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  第四章 婚約破棄された人を助けない私は、そんなに悪役令嬢でしょうか?

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 ──王立魔法学園 校門

「おはよう、メルルちゃーん! デートしよう!」

 ん? 朝から元気いっぱいの声ですね。
 アルト先輩は、手を振りながら私のところまで全力疾走です。
 その一方、お兄様は、ちょっと足取りが重いところを見ますと、昨日、宮殿でお話をされた内容が、あまり思わしくなかったように感じ取れますね。
 うーん、とても気になります。王様に、何を言われたのでしょうか? 

「連休はどう? 何してるのメルルちゃん?」
「えっと……アルト先輩、近いです」
「え? なに?」
「顔が近い……と言っているのです」

 グルグル眼鏡をかけているとは言え、アルト先輩は王子であり、本当はイケメンなので、こんなに顔を近づけられると……ああん、どうしたって緊張します。
 ハッとして離れたアルト先輩は、手を合わせて謝りました。
 
「ごめーん」
「……はい」

 私が小さく返事をすると、腕に抱いているイヴが何か言いました。
 
「バッブブー!」

 アルト先輩は、ちょっとだけ腰を曲げて、イヴと目線を合わせます。
 こういうところ、優しいですよね。
 
「おはよう、イヴー!」
「あぁーあぁー」
「あぁーあぁー? メルルちゃんイヴは何て言ってるの?」
「たぶん……おはよう、と挨拶をしているのだと……」
「おお、僕たちの話がわかるみたいだね」
「そうなんです。話せないだけで、理解はできていると思われます」

 賢いな、とお兄様が言いました。
 私は、イヴを抱っこしなおすと、笑顔で返します。
 
「褒められちゃったね、イヴー」
「あうあうー!」

 赤ちゃんの笑顔は、私たちの心を和ませました。
 ああ、尊い……。
 お兄様もアルト先輩も、ニヤニヤしていますね。
 すると、ちょうど登校している女子生徒たちが、ぽわわーん、と胸をときめかせているのは、ええ、みんなお兄様を見つめているからです。まるでアイドルですね、お兄様は。
 それにしても、いつもツンツンしているお兄様が、こんなにもデレるなんて、イヴの笑顔は最強ですね、これは!

「で、メルルちゃん連休なんけどさ!」
「あの……実は……」

 私が言葉をつまらせていると、お兄様がアルト先輩の首を、むんずとつかむとポイッと捨てて、そのカッコイイ顔を近づけてきます。だから、近いってば……。
 
「メルル! 俺の話しを聞いてくれ!」
「は、はい……」
「昨日、宮殿にて国王陛下から直々に頼まれたことがあるんだ」
「えっ! 国王から!?」

 ああ、とお兄様が返事をした瞬間、

 キンコーンカンコーン

 と学園の鐘が鳴り響きました。
 はぁ、もうすぐ授業が始まる合図ですね。
 のんびり立ち話をしている場合ではありません。
 急げ! 急げ! 
 のんびり歩いていた生徒たちが、いっせいに走りだしました。
 ああ、お兄様の話を聞きたいけど、このままだと遅刻してしまいます。
 
「メルル、話は放課後だ!」
「はい、お兄様!」
「メルルちゃん、デートの話もしよう!」
「はい、アルト先輩!」

 私たちは、うん、と同時にうなずくと、全力疾走で校舎に急ぎました。
 教室に入ると、生徒のみなさんから、
 
「おはようー!」

 と、あいさつ運動されました。
 私も、おはようございます、と返事をして席に着きます。
 すると、隣の席にいるイリースさんが、ねぇ、と話しかけてきました。
 ハーフアップに亜麻色の髪をまとめる令嬢イリースさんは、今日もふつうに可愛いですね、すき。

「メルルさん……昨日、クリス様は宮殿にいきましたよね」
「はい」
「何を話たんでしょうか? 気になって、気になって……夜も眠れませんでしたわ」
「え? イリースさんも気になってたのですか?」
「あ、あたりまえですっ! 学園で一番強くてかっこいいクリス様が王様に呼ばれたんですよ! これは国を揺るがす大事件が起こったと思います!」
「……え、ええそうね」

