腐った竜に古豪の虎が牙をむくとき(第一話 似て非なるもの)

Kazu Nagasawa

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腐った竜に古豪の虎が牙をむくとき(第四章 首領の顔)

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◆第四章 首領の顔
一.偽の首領
 何者かによって霊岸橋から突き落とされたオカヨを川から救い両断斎はさっそく下手人の聞き込みに取りかかった。その日の聞き込みを終えて両断斎が与力長屋にむかっていると満天の星空に変わった。その明かりによって人の姿が見えるようになると気になる気配に立ちどまる。その立ちどまった場所からオカヨが突き落とされた霊岸橋に至るには十字路の右手を曲がりわずかに一丁(百メートル)。与力長屋に向かう方向とは逆になる。両断斎が十字路を霊岸橋に向きを変えると計ったように人の流れが途絶えた。
 しばらく歩くと月明かりと足音で後ろに誰かが付いて来るとわかる。そのまま橋に向かう両断斎に後ろから複数の足音が迫った。振り向くと人影は足を止め両断斎と目線を合わせたが近寄る気配はない。ふたたび霊岸橋にむかう両断斎の視界に遊び人風の男がうつった。橋の向かい側で距離はあるが大小の刀と身のこなしから浪人であるとわかる。
 両断斎は後ろを気にしながら、ゆっくり足を止めた。

 すると、その浪人が左手に女物の下駄を持って見せびらかすように目の前にかざしている。それを挑発とみて両断斎がふたたび歩きはじめた。
 近づくと下駄は花尾の柄によってオカヨのものだと分かる。そのとき両者とも同時に動きを止めた。一瞬の心の動きを見切ったように浪人が不適な笑みを浮かべ持っていた下駄を川に投げ捨て、
「下駄の持ち主のことを心配しているようだな!」と言って唾を吐く。
「はて、誰のことかな?」と両断斎が挑発をかわす。
「あの世に行きそびれた小娘のことだ!」
「うむ、誰があの世に?」
 間合いを詰める浪人が両断斎の後方に目配せをした。その浪人の動きに応じる両断斎が三歩下がって後ろを向いたが視線の先に人影はない。
「多嘉良両断斎! おまえのことは知っている。あの世で鬼神のオマツが寂しいと言っているぞ。邪魔をいたすでないとな!」
「何のことかな?」
「ほーう。聞いてはおらぬのか?」
「うむ! 聞いたような聞かぬような。かわいい下男から義賊がいるとは聞いた!」
「そうか、覚えていたか」と言って浪人が立ち止まった。

 このやり取りの間に浪人の周りに人が集まりはじめた。その数は八人。
「ほんとうの義賊であれば人を殺すことはあるまい」と両断斎。
「うむ! 義賊は我らの代わりにあの世に行った。オカヨとカンタを逃がす代わりだ!」と言って浪人が重心を下げると両断斎のうしろに人の気配がした。ところが両断斎は刀の柄(つか)に手を掛けることもなく川に浮かんだオカヨの下駄を目で追っている。そして、目の前の浪人にこう尋ねた。
「首領は誰だ?」
「ふん、おれに決まっている!」
「おぬしではあるまい!」
「おれ以外にだれがいると言うのだ!?」
「他人に罪を着せるような下衆(げす)が、すんなり素性を名乗るとは思えぬ!」と両断斎が言い切る直前に浪人の居合の剣がぬかれた。
 その一瞬の剣筋を受けとめた両断斎の刀の柄(つか)が飛び、さらに相手の刃先が欠けて橋の上で飛び跳ねた。両断斎は欠けた刃先が橋の欄干に突き刺さったのを見て間合いを切ろうとした。

