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  第二章 悪者をぶっ倒す私は、そんなに悪役令嬢でしょうか?

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「あなたの名前は?」

 黒装束のたうような声が、耳に残響します。
 人の心を暗黒の世界に引きずり込むような重み、それでいて心地良い美声も混じり溶け合っているような、何とも言えない不思議な声でした。
 それにしても、です。
 いきなり女性に話しかけるなんてこの人、いったいどういう神経をしているのでしょうか?
 黒装束でタトゥーの入った人物がどれだけ怖いか、ご自分でわかっていらっしゃらないようですね。
 
「ナンパでしたらお断りします。私はこのように赤ちゃんを抱いたお母さんですよ?」
「違う、ナンパではない」
「?」
「空で爆弾を処理した人間を追ってきたら……あなたでしたので、つい話しかけてしまいました」
「ふぅん、ということは、あなたがパイザックですか?」
「我の名前はパイザック、卑しい奴隷商をしています」

 両手を広げるパイザック。
 意外と礼儀正しいですね。
 しかしその腕には、禍々しいタトゥーが入っています。
 はて、呪いでもかかっているのでしょうか?
 ファッションにしては、やりすぎですよね?
 しかも性別不明で、つかみどころがまったくありません。

「我の仕掛けた猫爆弾によく気付きましたね、とても素晴らしい!」

 黒装束の口元が、あやしく動いています。
 口調からして、男っぽいですね。
 その黒装束、脱がしてやろうかしら……。
 とりあえず私は、質問をしました。
 
「なぜ爆弾を仕掛けたのですか?」
「人は神になろうとしています」
「……!?」
「人間は、自分さえよければいいという自己中心的な存在であり、この星にいる動物や昆虫などの言葉なき生物を大量虐殺し、美しい自然を破壊しています」
 
 うっ……。
 反論ができず、私は黙ってしまいました。

「よって、人間は闇に葬る! 平民、貴族、王様など関係なく、人間はすべて!」

 ものすごい剣幕で怒鳴るパイザック。
 私は……。
 下を向いていましたが、顔をあげます!
 
「そんなことはさせません! 私の大切な人がいるから!」
「その強気なところいいですね、さらにあなたの美しさが増しています」
「ふざけないで! すべての人間が悪くはないでしょ?」
「ほう……」
「悪い人間だけを消せばいい!」

 アハハハハ

 パイザックは、狂ったように笑いました。

「気に入りました! 我とともに世界を征服しましょう! 赤ちゃんを育てながらでも大丈夫ですから」
「お断りします!」
「我は諦めませんよ、あなたの大切な人を奴隷にして脅迫しようか?」
「やめろ! そんなことを考えているのなら、今すぐおまえをぶっ倒してやる!」
「ふふふ、怒ると上品な言葉を捨てますね、もしかしてあなた、悪役令嬢では?」
「悪者をぶっ倒す私は、そんなに悪役令嬢ですか?」

 アハハハッ!
 
 突然、またパイザックは、腹を抱えて笑い声をあげました。
 その拍子に、黒装束が揺れて顔が見え隠れします。
 な、なにあれ?
 額から目にかけて、例のタトゥーが描かれています。
 なんとも言えないダークな雰囲気がいっきにあふれだし、私は緊張感からイヴを抱きしめつつ、呼吸を整えました。
 
「こいつは傑作だ! 皮肉なことに悪役令嬢が都市リトスを救ったわけか! しかし……」
「!?」
「我の仲間にならないなら、消えろ!」

 そう言ったパイザックは、その手を私に向けます。
 すると手元に、じわじわと、邪悪な黒い魔力が集まり始めました。
 しまった!
 MPのない私は、魔法で防御することができません。
 ああ、ここでゲームオーバー、ですね。
 前世の夢が覚めたら、この異世界のことはすぐに忘れてしまうでしょう。
 夢は夢、現実は現実……。
 私は、覚悟を決めて、イヴを抱っこします。

「もっと遊んであげたかったけど、ごめんね」
「バブバブー」

 イヴだけは助けてやりたいと思い、私は強く抱きしめます。
 神様、助けて……。
 
「闇に堕ちるがいい……」

 パイザックは、そう言ってから呪文を唱えました。

 ──闇魔法 ダークビーム闇線
 
 彼の手から放たれた黒い閃光が、私とイヴに迫ります!

 ガツン!
  
 突然、岩が現れてダークビームとぶつかり、爆風が巻き起こりました。
 
 ──土魔法 ロックウォール岩壁

「メルルー! 大丈夫かー!」
「お兄様!」

 駆けつけてきたのは、私の大好きなクリスお兄様でした。
 本当に頼りになる、私の勇者様です、大好き。
 
「メルル……いい名前だ」

 パイザックが、そうつぶやいています。
 やだ、お兄様がメルルー! なんて叫ぶから覚えられてしまいました。
 一方、アルト先輩は魔法が使えないので、遠くから見ています。
 それでいいですよ、危険ですから離れていてください。

「お兄様、あいつがパイザックです!」
「……あの腕、すごい刺青だな」
「はい、できたらあの黒装束を脱がせてください!」
「え、なぜ?」
「男か女か知りたいからです」
「妹よ、いまそんなことはどうでもよくないか?」
「うふふ、そうですね」
「ああ、そんなことより俺はあいつをぶっ倒す!」
「はい! いよいよラスボスとの戦闘です! お兄様、がんばってくださーい!」
「まかせろ!」

 くくく、と笑うパイザックは、また手元にダークな魔力を集中させています。
 手をかかげ、放つ、かと思いきや、みるみるうちに剣の形になっていくではないですか!
 