 イリース声が大きかったこともあり、生徒のみなさんがこちらを見ます。
 あ、すいません……。
 小さくなる私とイリースさんは、
 
「ランチで話しましょう……イリースさん」
「ええ、メルルさん」

 とお互いの合意を得るのでした。
 そして授業中のこと。
 まぁ、イヴが泣くこともありますが、生徒のみなさんは、赤ちゃんに慣れてきたこともあり、クスッと笑って済ましてくれます。
 キリッとした数学の女性教師でさえも、
 
「メルルさん、赤ちゃんが泣くのなら、おっぱいをあげてもいいですよ」

 と言って、イヴのことを気にしてくれました。
 ですが私は、恥ずかしがりながらツッコミを入れます。

「お、お、おっぱいは出ませーん!」

 すると、わはは! 生徒たちから爆笑されてしまいました。
 隣にいるイリースさんも、涙が出るほど笑っています。
 え……? いったい、何がそんなに面白いのでしょうか?
 私が首をかたむけていると、イリースさんが説明してくれました。
 
「うふふふ、学園でのメルルさんは、黒い薔薇、悪役令嬢などと呼ばれていますから、赤ちゃんにおっぱいをあげるという姿は、ギャップ萌えですわよ」
「……あら、そうでしたか」

 っていうか、イリースさんからも悪役令嬢だと思われているなんて……。
 まぁ、いいでしょう。
 私は、遠慮なくウィンドウを発動してミルクをつくって、イヴに飲ませることにします。

「さあ、ミルクの時間でちゅよ」
「ンマンマ、ちゅぱっちゅぱっ」
「よしよーし」

 ミルクを、ごくごく飲むイヴ。
 ふわふわと和やかな風が、教室に流れます。
 そして午前中の授業も終わり、お待ちかねのランチタイム!
 私とイリースさんは、いつものカフェテラスに急ぎます。
 
「いただきます!」と私。
「いただきますわ!」とイリースさん。

 テーブル席に座って弁当を広げた私たちは、まったりとランチを楽しみました。
 以前、イリースさんに“からあげ”の作り方を教えておいたので、それの試食会もすることに。ええ、みんな大好き、鶏肉を油で、サクッと揚げたものです。 

「美味しい! イリースさんのからあげ!」
「おーほほほ! 都市アグロスの地鶏を仕入れましたわ」
「アグロス……農業が盛んですよね」
「ええ、この柔らかいお肉、それでいて衣はサクサクしていて素晴らしいでしょ~メルルさん?」
「はい」

 と言った私は、イリースさんのからあげを食べまくりました。
 これは、ファミチキに匹敵する美味さですね、もぐもぐ……。
 
「ところで、クリス様はなんと言っていたのですか?」
「それが、国王から何か頼まれたそうです」
「え! 国王から!? やばーい、ですわ!」
「バッブウ?」

 イヴは、不思議そうにイリースさんを見つめています。
 たしかに、いつも冷静な彼女が興奮するのは、面白いですからね。
 ここはイヴにも説明しておきましょう、この国のことを……。
 
「イリースさんのテンションがあがるのも無理はありませんよ、イヴ」
「ダァダぁぁ」
「なぜなら、レイガルド国王と話すことは、各都市を統治する領主でも難しいことだからです」
「あっあぁ」
「この国には、五つの都市があります……
 
 北の都市クオーン。
 南の都市タラッタ。
 東の都市アグロス。
 西の都市リトス。

 そして、それらの都市を治めるのが、王都イディオンにいる国王クラトール!」
「んぎゃー!」
「ここから衝撃の事実を教えますね、いいですかイヴ」
「ウェァ」
「イヴと王様はいわゆる腹違いの兄弟です」
「ぴーやぁぁ」
「レイガルド王国の歴史によると、かつて国王クラトールの先祖は天界から降りてきた創造神ルギアの子どもで、代々継承されている力があります。それは、火、水、土、風、光、闇、すべての魔法が使うことができる史上最強の魔力なのです」
「……」