 その動きを見て浪人は周りに目線をおくり「さあ、やれ!」と指図をした。一味はいっせいに両断斎をとり囲んだが両断斎の迫力に圧倒されて斬りかかろうとしない。それを見た浪人が「ぐずぐずするな! さっさとやれ」と声を荒げた。その隙に小柄な男が男に代えの刀を渡した。
 すると、一味の一人は腰が引けた状態から両断斎に斬りつけたが体を捌かれ川に投げ落とされた。二人目が蹴りで急所を突かれ苦しそうにのたうち回っている。そのあとで両断斎がゆっくり柄(つか)の抜け落ちた刀を抜き、
「おまえたちの首領に用があるだけだ。無駄死にはするな!」と言った。すると、
「くどい! 首領はおれだ。おじけづくんじゃねえ!」と浪人。
 その威嚇のような物言いに二人同時に両断斎に切りつけた。両断斎はその二人を下段から切り裂くと二人の傷口から血が噴き出して欄干まで飛び散った。

「訳があって、は刺さぬ! 生きたければ自分で医者に行け」

 浪人はその間に刀を取り換えて右八相に構えた。
「手出しはするな。おれがし止める!」と見得を切る浪人。
「無理だ! 鬼神の霊が取り付いている。だから剣が卑しい!」
「ほざけ!」と言って浪人が間合を詰める。その動きを見て両断斎が刀を足元に置き、そして脇差しを抜いて口にくわえ拳法の形に構えなおした。柄(つか)が取れた刀では浪人の居合に応じきれないと思ったとみえる。
「ほう! そのような構えで受け切れるかな」と浪人。
 一気に間合いをつめる両者。
 浪人の抜きかけた右手が止まる。
 浪人は刀を抜くことができず、その抜きかけた手が両断斎の右手によって止められていた。浪人はわずかに抜いた刀を抜くことも仕舞うことも出来ない。そして顔の正面には両断斎が口にくわえた脇差が光っていた。そのまま痛さをこらえる様子から勝敗は決まったかに見えた。

 こうして浪人が刀から手を離したところで両断斎の右手によって抜きかけた刀が鞘に収め返された。だが、ふたたび刀を抜こうとする浪人に対し両断斎はくわえた脇差しを手に取って浪人の目に突き刺した。悲鳴を挙げながら目を押さえる浪人を両断斎が持ち上げて川の中に投げすてた。それを見た一味は怪我を負った仲間を置いて逃げ出そうとする。すかさず逃げる指示を出した小柄な男にむかって脇差しを投げる両断斎。
――逃がさぬ!
 脇差しは走り出した男の太腿に突き刺さり橋の上で男が転がった。そして腿を突き抜けた脇差しを男が抜こうとしたが途中でやめて痛みをこらえている。その男は胸元から出した紺色の手拭いで血の噴き出す傷口をおさえた。それを見て、
「もしや、それをオカヨの口に!?」と両断斎。その手拭いに見覚えがあった。
「ふん! 分ったか。あいつを手籠めにしようとしたら食いちぎったからな」
「おのれ、許さん!」と、両断斎が男の太腿から脇差しを抜いて胸ぐらをつかんだ。両断斎は、その状態のまま脇差しを男の口にねじ込んでいく。男が拒むと口が切れて血がふきだしたが、その瞬間に岡っ引きの呼子(よびこ)が聞こえ両断斎の手が止まった。

 胸ぐらをつかまれた男は必至に命乞いをしていたが両断斎が脇差しの押し込みを躊躇ったと分かると笑い出した。男の口から血がだらだら流れて両断斎の手に付くと両断斎が男から手をはなした。それでも男は何度も命乞いをしている。その男の足元がぬれて着物の色が変わり臭いによって小便だと分かる。失禁をして血を吐きながらも許しを求めつづける男を見て両断斎は口から脇差しをぬいて川に投げ捨てた。すると男は、
「オカヨがそんなに好きならくれてやる。だから助けてくれ」と言った。
両断斎は怒りと虚しさのなかにうもれていく。
「御用だ! 御用だ!」と徐々に大きくなる岡っ引きの声を聞きながら両断斎が見あげた空に雲はない。満月と御用提灯の二つの明かりによって別々の影を落とす両断斎にオカヨの顔が浮かんだ。

