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しおりを挟むふと思い出した。駿太と付き合うことになり、私がサークルを辞めようとした時の記憶を。雅空先輩に嘘をつかれ、もう来ないと伝えた。そうしたら、いつも飄々としていた姿から一変、涙を流し、嫌だと伝えてきた。これから関わらないという条件で、私は活動を続けることにした。それから数ヶ月経った頃に、雅空先輩は格好をガラリと変えた。
理由は分からない。
どうでもいいやと、気にしないことにしていた。
今、雅空先輩が目の前にいる。
トイレに行こうとしたら、鉢合わせてしまったのだ。
視線が合ったのは、先輩が、私に告白してきた日以来だ。
前と印象が違う。纏っているオーラが暗い。雅空先輩は口を引き結び、目を見開いていた。
私も足を止めてしまい、そのまま数秒時間が流れる。先輩が、表情を変えずに腕をのばしてきたのに気づいて、慌てて横を通りすぎた。一瞬、駿太と雅空先輩がダブって見えたが、振り返ることはしなかった。
用事を済ませサークル部屋に戻ったら、他の人と喋っていた駿太が私に気づき、手を振ってきた。近寄り、なんの話をしていたのか尋ねる。
「なんか、みんなもう帰るって言っててさ、雅空先輩とかも気づいたらいないし。俺らもかえる? やることも特にないし」
「うん。そうしよっか」
私達は支度を整え、最後に外へ出た。駿太がさりげなく手を繋いでくる。一生片思いだと覚悟していたけれど、二ヶ月ほど前に、俺も琴葉が好きだ、と告白してくれた。それから、幼なじみの時より距離が近くなって、行き帰りは手を繋いでいる。
一応キスらしきものもした。ぶつかった、という方が正しいけれど。ドキドキしすぎて、私がパニクって転びそうになった時、駿太が支えてくれて、その時唇が当たった。という流れだ。思い出して、片手で顔を覆う。私の挙動に疑問を抱いたのか、駿太が、「どうした?」と聞いてきた。
「もしかして、まだ手繋ぐの緊張してる?」
「えっ……ち、違うけど、ただ、ちょっと思い出したことがあっただけ」
「あ、もしかして、俺が告白した時、腰抜かしたやつ?」
「ち、違うよ! もうその話は、おわりって言ったでしょ。は、恥ずかしいから……」
顔が熱くなる。駿太が楽しそうに笑っているのは嬉しいけれど、正直忘れて欲しい。
そっぽを向いて耐えていると、再び話しかけてきた。
「そういえばさ、琴葉と付き合うことになったの、こんくらいの季節だったよな」
「うん。少し前とかだったと思うよ」
「……あのさ、今年のクリスマスさ、一緒にすごさない?」
「え」
「いやだったら無理にとは言わないんだけど、前回はさ、まだお試しみたいな感じで、カレカノっぽいこと出来なかったし、今年はせっかくなら2人で遊びたいなって」
突然の誘いに体が固まる。喉がカラカラで声が出なかった。駿太が名前を呼んでくる。我に返り、何とか答えた。
「あっ、……うん。一緒に、パーティーとかしたい」
「じゃあ決まりな! 」
現実味がわかなくて、しばらく頭の中で反芻した。誘ってくれるなんて思わなかった。しかも2人。
歯を食いしばり、持ち上がる頬を抑えた。
数週間後の約束が待ち遠しくて仕方なかった。
2、3日経ったある日、いつも通りサークルに向かったら、何故か雅空先輩が話しかけてきた。
まるで何も無かったかのような態度。髪型や服装も、はじめて会った時の姿に戻っていた。
「え……あの……雅空先輩?」
「ん? どうしたの」
ポケットに手を入れながら、首を傾げている。私はしばらく迷ったが、意を決して口を開いた。
「もう、話しかけないって……言ってませんでしたか?」
先輩は、えー、と言って、にこりと笑った。
