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5匹目:甘い毒とシュークリーム 2/4
しおりを挟む「……最近のエリオット様は、ちょっとおかしいと思う」
ジェマにとっては今更だが、眉を顰めたベルノルトは真剣そのものだ。
鬼人の大きな手で持つと、ジェマと同じティーカップも小さく見える。お気に入りのカップだから握りつぶさないで欲しいなんて失礼なことを考えながら、ジェマも小さく頷いた。
「ランズベリー嬢の言動もだいぶおかしい。手作りじゃなくても、男爵令嬢から食べ物の贈り物なんて受け取るべきじゃないし、受け取ったとしても食べるべきじゃない。だというのにエリオット様自ら要求するなんて、正気とは思えない」
うむうむと頷いた勢いでクリームが零れそうになり、慌てて手探りでナプキンを手に取る。
しかしこのシュークリームはとても美味い。しかも3つもある。嬉しい。
「最近、エリオット様はランズベリー嬢の言うことを鵜呑みにして、『如何にアンジェリカ様が非道か』などとくだらないことに頭を回している。そんなにアンジェリカ様に劣等感を抱いているなら、ランズベリー嬢に逃げていないで少しは努力をすればいいのに――と遠回しに言ったら、俺も煙たがられて遠ざけられてしまった……」
まともな人を遠ざけ始めたら終わりではないか。
まだ卒業まで半年はあるが、半年しかないとも言える。リリアンにとってはまだ入学したばかりだが、エリオットはもうすぐ卒業だ。
「エリオット様にとってはあと2回しか試験がないのに、ランズベリー嬢は気軽に『次頑張ればいい』と言ってしまう。
昨年までは行っていたアンジェリカ様との勉強会も、前回の試験では行われなかった。結果はとても酷かったそうで、俺もなぜ報告しなかったのかと叱られたくらいだ」
最近まで平民だった新入生のリリアンと、半年後に卒業したら公爵家に婿入り予定のエリオットの認識が一致しているわけもない。きっとリリアンがエリオットの悩みをきちんと理解できる日は一生来ない。
なぜならリリアンの父は王弟ではないし、母親は隣国の王家の血を継ぐ公爵令嬢じゃない。
元没落貴族と平民の両親を持つリリアンには、優秀すぎる婚約者もいない。
その場だけ慰めても意味がないのに、リリアンにはそれがわからない。
しかし実際にそこまでの害が出ているというのに、アンジェリカは『もっと優しくしてやれ』と言われたのか。
それだけアンジェリカがエリオットに厳しかったのか、他所の女ではなくお前が甘やかしてやれという意味だったのか。
ごく自然と真っすぐ前を見るアンジェリカだ。どちらも、が正解な気がしていた。
甘いカスタードとふわふわの生地で頬をいっぱいにすると、とても幸せな気持ちがあふれる。なかなかヘビーでシリアスな話を聞きつつ、ジェマはとろとろと表情を緩めた。
紅茶で唇を湿らせたベルノルトは、そんなジェマを見て一瞬硬直した。
取り繕うように1つ咳払いをして、話を続行する。
「……それ以来、越権行為とはわかっていても、ランズベリー嬢を遠ざけるために、俺なりに手は尽くした。
ランズベリー嬢が声をかけていたのはエリオット様だけではない。騎士科の俺の周りもよくうろちょろとしているから、エリオット様の元へ行かないように引き留めたり話を聞いてやったりはしたのだが」
『ベルノルト自身もリリアンに入れ込んでいる』という噂の原因はこれか、と納得した。やり方が素直すぎて自分の悪評にしかなっていないベルノルトが少し可哀想になってきた。
しかし、同情するのはまだ早かったらしい。
「ランズベリー嬢の話していることがまったく理解できない。女性を評する言葉では無いことは重々承知ではあるが、一言でいえば気味が悪い。
まったくの事実無根なのに、彼女の中では俺は『好きな人の婚約者に仕え続ける悲恋の騎士』になっているんだ」
しょんぼりと肩を落とすベルノルトは、びっくりするほど可哀想だった。そっと残りのシュークリームの片割れを差し出してみたが、静かに首を振られてしまう。
ジェマはそのまま自分のバスケットの中にしまい直した。シュークリームは繊細だから仕方ないのである。お持ち帰りだ。
その悲恋の騎士の話は、リリアンから聴いていて知っていた。けれどまずリリアンのことを信用していないので、話の内容も3割くらいしか信じていない。
とはいえ、ベルノルトとアンジェリカが密会するかの如く2人で話しているのを見たという噂は実際にあり、リリアンと同様の噂を流す人もそれなりにいた。
「事実無根なんですか? あんなに美人なのに?」
「別に美人なら誰でも惚れるわけじゃないだろう」
苦笑されて、「まあそうだけど」とジェマも苦笑する。
「アンジェリカ様のことは尊敬している。しかしこの気持ちは恋だの愛だのという類のものではないと思う」
きっぱりと言い切った割には、もじもじとする。
そんな不思議なベルノルトを横目に、1つ目のシュークリームを食べ終わったジェマは小袋の詰め合わせを開けてみた。
ピンクのリボンを解くと、中から出てきたのは、薔薇やハート、動物型などの可愛い形のクッキーや、貝殻型の1口サイズのマドレーヌ。ドライフルーツの入ったパウンドケーキに、カラフルなメレンゲクッキー。ころころしたスノーボールクッキーや、つやつやナッツのフロランタンまで、種々様々な焼き菓子たち。
「いや、これ勧めてくれた人天才すぎる……!」
とても可愛い。そしてとても美味しそう。ジェマは興奮しすぎて思わず立ち上がりそうになった。
倒しそうになったティーセットを整えて、しゅっと表情も整えて淑やかに座り直す。
「んんっ。あー……、うむ。つまりはアンジェリカ様が好きだと」
「違う」
「間違えました。あれですね。かっこいいけど可愛いと思ったことはないんですね」
「いやそこまでは言っていないが――いや、そうなのかもしれない。先日の女性のことはとても可愛らしいと思ったからな。アンジェリカ様に対する気持ちとはまったく違う」
「ほほう。恋をなさっていると」
「そ、そこまでは言っていない!」
落ち着けおちつけとジェスチャーで冷めた紅茶を飲むように促す。
ジェマは貧乏性の染み込んだ平民なので、紅茶が冷めたくらいで新しいものは入れてあげないのだ。
けれど大公令息なぞよりずっと紳士的な赤鬼は、律儀に声を荒げたことを謝罪した。冷めた紅茶も文句1つ言わず、くーっと気持ちよく飲み干す。
からかったジェマが悪いと言うのに。
しかしジェマの口の中にはすでにハート型のクッキーが占拠している。ぺこりと頭を下げ返すことしかできない。ダメ猫である。
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