 しばらくすると逃げた一味の仲間が縄を打たれて橋の上に連れて来られた。
「お怪我は?」と、返り血を浴びた両断斎に同心があらためて無事をたしかめた。
「ない。こいつらの仲間を川に投げ落とした。明るくなったら探してくれ」と言って両断斎が柄(つか)が取れた自身の刀を拾い上げた。
 一味には息絶えた者や片腕を失った者がいて指示を出した小柄な男とともに橋の中央でうつ伏せにされている。両断斎は身なりを整えケガを負った者の手当てを指示した。
「かしこまりました!」と言って手配に入ろうとする同心が足を止めた。このとき両断斎が手拳で刀をたたき折る音が響いたのである。その形相は怒りを押し殺した鬼のようにみえた。同心は一足先に行くと言って両断斎を残して駒吉一味を連れて奉行所にむかった。
 そのあとで両断斎は自宅である二軒長屋に戻り服を着替えてから奉行所にむかうつもりでいた。しかし気持ちの切り替えがままならない。家のなかで、しばらく仏壇をみながら愛用の煙管でタバコをふかしていた。そして仏壇の前に立って手を合わせてから奉行所へとむかったのである。


 両断斎が奉行所に着くころには夜が明けはじめていた。
 門番にうながされ奥の牢屋に行く途中で同心の一団とすれちがう。
「どうした、何かあったのか?」と両断斎がたずねると、
「お疲れ様でした。一味と関係ない者を小伝馬町(の牢)に移します」
「なるほど! では、一味の数は?」
「はい! 川から引き揚げた二人を含めて十二人となりますが、生きているのは七人となりました」
「よし分かった!」と言って両断斎が奉行所の牢屋に行くと、捕らえられた一味が全員両断斎にむかって命乞いをした。すぐに取り調べに入った両断斎が首領の名前を聞くと口をそろえて奥州無宿、駒吉(こまきち)とこたえた。両断斎はその名前を聞いて事前に千住の関所で西口亜門から示された手配書の名前と同じであると気づいた。しかし、
「おそらく、橋の近くで指示を出した者は駒吉ではなかろう」と両断斎。捕らえた者のなかに駒吉はいないと踏んだとみえる。
「では、ウソをついていると?!」と言って一緒に人定をおこなう同心が筆を止めた。
「ああ! 気付かれぬようにどこかで見ていたと思う」
「なるほど! 多嘉良様をねらってのことですか?」
「あの状況では間違いなかろう!」と言いながら両断斎は八丁堀の同心長屋にいるオカヨとカンタのことが気になった。一味が奉行所に連行される様子を見て首領の駒吉がオカヨとカンタの口封じをねらうと考えたのである。すぐに両断斎がオカヨたちがいる同心長屋に使いを出した。そのころオカヨは川から瀕死の状態で助けあげられ同心長屋で養生し、そこにカンタと佳乃丸が付き添っていたのである。
 こうして両断斎が捕らえられた一味の確認が終わるころに、オカヨとカンタ、そして佳乃丸の無事の知らせが入った。


二.オカヨの思い
 しばらくして、南町奉行の馬場尚繁(ばばなおしげ)が勤めに来たところで両断斎が昨夜からの駒吉一味の一件の報告にはいった。この状況から駒吉一味は首領の駒吉と主だった一味の仲間の顔を知るオカヨとカンタにくわえ佳乃丸や両断斎も手に掛けようとしていることが明らかになった。
「多嘉良! まことにご苦労。早く子供らのところに行ってやれ」と、奉行の馬場。
「はい!」
「駒吉の人定はオカヨができるが無理はさせるな。身の安全を考えてくれ」
「心得ました」
 こうして両断斎は奉行所を後にして同心長屋に向かった。その途中、馴染みの団子屋が見えたのでオカヨの好物のゴマ団子を山ほど注文すると、
「あれ! だんな、お腰のものは?」と、主人が刀を差していないことを聞く。
「おう! うっかりしていた」と言って両断斎が自宅の与力長屋に換えの刀を備えにもどった。

