ずっと愛していたのに。

ぬこまる

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一章 魔法学校編

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 鐘楼から少し離れた商店街。
 その街並みのなか、ひときわ大きな屋敷と道具屋の店を構える建物が私の実家で、祖父は道具屋を経営し、父は王都フィルワームやトルシェの街に食料や資材などを運送する貿易商をしている。
 つまり私の家は貴族になり損ねた商家、と言ったところで、この晴れ渡る空を切り裂くような怒鳴り声の主こそ、私の父だ。

「な~に~! ルイーズとジャスくんが婚約しただと? ゆるさーんっ!」

 はい、父に婚約破棄されました。
 ジャスの顔色はみるみる暗くなり、土下座して床に額をこすりつける。なにもそこまで!?

「お願いします、お父さん! ルイーズとの婚約を許してください!」
「ダメだ! ダメダメ!」

 眉間に皺を寄せたままの父は、ずずっと紅茶をすすった。
 さっき私が淹れた紅茶だ。最高級の茶葉にしたのに、まったくもって気分は乗らなかったらしい。

「ジャスくん、悪いが君にお父さんと言われる筋合いはない」
「で、ですが……俺のなにがいけないのでしょうか? 魔法学校を卒業したら立派な冒険者になってみせます! ルイーズを不幸にはさせないと誓います!」

 違うんだ、違うんだよ、と父は言ってティーカップを置いた。

「いいかジャスくん、君の家は平民だ。ちょっと魔法が使えるからって調子に乗るでない! うちの娘ルイーズは金持ち貴族のところに嫁がせると決めているんだ」
「で、でも、モンテーロさんだって平民では?」
「だまれ小僧! ルイーズはモンテーロ家の政略結婚の道具なのだよ」
「そ、そんなのルイーズが可哀想だ! 平民が平民と結婚して何がわるい……」
「はぁ? モンテーロ家と貧乏平民のベルナルド家といっしょにするな! うちは貴族になるんだよ!」

 ベルナルドとはジャスの苗字だ。
 完全にジャスを下に見ている父。その眼光は鋭く、まるで魔物のよう。
 なんでこうなってしまうんだろう。
 一方、ティーカップを片手に眉を吊り上げる、美しい化粧をした、スタイル抜群の姉がつぶやく。19歳、私のひとつ上だ。

「こんな紅茶、まずくて飲めないわ!」

 ぼたぼた、と赤い絨毯に染みが広がる。
 お父様に紅茶を淹れたついでに、姉にも渡していたのだけど、こぼすなんてムカつく。
 するとメイドが飛んで来て、熱心に布で拭き取ろうとする。
 メイドの仕事を増やさないでよ!
 って姉を叱ってやりたいが、そんなことを言ったら水魔法で攻撃されて半殺しになるのは目に見えている。ここは黙って様子を見よう。ああ、情けないわね、ルイーズ。
 それにしても、また紅茶をこぼすのか……。
 なぜかわからないが、私の淹れた紅茶を姉はこぼす。誰が淹れても味は同じはずなのに、水魔法が得意だから、微妙な味の変化がわかるのだろうか?

「はやく拭いて、新しい紅茶を淹れてきてちょうだい」
「はい、かしこまりました、ドロシーお嬢様」

 お姉ちゃんが淹れなよ! と心の中で言っておく。
 メイドはあたふた掃除をしてから、部屋から出ていった。
 やれやれ、いつものありふれた光景だけど、姉はジャスがいても平常運転なんて、頭がイカれてるとしか思えない。もっともジャスをそれほどまでに下に見ているのだろう。だけど、ここまで平民を見下すとは……。
 一方、母は黙っていた。しかし父の眼光が刺さると、蛇に睨まれたように背筋を凍らせる。また始まった……。

「まったく、ルイーズが男に生まれていれば、こんな無様なことにならなかったのに……」
「申し訳ありません。す、すぐに3人目をつくりましょう! ぬぎぬぎ」
「おい! ここで服を脱ぐなバカ!」
「……あら」
「もうおまえを抱くことは無理だ。そんなこともわからんのか? 鏡で自分の身体を見てから言いなさい!」
「も、申し訳ありません」

