一よさく華 -幕開け-

八幡トカゲ

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第三章 手繰り寄せた因果

八.明け空からの使者

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 雪原が宿に着き部屋に向かうと、手前の続きの間で清名がかしこまって出迎えた。
 清名にだけは、出かけると言いおいてあった。

 心を顔に出ない男だ。
 だが、気が気ではなかったのだろう。
 雪原の顔を見て、その顔にわずかに安堵の色が浮かんだ。

 その横で、柚月はまだ寝ている。
 この、二人の対称がおかしかしい。

 雪原は、柚月の枕元にかがみ、その顔をじっと見た。
 のんきな寝顔だ。
 いっこうに起きそうもない。
 脇に控える清名は、ひやひやした。
 が、雪原は、柚月の肩が隠れるように布団を掛けなおしてやると、何も言わずに自室に戻っていった。

「寝る子は育つというが、それだけ寝るなら、成長してくれ」

 柚月は目が覚めるなり清名にそう言われ、訳も分からず飛び起きた。

「えっ、俺、寝過ごしました?」

 慌てて聞いたが、清名はただただあきれた顔をしている。

「いや、今日は一日ゆっくり過ごされるそうだ。呼ばれてもいない」

 柚月はますますよく分からない。
 しかも、清名はそれだけ言うと、部屋を出て行ってしまった。

「え…。なん…すか?」

 柚月はぽつんと一人、部屋にとり残された。
 まさか、もう昼なのか。
 窓から外を見ると、太陽はまだ低い。
 空の色もまだ淡く、薄雲が漂っている。

 だが、町は動き出しているようだ。
 遠く微かに人の声が聞こえてくる。

 柚月は畳に腰を落とし、窓辺に肘を置いた。
 朝の空気が気持ちいい。

 ふいに耳鳴りが始まり気にはなったが、寝起きのせいかまだ頭がはっきりしない。
 そのままぼんやりと雲を見ていると、その雲を、黒い点が突き抜けてきた。

 どこかで見たような。 
 そう思って、柚月は記憶を辿った。

 そう、あれは、雪原の家で目覚めた日。
 空に円を描く黒い点があった。
 とびにしては大きいと思った。
 あれに似ている。

 そう考えている間に、その黒い点は恐ろしい速さで降下してきて、目でその姿がはっきり分かった。
 たかだ。
 まっすぐこちらに来る。
 驚いている間もない。

 鷹は速度を落とすことなく、近くの窓に飛び込んだ。
 椿の部屋だ。
 そう思った時には、柚月は刀を掴んで飛び出していた。

「椿!」

 勢いよく戸を開けると、窓辺に立っている椿が、驚いた顔で振りむいた。
 口に小さな笛を加えているが、そんなことは柚月の目に映ってはいない。
 鷹が、椿の腕に止まっている。
 柚月は咄嗟に刀を握った。

手紙ふみだ! 馬鹿者」

 清名の声にびくりとして振り向くと、清名だけでなく、雪原も座っている。
 椿はくすくす笑いながら、鷹の足に付いた小さな筒から紙切れを取り出し、雪原に渡した。
 よく見ると、椿は手に革製の手袋をつけていて、鷹はその上に止まっている。

「とりあえず、着替えてきてはどうです? レディーの前ですし」

 雪原は笑いながら、目で椿を差した。
 椿は柚月の方を見ながら、まだくすくす笑っている。

「え?」

 柚月はゆっくり自分の姿を見た。
 寝巻だ。

「はい!」

 柚月は真っ赤な顔で勢いよく返事をすると、慌てて自身の部屋に戻っていった。
 清名のあきれた顔。
 雪原と椿の笑い声。
 和やかな朝に思われた。

 だが、柚月が着替えて戻ってくると、部屋の中の空気は一変していた。
 皆険しい表情をし、緊張が漂っている。
 何かが起こったことは明白だ。
 雪原は柚月が座るなり、厳しい視線を向けた。

「急ぎ、都に帰らなくてはならなくなりました」
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