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第5章 因縁 medaillon(メダイヨン)皮剥男
55: 脈打つ打擲
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俺は、港の倉庫街に通じる道に入り込む手前で国道26号線の渋滞に捕まってしまったタクシーから降り、走り出した。
酸欠で頭がガンガンしたが、今起こりつつある問題の対処に失敗すると、その痛みを感じる頭部さえ失う可能性があった。
走った。
小学校の運動会以来の真摯さで。
昨夜、俺が監禁されていた貸倉庫の前には、黒塗りの車が3台止まっていた。
俺が近づくと、車の中から品のない男どもが、わらわらと湧いて出てきた。
中の一人が俺の肩を掴む。
「斉藤から聞いていないのか!俺は目川だ!」
「失礼しました。」
おおよそ、そんな言葉からは縁遠い男の顔から血の気が引く。
斉藤の名を出すだけでこれだ、斉藤はそうとう、組の中ではいい顔らしい。
男が先に立って、俺の為に倉庫の分厚い子扉を開けた。
血の濃い匂いと、硝煙が混じり合った匂いが俺の鼻を打った。
全速力で走り続けていた俺の胃は悲鳴を上げそうになった。
俺は吐き気を、無理矢理押さえつける。
俺は、昨夜俺自身が閉じこめられていた部屋に入って、自分の目を疑った。
部屋中が、重油のようなもので浸水していると思ったのだ。
俺の意識が、目の前に展開されているのが、文字通り「血の海」だという事を拒否しているのだ。
その血の海の中には、銭高の組員が3人、のたうち回っていた。
彼らが沈んでいる血の海の何分の一かは、彼ら自身のものなのだろう。
一応、彼らは止血されていた。
もっともその止血材料は、零達のプレイに用いられるであろうゴムチューブだというのが皮肉だったが、、。
そして俺が、この部屋で探し求めていたメダイヨンは、倒れている彼らの間に、ヒヨコのライダースーツと共に無造作に転がっていた。
俺はそれを目の端で確認してから、俺が本来視線を向けなければならない場所に意識を集中した。
昨日、俺が座らされていた部屋の真ん中の拷問椅子には、ゴムシートが被られており、その背後に注射器を持った痩せた男、その前には真っ赤なワイシャツを着た斉藤がいた。
斉藤が、ゆっくりこちらを振り返る。
顔にも赤いものが付いている。
ワイシャツもそうだ。
元は白いものが、血で赤いのだ。
俺は、これ程大量で無意味に流された血を見たことがなかった。
「あんた、大丈夫なのか、、?」
「御冗談を、、。私に血を流せられるのは、後にも先にも会長だけだ。これは返り血ですよ。それより早く、あなたの仕事を始めてやって下さい。こいつらを病院にいかさないとね。」
斉藤の視線が、血の海でうごめいている組員達に注がれる。
ヒヨコも、相当な抵抗をしたのだろう。
「なんで俺を待つ必要があるんだ!こいつら、俺と関係ないだろ!早く行かせてやれよ!」
「あなたを待たせていた訳じゃない。与えられた仕事が終わるまで、戦線離脱を許さないというだけの話だ。特に素人のチンピラ一人にやられるような屑どもには、責任というものを身体で覚えさせるいいチャンスだ。」
斉藤は血だらけの右手を挙げた。
初めは全てが真っ赤だったので、その右手に何かが握られているのかが判らなかった。
血が流れ落ちると、赤く尖ったものは、巨大なサバイバルナイフの実体を見せた。
「こいつら、これでやられたんですよ。勿論、奴があなたから奪った拳銃にも多少は手こずりましたがね。菅は銃弾をあまり手に入れられなかったらしい。それが幸いした。、、、ドク。もうかまいませんよ。」
斉藤の言葉に、拷問椅子の後ろの男が反応した。
どうやら彼は「ドク」と呼ばれる者らしい。
彼が医者だとは思いたくなかった。
接診で、得体の知れないウィルスが移りそうな、そんな男だ。
そのドクが、例の拷問椅子に掛けてあるラバーシートをめくり上げだ。
