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エルフの過去
閑 話 青春のポルチーニ (前編)
しおりを挟む【 side ポルチーニ 】
僕は縁側に寝そべって、水溜りに落ちる雨粒の波紋を気怠げに眺めていた。ザーザーと降り頻る雨が地面を泥濘に変え、濡れ跳ねた土の香りが鼻腔に広がる。
(すぅーー。)
水気を含んだ酸素が僕の肺を満たして、深く息を吸う度にごぽ、ごぽりと湿気た空気に溺れそうになる。あぁ、上手く呼吸ができない。僕はまるで、底なし沼に棲む盲目の深怪魚みたいだ。
沼底に舞う泥埃の中を、意味もなく彷徨っている。
(ぷはっ。)
ーーー僕は、この里でただ1人。
先祖帰りの、ハイエルフなんだ。
里長の父は僕に多大な期待を抱いていて、だけどそれは何だかよくわからない不定形なもので、そんなものを僕に求められたってどうする事も出来ないのにって、いつも思うんだ。
父は、僕の事を特別な存在だと言う。でも僕には、他のエルフと何が違うのかよくわからない。
「この里の未来はお前に掛かっている。」
こんな風に言われると、僕はまるで胃の辺りをぐっと押さえつけられているみたいに、ムカムカとしたモノが込み上げてくるんだ。
ーーー父曰く、
ハイエルフとは、エルフの民の頂点に立つ者。
でも僕は、ごく普通のエルフに生まれたかった。だって、よくわからないナニかを期待されても、僕にはそれを叶える事が出来ないから。
僕のお爺様はハイエルフで、里を救った英雄だったんだって。だからなのか、同じハイエルフの僕は他の子供達よりも魔法が得意だし、魔力量もある。でも、それだけだ。生まれながらに、高尚な使命感を備えている訳でも無い。それにこの里は今、平和だ。僕があえて守る必要もないだろ?
僕の生まれ育ったエルフの里は、世界樹様に守られていて、瘴気の出ない唯一無二の清浄な場所。美しい山や森に囲まれたコロニー。間違いなくこの場所だけが世界の中心で、聖域なんだ。
危険な魔物や凶暴なモンスターも出ない。それに目眩しの魔法がかかっているから、不浄な人間が入り込む事もない。ここはエルフにとっての楽園。
ーーーでも今は昔。
目眩しの魔法がなかった頃、
この地は人間達に脅かされていた。
里にかかる目眩しの魔法は、今から500年前に賢者カラハ様、僕のお爺様だったハイエルフが開発したんだ。この魔法が完成するまで、エルフの民は何度も人間に襲撃されて、略奪・搾取され続けていた。
ーーーそんなエルフの民の為に立ち上がったのが、僕のお爺様だったんだ。
里の未来を憂いたお爺様は精霊王に祈りを捧げ、エルフを導く為の宝を授かったんだって。その宝は、この世界の全てを見通す力があった。それを使って、お爺様は目眩しの魔法を作り上げたんだ。
そのおかげで、里は平和になったけど。
ーーー宝は今、どこにあるんだろう?
父はお爺様の遺品を血まなこになって探した。でもその宝を見つける事は出来なかったんだ。それは、僕が引き継ぐべき物だったんだって、そう言って未だに諦めきれないでいる。
僕はそんな物に、興味は無いんだけど。
父は、当時お爺様と協力関係にあった大婆さまが宝を盗んだんじゃ無いかって疑っている。だから大婆様の所に何度もスパイを送り込んで、探ろうとしていた。だけどその計画は、全く上手くいって無い。
だって大婆さまはボケて耄碌しちゃってるから、誰も側に置かないんだ。僕も父に言われて仕方なく、大婆様の所へ足を運んでいるけど。いつも追い返されてしまう。気に入られて、全ての遺産を相続して来いだなんて、ホント、無茶振りすぎるでしょ?
