一よさく華 -渡り-

八幡トカゲ

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壱.登城

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 その日、柚月は生まれて初めて籠というものに乗った。歩いていくと言ったが、鏡子は譲らず、椿までが、

「迷いますから」

 と、説得してくる。玄関を出ると、家の前にすでに籠が来ていて、仕方なく乗った。だが、それは正解だった。

 着いた先は、城。だが、城のどこだか分からない。ほかにも籠がやって来て、人が降りてくる。役人か何かなのだろう。皆、上等な裃を着て、見るからに上級武士ばかりだ。

 場違いだ。柚月はそう感じて、落ち着かず、きょろきょろしているところに清名がやって来た。手招きをしている。柚月は救われた気持ちになって、駆け寄った。

 着物は、この日の為の物だった。新調した着物を着て、城に来るように。それが、柚月の小姓としての初めての仕事だった。だが、分かったのはそこまで。何のために呼ばれたのか、結局分からずじまいだ。

 柚月は清名の背を見ながら、聞いてみようか、と思うが、「聞いていないのか?」と、厳しい目で問われるのが目に見えて、なかなか聞けない。さらに、いったい今、どこを歩いているのかも分からない。随分細長い部屋だなと思っていたが、どうやらここは廊下らしい。

 背筋をピッと伸ばした立派な裃の男たちが行きかい、清名とすれ違う時、決まって一礼していく。清名はそんな男たちに全く動じず、堂々と歩いていく。柚月はその後ろに、隠れるようについて行った。

 だが、進むにつれ、周囲の男たちの視線が気になりだした。最初は気のせいかと思ったが、どうやら違う。清名を見ているのか、とも思ったが、そうでもない。彼らは確かに、柚月の方を見ていている。しかも、中には何やらひそひそと話している者までいる。

「俺、なんか、見られてません?」

 柚月が清名の背中にこそりと聞くと、振り向いた清名が答えるより早く、近くにいた男が、意を決したように近づいてきた。

「あの、失礼ですが」
 柚月に恐る恐る声をかける。

「もしや、栗原様ではございませんか?」

 柚月は「え?」と目を丸くした。確かにそうだが、それを知っているのは雪原くらいだ、と思っている。まじまじと男の顔を見たが、会ったことがないばかりか、見覚えさえない。この男が、自分の本名を知っているはずがない。なのに、なぜ、そんなことを聞いてくるのか。

「いえ」
 と、柚月が咄嗟にごまかそうとしたのを、清名が割って入った。
「これは、柚月一華といいます」

 その一言に、男は、大きく目を見開いた。男だけではない。周囲にいたほかの者も一様に驚いた顔になり、「あれが」とざわめきだす。
 声をかけてきた男の目は、驚きから感動に変わり、

「あなた様が!お目にかかれて光栄です」

 と、無理やりに柚月の手を握った。柚月は動揺しながらも、「いや、こちらこそ」と応えると、すっと手を引いた。男の感動の理由が分からず、なんだか怖い。

「なんですか、あれ?」

 清名は柚月を置き去りに、すでに歩き始めている。柚月がその背を追いながら、動揺のまま聞くと、清名は振り向きもせず、

「藤堂の仕業だ」

 と答えた。藤堂とは、雪原の護衛隊の護衛頭を務める男だ。

「お前が一人で楠木に立ち向かったことに、よほど感動したのだろう。大した御仁だと、城中で触れ回っている」

 そのおかげで、柚月は本人の知らないうちに、有名人になっているらしい。さらに、雪原の小姓と言う地位を得たことで、箔までついたようだ。

 だがそれと、「栗原」の名とは関係がない。なぜ聞かれたのか。柚月の疑問は解けないままだったが、通された部屋に圧倒され、そんな疑問も吹っ飛んだ。

 これが部屋かと思えるほど、だだっ広い間に、何十人、いや、百人を越えるような男たちが詰めている。しかも、皆、上級武士ばかりだ。そのうえ、清名が「座れ」と言った場所に、柚月は慌てた。

「え!?ココ、ココですか?」

 と言って、なかなか腰を下ろさない。清名が「いいから座れ!」と厳しく言って、やっと腰を下ろした。清名の後ろ。つまり、宰相補佐の後ろ。とんでもない上座である。柚月にしてみれば、自分より身分が高く、年長の者たちが、自分より下座にずらりと並んでいる。異様な光景だ。

 その男たちが、一斉に頭を下げた。清名も同様だ。柚月も慌てて倣う。

 雪原が入ってきた。清名の横に座ると、「案内ご苦労様でした」と、こそりと清名に声をかけ、その後ろに控えている柚月に微笑んだ。その見慣れた笑顔にほっとし、柚月も笑みが漏れる。すると、再び部屋中に緊張が走った。皆一同に礼をする。将軍、剛夕の入室だ。

 剛夕は座るなり、「皆に下を見られていては、話しづらい」と言って、面を上げさせると、一同を見渡し、最後に、柚月の方をちらりと見た。柚月がそれに気づくと、剛夕はふっと口元に笑みを浮かべ、再び一同に向いた。

「今日皆に集まってもらったのは、我らの過ちを正すためだ。」

 剛夕は、厳しい表情で声を張る。そして、一人の老人が招き入れられた。

 その人物に、柚月は目を見開いた。

 この場に釣り合う上等な裃を着てはいるが、間違いない。柚月が以前、雪原について旧都に行った時に出会った老人。ケン爺だ。
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