 すぐに平伏する母。たしかに身体は太っていて、まるで豚さんのよう。これはこれで熟女好きにはたまらないと思うけど、父の好みではないらしい。
 やはりこれも私のせいなのだろう。私が女に生まれたばっかりに、母は父に虐められ、そのストレス解消のため食べることに走ってしまったのだ。特に甘いケーキを。
 だけど、こんなことってあるのだろうか。父は敬虔な信者なのに理不尽すぎる。子どもが男か女なんて神が決めることでしょ? だけど父はそれを拒絶している。これは神への冒涜だ。神父さんにチクろうかな。
 それでも、我が家では父が絶対の神なのだ。母も私も、あの恐ろしい姉ですら、父には逆らえない。

 父と母は政略結婚だった。
 父はふつうの平民で、商家の母が父を婿養子にもらったらしい。それもこれも今は亡き祖母が組んだ縁談だったのだけど、祖父のほうは金や権力には興味がなく。父とは相性が悪い。
 野心家の父は貿易商をして金を稼ぎ、モンテーロ家を財力で貴族にしようと考えたけど、そんなに甘くはなかった。
 いくら税金を積んでも、積んでも、王様が貴族と認めない限り、貴族にはなれないのだ。
 祖父から聞いた話だと、そもそもこのトルシェという街には貴族率というものがあり、王様はもうこれ以上貴族を増やすつもりはないらしい。
 まったく、必死に貴族になろうとしても無駄なのに、父は本当に諦めが悪い。何をそんなに貴族にこだわるのだろうか。まったく不思議でならないけど、結局のところ、父の望むものが手に入れば婚約は成立するだろう。
 それならば、妥協点を提示してあげようと思い、スッと手を挙げた。

「お父様、婚約の条件をお聞かせください」

 きょとん、とする父がこちらを見つめる。

「条件?」
「ええ、お父様の本当の望みはなんですか? モンテーロ家はトルシェの街では貴族になれないことは、もうお気づきでしょう? よって、いくら私を貴族に嫁がせたところで、状況は変わらないと思います」
「……なかなか鋭いな、ルイーズ、では父の望みを教えてやろう。わたしはな、王都のなかに領地がほしいのだ」
「なるほど、そうすればジャスはうってつけですよ」
「ん? どうして?」
「それは王都で活躍する英雄、Aランクの冒険者になる実力があるということです」

 ふっ、と鼻で笑う父。

「Aランクだと! 笑わせるなルイーズ! 王都でも指で数えるほどしかいない伝説の冒険者、その地位につけば王様から領地をもらえ貴族にもなれるというらしいが……はははっ! ちょっと魔法が使える程度のジャスくんがなれるとは思えん!」
「でしたら、それを条件にしませんか?」
「あ?」
「ジャスがAランクの冒険者になったら、結婚を認めてください。それまでは婚約ということで」

 ううむ、と考え込んだ父は、チラリとジャスを見てから天を仰ぐ。何か思いついたようだ。

「まっ、どうせこんな少年っぽい見た目のルイーズが金持ち貴族に嫁げる、な~んて保証はどこにないからな、あはは!」
「……ちょっと、お父様!?」
「Aランク冒険者なんてなれるわけないと思うが、やってみたまえ、ジャスくん!」
「お父様、ということは条件を飲んでくれるのですね?」

 ああ、とうなずいた父はジャスの肩を叩く。ビリッと衝撃が走っていた。気合い入ってるな。

「貧乏平民の成り上がりか、わははは! 男勝りのルイーズと付き合うこと自体が辛いと思うが、まぁ、がんばれよ! わーははは!」

 むっ、本当に腹黒い父だ。
 いつか土下座させて、『ルイーズちゃん、ごめんなさい』と言わせたい。
 そして母とは離婚させる。こんなクソみたいな父とは離れた方が絶対にいい。
 で、姉のドロシーだ。水魔法が使える厄介な女だけど、魔法が使えない私が勝てる相手ではない。偉そうなだけあって、めちゃくちゃ魔力が強い。悔しいが、今はなるべくいじめられないように静かにしてよう。美しい顔してるのに、怒ると怖いのだ、この姉ドロシーは。
 そんな彼女は、ふん、と鼻を鳴らすと、メイドが持ってきた新しい紅茶をすするとつぶやいた。
 
「これなら、飲めるわ……」

 なんで? 首を傾げることしかできない私だった。
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