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第六章 それから
壱.種
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楠木を撃ち取ったのは、雪原の護衛隊の者だった。
護衛隊は、夜明け前の最初の銃声、柚月が車輪を背負った男に狙われたあの銃声を聞き、城の警護を陸軍に任せて、椿を援護すべく日之出峰に入った。
その後、再びの銃声に歩を速めて駆け上がり、山頂付近、組みかけた大砲のところで、集まっていた開世隊をあっという間に壊滅させた。
だが、椿と剛夕の行方が知れない。
藤堂は隊を二手に分け、一組を都に向かって下らせ、自身はもう一組とともに、七輪山に向かった。
その道中、楠木と柚月が対峙しているところに遭遇したのだ。
柚月に駆け寄った藤堂は、柚月の肩を抱きながら、勝利を喜んだ。
柚月は無言だった。
藤堂は、柚月が何者であるか知らない。
当然、楠木との関係も。
柚月の、楠木を見つめる悲哀の交じった複雑な目を、疲労によるものだと思ったのだろう。
「よく一人で、こらえましたな!」
そう言って豪快にねぎらうと、足のケガを気遣って、柚月を背負って山を下りた。
本陣にて、柚月から報告を受けた雪原は、「そうですか」とだけ言い、労わるような微笑みを見せた。
傍らの椿も、心配そうに柚月を見つめていた。
柚月は精いっぱい明るく笑って見せたが、やはり一人になりたがり、控えの間の隅で横になると、すべてを忘れるためかのように、そのまま、泥のように眠った。
日之出峰での政府軍の勝利を機に、開世隊と萩の連合軍は一気に士気を失った。
羅山では、山中で擾瀾隊と対峙していた軍は降伏し、陸軍と交戦していたふもとの軍は、萩に向かって撤退を開始した。
七輪山でも、ふもとの交戦はすぐに収まった。
ここに配置されていた開世隊は、最近になって参加した野盗郎党のような者たちのみで構成されていた。
もともと、国を変えようという気概も、隊のために戦うという思いもない。
楠木という頭を無くし、蜘蛛の子を散らしたように散り散りに逃れ去った。
山中に入っていた開世隊は、日之出峰まで進んでおり、そのほとんどが、山頂付近で雪原の護衛隊によって討ち取られた。
先行して山に入っていた者は、剛夕と椿の後を追って都方面に下っていたが、いずれも死体となって発見されている。
いずれも凄惨な場だ。
だが、最も衝撃的だったのは、七輪山山中の小屋だろう。
その粗末な小屋の中で、将軍、冨康が、胴体と頭部が離れた状態で発見された。
そして瀬尾義孝は、どこにも姿がなく、遺体も見つかっていない。
椿は日之出峰で剛夕とともに十二番隊に保護された後、一旦本陣に戻り、雪原に報告をすませると、翌日、再び日之出峰に入った。
義孝を探すため。
正確には、その遺体を確認するためだ。
山中にはすでに、剛夕によって派遣された政府の調査員と、残党に目を光らせている陸軍の兵があちこちにいた。
椿は記憶を辿り、義孝と別れた場所まで容易にたどり着いた。
この茂みの中。
ここから、義孝は上へ。
そう思って斜面を見上げ、義孝が進んだであろう方を想像しながら登っていくと、数人の調査員と、その足元に転がる、十人程度の死体と出くわした。
死体は狭い範囲にまとまっていて、重なり合っているものもある。
ここで間違いない。
だとすると、と考え、少しだけ下ってかがみこみ、地面を探ると、想像した通り、地面にめり込んだ銃弾を見つけた。
土が、湿気ている。
おそらく血だ。
そこから、何かを引きずったような跡が伸びている。だが、すぐに茂みに阻まれて、その行く先は分からなかった。
「椿殿」
突然の声に、椿はぱっと顔を上げた。
調査員の一人のようだが、この場に不釣り合いな、身なりのいい男だ。
顔に、見覚えがある。
