内のあの時に、攻略相手の中には教会関係者居なかったんだけど、でもアリアたんが教会の回し者みたいなもんだし、後始末の一部にも教会が関わってるはずだ。
強制力がここで働いたら。
ぞ、ぞぞぞ、と悪い予感に寒気が走る。弱気を追い出したくて、頬を叩いて気合を入れたいくらいだ。
ちいさく深呼吸する。
「私の道は、今この場にはありませんか?」
でしたら、すぐにでも逃げさせていただきます。
もし。
もし強制力が、私の行動より勝るのなら……、それはそれで違う逃げ道が、遊び方があるってもんだ。だからここでおとなしくしている理由はない。
先ほどとは違い、睨みつけるように見つめると、一瞬総司祭様は目を眇めた。
「貴女は本当に、貴族の身を捨て平民になる道を選びますか」
「はい。それが私に示された、唯一の道ですわ」
「しかし、平民の道は過酷だ。村で生きるにしろ、市街で生きるにしろ――野山で暮らすにしろ」
山賊にでもなれって言うんですか。
「そうですわね。想像を絶する不快さが待ち受けているかもしれませんわね」
そう肯定すると、司祭様は笑みをさらに深めた。そうそう、この調子、みたいな。
「生きるには、生活の糧を得ねばなりません。平民として生きるならば、貴女は仕事に就くか、誰かに嫁ぐかしなくては。
また連れ合いを得たとしても、生活のために、何かしら働かなければなりません。食事をつくり、衣服を洗い、部屋の掃除をし、日々に足りない糧を得るために家でできる仕事をするかもしれません。――本を読むような時間も、遊びに出る余裕もありませんよ」
「まあ」
とりあえずこれは予想外だという顔をしといたほうがいいだろうか。
横で聞いていた父親が、私の顔を見てしたり顔になり髭をなでる。やれやれ、世話の焼ける長女もこれで現実を見て、私の思い通りになるだろう、みたいな。
苦境を憂うその顔から、柔和な笑みは消え、悲しげに眉が下がる。
「それに、平民に与えられる寿命は短い。過酷な労働環境と、衛生的とは言えない借家で過ごすのです。貴方は精霊の加護を得て、貴族であるからその恵まれた環境を意識することはないかもしれませんが――もし、貴方が平民になったとしたら、加護を失い、せいぜい五十年が寿命でしょう」
「五十年ですか」
「ええ。そして、流行病にでもかかれば、もっと早くに神のもとへ赴くでしょう。回復を願うのにも、薬を購入するにも、働いて得たお金が必要ですから」
貴方には稼ぐことができないお金がね。
哀れみを含んだ目を向けられる。私はそれに微笑み返した。
「総司祭様さま」
「はい」
「それは長い期間をいただけるのですね。私驚きましたわ」
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