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第三章 平民の実習期間

45 ごっはん、ごっはん

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「皆のごちそうよ!」
そう言って振る舞われた料理は、大皿に盛られ、一人ひとりの小皿に分けられていく。おかわり! なんて声は上がらない。小さい子どもたちも、大きな子どもたちも、配膳をした修道女のおばさまたちも、得られた糧を前に、女神様へ感謝の祈りを捧げて黙々と食べる。カチャカチャと食器にスプーン、フォークが当たる音が聞こえる。十数人が必死になって、ご飯を食べている。当たり前だ、夜のご飯が一番量が多い。
美味しそうに食べる皆の、その仕草は様々だ。口の周りに沢山食べたものがついている子もいれば、少しずつ口に運んで、じっくりと味わっている子もいる。それぞれがそれぞれの食べ方をしていて、――当たり前だけど私の周囲にはいなかった粗雑さが垣間見える。
私も、と思うのだけれどなかなかうまくは行かない。
「僕たちは昨日と同じく、部屋で頂きます。まだサラさんが人馴れしていないので」
ほら、とスタ君が私に視線を送った。食事の様子を観察する私に、修道女のおばさま方は苦笑する。
「そうね。落ち着いて食べたほうが良いわ。サラさんの分まで、うちの怪獣達が食べてしまうかも!」
もぐもぐ、と頬を膨らませて食べていた獣人娘のネネルちゃんが、はっと気づいて食べ物を飲み込む。それから慎重に、お上品を心がけるみたいに少しずつ食べるスタイルに変えた。
「おいしそう」
「ええ、たとえその日の糧が少なくて悲しいときでも、皆と食べるととても美味しいのよ。――今日みたいに、素敵なお客様の歓迎ならなおさら! 落ち着いたら、一緒に食べましょうね」
「……うん」
優しい言葉に、自然と笑顔が広がる。たくさんお礼を言いたいのに、私は一単語を返すのが精一杯だった。
前世を思い出してからと言うもの、心のなかでは罵詈雑言、けっこう危ないことも話しちゃうハイテンションなお馬鹿さんなのに。まあ前世であった庶民が、この時代の平民とイコールになるかというと、難しい。いくら恵まれたファンタジーの世界だからって、貴族平民貧民冒険者に一神教の教会が浸透したような世界観では、価値観と習慣が違いすぎる。
プラス、私が会話する時は、悲しいかな染み付いた貴族の言葉遣いが抜けきらない。だいたい普通に会話していても、ヨーイ君が首をかしげるくらいの難しい――一般的じゃない言葉を使っているらしいのだ。ううん。
仕草も丁寧過ぎるらしい。だから皆の前であんまり話すことはできない。食べるのも右に同じ。
じゃあ誰に習うのか。誰から盗むのか。
「サラお姉さん、行くよ」
「うん」
習慣、仕草、言葉遣い。これらを身につけるために、ヨーイ君ズッコケ三人組達が、私の先生になるのだ。
私が見た途端に、それぞれ子どもたちが自分の所作を改めたのがその証拠だろう。だからこそ、私の出自設定には「どうやらおばあさんは自分のことを、どこかの貴族の落とし種だと思っていたので、言動が少しお嬢様っぽいかも」という項目が追加された。発案者はスタ君のようで、総司祭様はそれを笑顔で了承した。なかなかの荒業だと思っていたけれど、教会の子どもたちの反応を見ると、良かったなと思う。
『そういう人って結構いるから。貴族なんて、複数の妾やお遊びの相手がいるのは当たり前でしょ?』
『――ええ、そうね』
私の――ユーフェミアの父親が珍しかったのだ。あの人は一応戦闘系民族ではあったけど、他の女は目じゃないZE! 俺の女はお前DAKE! よーチェケラーマイハニーで母親を唯一愛していたから。たぶん。いたとしても母親が闇に葬っていたのかもしれないけど。まあ前世にしても、ファンタジーの今世にしても、男女の関係はいわんや、夫婦はもっとよくわからない。前世のお父さんとお母さんも、よくわからなかったなあ。夫婦喧嘩の次の日に普通に愛妻弁当でオムライスに『愛してる』とケチャップ赤字で書いたけど通勤途中に揺られて大惨事になってたのを、お父さんが電話越しに謝罪していたあの時、たまたま休みで目撃した母の顔は微笑んでいた。どこまでが計算で、どこまでが天然だったのか……。私は結婚しなかったから分からないなあ。ちなみに夜ご飯はお父さんがお寿司に連れて行ってくれたよね。ありがとう、今世で食べられないだろうウニやマグロが記憶の中で回ります。

