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腐った虎に古豪の虎が牙をむくとき(第二章 運命(さだめ))
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◆第二章 運命
一.顔
日本橋の金座での御用金紛失と偽の小判の一件から遡ること二十五年。ことは八丁堀の同心長屋で起きた些細な出来事からはじまる。
江戸では師走に入ると晴れた日がつづき水路の水かさが減っていた。水かさが減っても夏とちがい臭いなどはしない。行きかう船は船底を気にしながらゆっくり通っていた。その船の合間をみて同心の子が長屋の裏木戸を開けて小便をしていた。同心長屋には共同の厠はあるが離れているので水路を代わりにしていたようだ。
それを対岸から見ていた岡場所の子が笑いながら石を投げた。その石が近くに当たっても同心の子は見向きもしない。二人は名前も歳も知らない幼なじみであった。
そのとき岡場所の子は男か女かどちらともとれる着物を着ていて、髪は後ろで結い、給仕の見習いのように見えた。そして佳乃丸 (よしのまる)という自分の名前を大きな声で伝えようとしたが同心の子には伝わらない。同心の子は生まれながらに耳が不自由なのである。
この大声に気づいた佳乃丸の母親はあわてて窓から顔を出した。
幅にして十五間(三〇メートル)ほどの水路で隔てられてはいるが相手は同心の子どもである。そのため佳乃丸の母親はこのやり取りを気にして謝った。しかし耳の不自由な同心の子には声も気持ちも伝わらない。それどころか、すぐに裏木戸を閉めて長屋に入ったので怒ったように見えていた。
翌日、同心の子は習字の道具を出して半紙に字を書きはじめた。岡場所の子に小便を謝るつもりで書いた字は『カヲ』。同心の子はいつも顔の表情と口真似で思いを伝えていたので顔を見てほしいと思ったようだ。
その『カヲ』と書かれた半紙を持って裏木戸を開けると岡場所の子が物干し場に見えた。そのとき岡場所の子は山積みになった洗濯物を干していた。
同心の子が独特の声をあげて手を振ると岡場所の子はすぐに気づいて「顔を描くよ! 待って」と言いながら自分の顔を指した。ところが互いの気持ちは思うように伝わらない。
二人は、しばらく手を使ってやり取りをしただが途中であきらめてしまった。
それから何日かして、同心の子の父は年明けに合わせ南町奉行所の与力となることが決まった。この昇格によって家族が別の長屋に引っ越すこととなる。
父は、年の瀬のあわただしさのなか引っ越しを済ませてから家族で神田明神に初詣に行くと言った。このとき小野派の道場の師範代をわずか半年で降りたことを父は内緒にしていた。
ちょうど半年前、同心の子の父は小野派の道場の師範代となった。ところが、それとあわせたように火付けが横行し夜通しの勤めがつづいた。そして年末には道場に火が付けられて稽古が出来なくなった。しかし、そのときは未だ下手人の見当すらついておらず父は責任を感じて役目に専念すると言って師範代を降りたのである。
年が明け三箇日の夜警を父が無事に終えた新年四日、もとの長屋から三丁(三百メートル)ほど奉行所に近い引っ越し先の二軒長屋で親子は初詣に出かける準備をしていた。
風もなくよく晴れた穏やかな日のことであった。
「オツタ! 準備はいいか?」
「はい! だいじょうぶですよ。ほら、天気もいいし」
「では、行くぞ!」
「さあ! 手をつないで、寛介(かんすけ)」
こうして引っ越し先の二軒長屋を出ると久々に家族三人で手をつなぎながら歩いていた。
神田明神につづく川沿いの道を抜けると目の前に朱色の明神鳥居がみえてくる。その鳥居が青空と重なる参道にはいろいろな出店が立ちならび参拝客で混みあっていた。
「オツタ! 後ろに付いてくれ」と言って父はすぐに息子と手をつなぎなおし、そのあとを離れぬようにと母がついて歩いている。三人は道の中央を避けて混みあっていない端を進んでいた。
神社の本殿に向かう石段の脇に早咲きの梅のつぼみが膨らんでいて、その枝には幾つものおみくじが結びつけてある。それを見て父が息子に縁結びの説明をしていると突然つないだ手を振り払い走り出した。
「どうした? 待て、寛介!」と言った父の声は耳の不自由な息子に聞こえるはずもない。誰かに手を振りながら走っていったので父と母はあわてて後を追った。
息子が向かった先は人ごみのちょうど反対側にある煙管売りの出店にできた行列だとわかる。順番待ちは六人目。そこに似顔を描いている子どもがいた。
父は絵を描く子と我が子のいかにも楽し気な様子にニコリと笑い、
「父の多嘉良亮斎(たがらりょうさい)と申す」と挨拶をした。
「おいら、佳乃丸(よしのまる)!」
「そうか、もとの長屋から引っ越したばかりだ。こいつは寛介(かんすけ)!」と。つづいて、母はオツタと名乗り息子のことを伝えていた。
こうして二人の子は、はれてお互いの名前と歳を知ることとなる。寛介七歳、佳乃丸八歳のことであった。
煙管売りの店頭に飾られた似顔絵が店の主人のものだと分かると寛介が指をさして笑った。それを見て佳乃丸が紙に『カヲ』と書いて見せると寛介が自分の顔を指さした。父の亮斎は煙管売りの主人に事情を話してから似顔絵を描く佳乃丸のことをたずねた。
すると主人は・・・
絵を描いている子は八丁堀の同心長屋の対岸にある岡場所の私娼の子で主人に預けられているという。そして馴染みの店に出入りするうちに客の似顔絵を描いていたところ、あまりの出来栄えに評判になったと言った。
その話のあと、似顔絵の順番の進みを見ながら父の亮斎が煙管を選びはじめた。亮斎は六尺を超える背丈であることから長めの煙管を探していると言って一尺ほどの値が張る品を手に取った。
「すまぬが、一本買うからこいつの顔をかいてくれ!」と佳乃丸に言うと、
「もうかいてあるよ。ほら!」と言って台紙に張った絵をみせた。
「うむ! こりゃあ似ていると言うか、目と鼻の作りがみごとだ!」
「小さいときから見ていたから」
「おう、そうかい!」と言って息子の寛介に絵を見せると寛介が大声で笑い出した。
父の亮斎は佳乃丸から息子の顔を描いたときの話を聴き煙管を受け取ると主人に多めに金を渡した。
「つりはいらぬぞ。また描いてくれ」
「いいよ! 毎度ありがとうござりんす」
