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  第五章 温泉旅行の始まりでちゅよ~

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「ん……」

 もう、朝ですね。
 窓から射し込む太陽の光りで目覚めた私は、ゆったりと白いシーツの海原を泳ぐように身体を起こします。
 横で寝ているイヴは、まだ夢のなかでした。
 なぜ赤ちゃんって両手をバンザイして寝るのでしょう。

「か、かわいい……」

 ふと部屋のなかを見れば、お兄様とアルト先輩が同じベッドで寝ています。
 イケメンふたりの寝顔が仲良く並んでいる景色は、なんとも破壊力がありますね。
 
「か、かわいい……」

 しかしながら、みんな起きる気配がありません。
 私は、太陽の光りを浴びるためベッドから抜け出して、持ってきた服に着替えます。
 浴衣で朝食に行くのは、ちょっと勇気が入りますからね。
 ぬぎぬぎ……。
 
「ワンピースに着替えて……これで、ヨシっと……」

 ふぅ、それにしても今日はいいお天気ですね。
 穏やかな温もりのある朝日が、おはようを告げています。
 私は、のびをすると窓を開け、新鮮な空気を部屋のなかにご案内します。
 
「おはよう!」
 
 うふふ、あまりにも湖とガレーネ城が美しくて、つい朝の挨拶しちゃいました。
 さわやかな風が吹き、私の髪をなでていきます。
 ええ、寝るときは髪を解いていますからね。そろそろ縛りましょうか。
 サッと腕にはめていた紐をとって髪を束ね、いつも安定のポニーテールで結びます。
 
「……ん?」
 
 そんな私の仕草に、ぽわんと見惚れている人がいますね。
 ふと振り向くと、横たわるアルト先輩が微笑んでいました。
 グルグル眼鏡はしていません。完全なイケメンですね。
 
「おはよう、メルルちゃん」
「……おはようございます、アルト先輩」
「今日も綺麗だね」

 カァーー
 
 やだ、顔が熱い。
 ちょっと先輩、朝からイチャついてこないでください。
 それと、私には疑問に思うことがあるので質問をしました。
 
「……あの、私の好きなところって見た目ですか?」
「もちろん容姿も好きだけど、それよりもメルルちゃんの心が好きさ」
「……私の心ですか?」
「ああ、そうだよ。窓を開け、自然に向かって挨拶するなんて可愛すぎる」
「やだ……見ていたのですか……は、恥ずかしい……」

 私は、赤くなった顔を下に向けます。
 ああ、意識すればするほど、先輩のことを見れません。
 なんだか自分が自分でなくなっていきます。マイペースな私は、どこ?
 
「朝ごはん、行きますよっ!」

 気まずくなった私はそう言って、まだ寝ているイヴを抱っこすると部屋から出ます。
 はぁ、新鮮な空気を吸って、心を落ち着かせましょう。
 おや?
 後ろからすぐにアルト先輩とお兄様が、スタスタとついてきますね。
 ふたりはまだ眠そうに、ふわーとあくびをしていました。
 
「……」

 お城に向かう道の途中、ふと思います。
 
「あ……ナルシェ様とティオ様に会うのも……気まずい!」

 昨夜、アルト先輩と付き合っていることにすると決めたものの、そのことを説明する自信がありません。
 
「私ってアルト先輩のどこが好きなのでしょう……」

 歩きながら、そうつぶやいて考えます。
 
 好き……好き……好きって、なに?
 
 ああ、先輩のことを考えると、ふわふわと柔らかくて甘い気分になります。
 すると頭のなかで、彼との学園生活が鮮明に浮かびました。

 初めて出会った日。
 バイクの後ろに乗った日。
 眼鏡を取った彼を見た日。

 どこが好きなのか……まだはっきりとわかりませんけど、彼といるときの自分が一番楽しいと思います。
 そのことだけは、はっきりと理解できました。
 
「よし……ちゃんとふたりに言いましょう。申し訳ありませんが、私のことは諦めてもらうように……」

 そう決心しながら、お城の門へと向かいます。
 
「おはようございます!」

 鎧を装備した門番が、勇ましく挨拶をしてくれました。
 おはようございます、と私が答えると、ギィっと重そうな扉を開けてくれます。
 ガレーネ城のセキュリティは、万全のようですね。
 なかに入ると、まるで高級ホテルのようなエントランスにて、
 
「こちらへどうぞ~」

 と言って、私たちを迎える可愛いメイドさんたちがいました。
 わぁ、美味しそうな香りが、ふんわりただよっていますね。
 私たちはさっそく席につきます。
 
「あ……」

 イヴにミルクを与えておこうと思い、近くにいたメイドさんに、
 
「お湯をください」

 とお願いしました。
 すると優しいメイドさんですね。イヴを抱いてくれ、ミルクを飲ませてくれました。

「ありがとうございます」

 手が空いた私はそのすきに、朝食を自分の皿に盛り付ける作業に入ります。

「なるほど、朝はビュッフェスタイルですか……」

 美味しそうな料理が、ずらりと並べられていますね。
 よし、一周目は少しだけ盛っておきましょう。二周目からが本番です!
 私は、手際よく配膳すると自分の席に座ります。
 ふと横にいるお兄様を見ると、こんがりと焼けたトーストを頬張っては、
 
「うまい!」

 と言っています。
 一方、アルト先輩は、白いご飯を食べました。
 これがまた、焼き魚に合いますよね。
 
「うまーい! メルルちゃんと一緒に食べるご飯は特にうまーい!」
 
 あらあらアルト先輩、心の声が漏れていますよ。
 それでは私も遠慮なく食べることにしましょう、いただきまーす!
 
