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8匹目:ドーナツの穴埋めはできるのか? 3
しおりを挟む「は? 騙したの!? やっぱりシリル様推しなわけ!? だから他のいらないのはあげるって言いたいの!? あなたはヒロインを降りるって言ったんだから、私の邪魔しないでよ!!」
何も言っていないのにどんどん話が進んでいくのは、やっぱり少し面白い。イラっと来たから思わず睨んでしまっただけなのに。
リリアンから視線を外して、ティーポットに残ったぬるめの紅茶をカップに注ぐ。作法も無視してごくごくと飲むと、気持ちも落ち着いた。
肩で息をするほど興奮しているリリアンは、膝立ちになっていて今にも掴みかかってきそうだ。壊してほしくない茶器の載ったトレーをさっと秘密の部屋に仕舞う。しかしそれすら気に障ったようで、手近にあったクッションを投げてきた。
「なんなの!? 『なんとなく似てるけど猫ちゃんの方が愛らしい』って!! 別に似ているなら私でもいいじゃない!! どうして私じゃだめなのよ! だらだらごろごろしているあんたよりも、私の方が頑張ってるのに!!」
自信満々に『私ならあなたになれるから』と宣言したのはつい一か月ほど前の話だ。何を目指しているのだか知らないが、そもそもリリアンは猫獣人ではないので『猫ちゃん』を可愛がる令嬢たちには不評なのではなかろうか。
まあそういう問題でもないような気もするが。
「いらないって言うなら、シリル様にも手を出さないで。本当に何もしないでよ? 良いわね?」
リリアンは根本的に会話というものを知らないらしい。ジェマは答えていないので従う義理はない。返事を待つという子どもでも知っていることを知らないとは。
とりあえずシリルに報告の手紙を書いておこう。
無理やり顔に微笑みを張り付けたリリアンの執念は、少々常軌を逸していた。すでに大公令息にまで手を出しているのならば、ジェマだけで抱えていて良い話でもない。しかも何やらちょっとはジェマにも責任がありそうな言い分である。
シリルに知られたら絶対に叱られる。叱られるとわかっているけれど、報告しなければバレたときにもっと叱られる。
ため息を吐くジェマの耳と尻尾は、シリルのお説教を思い出してさっそくしょんぼりと垂れ下がった。
☆
「というわけでね?」
「……全然どういう訳かわからないんだけど?」
「だからわたしもわかってないんだってば」
クロエにジトーっと睨まれ、ジェマは適当に話を結んだ。
『攻略』だの『乙女ゲーム』だの、リリアンの話はジェマには全然わからない。反応を見るにクロエもよくわかっていないらしい。
2人でこてりと同じ方向に首を傾げた。
「まぁ異常者の考えを理解しようとするのは無駄よね」
「そうだね」
すでに諦めたクロエは、さっくり切り替えて幸せそうな顔でブラウニーを食んでいる。
そんな親友を見て頬を綻ばせながら、ジェマはこれまでのリリアンのことを思い出していた。
リリアンの言動は確かにヤバい。彼女が貴族令嬢だということも鑑みると、十分異常者と言って差し支えないだろう。何がヤバいって、何か筋の通ったところがあることが1番ヤバい。
初めに購買で声をかけられたときは『私ならあなたになれる』などと言われて頭のイかれたやつだと思ったが、その後の話にはどこか一貫性があるのだ。いや基本的にはイかれているのだろうが、何かリリアンの中にあるちゃんとした設定に基づいて行動しているらしい。
その設定の中心がどうもジェマらしいのが不気味なのだが、現状被害はリリアンの『ヒロインの好感度上げ』に付き合わされていることだけ。
まったくジェマの好感度は上がっていないのだが、ここまで来たらいっそ最後まで放置してみたい好奇心が湧いてきてしまっている。
こくこくと紅茶を飲み干す。空になったカップの底をしばし見つめ、ふっと昨日の目の前に座っていた相手のことを思い出す。
「そうだ。ちょっとお礼がしたいから探してほしい人がいるんだけど」
すっかり話が逸れて本題を忘れていた。クロエにベルノルトから聞き出したシュークリームの君の特徴を伝えると、数人心当たりがあるという。
彼女たちの名前と所属を教えてもらい、お礼用に用意していたブラウニーの包みをクロエに差し出した。
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ねこちゃんかわいい
続き待ってます……