 両断斎が与力長屋に着くと同心長屋にいるはずのオケイと松五郎の声が聞こえた。
「いま帰ったぞ!」と言って家に入るなり両断斎に佳乃丸とカンタが飛びついた。
 このとき、ようやく両断斎に笑顔がもどった。そして、
「おいおいカンタ! オカヨはどうした?」と言った。
「いるよ。寝ている」
「そうか!」
「姉ちゃんが、どうしても帰るって言った。おじちゃんの顔が見たいって!」と言って佳乃丸が笑っている。
「うむ! これを買って来た」と両断斎がゴマ団子を見せて佳乃丸とカンタといっしょに部屋に入った。
「ねえ、食べようよ!」とカンタ。
「おう、広げてくれ」と両断斎。そこにオカヨの世話をしていた松五郎とオケイが加わった。ところが両断斎と目線を合わせようとしない。様子がつかめない両断斎が、
「さあ、食べていいぞ。オカヨの分は残してくれ」と言って松五郎を縁側に連れ出し、事情を聞いたが答えようとしない。
「どうした? ちゃんと話してくれ」と、ふたたび両断斎。
「そこまで言われりゃあ話しますけど、ほんとうのところはオカヨちゃんに聞いてくださいやし!」と松五郎。
「分かったから早く言え!」と両断斎に言われてようやく話しはじめた。
 
 その話とは、オカヨが両断斎の煙管を拾って両断斎にとどけた日のことにさかのぼる。そのときオカヨの後を駒吉の子分がつけていたのだという。
 オカヨとカンタがはじめて両断斎と会うまでは駒吉一味から逃げ出した仲間といっしょにねぐらを転々としていた。ところが両断斎がオカヨとカンタに自分の家に泊まるように言ったので一味に居場所を知られたのである。首領の駒吉は自分の顔を知っているオカヨとカンタを殺すことを子分に指示したが、その子分が金欲しさにオカヨを吉原に連れて行こうとした。しかし、その途中で両断斎が見つけて助け出し、それからオカヨとカンタが両断斎の自宅の与力長屋で暮らしはじめることとなった。
 オカヨとカンタの居場所を知った駒吉は子分を使ってオカヨに近づき脅しはじめた。その脅しとは、オカヨが駒吉本人を見定める証人となった場合、オカヨの姉のオマツが盗賊であったことやオカヨが一味の仲間だということを白州で訴えるというものであった。

 この松五郎の話を聞いた両断斎がすべて思い当たると言うと松五郎が目頭を押さえ、
「だんな! あっしもオカヨちゃんの話を聞いて敵を討ちたくなりましてね。でも、続きを聞いて涙が止まらなくなって」と松五郎。
「分かった。続きを早く話してくれ!」と、先が気になる両断斎。その後の話を松五郎がつなごうとしても言葉にならない。
「あー、だめだ。また泣けてくる。おい、オケイ!」と言ってオケイを呼ぶとオケイは縁側に出るなり、持っていたゴマ団子を松五郎の口の中に押し込んだ。
「だんな! いい子だよ、この子は」と、オケイが涙を浮かべながら続きをつないだ。