「おいしぃー!」

 もぐもぐ食べているとアルト先輩が、
 
「メルルちゃんって美味しそうに食べるね……」

 と言って、じっと見つめてきます。
 グルグル眼鏡をしているので、ドキドキはしませんが。
 もし、眼鏡をとっていたとしたら……。
 
「……」
「どうしたの? メルルちゃん?」
「……な、何でもありません」
「?」

 眼鏡をとっていたらと妄想すると……ヤバイ!

「おや?」
 
 メイドさんたちが何やら騒がしいですね。
 それにシャンデリアが輝くホールの中央で、右往左往している女性がいます。
 じっと見ると、ティオ様のお母様でした。
 
「どうしたのでしょうか……」

 そうつぶやく私がそのまま彼女を見つめていると、血相を変えてこちらに走ってきました。そして、わなわなと赤い唇を震わせます。なんだか怖いですね。いきなり話しかけてきたんですけど……。
 
「……返事がありません」
「え?」
「メルルさんのお連れの方が起きて来ないのです……」

 ……は?
 
 そう言えばナルシェ様の姿を見かけませんね。
 
「寝坊でもしているんじゃないか?」
 
 と、お兄様が言うと続けてアルト先輩が、
 
「ナルシェくんってマザコンっぽいからさ、ママに起こしてもらいたいんじゃないか?」
「あはははは」
「ママー! 寂しいよぉーって泣いていたりして?」
「あはははは」

 爆笑するお兄様。
 しかし反対に私は、なんだか嫌な予感して背筋が凍ってきました。
 
「ま、まさか……」

 私は、居ても立ってもいられず席を立つと、メイドさんからイヴを引き取って走り出しました。向かった先はもちろん、ナルシェ様の部屋です!
 
「メルルさん!」

 部屋の前にいたティオ様が、私に向かって言いました。
 その横には、この城の当主であるガレーネ伯爵がいますね。
 私は、荒れた息を整えることもせず話しかけます。
 
「はぁ、はぁ……返事がないのですか?」

 うむ、とうなずいたガレーネ伯爵は、扉に目を向けます。
 おそるおそる、私は扉に拳を当てると、ドンドン! と叩きました。
 
「ナルシェ様っ! ナルシェ様っ!」

 ……
 
 やはり返事がありません。
 伯爵は、首を傾げると私に言いました。
 
「さっきからずっとノックしているが、まったく返事がないのだ……彼はいつも寝起きが悪いのかな?」
「わかりません。ですが彼は元気だけが取り柄の男性です……」

 まっすぐにそう答えた私は、すぐにドアノブに手をかけます。

「開けますよ!」

 ガチャ、ガチャ、と回しますが……。
 
「ダメですね、鍵がかかっています」

 私は、また扉を叩きました。

「ナルシェ様っ! 返事をしてください!」

 しかし、いくら待っても声は聞こえてきません。あの鼻にかかったイケメンボイスが、今では懐かしく思えます。
 
「マスターキーで開けましょうか?」

 そう隣から言ってきたのは、ティオ様でした。
 はい、と私が答えると彼は走り出します。
 
「……」

 黙ったままのガレーネ伯爵は、あごの髭を触りながら何やら考えています。
 とても気になりますね、私は問いかけました。
 
「伯爵、どうしました?」
「……風の悪戯がこの部屋にもあるのかな」
「何ですか、それは?」
「いや、この城を建てたのは土魔道士なのだが、活躍できなかった風魔道士が城の壁に何やら仕掛けをしたという噂があるのだ」
「え?」
「先代から聞いた仕掛けは……たしか……」
「何ですか?」
「うむ……」
 
 言葉を濁しているガレーネ伯爵。
 はやく答えてっ! と心のなかでツッコミをしていると、ティオ様が走ってきました。
 
「お待たせしました……」

 そう丁寧に謝罪しつつ、ドアノブに鍵を差し込みます。
 すると、ガチャリと簡単に扉が開きました。
 
「……!?」

 ドッ! ドッ! ドッ! ドッ!

 何の音かと思えば、私の心臓が激しく脈打った音でした。
 目にしたものがとても残酷な景色だから、興奮しているのでしょう。
 ああ、こんなことになるなんて……。
 
「死んでる?」

 ティオ様がそう疑うのも、無理はありません。
 まるで赤い花びらが散ったように、ベッドは血まみれ。
 目を閉じるナルシェ様が、眠るように横たわっているのですから。
 
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