「全部冗談。ちょっと変だったんだよね、オレ。あの時。らしくなかった。うん。本当にらしくなかった。それに、全部嘘。ああいう風にいえば、琴葉ちゃんオレのこと好きになってくれるかな~とか思って、ふざけただけなんだけど、思ってたよりマジな空気になっちゃってさ。だから、今日からはいつも通り普通に友達? として仲良くしよ」
ずいっと、1歩近づかれる。私の肩がびくりとゆれた。あの日泣いていたのも嘘だったの? 疑問は生まれたが、先輩からの謎の圧に、はい、と答えることしか出来なかった。
「今日これからなんかあるの? ないならオレと遊びに行こうよ。欲しいのとか――」
「行きません。……あの、私彼氏いるんですよ」
遮り伝えると、雅空先輩はポケットから手を出し、髪をかきながら否定した。
「あー……違うよ……。他の子もいるから、くるかなって思ってさ。さっき誘われたんだけど、琴葉ちゃんいた方が楽しいかなって思ってさ。……えーとね、あー、名前忘れた。茶色い髪の子とこんくらいの身長の子と、あと何人かくるの。だから、別に2人じゃないんだけど」
「そう、なんですね。でも大丈夫です。楽しんできてください」
先輩は歯切れの悪い返事をしたあと、来たくなったらいつでも言ってね。と残してから去っていった。
雅空先輩はその後も懲りずに話しかけてきた。私のことが好きだと言ったのは、やっぱり本当のことなんじゃないかと思ったりもしたが、しつこく近づいてくることはなく、女の人と頻繁に遊んでいるので、気のせいなのだと、思うことにした。
そして、いつの間にか駿太と約束した日がやってきた。午前中は外でデートをして、午後はケーキを買って、駿太の家で過ごすことになった。
「はい、これクリスマスプレゼント」
雑談中、渡されたのは、ベージュの手袋だった。私は紺色の財布をプレゼントした。
「え、ちょうど欲しかったんだよ財布! すげー嬉しい」
手に持ち、いろんな角度からながめている駿太に、笑みがこぼれる。
「うん。新しいの欲しいって前言ってたから、買ったんだ」
顔を見て伝えると、駿太がいきなりキスをしてきた。ぽかんとしている私に、「……ごめん、なんかしたくなった」と説明してくる。
「えっ……あっ……うん。全然……。う、嬉しいよ」
左右に視線を向けながら、何とか頷く。駿太は「すげー顔真っ赤!」と言って、手を握ってきた。
「あのさ……今、家誰もいなくて。母さんも父さんもしばらく帰ってこないんだけどさ。だから俺と、その……」
珍しく、駿太が頬を赤くさせていた。続けられるであろう言葉を察して、私は裏返ったこえで、はい、と答えていた。
「あ、あの……えっと……駿太になら、わ、私の全部あげれるから。えっと……そういうのは初めてだから、や、優しくしてほしい」
震える手を、駿太が強く握りしめてきた。もちろん、とはっきりした声で同意してくれる。
そこからは長いようであっという間だった。すべてが終わって、ベッドの中で隣を見たら、駿太と目が合って、幸せでいっぱいだった。
ポヤポヤとした気分のまま別れ、夜は全然眠れなかった。
次の日は、駿太とは別々の登校だったので、駿太は午前に、私は午後に大学へ向かった。駿太に会えるのは、サークルの時間帯だ。
放課後、緊張しながらもうきうきで歩いていた。
「あれ、琴葉ちゃんじゃん。今からサークル行くとこ?」
後ろから話しかけられて、振り返ると、雅空先輩が立っていた。近づいてきて、腕が当たるくらいの距離感になった。
「楽しそうだね、なんかあった? ……あ、昨日サンタがきたとか?」
「いえ、そういうんじゃないです。色々あったんです」
「ふーん……そう」
無言のまま歩いていると、先輩は突然、「香水つけた?」と聞いてきた。
「つけてないです」