 オケイの話とは、駒吉から脅されたオカヨは両断斎が与力であるという立場を心配して悩んだ挙句に一旦は自ら吉原に身をうってカンタの面倒を見ようと考えたという。その途中で一味に捕まり手籠めにされ、そして一味はオカヨの口を封じるために霊岸橋から身投げを装い殺す手はずであった。その話のあとオケイは涙ながらに、
「だってね。川で溺れながら自分が死んだら迷惑をかけなくて済むって思ったんだって。でも姉さんのオマツさんの声がして、絶対に死ぬなって言われたってさ。好きな人がいるならその人のために生きろだって。たとえ汚れた身でも、嫌われても、その人が好きだったら生きろって。もー、そしたら、好きな人の声がしたって! あたいも命がけで救ってもらいたいよ! この人にさ」と言って松五郎の顔を見た。両断斎の目にも光るものが見える。
「わかった。……大事にすべきだった」の一言でオケイと松五郎がこらえていた気持ちを吐きだすように声を出して泣きだした。その横で佳乃丸とカンタが泣くのを我慢しているのをオケイが気づき台所にいって夕飯を作りはじめた。

 思いおこせば四人で暮らしはじめたものの、オカヨとカンタには駒吉一味に狙われる不安な日々が続いていたのである。両断斎は自分を含め四人が無事であることに感慨を深めた。
 しばらくして松五郎とオケイが帰ると、佳乃丸とカンタが夕飯の支度をはじめた。オケイが準備をしたものを温め、麦飯を焚いて食べるだけの簡単なものだが出来上がりがことのほか待ち遠しい両断斎である。
 釜戸の煙を逃がすために開けた裏口から夕日がさして二人の子供の影をうつしていた。両断斎はめったに口にしないゴマ団子を食べながら二人の子どもの後ろ姿に見入っていた。

 佳乃丸が釜戸の火を消して裏口の戸を閉めると二人の影が見えなくなる。それが出来上がりの合図であると分った両断斎は佳乃丸とカンタが並んで話をしている姿を見ながら今までのことを思い返していた。
 すると「できた!」とカンタが声を上げた。その声にあわせ麦飯の匂いとみそ汁と煮物の醤油の香りがただよってくる。
 盛り付けがおわり、釜戸の火の始末を両断斎が見に行こうとして立ち上がると寝ていたオカヨがいっしょに立とうとした。
「無理をするな。ここに座ってくれんか……」と、両断斎がオカヨを優しく抱き上げ飯台の横に座らせた。その日からオカヨは自然に両断斎の右隣に座るようになった。
 川のススキが黄色く色づき、つるべ落としに日が短くなった頃のことである。


三.一味の手口
 そのころ奉行所では、オカヨの殺害を企てた罪によって駒吉一味の取り調べが行われていた。これまでの経緯からオカヨが一味の重ねた数々の罪の証人であり、駒吉とその主だった仲間の人定を行ううえで重要な存在であることは明らかである。
 調べが進むと、両断斎が橋の上から川に投げ捨てた浪人は金で雇われ、自分が首領であると言うように指示を受けていたことが分かった。その浪人が金をもらった相手は両断斎が脇差しを口に刺した男で、その者の証言によって浪人と一味の関係を知ることが出来た。ところが、ほかの子分は口裏を合わせたように別に駒吉がいると言いはじめた。そのためオカヨの回復を待って牢内の者の人定を行う運びとなる。それまでは護衛を兼ねて両断斎が家で待機することとなった。

 両断斎が護衛につくことを聞いた松五郎とオケイが音頭を取り、二番組の若手も交代で与力長屋の見張りにつく手はずとなった。
「だんな! そろそろよし坊(佳乃丸)をむかえに行ってきやす」と、松五郎が踊りの稽古に行っている佳乃丸をむかえに行くと言った。
「ああ、頼んだぞ」
「それで、明日はだんなが奉行所に行かれやすんで、あっしと若手十人でここに来やす」
「分かった。明日の結果は伝える」と両断斎がかえす。
 このとき両断斎に駒吉一味を掃滅する策が奉行所において伝えられることとなっていたのである。しかし、証人として白州に出るオカヨの負担と佳乃丸とカンタへの身の危険がどうしても気になる両断斎であった。そのころオカヨは寝ていると毎日のようにうなされ佳乃丸とカンタがなだめて眠りにつかせていた。