「お城でお目にかかりました。剛夕様の小姓を務めております、枇々木と申します。昨日は、ご活躍でしたね。護衛もつけずに城を出られたと聞いた時には、本当に驚きましたよ。ご無事でよかったです」
雪原は剛夕以外の者には、椿が自身の護衛であることはふせ、世話係だと説明していた。
枇々木もまた、それを信じているようである。
まだ若く、愛想がいい。
だが、その微笑んだ顔が、椿には仮面のように見えた。
「このようなところで、どうかされたのですか?」
仮面の笑みが聞いてくる。
「ええ、あの…」
椿は言葉を詰まらせると、悲し気に目を伏した。
「かんざしを、落としてしまったようでして。雪原様から頂いた、大事なものなのです」
もちろん嘘だ。
本来の目的を、枇々木に悟られたくない。
「おや、それは大変ですね。見つけたら、お届けしますよ。このようなところ。あなた様のような方が、来られるところではありません」
枇々木が案じるのも当然な、凄惨な現場である。
ただの世話係であれば、卒倒しただろう。
だが、椿には不要な心配だ。
むしろ、枇々木に早く去ってほしい、と思っている。
しかし、枇々木は心配そうな顔をするばかりで、立ち去りそうにない。
茂みが気になるが、いったん、あきらめざるを得なさそうだ。
「そうですね」
椿は、微笑みを浮かべて立ち上がった。
「いったい、誰と斬りあったのだろう」
少し離れたところで、調査員たちが黙々と見分をしている。
その内の一人が、そう漏らすのが聞こえた。
死体の倒れ方からして、斜面下側にいる相手と斬りあったのは分かるが、昨日山に入っていた陸軍十二番隊は、ここには来ていない。
調査員の疑問はもっともである。
「誰にしても、相当な手練れだろう」
もう一人が答えると、ほかの者も続く。
「まだ、山中にいるのではないか? 敵でないことを祈るよ」
皆不安を煽られ、一気に顔が曇った。
「早く終わらせてしまおう。こんなところに長居していると、気が滅入る」
そう声を張ったのは、枇々木だ。
「では」
枇々木は椿に頭を下げ、作業に戻っていった。
椿は一礼で応えると、もう一度あの茂みの方を見た。
やはり、気になる。
だが、枇々木が気にかけて視線を向けてくるのでそれ以上調べられず、微笑んで会釈すると、下山した。
「そうですか」
報告を聞いた雪原は、そう言ったきり、考え込んでしまった。
「あの場に枇々木様がいらっしゃったことも、気になります。あの方は、剛夕様の小姓。あのような場所の調査をされるお立場ではないはずです。もしかしたら…」
椿はそう言いかけて、黙った。
この先は、あまりに恐れ多い。
だが、雪原も同じ事を考えている。
朝のことである。
本陣内のほとんどの兵士がまだ休んでいる早朝、剛夕は雪原の元にやって来た。
雪原は、「まだ、休んでおられては」と気遣ったが、剛夕は応えない。
代わりに、「ちょっと」と、人目を避けるように雪原を庭の端に連れ出し、思いもしないことを言いだした。
「瀬尾義孝の墓を建てようと思う」
雪原は大いに驚いた。
まだ遺体も見つかっていない。
「瀬尾義孝の、ですか」
なぜ。
雪原がそう聞く間もなく、剛夕は続けた。
「あの者は、追ってくる開世隊に一人で立ち向かっていった。その後、五発もの銃声がしたのだ。生きているはずがない」
「…しかし」
納得しない雪原に、剛夕は懸命に訴えるような目を向ける。
「あの者のおかげで、私は今生きている。せめて、何か、礼をしてやりたいのだ」
有無を言わせない。
その様子に、雪原は違和感を覚えた。
なぜそこまで義孝の死にこだわるのか。
まるで、どうしても死んだことにしたい、とでもいうようだ。
雪原の胸の内に、微かな不審が湧いた。
剛夕は、じっと雪原を見つめている。
その純粋な瞳に、一瞬、何か、黒い影が見えた。
その瞬間、雪原の背筋に冷たいものが走り、胸の不審が、より確実なものへと成長した。
剛夕は、世間知らずのお坊ちゃんなどではない。
腹のうちに、何か持っている。
そこに、椿のこの報告である。