「そっか。なんか……変」
「え?」
「変な匂いすんね」
よく分からない、失礼なセリフに顔を上げる。
「……もしかしてさ、昨日、誰かと会った?」
真顔で問われ、言葉に詰まった。
何といえば良いか分からず、下を向く。昨日の駿太との出来事が脳内に浮かんだ。
「やっ……あの、いや、あの、えっと……、会ってないです」
「へー、そう……」
薄いリアクションに、どうしたんだろうと不思議に思っていると、先輩が突然立ち止まった。
「きも」
「えっ、きも……?」
「あーうん。きもい。無理。そっか、うん」
淡々と喋りながら、先輩は肩にかけていたバッグの中から、ペットボトルを取りだし、蓋を開けた。
「風邪ひくかな~、まぁそしたら看病するし。今はお風呂とかないからさ」
呟きながら、私の頭に水をかけてきた。ぼこぼことした音が、耳に入ってくる。視界は濡れた髪の毛で遮られ、雅空先輩の表情は見えない。
かけられなくなってからも、困惑して、私は突っ立ったままでいた。
「はは……びしょ濡れだね。これで綺麗になったかな」
謎のひとりごと。
理解する前に、「行こっか」と言われた。
私の手をとり、先輩はスタスタと歩いていく。足を引きずるようにして、ついていった。
寒さからなのか、先輩に対する恐怖心からなのかは分からないが、腕と唇が震えた。
サークル部屋につき、先輩が扉を開ける。目に写った人は、みんな驚いた顔をしていた。ギョッとしてる、という言葉が似合う表情。
雅空先輩は、私の腕を離し、椅子に座る駿太の前に向かった。
「雅空先輩? ど、どうしたんですか。琴葉もビショビショだし」
「あのさ、昨日琴葉ちゃんといた?」
駿太の質問を無視し、先輩が聞く。嫌な予感がした。
「え……、はい。いましたけど。クリスマスだったんで、ふたり――」
すると突然、ガシャンとけたたましい音がした。床には、倒れたパイプ椅子と、尻もちをついた駿太。私は、え。と口を開けた。
「っ……な、なんですか! 急に――」
駿太が抗議しようとしたが、それよりも先に、雅空先輩が長い足を使って、駿太の股間を踏みつけた。駿太は呻き、体を横にしてうずくまった。
先輩が、今度は手を振りあげたのに気づき、私は慌ててかけよった。
「し、駿太!」
駿太が怪我をしないようにと、覆いかぶさった。殴るなら私を殴ってくれ、と目をつぶっていたが、衝撃はやってこなかった。恐る恐る確認しようとした時、グイッと、体が上に引っ張られた。
無理やり立たされ、横を確認すると、雅空先輩がハイライトのない瞳で見つめてきた。
私は顔を背け、駿太の様子を確認した。
冷や汗をかき、痛そうだ。女の私には、どれくらいの酷さなのか分からない。心配になり、ポケットに入っているスマホで、救急車をよんだほうがいいのかなと思った。
体が傾いた。先輩が私をつれ、部屋を出ようとしていた。あまりの速さと強さに、抵抗できない。サークル部屋にいた数人は、唖然としている。
やめてくださいと訴えても、無視された。
しかも、外に出たあと、大学のさらに端、暗い、人通りの少ない場所に向かっているのが分かり、血の気が引いた。
やがて、行き止まりになった。白いコンクリートの壁に背中を押し付けられ、抱きしめるように潰された。
「はっ、離してください……! 雅空先輩!」
いくら言っても、先輩はやめてくれなかった。それどころか、足を股の間に挟んできて、首筋に顔を埋めてきた。ぞわりと鳥肌がたつ。精一杯暴れた。
髪を引っ張っても、背中を叩いても、ビクともしない。
視界が歪んでいく。
その時、私はスマホを持っていることに気づいた。さっき取り出した時のだ。
私は先輩の顔面を何とか少し引き離し、スマホを何回か叩きつけた。自分が何をしてるかなんて、分からなくなっていた。