その下から、人体模型が現れた。
ラバーストッキングを履いた、左上半身が赤剥けの巨大な人体模型。
それはグロテスク過ぎて、俺はしばらくの間、自分が本当は何を見ているのかが判らなかった程だ。
ドクが心配げに、斉藤の顔色を伺っている。
「さあ目川さん。やる事をやるんだ。私はこいつを見てると普通ではいられなくなる、、。」
俺はヒヨコにシートが被せてあった理由を理解した。
これは俺を驚かそうという趣向ではないのだ。
俺が到着するまでに、斉藤が「イってしまわない」ように、自分からヒヨコを視覚的に遮断していたのだろう。
斉藤を知らぬ者には、それは単純で無意味な行為のように思えるだろうが、彼の「ぶっ飛びぶり」を知っている俺には納得できた。
俺は急いで、まるで映画の中のモンスターのようになっているヒヨコの膝元にかがみ込んだ。
驚いた事にヒヨコのたくましいペニスは激しく勃起していた。
「零をどこに誘拐したんだ?」
俺は、出来るだけ部屋中のみんなに聞こえるように大声でどなった。
「聞こえないのか?俺は、お前が零を監禁したのを知っている!組の人間は零を救いたいんだ!え。零をどこに隠した?」
俺の質問に、血だらけのヒヨコの顔と、斉藤の顔のそれぞれに、一瞬衝撃が走った。
頼む、ヒヨコよ。
俺の書いた筋書きにのっかってくれ。
お前が全ての罪を被るのだ。
お前は、どのみち助かりはしない。
、、確かに、お前が俺の策に乗ったからといって、零が助かるかどうかは判らないが。
いや、実の所、俺は零が俺の知らない所で始末される事を望んでいる。
俺は最低野郎だ。
しかし、俺の筋に乗れば、少なくともお前は、この凍り付いた苦痛の時間を前に進める事は出来る。
それに零にも、生き延びるための、かすかなチャンスは生まれる筈だ。
そして、もし零が俺の追い求めている「幻のレイプ犯」なら、ケリは他の誰でもなく、この俺がつけなければならない。
斉藤は、彼の右手奥くに待機していた無傷の組員に、カメラを撮る仕草をして見せた。
これからの出来事は、斉藤にとっても重要な筈だった。
一方、ヒヨコの方は、恐ろしい勢いで様々な状況判断をしているに違いなかった。
先ほどまで、睨むことしか知らなかったヒヨコの視線が何度か揺れた。
「ドク、もう一本、注射だ。」
「しかしこれ以上は。」
「あんたは医者だったんだ。こいつには何をしても、しなくても、もう生き延びるチャンスがないのは判っている筈だ。だったら、それを打ってやれ。一応、それで与えられるのは覚醒と痛みだけじゃないようだしな。」
斉藤が諭すようにドクに言う。
俺はどこかでその薬の話を知っていた。
ヒヨコのペニスの勃起はそれで説明がついた。
強烈すぎる痛みは、被験者を失神させる。
だが、痛みを和らげれば拷問としての効果が弱い。
痛みを遮断するのではなく、痛みの質を変えないまま、それを違うモノに転換する自白剤があるのだという。
それが漏出してSMプレイにも使われるらしい。
ヒヨコにもそれが使われ続けていたようだ。
見れば判る。
誰が、自分の皮膚をナイフで剥がされ、その上から、圧着力の高いラバーを着せられる事に耐えられるだろうか。
ドクはおそるおそる、ヒヨコの腕に注射針を差し込んだ。
斉藤が、まだ皮膚の残っているヒヨコの左脇腹の側面に、浅くサバイバルナイフの切っ先を潜り込ませると、俺に目で合図を送ってきた。
尋問を再開しろという事らしい。
「零を誘拐したのはお前だろう?」
ヒヨコは、はっきりと頷いた。
痛みから逃れるためではない。
「どこに監禁してる?」
「言うつもりはない。」
驚いた事にヒヨコが言葉を発した。
部屋中の視線が、ヒヨコの口元に集中している。
恐らく今までヒヨコは、信じられないほどの苦痛に対して悲鳴さえ上げず、斉藤の常軌を逸した激しい拷問に耐え続けて来たのだろう。
現に、斉藤のナイフは、こうしている間にも、ヒヨコの皮膚を剥ぎ取り始めている。
ヒヨコの喉の奥で、悲鳴が遠くの雷鳴のようにごろごろと鳴り響いていた。