でもさ、大婆さまの所には人間の国で手に入れた最新式の便利な魔道具なんかが置いてあって、その不思議な器具を見るたびに、興味をそそられるんだ。この里のエルフ達は皆んな排他的で、人間の作った便利な物を、エルフを堕落させる悪魔のような物だと思っている。
そんなだから僕は、この閉塞感のある里の生活に飽き飽きしていたのかも。里の皆んなは非効率過ぎるんだよ、便利なものは使った方が良いに決まってる。外の世界にはいったい、どんな有用な発明品があるんだろう。年若い僕らは、里の外には出られない。だって人間の国は危険だからね。でも知りたいんだ、外の世界には何があるのかを。
流石に僕も、危険を犯してまで里を抜け出すつもりは無いんだ。無知なままで、人間の国に行けばどうなるかなんて、分かりきっている。
だから純粋に、父の命令は関係無くて、人間の国で薬を売って商いをしている大婆さまの所に弟子入りをしてみたいって思ったんだ。そこで学べば、僕の知りたかった事が分かるかも知れない。
ーーーそれなのに、あの子供が邪魔をしたんだ。
この里に勝手に住み着く、不気味な人間の子供。そいつが突然、大婆さまの所にやって来て無理やり居着いてしまった。そこは、僕の居場所になる筈だったのに。
そうして、すっかり大婆さまと打ち解けてしまったんだ。あいつはデブでのろまで、精霊魔法も使えない、落ちこぼれのエルフの癖に。
親父が言ってたんだ。「アレは、里抜けしたエルフが人間に孕まされて産まれた半エルフ。親は無責任に、アレを世界樹の根本に捨て、再び出ていった。」半分はエルフだから、追い出す事もできないってね。
この里を捨てて出ていくエルフはいつの時代も一定数いて、大抵は人間に見つかって酷い目に遭わされるんだ。そして命からがら戻って来る。
僕は人間の国に興味はあるけど、この里を出ていきたい訳じゃない。人間は狡賢く嘘つきだ、そんな危ない思いをしてまで里を出ていきたがるなんて、どうかしている。僕には全く、理解できないよ。
*****************
雨上がりの澄んだ空に、刺すような午後の日差し。葉脈に沿って流れ落ちてくる雫玉が、陽の光を反射して虹色にキラキラと輝きを放っている。
僕は、いそいそと大婆さまの所へ出かける準備をしていた。そこへ、双子の兄妹ジロールとモリーユがやって来た。こいつらは、大婆さまの遠い親戚に当たるらしい。まぁ、こいつらが大婆様と交流している所なんて見た事無いけどな。
たぶん大婆さまが死んだら、この兄妹があの家を相続する事になるんだろう。こいつらの親は父の配下だ。だから、大婆さまが別の誰かに遺産を残すつもりでも、親父はそれを握り潰し、彼らに継承権を譲るつもりでいる。父がそんなだから、僕は大婆さまに避けられているんじゃないのか?
正直な所、父のやり方にも、うんざりしている。
「ポルチーニ様!!あの人間もどきが作った、不気味な魔道具を僕らで成敗して来ました!!」
「地を這い、植物を切り裂く。魔獣に似せた醜悪な魔具を作るなんて、信じられませんわ!!」
兄妹は、褒めて欲しそうにこちらを見ているけど、僕は冷めた目で睨みつける。こいつらの家は、人間の作る魔道具を里に普及させないようにしている。古き良きエルフの暮らしを護る、そう言う考えの筆頭なんだ。
壊したなんて、勿体ないな。こいつらは、大婆さまの家にある、あの草刈魔具の凄さがわからないんだろう。父はこの双子の妹、モリーユと僕を結婚させるつもりらしいけど、僕はごめんだ。こいつらと、話も考え方も合わないし。父に何を言われているのか知らないけど、常に付き纏ってくるのがうざったいんだ。
「なぁ、他人の家の物を勝手に壊すなんて、どうかしてるぞ。エルフにあるまじき行為だ。」
僕は無駄だと知りながらも、忠告してやる。
「で、でも。あの家の物は、そのうち全部僕らの物になるんですよ?」
「そ、そうよ!それに悪魔の愚物を野放しになんてしておけないわ。」
ほらな、やっぱり。当たり前の事を言ってるのに、全く話が噛み合わない。
「今は違うだろ。不愉快だ、顔も見たく無いくらいにな。」
僕は冷たくそう言い放ち、彼らを置いて家を出たのだった。
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