ずっと愛していたのに。

ぬこまる

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三章 プリンセスロード編

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「魔法が使えたらこんな魔物、一瞬で消せるのに……」

 俺は巨大なカマキリの魔物と戦闘している。
 鎌の攻撃は鋭く、連続斬り、まったく油断できない。俺は弓を引きながらその攻撃を、かわして、かわして、かわしまくる。

「やれやれ、弱点はどこだ?」

 こいつは魔界に生息する魔物だ。人間界にいるオスとメスで繁殖できる魔物と違い、コアという卵から生まれる非常に厄介な魔物だ。しかも……。

「魔力を吸い取るこいつらはもっと厄介だ!」

 ガッと蹴って、足についていた蟻を払う。
 こいつらの口からは、ねちゃあ、と液体があふれている。服を溶かすほどの酸性の強い粘液。そのおかげで、俺の魔力はもうとっくに吸い取られ、底をついていた。

 そして、俺は気づいた。気づいてしまった。

 はじめから魔法の力に頼っている時点で、俺たち人間の負けだったのだ。俺は目を凝らして、カマキリの魔物の弱点を探る。

「そこか?」

 鎌を振り上げた瞬間、やつの柔らかそうな腹が見えた。そこを狙ってみるか。
  
 今だ!

 俺は、スッと鎌の攻撃に突っ込んでいく。そして体勢を屈み、こいつの足の間に滑り込んだ。もちろん、弓を引きながら狙いを定めることもしている。腹に一発ぶち込むつもりだった。

 シュッ!

 矢を放ち、見事に腹に突き刺さる。やはり軟弱な部分だったようだ。滝のように緑色の体液が、どろどろと流れ落ちていく。

「俺が弓使いでよかったぜ、もし剣で切ってたら返り血を浴びているところだ……クソみたいな緑色の……」

 スッと飛び上がった俺は、カマキリ魔物の背に乗って、羽を一枚だけもいだ。

「これは何かに使えそうだ……」

 俺は根っからのハンター。
 貴重な資源だと、なんとなく感じる。そう感じてしまう。俺は、羽を異次元に収納した。妹ほどではないが、まだ空きストックは充分ある。
 だが、そろそろこの冒険も終わりが近いようだ。

「あれがコアだな……」

 巨大なカマキリの背に乗ったこともあり、遠くが見えた。
 森のさらに奥に、赤黒い光が輝いている。邪悪な色だ。魔界らしい禍々しい雰囲気があふれている。

 シュッ!

 高速で飛び上がった俺は、そのままの速度で走り、昆虫魔物どもに気づかれることなく、コアにたどり着こうとしている。
 
「雑魚敵に構っている暇はない。経験値を上げにきてるわけじゃないんだ」

 それにしても、ジャスたちは大丈夫だろうか? 
 まぁ、魔物に殺されたとしても、ルイーズを婚約破棄した罰が下っただけのこと。

「あんな可愛い子を捨てるなんて……」

 いつしか俺は、ジャスに対して嫉妬めいたものを覚えていた。
 なぜだろうか。まさかな……。

「俺が女に一目惚れ? そんなわけないか」

 そう自分に言い聞かせつつ、目的の場所にたどり着いた。つまり、コアのある場所だ。

「……なぜ、魔界のものがここに?」

 この世界は不思議だ。
 魔界がどこにあるかも不明だし、なぜやつらが人間を忌み嫌い、絶滅するように動いている仕組みすら謎だ。もしかしたらセリーナはこの謎を知っているかもしれない。また今度、聞いてみよう。

「さて、破壊するか……」

 赤黒い球体。
 不思議なことに地面から、ぶわんと低音を放ちながら浮いている。
 森は緑色なのに、ここだけは赤と黒の世界が広がっていた。この大地の生命力を奪っているように、ドクン、ドクン、と球体は脈を打つ。心なしか、少しずつ大きく膨らんでいるような気がする。いや、これ膨らんでいるだろ?

 と、気づいた瞬間だった。

 バシュン!

