31 / 60
第二章 教会生活
30 サヨナラ家族、何度でも
しおりを挟む朝。ご飯は相変わらず、魅力を復活させてくれない。
それでもまあ、なんとも気持ちのいい朝だ。そう、マーガレットおばさまがいて、私に付き添ってくれる。
朝食を終わらせて、私は部屋を出た。
「お母様との面談の場所は、王都近くの小教会に変更いたしました」
そうマーガレットおばさまが教えてくれる。ありがとうございます、と小さくお礼を言う。すれ違う修道士がおばさまに頭を下げ、私を気に留めず通り過ぎる。片側の窓に濃い緑の森がうつり、陽が隙間から漏れる。
私は相変わらず、長いベールと修道女の服を身にまとっている。マーガレットおばさまの後ろを歩くその様子は、追従する弟子のように見えるかもしれない。腰を曲げ、ゆっくりと歩くその様子を、誰も不思議には思わず通り過ぎる。
教会の門扉の近くにある転移装置を利用して、小さな教会にたどり着く。そこは以前、私を実家から総教会に転送した場所でもあった。
「まもなく時間となります。こちらで少々お待ち下さい」
そうマーガレットおばさまに告げた教会の人は、私がシュトレン家のユーフェミアとご存知の様子で、しかめた顔をこちらに向けることを忘れなかった。
マーガレットおばさまの他に、総司祭様、ドリムイさん、修道士三人組の子どもたちを含む数人が同行している。転移装置はエレベーターみたいに使用の際の人数制限があるので、全員で連れ立ってとはいかなかった。私はおばさまとだけ一緒に来た。
「あれが、アリアさまの……」
「ハイド王子も、毒牙から……」
さざなみのように、静かな悪意が誰かの口から漏れている。マーガレットおばさまはそれに眉を潜めているみたいだけど、私は表情は変えずにその様子をただ見ていた。
ぽ、と同情するような言葉に、苦笑いが付与される。
それが嘲笑に変わる。
それから、自分の醜さに気がつくと、自戒の意味を込めた無表情になる。――ただ、きょろきょろと周囲を伺うことはやめない。
そんな人達が、私の目の前を通り過ぎる。私も歩くから、どんどんと引き離される。
「……加護を破棄されるなんて」
最後に聞こえたその言葉は、哀れみを含んでいた。
王家との――しかも後継者第一位のハイド王子との婚約を破棄された娘が、加えて加護の恩恵を取り消されるなんて、ただ追放されるよりも衝撃だろう。哀れみも当然だ。――両手いっぱいの嘲りがあっても、涙一滴くらいの哀れみがあれば、それを訓戒に日常に戻ることができる。哀れな悪役令嬢、ああはなりたくない。私は慎ましく生きよう、なんて。
貴族の多くは身内に精霊に愛される者がいて、加護を受けているのが普通だ。精霊のランクが高いほど、加護の恩恵を受ける相手は広がっていく。母親は親と配偶者、子どもくらい――それでもその範囲も威力もすごいと評判が高い――だが、今頃ハイド様といちゃいちゃしているだろうあの女なんか、領主になれば領民領地すべてに加護を受けるだろう。ていうか受けるよねー後日談のスチルに出てくるよねー。
もしここが現世であれば。
私が貴族でなかったら。
普段の食事はぶくぶく太って生活習慣病まっしぐら。贅をつくしたもので量が多く油まみれの、柔らかいものばかりで、甘いものも塩気のあるものもその味付けは飛び抜けている。
私の味覚でも、庶民で料理人のおじさんの味覚でも、アレおかしいわってなったから。元気かなー料理人のおじさん。小癪な小娘の提案を聞き入れて、保存食一緒に作ってくれたおじさん。口を一文字に結んで、ゴツゴツとした手で繊細な料理を作ってくれたあの人は、他の屋敷の人たちと元気にやっているだろうか。
濃い味が好まれるのは、希少であったときの名残だろう。砂糖や塩など、三世代前は高価であった品物のあれこれは、冒険者が得るドロップアイテムやマジックアイテムのお陰で、上流階級には十分に供給されているし、庶民の間にも高値ではあるが手に入れられないものではなくなっている。ゲームの中でショートケーキやらドーナツやらが回復アイテムとして登場していたのも納得だ。
そして逆に、幽閉場所でずっと暮らすような生活をしていたら。
あんな不潔なところにいれば、なんかおかしい伝染病とかに感染して倒れているはずだ。幽閉され、食事を一週間抜きにされた時点で衰弱して立っていられなかっただろうし、毎日毎日監視役の平民に呪詛のような恨み言を聞かされてれば発狂するだろう。薄暗い、朝日の光だけで歓喜する場所では、それも仕方がない。
こんな毎日であっても、貴族だったら大丈夫!
何せ精霊の加護やその恩恵があるからね。安心!