総教会にいた時のように、部屋に持っていくわけにも行かないので、台所横の休憩部屋を使わせてもらっている。薄暗く、オレンジ色の光がぼんやりと部屋を彩る中、テーブルを四人囲む。窮屈な部屋に無理やりテーブルを押し付けたような、家具と部屋が合っていないそこで食事を取る。ローブを着たままなのは無作法なので、椅子の背もたれにそれぞれかけた。
「日々の実りを、女神シアンローゼ様に感謝します」
手を組み、女神様に祈った後、食べ始める。
給食みたいに、お盆に乗った置かずは煮込み料理モドキのスープと、パン、あと固形っぽいオカズ。プラスして、今日はアップルパイ。私が大好きなマメとトマトのスープだから、うきうきとスプーンを口に運んだ。酸味が広がる、同時にマメがごろごろ、と口の中で踊った。噛みしめると、じんわり少しだけ入った干し肉の味が広がる。
「スプーンの持ち方」
途端に、スタ君から声がかかった。
「ん?」
「綺麗過ぎるよ、持ち方。
 そこは握りしめるみたいに持ったほうが良い。
 ヨーイみたいに」
「う」
「で、ヨーイはお姉さんの持ち方真似たほうがいい」
ヨーイ君は確かに、握りしめるみたいにスプーンを持っている。ぽと、と端から汁がこぼれているのを見るに、あんまり効率のいい持ち方ではないと思う。
テルくんはスプーンに少量ずつ、ゆっくりと食べている様子だ。食事中は無言が基本、とばかりに会話には参加しない。
「っ! ヨーイてめえ何すんだよ!」
「え、難しい顔して食べてるから、食欲ないのかな、と思って。
あ、肉見えた。もらっていい?」
「貴重な食料をなんでお前にやらなきゃいけないんだよ!」
「あれ、テルってこの野菜嫌いだよな?」
「腹が減るよりは嫌なもんでも満腹になるほうがマシだ、ろ」
「あ! 俺のパン! しかも丸々」
「半分くらい返してあげたら?」
ヨーイ君がテル君の様子を見てオカズを奪い、それに立腹したテルくんがヨーイ君のパンを奪った。スタ君、ちゃんと仲裁しているようで、ヨーイ君のオカズ盗んでない? あれ、気の所為かな?
私はその様子を見て――所作を盗みながらご飯を食べていく。バランスよく食べたいところだけど、好きなオカズをガーッと食べて、一息、またガーッと食べる方がいいのかしら。どの道今日の食事は皆美味しいんだけど。
「……お前は嫌いなものないのか」
お前、とは私のことだろうか。急に話を振られて、ちょっとびっくりする。テルくんはまずいことでも言ったと思ったのか、舌打ちするみたいに口を歪めた。
「嫌い、ですか。まだよくわかりません」
少しばかり嫌なものでも、顔には出さず食べるのが私の仕事の一部だった。だからあんまり憶えてない。好きなものは沢山有る。クッキーとか、ケーキとか、鳥の丸焼きの照り焼きとか、ああ、ちゃんと食べておくんだった。
「そもそも、庶民の料理に抵抗ないの?」
スタ君が疑問を重ねる。
「そうそう、『こんな粗末なもの、ワタクシ食べられませんわ!』くらいは言うと思いました」
ヨーイ君、その口真似は私なの? え、やっぱ高飛車なの? 前世思い出した今でも高飛車プライド怒髪天のお嬢様キャラなの私。
「――粗末?」
「おま――サラが食べてたのは、上質の白い小麦で出来たパン、パスタ、時間をかけて熟成させた肉類、チーズ、虫食いもなく分厚い野菜に、とろけるみたいに甘い砂糖、はちみつ。メリハリのついたスパイス――そういう料理だろ」
脂ギッシュでドロドロのあれか。いやアレはアレで美味しかったよ。サビ残終わりの飢餓状態で飲み屋に駆け込んで食べるような、そんな美味しさがあの料理には合った。油っこく、塩辛く、だだ甘く。
貧民層に近いはずなのに、乏しい材料ながら美味しくて、量もある。この国は平和だ。
「確かに贅をつくし、手間をかけていただいた料理だったけれど……でも、こういった料理も食べていましたから」
「ふーん」
「?」
話半分に聞くテルくんは、それでも私に目を向ける。ヨーイ君はキョトンと首をかしげ、スタ君はパンをくわえながらこちらを見た。
「……平民の生活を知るために、何度か街の様子を見に行きましたし、その際に冒険ギルドで一週間ほど野外の生活を体験したこともありました。――なにより、懲罰の」
懲罰の部屋で食べたパンは、カビが生えていた。スープは腐っていた。濁った料理に、蝿が死んでいた。
いいや、ここまでは言わなくていい。
途切れた言葉に、誰も続きを促さない。私はそれに安心して、パンにかじりついた。大きな口を開けて、固いパンを噛みちぎる。モサモサと、堅い歯ざわりに中身はスカスカ。でも、美味しい。口を動かすと、唾液を全部吸うみたいで面白い。ごっくん、と喉を通る感覚も堅いまま。でも美味しい。茶色いこのパンにはパンの、良さがある。
「ちぎらずかじる、のですね」
自分のワイルドさに満足して、三人を見る。三人共、ぷく、と頬を膨らませていた。
「――それは大きめにちぎって食べてよ」
ここにいるのは男子だからね、とスタ君がため息を付いた。
あら残念。
「デザートなんて何日ぶりだろー」
「良ければ、三人で分けられますか、私のパイ」
「「それは嫌」」
声を揃えて拒否されてしまった。
でも良かった、私もアップルパイ、楽しみだったから。
わちゃわちゃと、どうでもいいような、時折核心をつくような会話が弾む。沈黙を挟んで、無理のない――心地いい空白を含んで、食事は進む。
しばらく一人でご飯を食べていたから、家族食事を摂る時も、そんな空気を感じたことはなかったから、心地よさに食事が進む。
でも、どこかでこんなこともあった。
前世でなく、今世で。
いつか、と何気なく考えて、苦い記憶にあたった。
誰かの笑い声、日の当たる温室、芳しい紅茶の香り、ええ、そうね。
その瞬間だけ切り取るならば、確かに私は幸せだった。

「酸っぱいわ、このリンゴ」
でも美味しいわね、と続けると「でしょ」と得意気にヨーイ君の声が返ってきた。
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