 翌日、家を早めに出た両断斎は子どものころに通っていた荒木流拳法の道場に向かった。
その道場は八丁堀の同心長屋の古びた棟を借り受けて子どもたちに拳法を教えており、非番の同心たちが指導を担う場所であった。
「あー、これは、これは、多嘉良様!」
「稽古の邪魔をして済まぬ。今日は二人か?」
「いいえ、あとで石田と牧野も参ります」
「そうか!」
「わたしも佐久間も、駒吉一味のことは耳にしております」
「おう、そうであったか! 与力になって引っ越してからいろんなことがあった」
「ほんとうにお疲れさまでした」
 こうして両断斎と話しをしているのはオカヨが霊岸橋から駒吉一味によって投げ落とされたときに一味を捕縛した佐伯兵衛という同心である。
「して、ご用向きは?」と佐伯。
「うむ! ここに戻って来ることをお願いしたいと思っている」
「いや、またいかがされました?」と、おどろく佐伯。
「おぬしも知ってのとおり、まわりに仲間がいて顔と名前を知っていることがいかに大事であるか身につまされた」と両断斎が心のうちを話した。

 思い起こせば両断斎は役目を行うなかで妻子を亡くし、そして今の厳しい状況にある。
 江戸の治安が悪くなれば取り締まりは厳しさを増し、そのことによって同心などの奉行所方もその家族も恨みをかい、恨みの矛先が家族に及ぶこともある。そのようなことが少しでもあれば過去のならいとして咎人(とがにん)は厳罰に処せられるが、それでも危険が及ばないとは限らない。両断斎は、自分が不在であっても誰かしら残っている同心長屋の安全を家族のために必要だと思っていた。
 その後、道場に来ていた子供たちの稽古の姿に亡くなった息子寛介への思いを重ね両断斎は奉行所に向かったのであった。

 奉行所に着くと早々に与力全員に取り調べの状況が伝えられた。
 奉行所の牢に投獄された一味の人数は当初の七人から十四人に増え、調べが進むにつれ、さらに数が増えると予想がついた。
 いまのところ捕まっていない一味の者は江戸の北に位置する千住や向島あたりで盗みや恐喝を繰り返しながら江戸の大店おおだななどの様子をうかがっていていると言って千住宿の関所から戻って来た西口亜門が説明に入る。この西口の話は首領の駒吉がいかにして捕縛の網の目を逃れてきたかという核心をつくような内容だった。
 その西口の話とは・・・
 駒吉一味は盗みに入る先を絞り込んでいるとの話はあるが肝心の駒吉の人定については思ったように進んでいない。すなわち駒吉は一味の犯行の段取りをするだけで直接手を下さないのである。そのため駒吉を見たことがないという者と両断斎が脇差しを口に入れた小柄な男であるという者とに分かれているという。

 取り調べの現状が説明された後、与力の西口亜門と両断斎が奉行の馬場尚繁(ばばなおしげ)の部屋に呼ばれた。
「さあー、座れ! それでオカヨの容態はどうだ?」と奉行の馬場。
「おかげさまで良くなりました」と両断斎。
「そうか! 知ってのとおりオカヨの証言で答えが判る。だが心配であろう」
「恐れ入ります」
「率直に申すが、オカヨと子供二人はおぬしの家族と同じ。日々の勤めはその支えが大事。古巣の長屋に移れば他の者もいるので安心できよう」と、奉行の馬場が先に話を進めたことにより四人が同心長屋で暮らすこととなった。
「お気遣い、恐縮に存じます」と両断斎が頭を下げ、つづいて駒吉の人相の話となる。
「西口! 我ら奉行所方の家族に危害を及ぼすものは断じて許せぬ。(駒吉の)これまでの足どりと、人相書きについて話してくれ」
「はい。かしこまりました」
 こうして両断斎に駒吉の足どりと人相が伝えられた。