 何かが球体から飛び出した。
 それは無数の刺々しい刃を身体にまとっている。形態は昆虫でいうとムカデのようだ。その大きさは三階の建造物ほど。頭には、ギョロリと目が二つあり、グゴォォォと暗黒面のような口を開くと、ありえないほど大量の体液を吐いた。
 
「しまっ!?」

 とっさに飛び上がったが、その粘液性のある体液が足にかかってしまう。
 
 ジュゥゥゥ……。

 燃えるような熱さが、じわじわと足に伝わる。
 
「ぐっ!」

 皮膚はただれ、骨が砕けるような激痛が走った。
 俺は、膝から崩れ落ちる。だが、幸いなことにムカデの魔物の足は遅い。無数の足が、グニョグニョと蠢いている。うげ、見ていると気持ちが悪いな。
 
「ルイーズは命の恩人だな……」

 俺は異次元からポーションを取り出した。
 そして、美しい青い色をした瓶の栓を抜き、とろっとした液体を火傷した部位に塗った。
 すると光りが、俺を包み込んだ。

「温かい……」

 みるみるうちに回復していく。痛みがなくなり、皮膚が元通りに治っている。

「す、すごい!」

 感動した俺は、すぐに矢を異次元から取り出すと、弓を引いて、ムカデの魔物に狙いを定めて放つ。
 
 ドスッ!

 矢は邪悪な口のなかに突き刺さり、ムカデの魔物はあっけなく倒れた。
 そして次は、コアの破壊だ。

「こいつを使うか」

 俺は異次元に弓を収納してから、さっと魔導銃を取り出した。
 魔法が使えない今、もっとも攻撃力があるのは魔力の砲弾だ。ゆっくりと銃を構え、コアに狙いをつける。これで終わりにしてやる。

 バンッ!

 強烈な破壊音が響き、コアは花火のように爆ぜた。
 魔界からの贈り物。最低で最悪なプレゼントだったな。

「よし、帰るか……」

 俺は異次元から風の魔道具を取り出して、足に装備する。
 そして飛び上がり、宙に舞い、森を後にしようと速度をあげた。だが、そのとき眼下でありえない光景を目にし、思わずそのまま浮いて観察した。

「あのバカ……無理しないで帰れっと言ったのに!?」

 ジャスたちがいた。
 三人とも森のなかで倒れ、奇形な昆虫に食べられている?
 
「きゃぁぁぁ! 無理無理無理無理ぃぃ!」

 ケイトという女が叫んでいる。
 あれは何だろう? 溶ける体液を垂れ流すミミズの魔物たちが、ぐちゅ、ぐちゅ、とケイトの身体じゅうにまとわりついている。
 まるで触手のようだ。
 マズイな、そのうちの一匹が、ケイトの口の中に入ろうとしていた。んご、んご、と赤い唇が無理やり開かれていく。可哀想に。

「くそぉぉ!」
「うわぁぁ!」

 一方で、ジャスとラルクも負傷して動けないようだ。
 ケイトと同じように、ミミズの魔物に食べられようしている。

 なんて、ざまぁ、なのだろう。

 ルイーズを婚約破棄した罰に、本当にあたっていた。
  
 だがどうしよう、助けようか? 見過ごすか?

 そして俺は想像した。
 街の英雄がこんな無惨に殺されたら、妹の結婚式に悪い影響が出ないだろうか?
 俺が同行したことを、街の人々は見ていた。

 セリーナのお兄さんは、見殺しにした?

 とか、街の人々に思われたらマズイな。
 
「やれやれ……」

 俺は舞下がり、すたすたとジャスたちに近づいていく。
 
 グゴォォォォ……。

 魔物たちは危険だと察したのだろう。
 食事を止めて、ヌルヌルと逃げていく。しかし、ケイトの口に侵入しようとしていた魔物だけが残っていた。俺は、そいつをつかんで引っこ抜く。
 
 ズボッ!

 俺はミミズの魔物を捨てた。
 そして、すぐに異次元から弓を取り出して矢を放ち、ミミズの魔物の息の根を止める。
 ゲホ、ゲホ、と咳をしていたケイトは、やっと息を整えて言った。

「ありがとう……」

 うん、と俺は軽く返事をした。
 ジャスとラルクは魔物から解放されたが、俺の登場に心の底から驚いていた。
 無理もない。
 初めから俺のことを無能だと思っていたらしいから、このように助けられる展開になろうとは、夢にも思わなかっただろう。 
 彼らの皮膚はただれ、骨まで見えてかなり痛々しい。とても歩くことさえできない状態だ。

「ほら、ポーションだ……」

 俺は異次元から青い瓶を取り出すと、そのまま彼らに中身の液体を振りかけた。
 きらきら、彼らは光りに包まれ、完全に回復していく。
 これでポーションの残りは全部だった。
 最後の一滴が、ぽつりとジャスにかかった瞬間、彼はいきなり泣き出してしまった。

「ルイーズ……ルイーズ……」

 今更か。
 本当に大事な人は誰か、やっと気がついたようだ。俺はルイーズの気持ちを代弁するかのように伝えた。
 
「婚約者を大切にしろよ、彼女はおまえのことをずっと愛していた」

 嗚咽混じりに、ジャスは泣きながら答えた。

「ああ、ルイーズ……俺が悪かった……」
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