不摂生で危うい生活をしていても、不潔で狂気に満ちた環境にあったとしても、加護さえあれば寿命は現世並みに長い。体調面でも、精神面でも加護は効果を発揮する。反対に、あまり加護を受けることのない平民は短いはずだ。もちろん精霊の種類やランクで保護の範囲は変わる。領主の精霊が上位であればあるほど、その大地は潤い、領民が病気にかかる確率も減るという。
だからこそ、超絶天使並に現れし聖なるアリアたんは貴族注目の的だった。
精霊のややこしいことに、その出会いは偶然で、加護の度合いは愛によるという。
愛し合えば愛し合うほど、加護は強まり、強固なものになると――それは教会の教えで、実証には足らないけれど、おそらく事実だろう。
だからって能力=性格人格人となりにはならないのが、この世界の辛いところ。――前の世界と同じところだ。
お母様は、そんなこんなで私を保護しているつもりなんだね。
一応あの母親も、母親なりに私に『愛』があるということらしい。
でも、正直その加護――恩恵は、もう要らない。
だって結構ころころ変わる加護の恩恵とか、愛情の写し身みたいでキモいです。あ、監禁幽閉虐待の時は大変お世話になりました。ありがとーございーました。アレがなきゃ死んでたね。
私の識っている愛は、もっと普遍で、当たり前で、温かいのだ。
すまぬね、母親。そして父親。貴方達に抱いていいた幻想は、もう欠片もありません。
私の記憶には、それとは別に寒い雪の日にコタツ囲んで、みかん山積みにして食べた暖かい家族の思い出があるのですよ。外から帰ってきた兄が、冷たい足そのまま入れて私の足にのせた時はみかん投げたけど。許さん。長い反抗期のあとの揺り戻しのいたずら小僧など許さん。弁慶の泣き所蹴られても笑わないと許さん。
自分の手を見つめた。毎日の水仕事で少しずつ荒れた手先。それも、うっすらと、パウダースノーみたいな光にふれて白く輝いている。――あの人と同じ、象牙のような肌に、戻るみたいに。
昔であれば、許されたと、その情景に涙がこぼれたけど、今は震えるほど怖い。
近づいている。あの人が。
来る。
私を支配するために、――支配なんて、意識もしないだろう。それは彼女にとって、虫を払うも同じこと。まばたきするのも同じこと。
「ユーフェミアはどこです」
唐突に声が聞こえた。
「ここに……おりますわ、お母様」
私はその声の方向に話しかける――小さな窓の向こう側にいるだろう、その人に。
11
あなたにおすすめの小説
無事にバッドエンドは回避できたので、これからは自由に楽しく生きていきます。
木山楽斗
恋愛
悪役令嬢ラナトゥーリ・ウェルリグルに転生した私は、無事にゲームのエンディングである魔法学校の卒業式の日を迎えていた。
本来であれば、ラナトゥーリはこの時点で断罪されており、良くて国外追放になっているのだが、私は大人しく生活を送ったおかげでそれを回避することができていた。
しかしながら、思い返してみると私の今までの人生というものは、それ程面白いものではなかったように感じられる。
特に友達も作らず勉強ばかりしてきたこの人生は、悪いとは言えないが少々彩りに欠けているような気がしたのだ。
せっかく掴んだ二度目の人生を、このまま終わらせていいはずはない。
そう思った私は、これからの人生を楽しいものにすることを決意した。
幸いにも、私はそれ程貴族としてのしがらみに縛られている訳でもない。多少のわがままも許してもらえるはずだ。
こうして私は、改めてゲームの世界で新たな人生を送る決意をするのだった。
※一部キャラクターの名前を変更しました。(リウェルド→リベルト)
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故
ラララキヲ
ファンタジー
ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。
娘の名前はルーニー。
とても可愛い外見をしていた。
彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。
彼女は前世の記憶を持っていたのだ。
そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。
格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。
しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。
乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。
“悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。
怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。
そして物語は動き出した…………──
※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。
※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。
◇テンプレ乙女ゲームの世界。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げる予定です。
ヒロインだと言われましたが、人違いです!
みおな
恋愛
目が覚めたら、そこは乙女ゲームの世界でした。
って、ベタすぎなので勘弁してください。
しかも悪役令嬢にざまあされる運命のヒロインとかって、冗談じゃありません。
私はヒロインでも悪役令嬢でもありません。ですから、関わらないで下さい。
どうやら悪役令嬢のようですが、興味が無いので錬金術師を目指します(旧:公爵令嬢ですが錬金術師を兼業します)
水神瑠架
ファンタジー
――悪役令嬢だったようですが私は今、自由に楽しく生きています! ――
乙女ゲームに酷似した世界に転生? けど私、このゲームの本筋よりも寄り道のミニゲームにはまっていたんですけど? 基本的に攻略者達の顔もうろ覚えなんですけど?! けど転生してしまったら仕方無いですよね。攻略者を助けるなんて面倒い事するような性格でも無いし好きに生きてもいいですよね? 運が良いのか悪いのか好きな事出来そうな環境に産まれたようですしヒロイン役でも無いようですので。という事で私、顔もうろ覚えのキャラの救済よりも好きな事をして生きて行きます! ……極めろ【錬金術師】! 目指せ【錬金術マスター】!
★★
乙女ゲームの本筋の恋愛じゃない所にはまっていた女性の前世が蘇った公爵令嬢が自分がゲームの中での悪役令嬢だという事も知らず大好きな【錬金術】を極めるため邁進します。流石に途中で気づきますし、相手役も出てきますが、しばらく出てこないと思います。好きに生きた結果攻略者達の悲惨なフラグを折ったりするかも? 基本的に主人公は「攻略者の救済<自分が自由に生きる事」ですので薄情に見える事もあるかもしれません。そんな主人公が生きる世界をとくと御覧あれ!
★★
この話の中での【錬金術】は学問というよりも何かを「創作」する事の出来る手段の意味合いが大きいです。ですので本来の錬金術の学術的な論理は出てきません。この世界での独自の力が【錬金術】となります。
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる