ずっと愛していたのに。

ぬこまる

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二章 遠距離恋愛編

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「ぼくに婚約者が……まさか!?」

 ロイは震えながら、王族の衣装をまとった男を見ている。
 王都フィルワームの大臣ヴェルハイム。彼は淡々と言葉を吐いた。

「ええ、アディアスの令嬢です」
「……くそっ! ヴェルハイム、大臣たちを無属性魔法を使って懐柔かいじゅうしましたね? ぼくを次期国王にし、プリンセスロードを実行するために」
「何のことでしょうか?」
「とぼけないでくださいっ! あなたが魔法の力で人間の頭脳を操れることを知っています」
「ふっ、そんなことしなくても、大臣のみなさんはアディアスとの和平条約を結ぶつもりですよ」

 ナイフで刺すような冷たい瞳。
 ただでさえ背の高いヴェルハイムは、風魔法を使って宙を飛ぶから巨人に見えた。さらに両手には炎の魔法を操り、照明の少ないトルシェの街を明るく照らす。
 おかげで暗い道が明るくなった。私は改めてロイの顔を見る。フードをかぶっていて見えにくいけど、その表情は落胆と絶望が混じって、今にも倒れそうだ。ざまぁ、私を襲って赤ちゃんをつくろうとするから、天罰が下ったのだ。

 ありがとう、ヴェルハイム。

 やっと立つことができた私は、心のなかで感謝する。
 だけどそれにしても、ヴェルハイムはよくここがわかったな、とも思う。あ! もしかして魔石を探したときのような魔法で、ロイの位置を探し当てたのかもしれない。この魔法ってもしかして……!?
 
「さぁロイ様、王都に帰りましょう」
「いやです! ぼくはルイーズと結婚するんです! 邪魔をするなら……殺す!」

 殺意をあらわしたロイは、無数の氷の刃を魔法で出現させる。
 以前、姉が私を殺そうとした魔力とは比べ物にならない。その氷の刃の数は多く、みるみるうちに禍々しい形に変化していく。

 水の竜、リヴァイアサン……。

 で、でかい! 
 ロイの魔力は道路いっぱいに広がり、トルシェのどの建物よりも巨大になっている。こんなものが放出されたらヴェルハイムはおろか、街が破壊されてしまう。特にうちの家が!
 なんとかしてほしい気持ちで、ヴェルハイムを見つめる。
 彼は、「ほう」と感心してからロイに言った。

「すごい、憎しみは魔力を増幅させるらしいが、本当のようだ……」

 おいおい、その憎しみの原因は私なんだけど。
 するとヴェルハイムは、人差し指を立てると、何やら呪文を唱えはじめた。聞いたことのない言葉だった。外国の言葉だろうか。

「……ううっ」

 急にロイが苦しみ出した。
 と言うより、眠気がきたように目をこする。なぜ? もう寝る時間なのか?

「ロイ様、帰りますよ」

 どうやらヴェルハイムの唱えた魔法の効果で、ロイは催眠をかけられたようだ。
 ドサッ! ロイは膝をつく。と同時に、水の竜は霧のようにかすみ、消えていった。
 しかしまだ意識はあるようで、必死になって、

「ルイーズ、ルイーズ……」

 と話しかけてくる
 私はその言葉に吸い寄せられるように、ロイに近づいていった。

「ルイーズ、ぼくと結婚……して、ください……」

 薄れていく意識のなかで、彼は手を伸ばした。
 私は握ることはせず、ただ片膝をついて彼に言った。

「ロイ、気持ちは嬉しいけど……私との結婚はあきらめて」
「どうして? やっぱり……ジャスが好きだから?」
「うん、もう私は婚約してるから……ごめんなさい」
「ルイーズ、これはもしもの話だけど……もしも、ジャスよりぼくのほうが先に婚約を申し込んでいたら……どうかな? ぼくと結婚してくれた?」

 たぶん、と私は答えた。
 ロイは何とも言えない表情で、夜空を仰いでいる。イタズラな神様の采配に、どこか不満があるように思えた。
 そして魔法を唱えていたヴェルハイムが、ゆっくりとこちらに近づいてくる。ロイを連れていくつもりだろう。そうだ! 最後にロイに聞いておこう。ずっと疑問に思っていることがあったのだ。

「ロイ、どうして私が好きなの?」

 ふふっと笑ったロイは、いつもの笑顔に戻っていた。
 
「魔石……魔石で……す」
「え?」

 強い眠気に襲われて、ロイの呂律ろれつが回らない。
 それでも必死になって話してくれた。

「……王都、王都フィルワームの城には、大量の魔石があるんでしゅ……だから、ルイーズさんに魔石を利用した道具を作ってもらおうと、考えてて……そのためにはぼくと結婚して……城に……はいって……むにゃむにゃ……」
「ロイ?」
「それと……ルイーズ、きみの笑顔が可愛い……から……」

 ばたっと倒れたロイ。
 どうやら眠ってしまったようだ。寝息が口から漏れている。
 ん? 私の背後からは、ヴェルハイムの冷たい目線がそそがれていた。

「ちっ! 余計なこと言いおって……」

 彼は魔石の存在を、私に隠したいのだろう。
 しまったな、という顔をしつつ手をくゆらせた。サーと空気が流れ、風魔法によってロイの身体が浮かぶ。
 私はヴェルハイムに質問した。

「ロイの言ったこと、本当なの?」
「……知らなくていいことだルイーズ、これ以上首をつっこむと、その可愛い顔を台無しにするぞ?」

 ひっ!
 まるで悪魔のような怖い顔をしたヴェルハイム。
 しかしちょっと待て! 記憶を巻き戻そう。とても重要なことを聞き逃したような気がする。
 たしか、それは……。
 私はロイの言葉を思い出す。いや魔石のことじゃなくて、もっともっと大事なこと。その言葉は、

『ヴェルハイム、大臣たちを無属性魔法を使って懐柔しましたね?』

 というものだ。
 つまり、ヴェルハイムは無属性魔法が使える……。

 賢者!

 私は王都に住んでいる婚約者のことを思う。
 そう、ジャスはAランク冒険者になるために、賢者の弟子になろうとしている。よって、ジャスとヴェルハイムは知り合いになる可能性が高い。

 ああ、嫌な予感がする。

 よくないことが起こりそうな、暗い未来が……。

「魔石を使うなよ、ルイーズ」

 賢者はそう言い残し、風のように去っていったのだった。



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