亮斎が似顔絵を受け取るとき佳乃丸の手のアカギレに気付いたのである。こうして、新年の初詣から何事もなく月が替わろうとしていた。
二.下手人の顔
初詣でから一月余り、これと言って大きな事件もなく平穏な日々が続いていた。
新居の二軒長屋の戸口に節分の飾りつけをした日のこと、夜になると月は隠れ冷たい風が吹きはじめた。何日か晴れた日が続いたあとの季節変わりの寒い日のことである。番所の見回りに出かけていた亮斎のもとに突如として火事の知らせが舞い込んだ。
場所は川を挟んだ岡場所のあたりと聞いたが橋を渡っても火の手は見えない。すぐに現場に駆け付け人ごみをかき分けると町火消しに労いの酒が振舞われていた。
すると、その給仕のなかに見覚えのある子どもの姿が目にとまる。
「おう、佳乃丸! 無事か?」と声を掛けた。
「うん、だいじょうぶ。おいら見たよ!」
「なにを見た?」
「火付けするとこ!」と聞いて亮斎の表情が変わった。
「わかった。まわりに人がいるから家の中で聴かせてくれ」
「うん、いいよ!」
場所を移し、佳乃丸の話を聞くと亮斎にふたたび火事の知らせがはいった。
「与力のだんな! 川の反対側で燃えているようです。うちらもすぐに行きやすんで」
「場所はどこだ?」
「北八丁堀! こっからだと橋をわたって奉行所に行く途中です」
「おう、すぐに行く!」と言って岡場所から取って返す亮斎が橋の上から見たものは、自分の家に燃え移るまさにそのとき。そこに岡引きの松五郎が血相を変えて走って来た。
「だんな、すまねえ! 御新造さんと寛介が見当たらねぇんだ」
「なに!?」
さらに家に近づくと戸口から煙と炎が噴き出してくる。
「オツタ、どこだ!!・・・」
あとから駆け付けた火消しが水桶に浸した厚手の半纏(はんてん)をかぶり、水をあびながら中に入ろうとするが猛火に煽られて引き返した。水を頭からかぶり熱さに耐えている火消しといっしょに亮斎が頭から水をかぶった。
そこにちょうど筆頭与力の徳山秀栄(とくやまひでいえ)が走り寄った。
「多嘉良! オツタが寛介を助けに家に戻ったと聞いたぞ」
「徳山さま! まことですか?!」
「ああ! となりの西口の御新造から聞いた」
「なんと……オツタ!!」と亮斎が叫んだ。
夜空に火の粉が舞い煙によってまわりの視界をさえぎっている。
そこにまた、松五郎が息を切らしてきた。
「てぇへんだ! 今度はこの先の舟宿がやられたって」
三件目の火事の知らせを聞き、徳山秀栄が顔をしかめ、
「これではやむを得まい! まわりに飛び火するまえに打ち壊す。すまぬ、多嘉良!」と言ったが返事につまる亮斎。そのよこで火消組と同心の一団が二手に分かれ、およそ半分が半鐘のなる方に走って行った。
その後も火の勢いは増すばかりである。
亮斎は煙で見えなくなった場所から風上に位置を変え家のなかにオツタと寛介の姿をもとめた。二人がいるであろう厨口と縁側の板戸が剥ぎ取られたが人影はみえない。ぎゃくに長屋のなかに風が入り火の勢いが強くなる。それと同時に隣の家の屋根が焼け落ちた。炎が一気に上がると火消しがあおられ、ふたたび水をかぶった。
「だんな。すまねえ!」と言って組頭が打ちこわしの準備を指図する。すると、その場に残った火消したちが二軒長屋の柱に縄と鳶口を掛けはじめた。その様子を見ながら亮斎は中央の柱の根元にむかって掛矢(かけや)を振りぬいた。
「離れろ! はやくどけ!!」と誰かが叫ぶと長屋はゆっくり崩れはじめ縄の引かれる方に倒れていく。亮斎は背中をむけてうずくまった。
こうして、その夜の火事は南と北の八丁堀の長屋にまで飛び火し、町火消二番組総出によって明るくなるころにようやく消し止められた。
その後、亮斎は火付けの手口を確認してから昼近くになって焼け落ちた自家に戻りオツタと寛介の亡骸に手を合わせた。残骸の脇に置かれた二人の顔は煤でよごれ涙のあとが浮き出ている。それを見た亮斎の体が震えだした。その横には誰によるものか分からないが線香と白菊の花が手向けられていた。
しばらく目を閉じていた亮斎が思い立ったように二人の顔を拭き浄めてから奉行所に向かって走り出した。
奉行所に着いた亮斎が筆頭与力の徳山に佳乃丸の絵のことを話すと、
「なるほど、それほど上手であれば描かせてみるか! こんな時に何だが、おぬしに頼めるか?」と即決の徳山。
「はい! このままではオツタも寛介もうかばれません」
「よし! 絵師はこちらで用立てるが、下手人に悟られぬようにな」
「心得ましてございます」と言って亮斎がすぐに佳乃丸のいる岡場所に向かった。
その途中で自宅の焼け跡に立ち寄ると佳乃丸を見かけた。そこにはオツタと寛介の亡骸はなく白菊と線香のよこに佳乃丸が描いたオツタと寛介をいっしょに描いた似顔絵が置かれていた。
「これから、お前のところに行くつもりだった」と亮斎。
「あいつの顔のことだろう」
「ああ、そうだ!」
「ここ、おじちゃんのとこだって? さっき二番組の頭(かしら)が焼け残ったものを番所に届けに来たよ。寛介、死んじまったって……」と言って佳乃丸が涙を浮かべた。
「ああ! わるいが下手人を捕まえて敵を討ちたい。描いてくれぬか」
「いいよ。すぐに描くから、うちに来て」
こうして亮斎は佳乃丸といっしょに岡場所に向かった。
歩きながら佳乃丸に息子の寛介について聞くと、佳乃丸は「寛介が夢に出てきて後を頼むって言われた!」と言った。その瞬間に亮斎に虫唾がはしる。
「いやな予感がする。急ぐぞ!」と言って佳乃丸を背負って走り出した。
二人が岡場所に近づくと女の悲鳴が聞こえたので亮斎が背中の佳乃丸をおろし、
「待ていろ! いま見て来る」と言って先にいく。すると玄関で岡場所の女将が慌てふためいて行ったり来たりを繰り返していた。
「女将! どうした?」
「ああー、だんな! うちのオヨシが」と言って一瞬振り向いたが、そのまま中に入った。
「女将!」と呼び止める亮斎があとを追う。
「かあちゃんが?!」と、佳乃丸が亮斎のあとにつづいた。
亮斎が玄関に入ると、
「死んでいる! だれがこんなことを」と、女将の声。
廊下の先に出てきた女将が指さす先に佳乃丸の母親のオヨシが倒れていた。亮斎が呼吸と脈をたしかめたが感じられない。一見して髪の乱れはあるが着衣に乱れはなく首に帯紐が巻かれ絞められた跡がある。すでに息絶えた身体を亮斎が抱き起して出血をみたが傷も殴られたあともみえない。
