白と黒

上野蜜子

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第5章

反省と宥恕 2

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青木さんと別れた後、とてもこのまま家に帰る気も起きず、ぼんやりと白石さんと一緒に歩いた道を辿っていた。

歩幅を合わせて隣で歩く、艶がありいつもさらっと流れる黒髪、絶対に猫背にならないぴんと伸びた背中と首筋、シワのない清潔感のある服装…

白くて滑らかなフェイスラインと目が合うとキツネのように細くなる切れ長の目尻、当たり前のように俺の名前を呼ぶ声…

数日会わないことは今までもあったし、つい先日も会ったばかりのはずなのに、全て戻れない思い出になってしまったような感覚がある。

白石さんは、青木さんとは会話(叱責?)もしているのに、俺の連絡には既読も時間がかかった上に返事は当然のように返ってこない。

職場では同じチームだと言っていたし、ずっと険悪な雰囲気でいるのは業務に支障があるから早めに蟠りを解いただけなのかもしれないが、俺の話はもう一切聞く気もないのだろうか。

青木さんはちゃんと向き合って謝罪をしていた。俺は何もかも中途半端で、白石さんに何を謝っているかも明示しないで、ただ謝罪の言葉だけ述べていただけだ…

そりゃ、誠意も感じられないよな…

けど謝罪の機会も与えられないなら、どうしようもない。青木さんのように職場で会うわけでもない。待ち伏せはしたくないし、連絡も追撃してしつこくするのはどうかと思うし、また謝るだけなら完全に自己満足だし…

頭の中ではぐるぐるといろんな考えが巡っているのに、これからどうしたら良いのか全く解決策が浮かばない。

もう元の関係には戻れないのだろうか…

歩いているうちに、以前白石さんに連れてきてもらったイタリアンの看板が目に入る。

ここで、俺が白石さんの好きな人だと…さらっと言われたんだよな。

あの時、もう少しちゃんと反応してたら何か違っただろうか。

しかし、白石さんからの好意を感じてもなお、自分がどうしたいのか…どうすれば良いのかが全く分からない。

好きとか好きじゃないとか、付き合いたいとか付き合いたくないとか、正直まだよく分からない。そういう感情から逃げ続けて何年も経つ俺には全く専門外な問題で、考えているうちに思考が停止してしまう。

そもそも過去のことをいくら思い出そうと、いくらタラレバを考えようと、今の状況は何も全く変わらない。

そうだ、行動しないと何も変わらない。

とりあえず、今この店に白石さんが一人で来ているかもしれないという可能性に賭けて、この店に一人で入ることから始めてみよう!!

もし白石さんがいたら何と言おうか、まず自分の頭で何も考えずただ流されるままに白石さんを避けようとしたことを謝罪して、何かを聞かれたらしっかり考えて説明する。

素直に、誠実に!!

ドクドクと脈打つ心臓を落ち着けようと数回深呼吸して、店の扉に手をかける。

店内は以前来た時と全く変わらない雰囲気なのに、不安と緊張で凝ったインテリアなども全く目に入らない。

ただぐるっと店内を見渡し、集中して白石さんの頭を探す…

が、見つからない…

そんな都合よく行くわけがないか。

「いらっしゃいませ、今日はお一人ですか?」

以前も扉を開けてすぐにこやかに出迎えてくれたマスターが、同じようにゆったりとした時間を纏って奥から出てくる。

「あ、あの…はい、一人です、あの、空いてますか…?」

「ええ、来てくださって嬉しいです。こちらへどうぞ」

以前案内された席とは違う、落ち着いた1人掛けの席に案内される。

席まで歩きながらも念の為店内を確認するが、白石さんは居ないようだった。

「お決まりになりましたらお声掛けください」

マスターに優しく声をかけられ、はっとする。

「あ、あの、ラザニアってありますか?以前美味しいと伺って」

「ええ、ございますよ。サラダとお飲み物のセットもございますが、いかがいたしますか?」

「あ、今日は…単品でお願いします」

以前はワインも飲んでピザをシェアして、色々なことを話しながら食事を楽しんでいたが…

以前二人で来た場所で、この状況で一人でじっくり食事を堪能する気は起きない。

念の為アプリを立ち上げ直してトーク画面を確認するが、やはり新しいメッセージはない。

今までこんな状況になった時、どうやって切り抜けてきたんだっけ…

元カノは頻繁に怒っていたが、ひたすら謝って自分にいかに非があるかを伝え続けているといつの間にか機嫌が直っていたな。

白石さんは…何に対しての謝罪なのか追及してくることから、謝られたいわけではなくなぜ起きたことなのかを知りたい、そしてそれに対してどう思ってどう考えているのかをしっかり聞き出したい…んじゃないだろうか。

あの時の白石さん、本当に怒っていたな。怒っている時にも冷静を保って相手のことを知ろうとしていた。

本当に出来た人だと思う。俺の方が社会人歴も長くて年上なはずなのに、どうしてこうも人間性に格差があるのか…

あまりにも愚かで、自分が情けない。

あれから何度も、もし…とか、ああしてたら…とか色々なことを考えていたが、

結局は何かしらでトラブルが起きてこのような事態になっていたのかも知れないとすら思うようになってきた。

それほどまでに、自己保身が強く、保守的で、短絡的…

「失礼致します、ご注文のラザニアでございます」

出そうになっていたため息を急いで引っ込め、声の主を捉え姿勢を正す。

「あっ、ありがとうございます」

頭の回転も速いわけではなく、ぐるぐると考え込んでいるうちにいつの間にか時間が経っていたらしい。

マスターはにっこりと微笑むと、くつくつと容器のふちが踊っているラザニアと、その隣にサラダと湯気の立つソースを置いた。

「あっ、あれ?えっと、単品だったと思うんですけど」

「ささやかですが、本日来てくださったお礼のミニバーニャカウダです」

マスターの笑顔が一層眩しく感じる。

お、お礼!?

予約もせずただ入っただけなのに、お礼!?

「あっあの、すみません前回もサービスして頂いたのに…」

「いいえ、お口に合うと良いのですが…ただ私は、」

そう言いかけてから少しわざとらしく周囲を確認するように見渡し、

「白石さんが初めて連れてきて下さったご友人に、またこうしてお会いできたことが本当に嬉しいんです。あなたは白石さんにとって特別なお方でしょうから、尚更です」

人差し指を立て、内緒だというハンドサインを見せると「ではごゆっくり…」とゆったりとした歩調でテーブルから遠ざかって行った。

そうか、白石さんはいつも一人でこうやって食べに来ていて…

この店を紹介してくれたのは俺が初めてだったのか。

また一緒に来ようと言っていたのに。

俺が不甲斐ないばかりに…

バーニャカウダもラザニアも美味しかったが、白石さんと一緒だったらもっと違う味わいだったんだろうな、と思うとまた更に虚しくなった。
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