 ──闇魔法 ダークソード闇刃
 
「ハッ!」

 パイザックは、ものすごい勢いで飛んできました。
 彼の身体から黒い魔力が、まるで稲妻のようにスパークしています。
 
 ザン!
 
 岩を一刀両断、さらに飛びあがるパイザック。
 狙っているのは、お兄様の頭。
 しかし余裕たっぷりのお兄様は、右腕をあげて詠唱しました。
 
 ──土魔法 ロックストライク投擲岩
 
 巨大な岩が横から飛んできてパイザックに命中!
 したかと見えましたが、ギリギリで岩を薙ぎ払いました。
 粉々に砕け散る岩が、宙を舞っています。
 
 ニヤリ
 
 不敵な笑みを浮かべるパイザックは、華麗に地面へと着地。
 風にはためく黒装束の裾が長くて、まるで踊る悪魔の化身に見えますね。
 敵ながら、とんでもない剣術に、私は驚きを隠せません。
 
「強いですね……」

 戦闘の衝撃でパイザックの黒装束がはだけ、その顔が現れました。
 赤い髪に、銅褐色の瞳、額から描かれた黒いタトゥーが、妖しく光り輝いています。

「ほう、土魔法オロスの加護か……今日のところは引こう、メルルまた会おう……」
 
 そう言い残したパイザックは、じりじりと下がり、暗い闇のなかへと消えていきました。

「ふぅ……」

 お兄様は、長く息を吐いて殺気を解きます。
 私は、その大きな背中に近づいて、おでこをあてました。
 ちょっとだけ、泣きそうですから支えてください。
 
「ありがとう、お兄様」
「感謝するのは、俺のほうだ」
「?」
「爆弾をあんなふうに処理するなんて、見事だったぞ」

 ああ、と言ったあと私は微笑みました。
 
「すごい! メルルちゃん! 僕は感動したよ」

 アルト先輩が、私を褒めながら歩いてきました。
 くすぐったいから、あまり褒めないでほしいのですけど……。
 
「ジアスのお姉ちゃんも無事だったよ」

 そう言ったアルト先輩が見つめる先には、ジアスと……。
 え?
 そこにはシスターズの修道服を着た、とても綺麗な女性が立っていました。
 しかし、頭には耳、お尻にはしっぽが生えています。
 
「ジアスのお姉さんですか?」

 ぺこり、と女性は頭を下げました。

「メルル、お姉ちゃんを救ってくれてありがとう!」

 ジアスはそう感謝して、満面の笑みを浮かべます。
 そして、お姉さんと抱き合うと、ぽろぽろ涙を流しました。
 
「ジアス!」
「お姉ちゃん!」

 ふたりは獣人らしいですが、人間と同じように愛情があるようです。
 深い絆で結ばれたふたり、再会できて、本当によかった。
 
「これで一件落着ですね、お兄様、アルト先輩」

 私が笑顔でそう言うと、ふたりは、ドキッとしています。
 アルト先輩が、あたふたしながら言いました。

「あのあの、メルルちゃん」
「なんですか?」
「デートしてくれる件なんだけど、行ってみたいところとかある?」
 
 うーんそうですね、と考えていると、横からお兄様が、ヌッと顔をアルト先輩に近づけました。
 
「アルト、デートを許可した覚えはないが?」
「え? クリスくんの許可がいるの?」
「あたりまえだ! 俺はメルルの保護者だからな」
「ちょっとちょっと、どんだけシスコンだよっ!」
「うるさい!」

 あーあ、また喧嘩してますね、このふたり。
 私は、むぎゅっとお兄様の腕をつかまえました。
 
「お兄様は、ターニャさんとデート、でしょ?」
「あ、そうだな……」

 よっしゃ、ダブルデートだ! と言ってはしゃぐアルト先輩。
 もう、そんなに飛び跳ねて、まるで子どもですね。
 
「じゃあ、そろそろ行きます!」

 振り返ると、ジアスが別れの挨拶をしてきました。

「うん、今度こそ森におかえり」
 
 ピカッ
 
 ジアスとお姉さんは、まぶしい光りに包まれると、みるみるうちに猫へと戻りました。
 そして、ふたりは仲良く歩いていきます。
 地面には、私のワンピースとシスターズの修道服が残っていました。

「じゃあなー!」

 アルト先輩が手を振って叫びます。
 
「いつか獣人が住める都市をつくるからなー!」

 お兄様も手を振って叫びます。
 私は、ぎゅっとイヴを抱きしめました。
 
「バブバブー」

 あ、そろそろミルクの時間ですね
 それとオムツも変えないといけません。
 やれやれ、やることがいっぱいですね。
 パイザックがまたいつくるとも限らないので、戦闘能力をあげるための修行もしたいし、アルト先輩とのデートもしてあげないといけません、約束ですから。
 
「よしよーし、お母さん、がんばるよー!」
「バッブー」
 
 イヴの笑顔は、いつのまにやら私の癒しになっていました。
 見つめていると、勇気だってわいてきます。
 どんな悪者が来ても、守ってあげるからね!

「さあ、家に帰りましょう!」

 
 * * *
 
 読者様、いつもありがとうございます。
 ふぅ、やれやれ、戦闘が多くなっていますが……。
 この先にちゃんと恋愛も入ってくるので、期待してくださいね。
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