すると、
「あっ、あたしが髪結いから戻ったら、こうなっちまっていたんだ!」と女将が佳乃丸に向かって声を荒げた。佳乃丸は堪えていた思いを吐き出すように亮斎の袖をつかんだまま泣き崩れた。
「わかった。子どもの前だ。番所に人を呼びに行ってくれ」と亮斎が女将を諭す。
そのとき思わず佳乃丸を抱きしめた亮斎に思いあたる節があった。火付けの現場を目撃した者を下手人が手に掛けるという手口がほかと同じであると気づいていた。
そのあと亮斎はすぐに番所に佳乃丸を預けて現場の状況を調べていた。すると二階の物干し部屋に紙が散乱していることを不思議に思った。そのなかに似顔絵が描かれた半紙があったが、それ以外に手がかりはない。そして昼間の岡場所に出入りする者は少なく、殺されたオヨシが抵抗したあともない。そのことから、いかにも場所を良く知る手慣れた手口に見えた。
一瞬考えてから、ふと気付いたように亮斎は番所にむかった。
オヨシ殺しの状況から佳乃丸を知る者が下手人である可能性は高い。火付けの下手人探しのために似顔絵を描くことになれば今度は佳乃丸が狙われる。このとき亮斎は佳乃丸が似顔絵を描くことを知っている者が下手人であることに気づいた。
亮斎が番所につくと筆頭与力の徳山が絵の職人を連れて来ていた。そのよこで佳乃丸が摺師の道具を使って筆を動かしている。亮斎は佳乃丸の無事をみて安堵のため息をついて徳山に佳乃丸に危険が及ぶ状況を説明した。その見つめる先で佳乃丸が、まるで母を亡くした悲しみを筆に載せているように絵を描きすすめていた。
こうして亮斎が絵の仕上がりを待っていると、筆頭与力の徳山が絵の描きあがりを待たずに顔色を変えた。
「多嘉良! こいつは間違いないぞ!」
「うむ! 徳山様、たしかに。人相書きの配布は主だったものにした方が……」
「そうだな!」と、亮斎と徳山が顔を見合わせた。
「よし。話しは奉行所に行ってからだ! 佳乃丸の面倒は奉行所で見る。場所をあらためるぞ」と言いながら徳山が岡っ引きの松五郎を手まねで呼んで耳打ちをし、
「……へい! がってん承知」と言って松五郎が飛び出していった。その時から松五郎は岡っ引き仲間を使って徳山の指示により一人の男の後をつけていた。
このあと奉行所総出により下手人の男の見張りと捕縛の態勢が整えられることとなる。度重なる火付けとオヨシ殺しの下手人が佳乃丸の似顔絵によって明らかとなった時のことであった。
三.一刀両断
一方、佳乃丸が絵を描き終えると岡場所の女将と佳乃丸に縄が打たれた。これはもちろん犯人から二人の身を守り、あわせて油断させるための策である。番所から奉行所に連れていかれる二人の様子を見ていた者が火付けとオヨシ殺しの下手人と誤解して大騒ぎになった。
こうして下手人の後をつけさせて三日目の夜のこと・・・
「だんな! 多嘉良のだんな。起きて下さい」
「おう、松五郎!」
「いまアイツが動き出したって知らせが!」
「どっちに行った?」
「ちょうど川の向こうに! 例のあたりです。徳山様にも知らせを出しました」
「わかった。すぐに支度をする」
そのとき亮斎は焼け出された後の仮の宿として元の同心長屋に戻って独り身の生活をはじめたばかりであった。火事で亡くなった妻と息子の供養の場として、もとの長屋で暮らしたいと願い出ていたのである。
この佳乃丸の絵によって下手人に浮上した者は浅見助好(あさみすけよし)という入谷に住む浪人であった。
浅見は一年前まで同心であったが不祥事が発覚してお役御免となっていた。
その不祥事とは、捕まえたスリから金をもらってわざと逃がしたと浅見が噂され取り調べを受けたが証拠がないと言ってシラを切りとおした。そのスリがまた捕まって浅見との関係を証言したことにより即刻お役御免の沙汰が下った。ほかにも金品や女にまつわる問題が浮上し直属の上司である与力にも処分が下り亮斎がその後を埋める昇格となっていた。
その日の浅見の動きは岡場所で遊んだのち、そのまま入谷に戻ったと知らせがはいる。
浅見に動きがあった翌朝、岡場所の私娼が最寄りの番所をおとずれ浅見助好からオヨシ殺害のことを繰り返し聞かれたことを伝えていた。これを受け、その日から与力一同も番所詰めとなり亮斎も持ち場にはいった。
その日の夜・・・
日が暮れると春の南風がふいて火付けに都合がよいと町火消しに世話役が加わり見回りが行われていた。地元総出の厳戒態勢のなか、その警戒をあざ笑うかのように火の手が上がる。そのとき筆頭与力の徳山秀栄と多嘉良亮斎は八丁堀と茅場町の大番屋にいたが、途中で岡っ引きから浅見助好について連絡が入り二人いっしょに馬で移動していた。
すると「火事だー! 火事だ……」と誰かが叫び半鐘がきこえ通りを行きかう人の数が増えた。そのあと半纏を着た火消とやじ馬が同じ方向に走って行った。
すでに徳山と亮斎は火事の知らせを受けた際に、火元と火元の対岸に分かれる配置を決めていた。その二人が半鐘の鳴る方に近づこうとして橋のたもとに出ると同心長屋の対岸にある岡場所のあたりに煙が見える。
「徳山様、やはり!」と亮斎。
「ああ! この前の岡場所は下見のようだな」
「ご指示を!」
「多嘉良! おぬしは対岸の長屋に向かえ。勝手がよく分ろう」
「心得ました!」
「必ずや捕まえてみせようぞ!」
「はい!」と言って馬を走らせた亮斎が持ち場の同心長屋に着くと長屋の屋根越しに火の手がみえた。火事の煙が月明かりを遮って黒い帯のように夜空に漂っている。亮斎はすぐに馬を降りて長屋の裏木戸を開け怪しい人影を追った。
すぐに風向きが変わり同心長屋の方に煙と火の粉が流れてきた。火元では岡場所の客が炎にあおられ逃げ出すのと入れ替わるように二番組の纏がかざされた。
突然、打ち壊しの合図が聞こえ亮斎の胸中に自家の打ち壊しの様相がよみがえった。気を取り直し、裏木戸から戻って同心長屋の住人に飛び火を警戒するために水の汲み置きの指示をした。
そのあと亮斎がふたたび岡場所の対岸に立つと夜空を染めるように煙のなかに火の粉がまじり大川(隅田川)方向に流れていくのが見える。岡場所の私娼と火消しが桟橋から川の水を汲んで次々に桶が手渡されているが火の勢いは止まらない。亮斎は妻子を亡くした悲痛の思いをおさえながら必死に怪しい人影を追いつづけた。
すると視界のなかに水門の横で提灯を照らす人影がうつった。目を凝らすと川のなかをのぞいていると分かる。