「敵は、まだどこに潜んでいるか、わかりませんね」
雪原の目が、鋭く光った。
護衛隊は、夜明け前の最初の銃声、柚月が車輪を背負った男に狙われたあの銃声を聞き、城の警護を陸軍に任せて、椿を援護すべく日之出峰に入った。
その後、再びの銃声に歩を速めて駆け上がり、山頂付近、組みかけた大砲のところで、集まっていた開世隊をあっという間に壊滅させた。
だが、椿と剛夕の行方が知れない。
藤堂は隊を二手に分け、一組を都に向かって下らせ、自身はもう一組とともに、七輪山に向かった。
その道中、楠木と柚月が対峙しているところに遭遇したのだ。
柚月に駆け寄った藤堂は、柚月の肩を抱きながら、勝利を喜んだ。
柚月は無言だった。
藤堂は、柚月が何者であるか知らない。
当然、楠木との関係も。
柚月の、楠木を見つめる悲哀の交じった複雑な目を、疲労によるものだと思ったのだろう。
「よく一人で、こらえましたな!」
そう言って豪快にねぎらうと、足のケガを気遣って、柚月を背負って山を下りた。
本陣にて、柚月から報告を受けた雪原は、「そうですか」とだけ言い、労わるような微笑みを見せた。
傍らの椿も、心配そうに柚月を見つめていた。
柚月は精いっぱい明るく笑って見せたが、やはり一人になりたがり、控えの間の隅で横になると、すべてを忘れるためかのように、そのまま、泥のように眠った。
日之出峰での政府軍の勝利を機に、開世隊と萩の連合軍は一気に士気を失った。
羅山では、山中で擾瀾隊と対峙していた軍は降伏し、陸軍と交戦していたふもとの軍は、萩に向かって撤退を開始した。
七輪山でも、ふもとの交戦はすぐに収まった。
ここに配置されていた開世隊は、最近になって参加した野盗郎党のような者たちのみで構成されていた。
もともと、国を変えようという気概も、隊のために戦うという思いもない。
楠木という頭を無くし、蜘蛛の子を散らしたように散り散りに逃れ去った。
山中に入っていた開世隊は、日之出峰まで進んでおり、そのほとんどが、山頂付近で雪原の護衛隊によって討ち取られた。
先行して山に入っていた者は、剛夕と椿の後を追って都方面に下っていたが、いずれも死体となって発見されている。
いずれも凄惨な場だ。
だが、最も衝撃的だったのは、七輪山山中の小屋だろう。
その粗末な小屋の中で、将軍、冨康が、胴体と頭部が離れた状態で発見された。
そして瀬尾義孝は、どこにも姿がなく、遺体も見つかっていない。
椿は日之出峰で剛夕とともに十二番隊に保護された後、一旦本陣に戻り、雪原に報告をすませると、翌日、再び日之出峰に入った。
義孝を探すため。
正確には、その遺体を確認するためだ。
山中にはすでに、剛夕によって派遣された政府の調査員と、残党に目を光らせている陸軍の兵があちこちにいた。
椿は記憶を辿り、義孝と別れた場所まで容易にたどり着いた。
この茂みの中。
ここから、義孝は上へ。
そう思って斜面を見上げ、義孝が進んだであろう方を想像しながら登っていくと、数人の調査員と、その足元に転がる、十人程度の死体と出くわした。
死体は狭い範囲にまとまっていて、重なり合っているものもある。
ここで間違いない。
だとすると、と考え、少しだけ下ってかがみこみ、地面を探ると、想像した通り、地面にめり込んだ銃弾を見つけた。
土が、湿気ている。
おそらく血だ。
そこから、何かを引きずったような跡が伸びている。だが、すぐに茂みに阻まれて、その行く先は分からなかった。
「椿殿」
突然の声に、椿はぱっと顔を上げた。
調査員の一人のようだが、この場に不釣り合いな、身なりのいい男だ。
顔に、見覚えがある。
「お城でお目にかかりました。剛夕様の小姓を務めております、枇々木と申します。昨日は、ご活躍でしたね。護衛もつけずに城を出られたと聞いた時には、本当に驚きましたよ。ご無事でよかったです」
雪原は剛夕以外の者には、椿が自身の護衛であることはふせ、世話係だと説明していた。