 奥州無宿駒吉は、奥羽各藩の峠越えの旅人をねらう盗賊で、一説に一味の数は百人を超えるというが盗賊団のなかに駒吉の名前を騙る者が多く各藩では実態をつかみ切れていないという。
 この駒吉一味の手口は、北は十和田の奥入瀬あたりから南は奥州白川あたりまでを転々として、配下の子分らを旅人や茶屋の給仕に仕立て持ち金を見てから狙いを定めていた。そして、ときには一味の女を遊女にしたて金品を奪う巧妙なものではあるが、首領の駒吉は直接手を下さずに様子を見ているという。そのため捕り物の際に見物人にまぎれるなど一部の者だけに顔が知られていた。

 また駒吉の江戸への足どりは、奥州地方の凶作によって人買いが増え、その仲介役として訪れたというのが子分の証言によって明らかになった。そして西口が本題に入る。
「それで、人相書きはほとんど進んでおりません!」と西口。
「なるほど。オカヨに検めさせても牢にはいないこともあるか!?」と奉行の馬場。
「はい! 駒吉が牢にいればオカヨも狙われることもないと思いますが、おそらくは……」
「では、ここにいないとなれば本気で口を封じに来るな!」
「まず間違いないかと。どこかでオカヨとカンタを見張っているやに!」
 と馬場と西口の話がすすみ、
「わかった! 早めに長屋に移ることにいたせ」と、奉行の馬場から指示をうけ翌日には八丁堀の同心長屋に両断斎と三人が引っ越しを済ませた。


四.駒吉と又三
 八丁堀の同心長屋に両断斎と三人が引っ越した翌日のこと、オカヨに人相書きに記す駒吉の背丈や顔の特徴などを聞き、獄中の一味のなかから駒吉に似ている三人が選びだされた。これを受け両断斎がオカヨといっしょに奉行所に出向き、その三人を牢屋の外から見ていた。
「オカヨ、いるか?」と両断斎。オカヨは両断斎の後ろから牢のなかの三人を見て、
「おらんです。ほかの人も見させてくだせえな」と言って牢のなかをすべて見て回った。しかし牢には駒吉や主だった者がいないと分かる。
「そうか! 辛い思いをさせてすまぬ。疲れたであろう」
「いいえ、この中にも脅されて悪事をやった人がいます。はやく捕まえてもらいてぇ!」
「そうだな! 今日はこれで戻るぞ」と言って両断斎がオカヨといっしょに結果を西口に伝え奉行所を出ようとした。

 すると、そこに非番の佐伯兵衛が駆け込んできて、
「多嘉良様! 申し訳ございません。佳乃丸が戻りません」と取り乱している。
「なに! 絵を習いに行って戻らんのか?」
「はい! 見知らぬ者が迎えに来たのに付いて行ったようです」
「なんと! すぐに手配を頼む。ほかの方々に知らせて来る」と言って両断斎がオカヨを連れて奉行所のなかに戻った。
 こうして急きょ佳乃丸の捜索がはじまることとなる。
 佐伯兵衛の話によると、佳乃丸が習いに行っている絵師のもとに二番組を名乗る二人の男が迎えに来て佳乃丸といっしょに帰って行ったという。そのことが佳乃丸を迎えに行った松五郎によって発覚し佐伯はそのことを知らせに奉行所に急いで来たのであった。