俺は斉藤の手を止めながら、もう一度質問した。
「ならいい。質問を変えよう。お前が、女達を殺したんだな?」
「そうだ。」
「零を無理矢理手伝わしたんだな?」
「そうだ。」
「東京の女もやったのか?香山優希だ。」
「、、、、」
ヒヨコの沈黙。何かを計算している。
しかし斉藤は、その「沈黙」を待てない。
ヒヨコの胸に残った表皮を、力任せに剥ぎ取ってしまう。
ヒヨコはまさに、絶叫をかみ殺した。
食いしばった歯が根こそぎ折れるのではないかと思った。
「そうかい。そうやって何時までも、我慢しテロ、、。」
斉藤が下を剥いて何かをつぶやいたが、その声も、その表情も判然としなかった。
俺はそれらが判らなかった事に感謝した。
誰だって悪魔は見たくない。
「目川さん。ちょっと後ろに下がってくれますか。ドク、このお嬢さんに、もう一度あのブラジャーを付けてやってくれ。証拠品の一つにと思ってたんだがな。こんな赤剥けの裸じゃ恥ずかしいだろう。」
先ほどまでとは打って変わった、空気が凍ってしまうような斉藤の冷静な声。
それに伝染したようにドクと呼ばれた男が、震える手で、ポケットからゴム布を取り出す。
知っている。
あれはラバリスト達が愛好するラバー製のブラジャーだ。
男でもこれが好きな奴がいる。
この場所にあるという事は、零とヒヨコのプレイに何度か登場した代物だろう。
ドクは、後ろからそのブラジャーをおそるおそるヒヨコの赤剥けの肌に当てる。
自分のやる事に、びびっているのだ。
「ドク、しっかり付けてやれよ。緩いのは駄目だってさ。」
ヒヨコの顔が苦痛に歪む。
斉藤が、ヒヨコのラバーブラジャーに顔を寄せて、彼の舌を乳首にあたる突起部分に当てる。
舐めるという程ではない。
次に歯でそれを噛んだ。
そしてゆっくり頭を引いて、口を開けた。
ラバーがゆっくり伸びて、急激にヒヨコの筋肉が直にむき出した血だらけの胸にバツっっ!という音を立てて戻った。
ヒヨコの男根がまたビクンと跳ねる。
俺は見かねて、斉藤の肩を引いた。
「止めろ!俺に代われ!質問を再開するいいな。」
ヒヨコの前に屈んでいた斉藤が立ち上がって、俺に場所を空けた。
斉藤は、これで喋る気になった筈ですよと、言いたげだった。
「香山優希をやったな?」
「ああ、。」
「零がその女に惚れたからか、、。」
「ああ、、。だから、かっさらった。」
「今度も零に手伝わせたのか?」
「いや、、零は、、。今度は俺の言う事を聞かなかった。」
「それもあって、お前は組から零を遠ざけたんだな?」
「そうだ、、。」
斉藤の手が俺の肩を引いた。
どけという事らしい。
俺には、もう退かない理由はなかった。
俺が描いた、筋書き通りのことをヒヨコは喋ったのだ。
「今度は、俺からの質問だ。」
斉藤はそう言いながら、腕を水平にドクの方に上げた。
彼の手のひらは、ドクに何かを求めているように上を向いている。
ドクは斉藤からの要求が、何なのかが判らずキョトンした表情をしていたが、やがてのろのろと、内ポケットから注射器を取り出し、いつでも打てる状態にしてから、まるで神器を置くようにそれを斉藤の手のひらの上に置いた。
斉藤が左手をヒヨコの地肌の透けた坊主頭の頭頂に置いて、彼の頭の動きを殺した。
ついで、斉藤は注射針をヒヨコの眼球の目の前に突きつける。
「お前と零との関係だ、、、。どちらが女をしてた、、?どちらがやられるんだ?」
『そんな事を聞いて、今更、何の意味がある。俺は前に言ったじゃないか。零が「従」で、香山優希に走ったからヒヨコが優希を殺した事にしろと!』
そして俺は思い当たった。
今、斉藤がやっている事は、彼のプライベートな「質問」であり、「拷問」なのだと。
ヒヨコには、それが判っているのか、何も答えない。
答えないどころか、その口元には嘲笑のゆがみさえあった。
斉藤が、注射針の先端をヒヨコの眼球に刺し込んだ。
それを受けてもヒヨコは頭を動かすそぶりどころか、瞬きさえしない。
俺の背後で、斉藤の部下達がゲロを吐く音を立てる。