「おーい! だれか落ちたのか?」と亮斎。
「ああ! その声は多嘉良のだんな!」
対岸の水門際にいたのは松五郎と仲間の岡っ引きだった。
「いま、そっちに行く!」と言って亮斎が水門までの裏道を進む。
「へい! この辺りに逃げ込んだようで、探しておりやした」と松五郎。
「そうか!」
「あれ! そっち側にも火が見えやす」
「よし、分った! どの辺りだ?」と言って亮斎が川の方に身を乗り出すと川に垂らされた縄梯子の近くに人影がみえた。
「おい! そこにいるのは浅見だな?」と言って亮斎が見たものは徐々に燃え上るシュロの木の炎で映し出された浅見の顔。浅見は繊維状のシュロの木の表皮が燃えあがるように息を吹きかけて炎を勢いづかせた。
その浅見が逃げきるためには顔を知られては支障となるのは明らか。ところが隠そうとはしない。その顔が岡場所の燃え盛る炎で照らされると佳乃丸が描いた似顔絵にそっくりの目鼻立ちと口元のしわが亮斎の目に飛び込んだ。
「観念しろ、浅見!」と言った亮斎にむかって、
「どうせバレているんだろう!」と浅見が返す。顔を隠さずに声を出したことにより浅見であることは間違いない。
浅見は自分の人相書きが市中に出回り後をつけられたことに気づいているとみえた。そのため燃えやすいシュロの木に火を放ち、その隙をねらって逃げるつもりのようだ。しかし亮斎に行く手を阻まれ、水門は火事の水取りのために閉められ水位をあげている。浅見の逃げ道は亮斎を斬りすて同心長屋の裏木戸を抜けて外に出る以外にはない。
追い詰められた浅見助好は唾を吐いて刀を抜いた。それを見透かすように亮斎がゆっくり刀を抜いて峰打ちに握り換えたところで突然、
「すまぬ! おれに縄を打ってくれ」と、土下座をする浅見。
小野派の師範代であった亮斎に剣の実力では勝ち目がないことを浅見は知っている。いかにも神妙な浅見に対し亮斎は間合いを詰めて松五郎たちの到着を待った。そして、
「そのまえに刀を捨てろ!」と言った。
すると浅見は刀を放りなげ左手に持っていた酒瓶を顔の前にかざし、
「分かった。落ち着くために飲んでいいか?」と言って酒を口にして頭から浴びたように見えた。ところが近くに飛び散ったものが火の粉によって燃えはじめたので酒瓶のなかは油だとわかる。
「何のつもりだ!」と、亮斎が浅見の持つ酒瓶を刀でたたき割ると浅見は不満な表情をして亮斎をにらみつけた。その瞬間に浅見の着物にシュロの木の炎が燃えうつるが、それでも浅見はあわてる様子はない。
次の瞬間・・・
「顔があるからバレたんだろう。この顔が!」と言ってシュロの木に抱き着いた。
浅見の顔と髪の毛が一瞬にして燃え上がると、その悶絶の形相のまま木にもたれて悲鳴をあげた。その浅見を亮斎が木から引き離して川に飛び込もうとしたが浅見の腕が硬直して離れない。
「罪をつぐなえ、浅見!!」の声と同時に斜めに光がはしった。その光の軌跡にあったシュロの木が浅見の体ごと川の中に転がり落ちて『ドッボーン!』と音をたてた。
水しぶきが上がり川面にできた火事の光の波紋のなかをシュロの木が流れていく。しかし下手人の浅見の身体はなかなか水面にあがって来ない。
「だんな! いま落ちたのは浅見ですか?」と言って松五郎が近づいて来た。
「ああ!……」
しばらく亮斎も動くことがなく対岸でこのやり取りを見ていた徳山秀栄があわてて声を掛けた。
「多嘉良! いま行く。しっかりしろ」
「?! 徳山様。はやく浅見を、川から、はやく……」
このやり取りを聞いた二番組の梯子が一斉に鳶口を支えに川に下ろされていく。まさに新年の梯子乗りを逆向きにした形で見る見るうちに人と梯子が両岸から下ろされていった。
川には提灯を幾つも付けた船が明り採りのために行きかっている。それを挟むように水面に下ろされた梯子から間もなく浅見助好が助け上げられた。しかしその顔と上半身は焼けただれ、手の指は骨が露出して、かすかに息をしていた。浅見が二番組の荷車に載せられ医者のもとに運ばれていくのを見て対岸にいた亮斎がそのあとを追った。
四.残された言葉
こうして浅見のあとを追った亮斎が医者の屋敷の前で立ち止まった。そして刀を抜いて刃先に残る血のあとを家の灯に照らしていた。シュロの木だけを切ったつもりだが浅見を切り捨てたいと思ったことも事実である。刃先にわずかに残る痕跡に確信が持てない亮斎が医者の家の玄関に場所を移して刃先の模様をみていた。そして血のあとがないとわかるとそのまま奥に入った。
あとから来た岡っ引きの松五郎にうながされ刀をしまい医術部屋に入る亮斎に入り口にいた火消組が場所をあけた。亮斎が見た浅見は着物を脱がされ白い医術用の布団に寝かされていた。上半身の肌ははれ上がり髪の毛が無い。顔は人形のように硬直して皮膚がひび割れ唇がはれ上がっている。亮斎は浅見の寝かされた脇に座った。
すると、脈を診ている医者と目が合い医者が首を横に振った。
その直後、浅見の最後の声がしたが小さくて聞き取れない。そこで亮斎は浅見の耳元で、
「浅見、おれだ! わかるか?」と言った。その声に浅見が気を取りもどし、
「あいつに教えた絵で捕まった。あいつはおれの子だ! この顔が焼ければ証拠はない」と言いのこして息を引き取った。
亮斎は浅見の最後の言葉を聞いて凍り付く思いがした。まさに佳乃丸が描いた下手人の顔は実の父親のものであり、証拠を消すために浅見が佳乃丸の母親であるオヨシを殺害して自分の顔を焼こうとしたのである。このことは筆頭与力の徳山にのみ伝えるにとどめられた。
この大捕り物の噂が広まると町人たちは亮斎を立ち木もろとも斬り捨てる『一刀両断斎』と呼ぶようになった。しかし事実は浅見を手に掛けてはいないのである。亮斎には浅見の火付けによって亡くなった妻子のことと相まって様々な噂が耳に入った。それでも佳乃丸のことが気になって焼け出された先である煙管売りの主人の家に佳乃丸を見舞いにおとずれた。
「元気か、佳乃丸?」
「うん! おじちゃんこそ大丈夫?」
「ああ! なんとかな」と言いながら佳乃丸を見ると顔は亡くなった母のオヨシに似ているが、どことなく浅見にも似ていると思う亮斎であった。
しばらくすると浅見によって命を奪われた人々の弔いが一斉に行われ、ようやく江戸の町を不安におとしいれた一連の事件が終わりを見せた。その弔いの席に佳乃丸と一緒に焼香に参列した亮斎ではあるが幾つか迷いが残された。