 あ、イヴの口からよだれが、たらーと流れていますね。
 かなりびっくりしたのでしょう。
 ふきふき、私はハンカチでイヴの口をふきました。
 
「メルルさん、赤ちゃんにそんな話しても理解できるのですか?」
「はい、イヴは賢いので」
「すごい……」

 お口をあんぐり開けたイリースさん。
 彼女のフォークに刺している卵焼きが、食べて欲しそうに浮いてます。
 私は、自分の弁当を、パクパク食べたあと、イリースさんに一言だけ伝えました。

「国王から何を頼まれたかは、放課後、お兄様が教えてくれるそうです」
「そ、そうですか……」

 イリースさんは、まさか国王が動いているとは思わず、この話が壮大なものだと感じたようですね。
 はい、私もまさか自分が、国の未来を左右する存在になるとは思ってもいませんでしたから、びっくりしていました。
 
 そして放課後……。

 魔道具研究サークルの部室に入ると、お兄様とアルト先輩だけがいますね。
 他のオタクたちは、外で活動してもらっているのでしょう。
 締め切った部屋は密室で、何やら神妙な顔をしているお兄様は、ゆっくりと話し始めました。
 
「メルル、簡単に伝えるぞ、いいか」
「はい、お兄様」
「今日から、ずっと一緒だメルル!」
「はい! ん? え……いっしょ、ですか?」
「一緒だ! ともに生活をする」
「えっと、それはお兄様もアクティオス家に帰るということですか?」
「ああ、そうなる」
「やったぁぁぁ!」

 思わず私は、叫んでしまいました。
 大好きなお兄様とずっといっしょ……ぐへへ。
 妄想が膨らんだ私は、思い切って質問します。
 
「それって……お兄様とお風呂も寝るときもいっしょですかぁ?」
「んなわけあるかっ! 俺はメルルのボディガードってことだ」
「え?」

 ぽかん、とする私の横から、にっこりとアルト先輩の笑顔が現れました。

「わはは、僕もいっしょだよぉ」
「はい?」
「僕もメルルちゃんのボディガードするよ!」
「な、な、なんでですか?」
「国王陛下から頼まれたからね~クリスくん」

 ああ、と答えるお兄様は、下を向いて長髪をかきむしってため息を吐きました。
 
「はぁ……なんでこんなことに……」
「国王の命令は絶対だからね、よろしく頼むよクリスくん」

 こういうときだけ偉そうになるアルト先輩。
 本当に子どもっぽいんだから、まったく。
 
「あのぉ、どういうことですか? お兄様」
「メルルはな、国家の重要人物になったのだ」
「え?」
「その理由はふたつ! 創造神ルギアの赤ちゃんを育てていること……」

 もうひとつは? と私が質問すると、お兄様の身体は少しだけ震えていました。
 武者振るいでしょうか?
 
「パイザックだ」
「……!?」
「メルルは極悪奴隷商人のパイザックに目をつけられだろ? 仲間に誘われていたのを聞いた」
「……はい」
「よって、俺とアルトがメルルを守ることになった、というわけだ」
「そうでしたか……」

 ふと私は、窓の外を見つめます。
 
 はっ!

【 乙女ゲーム 】

 この言葉が、脳みそを揺さぶります。
 
「すいません、私、甘く見ていました」

 私は、深々と頭を下げました。
 お兄様とアルト先輩は、びっくりして私に近づきます。
 
「どうしたメルル、急に?」
「メルルちゃん?」

 私は、顔をあげて説明します。
 
「学園にパイザックが襲ってきます!」
 
 そう叫んだ瞬間!
 
 ピコッ
 
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 するとあら不思議。青白い光のなかで、にっこりと笑う光の神ポースが言いました。

「お久しぶりです。メルル・アクティオス」
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