血もでず、打突の音さえも聞こえぬ「拷問」だったが、斉藤の冷酷さと、ヒヨコの凄まじい反逆心が俺達を打ちのめしていた。
「もう一度聞く。ケツにチンポを填められて、おんなみたいによがったのはどっちだ?」
「なんで聞く?この糞豚が、、、。」
斉藤の親指が、注射器の底部をゆっくりと押し込み、注射器から離れる。
注射器はヒヨコの右目に突き刺さったままぶらりと揺れた。
「零は、おんなにされたのか?どっちだ?」
「零さんの代わりに、銭高の爺にケツを掘られている糞野郎に答える義務はない、、。」
斉藤の顔に朱が射し、手が振り下ろされる。
初めて見た斉藤の「取り乱し」だった。
ヒヨコの顔が瞬時に仰向いた。
ヒヨコに残された「歯」という名の唯一の武器を使うためだ。
あっという間に、斉藤の指が食いちぎられている。
斉藤は、その手をゆっくり自分の目の前にかざした。
ひぃゆーっという甲高い笛のような音が、斉藤の口から漏れる。
しかし斉藤も化け物だった。
斉藤の中で「苦痛」は、瞬時に「怒り」に転換される。
斉藤の左手に握られた拳銃がゆっくりと、ヒヨコの顔面に向けられた。
「そうかい。判った。もう終わりにしようや。」
斉藤の氷の声。
ヒヨコはどう猛に嗤って応えた。
次の瞬間、ヒヨコの頭頂部が欠け飛ぶ。
2発目。
3分の2の頭部が無くなる。
3発目、そこで俺は気を失った。
酸欠で頭がガンガンしたが、今起こりつつある問題の対処に失敗すると、その痛みを感じる頭部さえ失う可能性があった。
走った。
小学校の運動会以来の真摯さで。
昨夜、俺が監禁されていた貸倉庫の前には、黒塗りの車が3台止まっていた。
俺が近づくと、車の中から品のない男どもが、わらわらと湧いて出てきた。
中の一人が俺の肩を掴む。
「斉藤から聞いていないのか!俺は目川だ!」
「失礼しました。」
おおよそ、そんな言葉からは縁遠い男の顔から血の気が引く。
斉藤の名を出すだけでこれだ、斉藤はそうとう、組の中ではいい顔らしい。
男が先に立って、俺の為に倉庫の分厚い子扉を開けた。
血の濃い匂いと、硝煙が混じり合った匂いが俺の鼻を打った。
全速力で走り続けていた俺の胃は悲鳴を上げそうになった。
俺は吐き気を、無理矢理押さえつける。
俺は、昨夜俺自身が閉じこめられていた部屋に入って、自分の目を疑った。
部屋中が、重油のようなもので浸水していると思ったのだ。
俺の意識が、目の前に展開されているのが、文字通り「血の海」だという事を拒否しているのだ。
その血の海の中には、銭高の組員が3人、のたうち回っていた。
彼らが沈んでいる血の海の何分の一かは、彼ら自身のものなのだろう。
一応、彼らは止血されていた。
もっともその止血材料は、零達のプレイに用いられるであろうゴムチューブだというのが皮肉だったが、、。
そして俺が、この部屋で探し求めていたメダイヨンは、倒れている彼らの間に、ヒヨコのライダースーツと共に無造作に転がっていた。
俺はそれを目の端で確認してから、俺が本来視線を向けなければならない場所に意識を集中した。
昨日、俺が座らされていた部屋の真ん中の拷問椅子には、ゴムシートが被られており、その背後に注射器を持った痩せた男、その前には真っ赤なワイシャツを着た斉藤がいた。
斉藤が、ゆっくりこちらを振り返る。
顔にも赤いものが付いている。
ワイシャツもそうだ。
元は白いものが、血で赤いのだ。
俺は、これ程大量で無意味に流された血を見たことがなかった。
「あんた、大丈夫なのか、、?」
「御冗談を、、。私に血を流せられるのは、後にも先にも会長だけだ。これは返り血ですよ。それより早く、あなたの仕事を始めてやって下さい。こいつらを病院にいかさないとね。」
斉藤の視線が、血の海でうごめいている組員達に注がれる。
ヒヨコも、相当な抵抗をしたのだろう。
「なんで俺を待つ必要があるんだ!こいつら、俺と関係ないだろ!早く行かせてやれよ!」