暦の上では春となっても雪や霙が降る日が多い年のことである。
一.顔
日本橋の金座での御用金紛失と偽の小判の一件から遡ること二十五年。ことは八丁堀の同心長屋で起きた些細な出来事からはじまる。
江戸では師走に入ると晴れた日がつづき水路の水かさが減っていた。水かさが減っても夏とちがい臭いなどはしない。行きかう船は船底を気にしながらゆっくり通っていた。その船の合間をみて同心の子が長屋の裏木戸を開けて小便をしていた。同心長屋には共同の厠はあるが離れているので水路を代わりにしていたようだ。
それを対岸から見ていた岡場所の子が笑いながら石を投げた。その石が近くに当たっても同心の子は見向きもしない。二人は名前も歳も知らない幼なじみであった。
そのとき岡場所の子は男か女かどちらともとれる着物を着ていて、髪は後ろで結い、給仕の見習いのように見えた。そして佳乃丸 (よしのまる)という自分の名前を大きな声で伝えようとしたが同心の子には伝わらない。同心の子は生まれながらに耳が不自由なのである。
この大声に気づいた佳乃丸の母親はあわてて窓から顔を出した。
幅にして十五間(三〇メートル)ほどの水路で隔てられてはいるが相手は同心の子どもである。そのため佳乃丸の母親はこのやり取りを気にして謝った。しかし耳の不自由な同心の子には声も気持ちも伝わらない。それどころか、すぐに裏木戸を閉めて長屋に入ったので怒ったように見えていた。
翌日、同心の子は習字の道具を出して半紙に字を書きはじめた。岡場所の子に小便を謝るつもりで書いた字は『カヲ』。同心の子はいつも顔の表情と口真似で思いを伝えていたので顔を見てほしいと思ったようだ。
その『カヲ』と書かれた半紙を持って裏木戸を開けると岡場所の子が物干し場に見えた。そのとき岡場所の子は山積みになった洗濯物を干していた。
同心の子が独特の声をあげて手を振ると岡場所の子はすぐに気づいて「顔を描くよ! 待って」と言いながら自分の顔を指した。ところが互いの気持ちは思うように伝わらない。
二人は、しばらく手を使ってやり取りをしただが途中であきらめてしまった。
それから何日かして、同心の子の父は年明けに合わせ南町奉行所の与力となることが決まった。この昇格によって家族が別の長屋に引っ越すこととなる。
父は、年の瀬のあわただしさのなか引っ越しを済ませてから家族で神田明神に初詣に行くと言った。このとき小野派の道場の師範代をわずか半年で降りたことを父は内緒にしていた。
ちょうど半年前、同心の子の父は小野派の道場の師範代となった。ところが、それとあわせたように火付けが横行し夜通しの勤めがつづいた。そして年末には道場に火が付けられて稽古が出来なくなった。しかし、そのときは未だ下手人の見当すらついておらず父は責任を感じて役目に専念すると言って師範代を降りたのである。
年が明け三箇日の夜警を父が無事に終えた新年四日、もとの長屋から三丁(三百メートル)ほど奉行所に近い引っ越し先の二軒長屋で親子は初詣に出かける準備をしていた。
風もなくよく晴れた穏やかな日のことであった。
「オツタ! 準備はいいか?」
「はい! だいじょうぶですよ。ほら、天気もいいし」
「では、行くぞ!」
「さあ! 手をつないで、寛介(かんすけ)」
こうして引っ越し先の二軒長屋を出ると久々に家族三人で手をつなぎながら歩いていた。
神田明神につづく川沿いの道を抜けると目の前に朱色の明神鳥居がみえてくる。その鳥居が青空と重なる参道にはいろいろな出店が立ちならび参拝客で混みあっていた。
「オツタ! 後ろに付いてくれ」と言って父はすぐに息子と手をつなぎなおし、そのあとを離れぬようにと母がついて歩いている。三人は道の中央を避けて混みあっていない端を進んでいた。
神社の本殿に向かう石段の脇に早咲きの梅のつぼみが膨らんでいて、その枝には幾つものおみくじが結びつけてある。それを見て父が息子に縁結びの説明をしていると突然つないだ手を振り払い走り出した。
「どうした? 待て、寛介!」と言った父の声は耳の不自由な息子に聞こえるはずもない。誰かに手を振りながら走っていったので父と母はあわてて後を追った。
息子が向かった先は人ごみのちょうど反対側にある煙管売りの出店にできた行列だとわかる。順番待ちは六人目。そこに似顔を描いている子どもがいた。
父は絵を描く子と我が子のいかにも楽し気な様子にニコリと笑い、
「父の多嘉良亮斎(たがらりょうさい)と申す」と挨拶をした。
「おいら、佳乃丸(よしのまる)!」
「そうか、もとの長屋から引っ越したばかりだ。こいつは寛介(かんすけ)!」と。つづいて、母はオツタと名乗り息子のことを伝えていた。
こうして二人の子は、はれてお互いの名前と歳を知ることとなる。寛介七歳、佳乃丸八歳のことであった。
煙管売りの店頭に飾られた似顔絵が店の主人のものだと分かると寛介が指をさして笑った。それを見て佳乃丸が紙に『カヲ』と書いて見せると寛介が自分の顔を指さした。父の亮斎は煙管売りの主人に事情を話してから似顔絵を描く佳乃丸のことをたずねた。
すると主人は・・・
絵を描いている子は八丁堀の同心長屋の対岸にある岡場所の私娼の子で主人に預けられているという。そして馴染みの店に出入りするうちに客の似顔絵を描いていたところ、あまりの出来栄えに評判になったと言った。
その話のあと、似顔絵の順番の進みを見ながら父の亮斎が煙管を選びはじめた。亮斎は六尺を超える背丈であることから長めの煙管を探していると言って一尺ほどの値が張る品を手に取った。
「すまぬが、一本買うからこいつの顔をかいてくれ!」と佳乃丸に言うと、
「もうかいてあるよ。ほら!」と言って台紙に張った絵をみせた。
「うむ! こりゃあ似ていると言うか、目と鼻の作りがみごとだ!」
「小さいときから見ていたから」
「おう、そうかい!」と言って息子の寛介に絵を見せると寛介が大声で笑い出した。
父の亮斎は佳乃丸から息子の顔を描いたときの話を聴き煙管を受け取ると主人に多めに金を渡した。
「つりはいらぬぞ。また描いてくれ」
「いいよ! 毎度ありがとうござりんす」
亮斎が似顔絵を受け取るとき佳乃丸の手のアカギレに気付いたのである。こうして、新年の初詣から何事もなく月が替わろうとしていた。
二.下手人の顔