枇々木もまた、それを信じているようである。
まだ若く、愛想がいい。
だが、その微笑んだ顔が、椿には仮面のように見えた。
「このようなところで、どうかされたのですか?」
仮面の笑みが聞いてくる。
「ええ、あの…」
椿は言葉を詰まらせると、悲し気に目を伏した。
「かんざしを、落としてしまったようでして。雪原様から頂いた、大事なものなのです」
もちろん嘘だ。
本来の目的を、枇々木に悟られたくない。
「おや、それは大変ですね。見つけたら、お届けしますよ。このようなところ。あなた様のような方が、来られるところではありません」
枇々木が案じるのも当然な、凄惨な現場である。
ただの世話係であれば、卒倒しただろう。
だが、椿には不要な心配だ。
むしろ、枇々木に早く去ってほしい、と思っている。
しかし、枇々木は心配そうな顔をするばかりで、立ち去りそうにない。
茂みが気になるが、いったん、あきらめざるを得なさそうだ。
「そうですね」
椿は、微笑みを浮かべて立ち上がった。
「いったい、誰と斬りあったのだろう」
少し離れたところで、調査員たちが黙々と見分をしている。
その内の一人が、そう漏らすのが聞こえた。
死体の倒れ方からして、斜面下側にいる相手と斬りあったのは分かるが、昨日山に入っていた陸軍十二番隊は、ここには来ていない。
調査員の疑問はもっともである。
「誰にしても、相当な手練れだろう」
もう一人が答えると、ほかの者も続く。
「まだ、山中にいるのではないか? 敵でないことを祈るよ」
皆不安を煽られ、一気に顔が曇った。
「早く終わらせてしまおう。こんなところに長居していると、気が滅入る」
そう声を張ったのは、枇々木だ。
「では」
枇々木は椿に頭を下げ、作業に戻っていった。
椿は一礼で応えると、もう一度あの茂みの方を見た。
やはり、気になる。
だが、枇々木が気にかけて視線を向けてくるのでそれ以上調べられず、微笑んで会釈すると、下山した。
「そうですか」
報告を聞いた雪原は、そう言ったきり、考え込んでしまった。
「あの場に枇々木様がいらっしゃったことも、気になります。あの方は、剛夕様の小姓。あのような場所の調査をされるお立場ではないはずです。もしかしたら…」
椿はそう言いかけて、黙った。
この先は、あまりに恐れ多い。
だが、雪原も同じ事を考えている。
朝のことである。
本陣内のほとんどの兵士がまだ休んでいる早朝、剛夕は雪原の元にやって来た。
雪原は、「まだ、休んでおられては」と気遣ったが、剛夕は応えない。
代わりに、「ちょっと」と、人目を避けるように雪原を庭の端に連れ出し、思いもしないことを言いだした。
「瀬尾義孝の墓を建てようと思う」
雪原は大いに驚いた。
まだ遺体も見つかっていない。
「瀬尾義孝の、ですか」
なぜ。
雪原がそう聞く間もなく、剛夕は続けた。
「あの者は、追ってくる開世隊に一人で立ち向かっていった。その後、五発もの銃声がしたのだ。生きているはずがない」
「…しかし」
納得しない雪原に、剛夕は懸命に訴えるような目を向ける。
「あの者のおかげで、私は今生きている。せめて、何か、礼をしてやりたいのだ」
有無を言わせない。
その様子に、雪原は違和感を覚えた。
なぜそこまで義孝の死にこだわるのか。
まるで、どうしても死んだことにしたい、とでもいうようだ。
雪原の胸の内に、微かな不審が湧いた。
剛夕は、じっと雪原を見つめている。
その純粋な瞳に、一瞬、何か、黒い影が見えた。
その瞬間、雪原の背筋に冷たいものが走り、胸の不審が、より確実なものへと成長した。
剛夕は、世間知らずのお坊ちゃんなどではない。
腹のうちに、何か持っている。
そこに、椿のこの報告である。
「敵は、まだどこに潜んでいるか、わかりませんね」
雪原の目が、鋭く光った。
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