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8匹目:ドーナツの穴埋めはできるのか? 2
しおりを挟む「ただの男爵令嬢じゃ近付かせて貰えない大公令息だって、ゲーム通りにちゃんとお友達になれたし! まだ全然距離があるけどね。私の名前覚えてくれたの! また来ても良いって! あとベルノルトもルシアンもフランツ先生も出会いイベちゃんとクリアしたの! ゲームで言うならまだ共通ルートだけど、ちゃんと好感度が1番高くなる返事できたし、フランツ先生の補習授業も受けられることになったんだ~! すごいよね! 本当に夢みたい……!!」
ベルノルトはエリオットの護衛っぽい騎士科の1年生で伯爵令息。騎士科をトップの成績で入学したらしい。ジェマと同い年なのにすごく体が大きい鬼人だった。ストイックなところがかっこいいと、寮ではしゃいでいる子たちがいた。
ルシアンは噂の魔術科の天才少年か。確か11歳で入学して今3年生のはずだ。すでに新しい魔術を開発していて、特許で儲けているらしい。女の子に間違われるくらい可愛くて、性格も甘えん坊だとか。男子の取り巻きがいるらしい。
フランツ先生は錬金術の講師だが、錬金術師としての仕事の方が本職らしい。自身の研究費用を稼ぐために学園での非常勤講師をしているとか。そんな先生に補習のための時間を取らせるなんて、本当に好感度が上がっているのだろうか。
ファンだと公言している子たちは、むしろ良い成績を取ろうと頑張っているのに。悪い意味で目立つ腹積もりか。やることなすことなんとなく腹が立つ女だ。
「私の1番の推しは隠しキャラのシリルだから、ちゃんとヒロインの好感度も上げなきゃね! だからわざわざ授業サボって会いに来てあげたんだよ? 感謝してね?」
リリアンのために、リリアンが勝手に来たことに対して、ジェマが感謝するのか。
息をするように言うことが矛盾している。しかもそのことに本人は気が付いていない。訳が分からなさ過ぎてちょっと面白いのが余計に腹が立つ。
「ヒロインが誰も選ばなかったら、建国祭のパートナーは自動的に後見人の孫のシリルになるから、このままあなたの攻略を邪魔し続ければ遅くても冬には愛しのシリル様に会えるってわけ!」
「……ん?」
「やだぁもぅ! 自分が天才過ぎてつらいんだけど! あ、あなたもしかしてシリル推しだから他の攻略捨ててるとかじゃないよね? 違うよね? 良かった! そうだと思った! だって寮住みなんだから、同じ王都に居ても後見人にちょくちょく会いに行ったりしないもんね!
私絶対にシリルだけは渡さないから! 覚悟しててよね! エリオットもベルノルトもルシアンもフランツ先生もシリルも、もう全員私のものなんだから。あなたは自分からゲームを降りたんだから、今更返してとか言わないでよね!」
シリルなんてよくある名前だから気にしていなかった。まさかジェマの後見人であるアシュダートン伯爵の孫息子のシリルの話なのか。ジェマは思わず顔を顰めてしまった。
別にジェマがシリルのことを好いているわけではないが、大事な後見人に迷惑をかけられるのは困る。
確かに建国祭にパートナーなしで挑もうとすれば、夫人たちはドレスと一緒にシリルも貸してくれるだろう。けれど――。
『お前が爺様が拾ってきた猫か』
入学前、アシュダートン伯爵家でシリルに初めて会ったときの一言目がそれだった。
黒にも見える神秘的な紫の髪を乱雑にまとめたシリルは、田舎では見たことがないほど色気と陰のある青年だった。タイも付けずに首元のボタンをいくつか外して着崩しているが、なぜか「だらしない」ではなくそういうオシャレに見えるから不思議だ。
男性にこう言う表現を使うのは失礼に当たるのかもしれないが、とても美人だった。
アシュダートン伯爵とはあまり似ていなかったのもあって思わず固まっていると、シリルは気怠げにジェマを睨みつけた。
『愛嬌良くうちの女性陣に取り入っているようだが、婆様たちに乗せられて俺の妻になれるなどと余計な夢は見るなよ。俺は子どもと結婚する趣味はない』
『いやむしろ子どもが好きだって言われた方が困る……じゃなくて。はい、わかりました。シリル様の妻になれるなどと余計な夢は見ません』
『お前、だいぶ良い性格してやがるな』
ぼーっとしていたせいでつい本音が零れてしまい、慌てて大人しく頭を下げた。その頭を軽く小突かれてシリルを見上げると、にっと片方の口の端を上げていた。
美人の真顔は怖かったので、少しほっとした。
『えっと、嫁に来い攻撃されたらどうしたらいいですか』
『俺が拒否するから適当に放っておけ』
乱暴に髪をかき混ぜられて首がぐらぐらと揺れた。
これがジェマとシリルとの出会いだった。
狼の獣人で少し言動が乱雑なシリルは、堅苦しい貴族の作法が苦手なジェマでも付き合いやすい。ちょっとわがままを言っても受け入れてくれるし、頭も良くて入学前の予習も手伝ってくれた。言葉は少し悪いが、平民育ちのジェマには気取った言い方をされるより親近感が湧く。
正直に言えば、シリルは結婚相手としては悪くない。しかしあのシリルが、10歳も年下で、さらに幼く見られるジェマを喜んで妻に迎えるなどというのは、とんでもない解釈違いなのだ。
ジェマは恋愛的な意味でシリルを好きだと言っているわけではない。今後そうなる可能性はないとは言わないが、現段階では『懐いている近所のお兄ちゃん』レベルである。
だがそれでも、その懐いているシリルをお人形のように扱い、「私のもの」だの「あなたにはあげない」だのと言われれば気分は悪い。
それまでリリアンには視線はほとんど向けないようにしていたが、思わず顔をじっと見てしまった。
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