初詣でから一月余り、これと言って大きな事件もなく平穏な日々が続いていた。
新居の二軒長屋の戸口に節分の飾りつけをした日のこと、夜になると月は隠れ冷たい風が吹きはじめた。何日か晴れた日が続いたあとの季節変わりの寒い日のことである。番所の見回りに出かけていた亮斎のもとに突如として火事の知らせが舞い込んだ。
場所は川を挟んだ岡場所のあたりと聞いたが橋を渡っても火の手は見えない。すぐに現場に駆け付け人ごみをかき分けると町火消しに労いの酒が振舞われていた。
すると、その給仕のなかに見覚えのある子どもの姿が目にとまる。
「おう、佳乃丸! 無事か?」と声を掛けた。
「うん、だいじょうぶ。おいら見たよ!」
「なにを見た?」
「火付けするとこ!」と聞いて亮斎の表情が変わった。
「わかった。まわりに人がいるから家の中で聴かせてくれ」
「うん、いいよ!」
場所を移し、佳乃丸の話を聞くと亮斎にふたたび火事の知らせがはいった。
「与力のだんな! 川の反対側で燃えているようです。うちらもすぐに行きやすんで」
「場所はどこだ?」
「北八丁堀! こっからだと橋をわたって奉行所に行く途中です」
「おう、すぐに行く!」と言って岡場所から取って返す亮斎が橋の上から見たものは、自分の家に燃え移るまさにそのとき。そこに岡引きの松五郎が血相を変えて走って来た。
「だんな、すまねえ! 御新造さんと寛介が見当たらねぇんだ」
「なに!?」
さらに家に近づくと戸口から煙と炎が噴き出してくる。
「オツタ、どこだ!!・・・」
あとから駆け付けた火消しが水桶に浸した厚手の半纏(はんてん)をかぶり、水をあびながら中に入ろうとするが猛火に煽られて引き返した。水を頭からかぶり熱さに耐えている火消しといっしょに亮斎が頭から水をかぶった。
そこにちょうど筆頭与力の徳山秀栄(とくやまひでいえ)が走り寄った。
「多嘉良! オツタが寛介を助けに家に戻ったと聞いたぞ」
「徳山さま! まことですか?!」
「ああ! となりの西口の御新造から聞いた」
「なんと……オツタ!!」と亮斎が叫んだ。
夜空に火の粉が舞い煙によってまわりの視界をさえぎっている。
そこにまた、松五郎が息を切らしてきた。
「てぇへんだ! 今度はこの先の舟宿がやられたって」
三件目の火事の知らせを聞き、徳山秀栄が顔をしかめ、
「これではやむを得まい! まわりに飛び火するまえに打ち壊す。すまぬ、多嘉良!」と言ったが返事につまる亮斎。そのよこで火消組と同心の一団が二手に分かれ、およそ半分が半鐘のなる方に走って行った。
その後も火の勢いは増すばかりである。
亮斎は煙で見えなくなった場所から風上に位置を変え家のなかにオツタと寛介の姿をもとめた。二人がいるであろう厨口と縁側の板戸が剥ぎ取られたが人影はみえない。ぎゃくに長屋のなかに風が入り火の勢いが強くなる。それと同時に隣の家の屋根が焼け落ちた。炎が一気に上がると火消しがあおられ、ふたたび水をかぶった。
「だんな。すまねえ!」と言って組頭が打ちこわしの準備を指図する。すると、その場に残った火消したちが二軒長屋の柱に縄と鳶口を掛けはじめた。その様子を見ながら亮斎は中央の柱の根元にむかって掛矢(かけや)を振りぬいた。
「離れろ! はやくどけ!!」と誰かが叫ぶと長屋はゆっくり崩れはじめ縄の引かれる方に倒れていく。亮斎は背中をむけてうずくまった。
こうして、その夜の火事は南と北の八丁堀の長屋にまで飛び火し、町火消二番組総出によって明るくなるころにようやく消し止められた。
その後、亮斎は火付けの手口を確認してから昼近くになって焼け落ちた自家に戻りオツタと寛介の亡骸に手を合わせた。残骸の脇に置かれた二人の顔は煤でよごれ涙のあとが浮き出ている。それを見た亮斎の体が震えだした。その横には誰によるものか分からないが線香と白菊の花が手向けられていた。
しばらく目を閉じていた亮斎が思い立ったように二人の顔を拭き浄めてから奉行所に向かって走り出した。
奉行所に着いた亮斎が筆頭与力の徳山に佳乃丸の絵のことを話すと、
「なるほど、それほど上手であれば描かせてみるか! こんな時に何だが、おぬしに頼めるか?」と即決の徳山。
「はい! このままではオツタも寛介もうかばれません」
「よし! 絵師はこちらで用立てるが、下手人に悟られぬようにな」
「心得ましてございます」と言って亮斎がすぐに佳乃丸のいる岡場所に向かった。
その途中で自宅の焼け跡に立ち寄ると佳乃丸を見かけた。そこにはオツタと寛介の亡骸はなく白菊と線香のよこに佳乃丸が描いたオツタと寛介をいっしょに描いた似顔絵が置かれていた。
「これから、お前のところに行くつもりだった」と亮斎。
「あいつの顔のことだろう」
「ああ、そうだ!」
「ここ、おじちゃんのとこだって? さっき二番組の頭(かしら)が焼け残ったものを番所に届けに来たよ。寛介、死んじまったって……」と言って佳乃丸が涙を浮かべた。
「ああ! わるいが下手人を捕まえて敵を討ちたい。描いてくれぬか」
「いいよ。すぐに描くから、うちに来て」
こうして亮斎は佳乃丸といっしょに岡場所に向かった。
歩きながら佳乃丸に息子の寛介について聞くと、佳乃丸は「寛介が夢に出てきて後を頼むって言われた!」と言った。その瞬間に亮斎に虫唾がはしる。
「いやな予感がする。急ぐぞ!」と言って佳乃丸を背負って走り出した。
二人が岡場所に近づくと女の悲鳴が聞こえたので亮斎が背中の佳乃丸をおろし、
「待ていろ! いま見て来る」と言って先にいく。すると玄関で岡場所の女将が慌てふためいて行ったり来たりを繰り返していた。
「女将! どうした?」
「ああー、だんな! うちのオヨシが」と言って一瞬振り向いたが、そのまま中に入った。
「女将!」と呼び止める亮斎があとを追う。
「かあちゃんが?!」と、佳乃丸が亮斎のあとにつづいた。
亮斎が玄関に入ると、
「死んでいる! だれがこんなことを」と、女将の声。
廊下の先に出てきた女将が指さす先に佳乃丸の母親のオヨシが倒れていた。亮斎が呼吸と脈をたしかめたが感じられない。一見して髪の乱れはあるが着衣に乱れはなく首に帯紐が巻かれ絞められた跡がある。すでに息絶えた身体を亮斎が抱き起して出血をみたが傷も殴られたあともみえない。
すると、
「あっ、あたしが髪結いから戻ったら、こうなっちまっていたんだ!」と女将が佳乃丸に向かって声を荒げた。佳乃丸は堪えていた思いを吐き出すように亮斎の袖をつかんだまま泣き崩れた。