 すでに佳乃丸のことを知っている同心と二番組の者を中心に捜索が開始されたと佐伯が言ったが両断斎にあわてる様子がない。その横で、
「うちらのために、佳乃丸がこんな目に!」とオカヨがわびている。すると両断斎が、
「オカヨ、話がある……」と言ってオカヨに耳打ちをした。オカヨは小さくうなずきながらため息をついた。そのあと二人は佐伯兵衛といっしょに西口亜門のところに事情を伝えに行くと、佐伯が神妙に、
「申し訳ございません!」と頭を下げた。
「佐伯! 大丈夫だ。おそらく今ごろは戻っていよう」と西口。
「いや、しかし!?」
「大丈夫! (火付盗賊)改方が佳乃丸のことを助けているはずだ」と西口が火付盗賊改との関係を話しはじめた。
「では、改方が見張りに付いていたと?」と佐伯が事情を知った。佳乃丸が駒吉一味に狙われることを考えた妙策が準備されていたのである。
「ああ、そのとおり! お前に内緒にして済まぬ。だが、いまの体制は続けてもらうぞ。今度は似顔絵が出来上がってからだ。ご苦労である」と西口。
「……かしこまりました! ではこれにて失礼つかまつります」と、納得の佐伯が席を立つ。佐伯はこれまでの状況から佳乃丸がおとりであったことに気づいた。すなわちオカヨとカンタだけでなく佳乃丸も駒吉一味に狙われると考え火盗改かとうあらためが一味に気づかれないように見張りに付いていたのである。

 さらに佳乃丸は絵を習ったことによって今まで以上に似顔絵の腕前を上げていることを火盗改が知っていた。
このやり取りのあと、念を押すように佐伯が両断斎に経緯をたしかめ、
「なるほど、そうでしたか! では、すぐに戻りましょう」と言った。
「ああ! 長屋のみんなに内緒にしていた。戻るぞ!」と両断斎。
 こうして三人は佳乃丸の無事を祈りながら同心長屋に向かったのであった。

 三人が長屋に着くと予想したとおり火盗改と一緒に佳乃丸が戻っていた。そして絵の道具を広げ二人の男の顔と姿絵を描き終え、その絵をもとに堀師が原版の仕上げにはいろうとしていた。
「佳乃丸、無事か!」と両断斎が絵筆を洗っている佳乃丸に声をかけた。
「はい、父上!」と佳乃丸。その言葉に両断斎が耳を疑う。
「いま何といった?」
「はい、父上と言った。改方あらためかたの徳山様がそう言えっていったから」
「そうか!」
「おいらのことを見ていたヤツの顔を覚えていろって言われたんだ」
「そうであったな!」と言って両断斎が隣ですすり泣くオカヨの肩を抱きしめた。
「オカヨ! すまぬ。絵を見てくれ。分かるか?」と聞くと、
「はい」と言って絵を見たオカヨの顔が険しさを増した。そして彫師(ほりし)の原版に落とされようとする絵を見ながら、
「これがあいつ! こっちが又三(またぞう)!」と震える声で言った。
 この佳乃丸の似顔絵とオカヨの見立てによって駒吉と又三という下手人の顔が明らかになる。その横には火付盗賊改方の徳山秀栄が摺師(すりし)を連れて来ていて名前と特徴を加え準備にかかった。摺師の職長は浅見好助の放火の一件で佳乃丸の絵を見ていた者である。
「それでは作業にかかります」と職長。
「よろしく頼む!」と徳山。
「承知いたしました。この子の絵を摺らせていただけると思うとやる気が出ます!」
「どんなふうに仕上がる?」
「おそらく、職人も分かっていて気合が入っております。かなりのものと!」

 それから待つこと一刻(二時間)・・・
 摺り上がった黒と肌色の二色の絵は動きと姿勢をとらえたみごとな仕上がりをみせた。その絵を手に取った者はそのまま見入っている。
 こうして絵の摺り上がりとともに一斉に捜査の関係筋に駒吉と又三の絵が配られたのであった。二人の男の人相書きに記された名前は奥州無宿駒吉、その弟の奥州無宿又三と書かれ兄弟であると記された。

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【読者賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜

旅する書斎(☆ほしい)
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【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞(読者投票1位)受賞】 文化文政の江戸・深川。 人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。 暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。 家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、 「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。 常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!? 変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。 鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋…… その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。 涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。 これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
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【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

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貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

無用庵隠居清左衛門

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前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

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慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

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