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第5章 因縁 medaillon(メダイヨン)皮剥男
50: 誰もが納得出来る物語
しおりを挟むテーブルの上に、切り口の部分が綺麗に折り畳まれたシューガステックの袋が、コーヒーカップの取っ手と平行に置かれてあった。
斉藤の分だった。
斉藤は甘みが欲しくてコーヒーに砂糖を入れるのではなく、砂糖でコーヒーの味を自分の味覚にあうように調整しているようだった。
ちなみにミルクは入れない。
ブラックで飲むときもあるのだろう。
俺の方は、俺がこぼしてしまった砂糖の粒がテーブルに微かに散らばっている。
ところで、ここはシズルではない。
道すがらに立ち寄った平凡な喫茶店に過ぎない。
俺が斉藤に誘いかけたのだ。
最初斉藤は、早くシズルにいかなければ、先ほどの若者達から連絡が回ってヒヨコが逃げると難色をしめした。
しかし斉藤は、俺の「あんたは、電話より早く走れるのか?」と言った台詞にニヤリと嗤って、俺の提案を受け入れたのだ。
斉藤は洒落た服装が好きなように、こじゃれた言い回しが、好みなのかも知れない。
「で、なんです?捜査方針の打ち合わせというのは?」
「なぜ俺があんたらに雇われたか?さっきの件でわかったのさ。もしこの依頼、俺一人でやるのなら、さっきみたいな場面で早速、とん挫してしまうってな。反対にあんたなら一人でも、零を探し出せるだろう。あんたの組の会長がそれが判らない筈がない。俺は相手の反応やようすを探るための当て馬みたいなもんだ。」
「ここに来るまでに、その話は終わったんじゃないですか?私はあなたがオカルト探偵だからだと説明しました。」
「オカルト探偵ねぇ、、確かに、あんたらは俺を待ってたみたいだな。だが今日の様子を見てると、さっきも言ったが、あんたらは、俺など居なくても零を見つけだせる筈だ。当て馬じゃないなら、本当は俺に何をさせたいんだ?会長が何かを決心する為のきっかけ作りだけじゃないんだろう?」
「、、、。」
斉藤はちょっと意外そうな顔をして俺を見つめた。
その様子は俺が女なら腰が融けてしまうような視線と美貌だった。
もちろん斉藤の頭の中で動いたのは、俺への賞賛などではなく、彼の当初の値踏みでは、安く見積もっていた探偵が発した思わぬ質問への対処だろう。
「、、少し前に東京と、ちょっとしたもめ事がありましてね。」
斉藤は話す気になったようだ。
テーブルの上のグラスの水を、ほんの少し飲み下した。
「まあ結局は、手打ちになったんですが、その時、少しおまけがあったんですよ。うちの会長は、時代がかった事がお好きでね。ただの手打ちじゃ満足できないで、彼らを招いて、かなり派手な懇親パーティをやったんです。向こうの有力者に年頃の娘さんが、いらっしゃいましてね。パーティにかこつけて、それとなく零さんとの見合いを仕込む算段もあったようです。まるで戦国武将の発想ですよ。ところが、こっちでこさえたその趣向の途中で、その娘さんが行方不明になってしまったんです、、。」
「、、どういう事だ?そんな話、聞いてないぞ!」
「零さんは、かなりそのお嬢様にご執心だった、、。」
俺は背筋に寒気を覚えた。
やっぱりこいつらはヤクザだ。
俺が調査を始めた今頃になって、こんなことを言い出すなんて。
「彼女の背の高さは、、?」
「零さんとお似合いでした。」
「そうか、、。で、どう、ケリを付けたんだ?」
「警察の方はもちろんですが、うちの組で面子にかけても責任を持ってお嬢さんを探し出すと、、。」
警察はもちろん、、の、その後に続く言葉が「(警察に)知らせた。」のか「(警察に)知らせなかった。」のか、俺の与り知らぬやくざどものの論理だった。
それに、この件に関する警察の関わりは、今の俺にとって、どうでも良いことだった。
「相手方は信用してくれているのか?」
「もちろん。零さんには警察の内偵も入っていないんですよ。それにあの人は、大人しくしていると、恐ろしくまともにみえる。現に娘の父親の方は、零さんを見て、会長がほのめかせた結婚話を真剣に考えていたらしい。自分の娘に、はまともな男と結婚して欲しいとね。」
「だがもし、、、その失踪が例のアレだったら、そしてそれが相手にばれたら、、。」
俺はこんな時でも、零がその娘を拉致して皮を剥いだ、などとは口が裂けても言いたくなかった。
「ウチの組自体が、壊滅的な打撃を被るでしょうね。これは抗争などといったレベルの問題ではない。やくざはゴミだが、一応人間で、化け物の世界に住んでるわけじゃない。」
「会長が本当に怖れているのはそれなのか、、。」
俺はもう一つの疑惑と可能性を考えていた。
会長は零の癖をいつ知ったのか?という事だ。
今、話題に上っている娘の失踪事件を追っていく内に、零の犯罪に気づいたのか、あるいは前々から零の悪魔の所行を知っていたのか。
会長本人との会見では、どちらとでもとれる言い回しだった。
前から知っていたなら、今回の件は会長自身が、鮫に生き餌をくれてやった事になる。
それとも会長は、結婚をしたら零の「癖」が治るとでも思ったのだろうか。
「造ってほしいんですよ。」
俺の夢想は斉藤の言葉で断ち切られた。
「造るって・・なにをだ?」
「誰もが納得出来る。物語を、です。その物語に必要なら、零さんには死んでもらっていい。ただし単なる変態・異常者で、死んで貰っては困る。例えば、悪霊に取り憑かれていた行為であるとか。、、つまり全てが明らかになった時に、誰もが納得出来る話ですよ。そこに事実は必要ない、ただ納得出来る話が必要だ。骨組みさえあればいいんだ。後は力と力の関係の世界だ。無理筋でも、収まる器にものは収まる。たとえヨタでも、怪談話でも、お互いの力関係の中で、納得さえ出来ればいい。」
「・・それで俺が登場したのか。何か適当な、それらしい話をでっちあげろって事か、、それなら、ますます俺は、事が終われば口封じの為に殺される。」
「私の立場では保障は出来ませんが、大丈夫ですよ。あなたは、骨董品の鑑定家みたいなものなんだ。あなたの目利きで、話そのものに、値打ちが付く。そういうニーズのある内は大切にされる。それをしゃぶり尽くすまでね。それが、私らヤクザのやりくちだ。よくご存じでしょう?」
「、、判った。少なくとも俺があんたらの背中を押す為だけに、呼ばれたんじゃないって事がな。多少は俺のオカルト探偵としての能力が買われてるわけだ。」
「・・・じゃ、そろそろ行きますか?」
「いや。もう一つだ。あんた、さっきの若造どもとの立ち回りは演技なのか、マジかどっちだ?」
「どちらだったら、いいんです?」
斉藤の端正な顔が笑った。
「、、いや、いいんだ。つまらんことを聞いた。」
俺は目をそらした。
理由は簡単だ。
俺はそれ以上、斉藤の顔を見つめ続けるのが怖くなったからだ。
敗戦直後の東京に出現した連続強姦殺人犯の小平義雄が残した言葉、「戦争の時に、わしよりむごいことをした連中を知ってますが、平和のときに、わしほどひどいことをしたものはいないと思います」をふと思い出した。
自分自身のたった一人の夢想の戦争の中で、常軌を逸したのが零なら、この斉藤は、現実の平和な世界の中で、人を殺し続けた小平義雄そのものではないのかと俺は思った。
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