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  第五章 温泉旅行の始まりでちゅよ~

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「お兄様、相談したいことがあります」
「メルルよ、そんなことを言って……ここに泊まるつもりではないだろうな?」
「……うふふ」

 ガレーネ城の庭に建てられた、赤い屋根をした可愛らしいキノコの家。
 私は、満月が光り輝くなか訪問しているのですが、門前払いをされそうです。

「バブバブー!」

 ほっぺを膨らませるイヴ。
 はやく家に入れろ、と言っているのでしょう。
 ほら、もっとアピールしてください。おや?
 可愛い赤ちゃんの仕草に反応したお兄様が、ほんの少しだけ顔を和らげました。
 私は、この瞬間を逃しません。
 
「大丈夫ですよ。お兄様の寝顔を見届けたら自分の部屋に戻るつもりですから……」

 にっこり笑った私は、ズカズカと家のなかに入っていきます。

「あ、勝手に入るなっ! おいメルル!」
「うふふ」

 あら? アルト先輩は眼鏡を外していました。
 何をやっているのでしょう。
 近寄ってみると彼は、机のうえに薬剤を並べて混合しているようですね。
 
「こんばんは、アルト先輩」
「……メルルちゃん、どうしたの?」
「ちょっと相談があって来ました」
「クリスくんに?」
「いえ、アルト先輩にもです」
「わかった、ちょっと待ってね……」

 先輩は、あざやかな手つきで拳銃に弾をこめていきます。
 私の頭では、パイザックを撃った勇敢な彼の姿が浮かんできました。
 ああ、かっこよかったなぁ……先輩。
 いつもはグルグル眼鏡をかけた子どもっぽい先輩なのに、ここぞってときは、ちゃんと私を守ってくれるカッコイイ勇者様なのですから。はぁ……尊い。
 
「じゃあ、とりあえずお茶でも淹れよう」

 お兄様は、キッチンに立ってお湯を沸かします。
 ちょうどいい! と私は思いました。
 
「あ、イヴのミルクも作ってください、お兄様!」
「……わかった」

 返事をするお兄様は、蛇口を回して水を出すと鍋に入れています。
 水道も引いているなんて、ふつうに住めそうですね、この家。
 ふと思えば、家事をする兄様の姿って初めて見ました。
 目を細め、垂れてくる前髪を指先で耳にかけるお兄様……。
 
 ああ、セクシー!
 
 うっとりする私は、ソファに座ると光魔法でホニュウビンとミルクの粉を取り出します。
 イヴは、口をぱくぱくさせて、もうミルクが欲しくてたまらない顔。
 うふふ、少々、お待ちくださいませ。 

「で、相談とはなんだ?」

 ホニュウビン、それに茶葉の入ったポットにお湯を注ぐお兄様が、そう質問してきます。
 お茶はもくもくと湯気が立っており、飲み頃になるまで時間がかかりそうですね。
 私は、イヴを抱きなおすと口を開きました。
 
「実は、ナルシェ様がまた婚約したいとおっしゃいました……」
「なんだと!?」
「ええええ!?」

 お兄様とアルト先輩は、驚いた反応を示します。
 とても演技とは思えないので、彼らは草場の影で覗き見していた人物ではなさそうですね。
 ほっとする私は、お茶のゆらぐティーカップを見つめながら語ります。
 
「それと……さらに私のことが好きな殿方がいらっしゃいました」
「誰だ?」
「それって僕かなぁ」
「……先輩?」

 パコっ!
 
 お兄様は、すぐにアルト先輩に頭を叩きます。
 あらあら、先輩は仮にもレイガルド王国の王子ですよ? そんなことして大丈夫なのでしょうか……。

「黙れアルト!」
「痛ぁーいぃ!」
「おまえが妹を好きなことはもう知っているではないか!」
「ええええ!? じゃあ、誰? 誰? 誰?」

 えっと……と言った私は、心のなかで語る準備をします。自慢するわけではないし、自分がモテていると思われるのは嫌なので、なるべく謙虚に話したい。
 
「ティオ様です……」

 ガンッ! 
 
 お兄様は、拳をテーブルに叩きつけました。
 怒っているようですね。
 
「メルル、この旅はティオくんに誘われたな?」
「……はい」
「やっぱり! いいヤツだと思っていたが、性根は可愛いメルルを狙う変態男だったか! 城に泊まらせるなど……あのエロガキ!」
「……お、お兄様!? 落ち着いてください」
「これが落ち着けるかっ! 城で寝るのはなしだ! なしなし!」
「え?」
「ここで寝ろメルル!」
「いいんですか?」
「城で寝た方が危険だと判断したからな、ふんっ!」
「……お兄様ぁ」