「わかった。子どもの前だ。番所に人を呼びに行ってくれ」と亮斎が女将を諭す。
そのとき思わず佳乃丸を抱きしめた亮斎に思いあたる節があった。火付けの現場を目撃した者を下手人が手に掛けるという手口がほかと同じであると気づいていた。
そのあと亮斎はすぐに番所に佳乃丸を預けて現場の状況を調べていた。すると二階の物干し部屋に紙が散乱していることを不思議に思った。そのなかに似顔絵が描かれた半紙があったが、それ以外に手がかりはない。そして昼間の岡場所に出入りする者は少なく、殺されたオヨシが抵抗したあともない。そのことから、いかにも場所を良く知る手慣れた手口に見えた。
一瞬考えてから、ふと気付いたように亮斎は番所にむかった。
オヨシ殺しの状況から佳乃丸を知る者が下手人である可能性は高い。火付けの下手人探しのために似顔絵を描くことになれば今度は佳乃丸が狙われる。このとき亮斎は佳乃丸が似顔絵を描くことを知っている者が下手人であることに気づいた。
亮斎が番所につくと筆頭与力の徳山が絵の職人を連れて来ていた。そのよこで佳乃丸が摺師の道具を使って筆を動かしている。亮斎は佳乃丸の無事をみて安堵のため息をついて徳山に佳乃丸に危険が及ぶ状況を説明した。その見つめる先で佳乃丸が、まるで母を亡くした悲しみを筆に載せているように絵を描きすすめていた。
こうして亮斎が絵の仕上がりを待っていると、筆頭与力の徳山が絵の描きあがりを待たずに顔色を変えた。
「多嘉良! こいつは間違いないぞ!」
「うむ! 徳山様、たしかに。人相書きの配布は主だったものにした方が……」
「そうだな!」と、亮斎と徳山が顔を見合わせた。
「よし。話しは奉行所に行ってからだ! 佳乃丸の面倒は奉行所で見る。場所をあらためるぞ」と言いながら徳山が岡っ引きの松五郎を手まねで呼んで耳打ちをし、
「……へい! がってん承知」と言って松五郎が飛び出していった。その時から松五郎は岡っ引き仲間を使って徳山の指示により一人の男の後をつけていた。
このあと奉行所総出により下手人の男の見張りと捕縛の態勢が整えられることとなる。度重なる火付けとオヨシ殺しの下手人が佳乃丸の似顔絵によって明らかとなった時のことであった。
三.一刀両断
一方、佳乃丸が絵を描き終えると岡場所の女将と佳乃丸に縄が打たれた。これはもちろん犯人から二人の身を守り、あわせて油断させるための策である。番所から奉行所に連れていかれる二人の様子を見ていた者が火付けとオヨシ殺しの下手人と誤解して大騒ぎになった。
こうして下手人の後をつけさせて三日目の夜のこと・・・
「だんな! 多嘉良のだんな。起きて下さい」
「おう、松五郎!」
「いまアイツが動き出したって知らせが!」
「どっちに行った?」
「ちょうど川の向こうに! 例のあたりです。徳山様にも知らせを出しました」
「わかった。すぐに支度をする」
そのとき亮斎は焼け出された後の仮の宿として元の同心長屋に戻って独り身の生活をはじめたばかりであった。火事で亡くなった妻と息子の供養の場として、もとの長屋で暮らしたいと願い出ていたのである。
この佳乃丸の絵によって下手人に浮上した者は浅見助好(あさみすけよし)という入谷に住む浪人であった。
浅見は一年前まで同心であったが不祥事が発覚してお役御免となっていた。
その不祥事とは、捕まえたスリから金をもらってわざと逃がしたと浅見が噂され取り調べを受けたが証拠がないと言ってシラを切りとおした。そのスリがまた捕まって浅見との関係を証言したことにより即刻お役御免の沙汰が下った。ほかにも金品や女にまつわる問題が浮上し直属の上司である与力にも処分が下り亮斎がその後を埋める昇格となっていた。
その日の浅見の動きは岡場所で遊んだのち、そのまま入谷に戻ったと知らせがはいる。
浅見に動きがあった翌朝、岡場所の私娼が最寄りの番所をおとずれ浅見助好からオヨシ殺害のことを繰り返し聞かれたことを伝えていた。これを受け、その日から与力一同も番所詰めとなり亮斎も持ち場にはいった。
その日の夜・・・
日が暮れると春の南風がふいて火付けに都合がよいと町火消しに世話役が加わり見回りが行われていた。地元総出の厳戒態勢のなか、その警戒をあざ笑うかのように火の手が上がる。そのとき筆頭与力の徳山秀栄と多嘉良亮斎は八丁堀と茅場町の大番屋にいたが、途中で岡っ引きから浅見助好について連絡が入り二人いっしょに馬で移動していた。
すると「火事だー! 火事だ……」と誰かが叫び半鐘がきこえ通りを行きかう人の数が増えた。そのあと半纏を着た火消とやじ馬が同じ方向に走って行った。
すでに徳山と亮斎は火事の知らせを受けた際に、火元と火元の対岸に分かれる配置を決めていた。その二人が半鐘の鳴る方に近づこうとして橋のたもとに出ると同心長屋の対岸にある岡場所のあたりに煙が見える。
「徳山様、やはり!」と亮斎。
「ああ! この前の岡場所は下見のようだな」
「ご指示を!」
「多嘉良! おぬしは対岸の長屋に向かえ。勝手がよく分ろう」
「心得ました!」
「必ずや捕まえてみせようぞ!」
「はい!」と言って馬を走らせた亮斎が持ち場の同心長屋に着くと長屋の屋根越しに火の手がみえた。火事の煙が月明かりを遮って黒い帯のように夜空に漂っている。亮斎はすぐに馬を降りて長屋の裏木戸を開け怪しい人影を追った。
すぐに風向きが変わり同心長屋の方に煙と火の粉が流れてきた。火元では岡場所の客が炎にあおられ逃げ出すのと入れ替わるように二番組の纏がかざされた。
突然、打ち壊しの合図が聞こえ亮斎の胸中に自家の打ち壊しの様相がよみがえった。気を取り直し、裏木戸から戻って同心長屋の住人に飛び火を警戒するために水の汲み置きの指示をした。
そのあと亮斎がふたたび岡場所の対岸に立つと夜空を染めるように煙のなかに火の粉がまじり大川(隅田川)方向に流れていくのが見える。岡場所の私娼と火消しが桟橋から川の水を汲んで次々に桶が手渡されているが火の勢いは止まらない。亮斎は妻子を亡くした悲痛の思いをおさえながら必死に怪しい人影を追いつづけた。
すると視界のなかに水門の横で提灯を照らす人影がうつった。目を凝らすと川のなかをのぞいていると分かる。
「おーい! だれか落ちたのか?」と亮斎。
「ああ! その声は多嘉良のだんな!」
対岸の水門際にいたのは松五郎と仲間の岡っ引きだった。