ごっごっと、鈍い音がなり、雅空先輩がよろめき、数歩後ろに下がった。
上手くいった安堵に、足から力が抜け、ぺたりと座り込んでしまう。
早く逃げようと両手を地面につける。
「いっ……」
小さな声に、視線を向けた。
先輩が顔を抑えている。呼吸が乱れている。
私は這いずりながら逃げようとした。
先輩は、よろけながらやってくる。
すぐにまた追い詰められた。そして、私の前にしゃがんできた。
顔を近づけられ、息を飲む。
「あー……いったい……、はぁ……はは、あーあー、怪我、しちゃった」
片方の眼球が黒く、真っ赤に腫れていた。目尻は切れ、タラリと血が流れている。
ヒッと、声が出る。自分がやってしまったことを理解し、何も言葉を紡げなかった。
「……はぁ、はぁ……っ、想像より痛いや……あぁ……でも、琴葉ちゃんは、別に謝んなくて良いよ。オレは怒ってないし。全然問題ない。でも……でもさ、オレの両親さ……すごいきびしーんだよね」
痛いどころではないはずなのに、先輩は穏やかに喋っている。
「視界、変だし、もう一生見えないかも。治療とか、お金とかはさ、オレ別にいらないんだよね。かわりにさ……」
一拍置いて、雅空先輩がにっこりと笑った。
「今日から、琴葉ちゃんの彼氏はオレにしてよ」
***
琴葉から、一方的に「別れよう」というメッセージが来てから、連絡が取れなくなった。
家に行っても、暗い表情で、「もう、駿太のことは好きじゃないの」と言われるだけ。 納得ができなくて問い詰めたが、ろくに話もできないまま追い返された。
今も、ため息をつきながら、大学の通路を歩いている。
「はぁ……」
「なんでため息ついてんの?」
突然声をかけられ、転びかける。振り向けば、雅空先輩が立っていた。
ついこの前、先輩がいきなり俺の下半身を蹴ってきたことがあった。次の日に、何故か眼帯をした先輩が、酒で酔ってたんだよね、と言い、謝りまくってきたので、一応和解した。
「琴葉と連絡つかないんですよ……、あ、そういえば、雅空先輩が奇行にはしった日、なんで琴葉びしょ濡れだったんですか? 分かります?」
「奇行って、まだ根に持ってたんだ。まぁ相当痛かっただろうし、無理もないか。下半身、使えなくなってたりして」
「ちょ、そういう冗談やめてくださいよ! 全然笑えないんですけど」
「ごめんごめん、今度なんか奢るからさ。で、琴葉ちゃんだっけ? ……ほら、オレが酒飲んでんの気づいて水飲ましてくれようとしたんだけど、あの時オレ変だったからさ、なんかかかっちゃったみたい。あんま記憶ないし、詳しいことは覚えてないけど」
「な、なるほど……? というか、先輩そんな酒癖悪かったですっけ? なんか怖いんですけど……。あ、あの、それと、聞いていいか迷ったんですけど、目って、どうしたんですか?」
「あー、これは、色々あってさ、見えなくなっちゃった。全然気にしてないけど」
「え……」
とんでもない事実に絶句する。けれど先輩は、本当に悲しくなさそうで、下手な慰めもできず、そうなんですね、としか返せなかった。
「そうだ、琴葉ちゃんと別れたんでしょ、女の子紹介してあげようか? 背高くて髪短い綺麗な子」
「いや、いいです。俺琴葉のことまだ好きなので。別れたつもりもありません。というか先輩こそ、遊んでばっかで、彼女作らないんですか?」
「……いや、最近できたよ」
「そうなんですか! え……本当ですか? 全然信じられないんですけど、浮気とかしそうな感じありますけど、大丈夫ですか?」
俺がそう聞くと、先輩は、「え~、大丈夫だよ」と笑って、こういった。「ちゃんとオレの本命の子だから」と。
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