 そんなに私が他の男に取られることが、心配なのですね。
 愛されてる感が強くて、きゅんでーす!
 顔を赤くしている私を見たイヴが、
 
「バァー!」

 と言っては、ブンブン手を振りまくります。
 あ、ミルクをあげなくてはいけませんね。
 これでぐっすりお眠りくださいませ……。
 
「シスコンもここまでくると病気だねぇ」

 アルト先輩が、呆れた顔でお兄様を見ています。
 
「なんとでも言え、メルルが好きな男ならいざ知らず、どうでもいい男に口説かれてるなんて絶対に嫌だからな」
「……え? メルルちゃんが好きな男ならいいの?」
「そりゃあそうだ、もちろん俺が認める男でないとダメだがな!」
「そ、そんな男、この世にいるのだろうか……」
「なかなか、いないだろうなっ、ワハハ」

 自慢げに笑うお兄様。
 あらまぁ、私の恋はお兄様によって握られているようですね。
 まあ、嬉しいのでそれでも構わないですが、客観的に見れば気持ち悪いかもしれません。ごめんね、アルト先輩。
 
「そこで相談なのですが、どうやってお断りしようか考えて欲しいのです」

 お兄様は、腕を組んで言いました。

「そんなの、ふってしまえばいい! それでも諦めないようなら、俺が懲らしめてやろう」
「……パワー系ですね、お兄様は」
「ああ、最後はやはり拳で何とかするしかない、だろ?」

 お兄様は、グーパンチを掲げます。

「……」
「ねぇ、クリスくん、メルルちゃんが黙ったよ?」

 そう言った先輩が、お兄様の肩を叩きます。
 
「ん? なんだ不満かメルル?」
「いえ、不満ではないですが、もっと友好的な解決はないものかと……」
「うーん、わからん」

 悩んでいるお兄様を横から、ひょっこりアルト先輩が現れます。
 本当に可愛い青年ですね、彼は。
 
「それなら、付き合っている男性がいるって言えばよくない?」
「なるほど……でもそんな人いませんけど……」
「僕ってことにしていいよ」
「ふぇっ!?」
 
 私は、びっくりして声が裏返ってしまいます。
 は、恥ずかしい……。
 あたふたして、ホニュウビンがイヴの口から取れました。
 わぁぁ! 泣かれる前に秒で乳首を赤ちゃんの可愛い口のなかにツッコミます!
 
「ちょっと待て、それはおまえの願望だろアルト?」

 お兄様の質問に、
 
「そうだよ!」

 と満面な笑みで答える先輩は、さらに続けました。

「僕は王子だからね。クリスくんだって認めざるを得ないだろ?」
「うむたしかに、レイガルドで最も強い権力を持つ男だからな……」
「ね? 僕しかいない」

 ふふん、と笑うアルト先輩。
 その笑顔が可愛くて、無垢で、なんとも憎めない。でも、本当にいいんですか? 私なんかを恋人にして? 私には、イヴという子どもを育てる宿命を背負っているというのに。
 言ってしまえば、子持ちのシングルマザーですよ、私?
 
「アルト先輩……」
「何、メルルちゃん」
「私は怖いです」
「何が?」
「私と先輩が恋人になることによって、誰かが不幸になることが……」
「なるほど、幸せは人の不幸の上に成り立っていると、そういうこと?」

 はい、と答える私の瞳は、うるっと泣きそうです。
 すると、優しく微笑むアルト先輩は、私を見つめて、
 
「大丈夫! 愛し合っていれば、祝福してくれるよ」
「……そうですか?」
「さあ、僕と愛を育てよう、メルルちゃん」
「先輩……」

 眼鏡を取っている彼は、本当に素敵で、かっこよくて、この先何が起きようと守ってくれそうな、そんな包容力が私を抱きしめています。
 イヴを挟んで彼は、スッと顔を近づけてきました。

 キャァァ! これってキスですか!?

「おい、イチャつくな!」

 バコっ!
 
 先輩の頭を強烈に叩くお兄様。
 
「痛ぁーーいっ! 何すんのクリスくん!?」
「付き合うのは認めるが、キスなんて許さんぞ!」
「えええええ!?」
「だろ? メルル?」

 はい、と私は答えておきます。
 心のなかでは、キスだけじゃなくその先もして欲しいです……と思っていることは秘めておきましょう。うふふ。
 女の子だって、やるときはやります。
 お兄様、恋する気持ちは誰にも止められませんよ。
 
 恋する気持ち……。
 
 その言葉を繰り返したら、ハッとしました。
 頭のなかに浮かぶのは、モニカさんの物憂げな美しい姿。
 彼女の存在が、やはり引っかかります。
 ティオ様と私が結ばれない場合、彼女がどんな行動をするでしょうか?
 不安になりながら私は、やっと飲み頃になったお茶をすするため、ティーカップを口に運びました。
 
 ふぅ、おいしぃ……。
 
 胸のなかは温かいですが、ああ、嫌な予感しかしません。
 それと同時に、このようにも考えてしまいます。
 
 ティオ様とモニカさんが、恋人になればいいのに……。
 
 ああ、幸せと切なさが、心のなかで忙しい。
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