「いま、そっちに行く!」と言って亮斎が水門までの裏道を進む。
「へい! この辺りに逃げ込んだようで、探しておりやした」と松五郎。
「そうか!」
「あれ! そっち側にも火が見えやす」
「よし、分った! どの辺りだ?」と言って亮斎が川の方に身を乗り出すと川に垂らされた縄梯子の近くに人影がみえた。
「おい! そこにいるのは浅見だな?」と言って亮斎が見たものは徐々に燃え上るシュロの木の炎で映し出された浅見の顔。浅見は繊維状のシュロの木の表皮が燃えあがるように息を吹きかけて炎を勢いづかせた。
その浅見が逃げきるためには顔を知られては支障となるのは明らか。ところが隠そうとはしない。その顔が岡場所の燃え盛る炎で照らされると佳乃丸が描いた似顔絵にそっくりの目鼻立ちと口元のしわが亮斎の目に飛び込んだ。
「観念しろ、浅見!」と言った亮斎にむかって、
「どうせバレているんだろう!」と浅見が返す。顔を隠さずに声を出したことにより浅見であることは間違いない。
浅見は自分の人相書きが市中に出回り後をつけられたことに気づいているとみえた。そのため燃えやすいシュロの木に火を放ち、その隙をねらって逃げるつもりのようだ。しかし亮斎に行く手を阻まれ、水門は火事の水取りのために閉められ水位をあげている。浅見の逃げ道は亮斎を斬りすて同心長屋の裏木戸を抜けて外に出る以外にはない。
追い詰められた浅見助好は唾を吐いて刀を抜いた。それを見透かすように亮斎がゆっくり刀を抜いて峰打ちに握り換えたところで突然、
「すまぬ! おれに縄を打ってくれ」と、土下座をする浅見。
小野派の師範代であった亮斎に剣の実力では勝ち目がないことを浅見は知っている。いかにも神妙な浅見に対し亮斎は間合いを詰めて松五郎たちの到着を待った。そして、
「そのまえに刀を捨てろ!」と言った。
すると浅見は刀を放りなげ左手に持っていた酒瓶を顔の前にかざし、
「分かった。落ち着くために飲んでいいか?」と言って酒を口にして頭から浴びたように見えた。ところが近くに飛び散ったものが火の粉によって燃えはじめたので酒瓶のなかは油だとわかる。
「何のつもりだ!」と、亮斎が浅見の持つ酒瓶を刀でたたき割ると浅見は不満な表情をして亮斎をにらみつけた。その瞬間に浅見の着物にシュロの木の炎が燃えうつるが、それでも浅見はあわてる様子はない。
次の瞬間・・・
「顔があるからバレたんだろう。この顔が!」と言ってシュロの木に抱き着いた。
浅見の顔と髪の毛が一瞬にして燃え上がると、その悶絶の形相のまま木にもたれて悲鳴をあげた。その浅見を亮斎が木から引き離して川に飛び込もうとしたが浅見の腕が硬直して離れない。
「罪をつぐなえ、浅見!!」の声と同時に斜めに光がはしった。その光の軌跡にあったシュロの木が浅見の体ごと川の中に転がり落ちて『ドッボーン!』と音をたてた。
水しぶきが上がり川面にできた火事の光の波紋のなかをシュロの木が流れていく。しかし下手人の浅見の身体はなかなか水面にあがって来ない。
「だんな! いま落ちたのは浅見ですか?」と言って松五郎が近づいて来た。
「ああ!……」
しばらく亮斎も動くことがなく対岸でこのやり取りを見ていた徳山秀栄があわてて声を掛けた。
「多嘉良! いま行く。しっかりしろ」
「?! 徳山様。はやく浅見を、川から、はやく……」
このやり取りを聞いた二番組の梯子が一斉に鳶口を支えに川に下ろされていく。まさに新年の梯子乗りを逆向きにした形で見る見るうちに人と梯子が両岸から下ろされていった。
川には提灯を幾つも付けた船が明り採りのために行きかっている。それを挟むように水面に下ろされた梯子から間もなく浅見助好が助け上げられた。しかしその顔と上半身は焼けただれ、手の指は骨が露出して、かすかに息をしていた。浅見が二番組の荷車に載せられ医者のもとに運ばれていくのを見て対岸にいた亮斎がそのあとを追った。
四.残された言葉
こうして浅見のあとを追った亮斎が医者の屋敷の前で立ち止まった。そして刀を抜いて刃先に残る血のあとを家の灯に照らしていた。シュロの木だけを切ったつもりだが浅見を切り捨てたいと思ったことも事実である。刃先にわずかに残る痕跡に確信が持てない亮斎が医者の家の玄関に場所を移して刃先の模様をみていた。そして血のあとがないとわかるとそのまま奥に入った。
あとから来た岡っ引きの松五郎にうながされ刀をしまい医術部屋に入る亮斎に入り口にいた火消組が場所をあけた。亮斎が見た浅見は着物を脱がされ白い医術用の布団に寝かされていた。上半身の肌ははれ上がり髪の毛が無い。顔は人形のように硬直して皮膚がひび割れ唇がはれ上がっている。亮斎は浅見の寝かされた脇に座った。
すると、脈を診ている医者と目が合い医者が首を横に振った。
その直後、浅見の最後の声がしたが小さくて聞き取れない。そこで亮斎は浅見の耳元で、
「浅見、おれだ! わかるか?」と言った。その声に浅見が気を取りもどし、
「あいつに教えた絵で捕まった。あいつはおれの子だ! この顔が焼ければ証拠はない」と言いのこして息を引き取った。
亮斎は浅見の最後の言葉を聞いて凍り付く思いがした。まさに佳乃丸が描いた下手人の顔は実の父親のものであり、証拠を消すために浅見が佳乃丸の母親であるオヨシを殺害して自分の顔を焼こうとしたのである。このことは筆頭与力の徳山にのみ伝えるにとどめられた。
この大捕り物の噂が広まると町人たちは亮斎を立ち木もろとも斬り捨てる『一刀両断斎』と呼ぶようになった。しかし事実は浅見を手に掛けてはいないのである。亮斎には浅見の火付けによって亡くなった妻子のことと相まって様々な噂が耳に入った。それでも佳乃丸のことが気になって焼け出された先である煙管売りの主人の家に佳乃丸を見舞いにおとずれた。
「元気か、佳乃丸?」
「うん! おじちゃんこそ大丈夫?」
「ああ! なんとかな」と言いながら佳乃丸を見ると顔は亡くなった母のオヨシに似ているが、どことなく浅見にも似ていると思う亮斎であった。
しばらくすると浅見によって命を奪われた人々の弔いが一斉に行われ、ようやく江戸の町を不安におとしいれた一連の事件が終わりを見せた。その弔いの席に佳乃丸と一緒に焼香に参列した亮斎ではあるが幾つか迷いが残された。
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