「あなたを待たせていた訳じゃない。与えられた仕事が終わるまで、戦線離脱を許さないというだけの話だ。特に素人のチンピラ一人にやられるような屑どもには、責任というものを身体で覚えさせるいいチャンスだ。」
斉藤は血だらけの右手を挙げた。
初めは全てが真っ赤だったので、その右手に何かが握られているのかが判らなかった。
血が流れ落ちると、赤く尖ったものは、巨大なサバイバルナイフの実体を見せた。
「こいつら、これでやられたんですよ。勿論、奴があなたから奪った拳銃にも多少は手こずりましたがね。菅は銃弾をあまり手に入れられなかったらしい。それが幸いした。、、、ドク。もうかまいませんよ。」
斉藤の言葉に、拷問椅子の後ろの男が反応した。
どうやら彼は「ドク」と呼ばれる者らしい。
彼が医者だとは思いたくなかった。
接診で、得体の知れないウィルスが移りそうな、そんな男だ。
そのドクが、例の拷問椅子に掛けてあるラバーシートをめくり上げだ。
その下から、人体模型が現れた。
ラバーストッキングを履いた、左上半身が赤剥けの巨大な人体模型。
それはグロテスク過ぎて、俺はしばらくの間、自分が本当は何を見ているのかが判らなかった程だ。
ドクが心配げに、斉藤の顔色を伺っている。
「さあ目川さん。やる事をやるんだ。私はこいつを見てると普通ではいられなくなる、、。」
俺はヒヨコにシートが被せてあった理由を理解した。
これは俺を驚かそうという趣向ではないのだ。
俺が到着するまでに、斉藤が「イってしまわない」ように、自分からヒヨコを視覚的に遮断していたのだろう。
斉藤を知らぬ者には、それは単純で無意味な行為のように思えるだろうが、彼の「ぶっ飛びぶり」を知っている俺には納得できた。
俺は急いで、まるで映画の中のモンスターのようになっているヒヨコの膝元にかがみ込んだ。
驚いた事にヒヨコのたくましいペニスは激しく勃起していた。
「零をどこに誘拐したんだ?」
俺は、出来るだけ部屋中のみんなに聞こえるように大声でどなった。
「聞こえないのか?俺は、お前が零を監禁したのを知っている!組の人間は零を救いたいんだ!え。零をどこに隠した?」
俺の質問に、血だらけのヒヨコの顔と、斉藤の顔のそれぞれに、一瞬衝撃が走った。
頼む、ヒヨコよ。
俺の書いた筋書きにのっかってくれ。
お前が全ての罪を被るのだ。
お前は、どのみち助かりはしない。
、、確かに、お前が俺の策に乗ったからといって、零が助かるかどうかは判らないが。
いや、実の所、俺は零が俺の知らない所で始末される事を望んでいる。
俺は最低野郎だ。
しかし、俺の筋に乗れば、少なくともお前は、この凍り付いた苦痛の時間を前に進める事は出来る。
それに零にも、生き延びるための、かすかなチャンスは生まれる筈だ。
そして、もし零が俺の追い求めている「幻のレイプ犯」なら、ケリは他の誰でもなく、この俺がつけなければならない。
斉藤は、彼の右手奥くに待機していた無傷の組員に、カメラを撮る仕草をして見せた。
これからの出来事は、斉藤にとっても重要な筈だった。
一方、ヒヨコの方は、恐ろしい勢いで様々な状況判断をしているに違いなかった。
先ほどまで、睨むことしか知らなかったヒヨコの視線が何度か揺れた。
「ドク、もう一本、注射だ。」
「しかしこれ以上は。」
「あんたは医者だったんだ。こいつには何をしても、しなくても、もう生き延びるチャンスがないのは判っている筈だ。だったら、それを打ってやれ。一応、それで与えられるのは覚醒と痛みだけじゃないようだしな。」
斉藤が諭すようにドクに言う。
俺はどこかでその薬の話を知っていた。
ヒヨコのペニスの勃起はそれで説明がついた。
強烈すぎる痛みは、被験者を失神させる。
だが、痛みを和らげれば拷問としての効果が弱い。
痛みを遮断するのではなく、痛みの質を変えないまま、それを違うモノに転換する自白剤があるのだという。
それが漏出してSMプレイにも使われるらしい。
ヒヨコにもそれが使われ続けていたようだ。
見れば判る。
誰が、自分の皮膚をナイフで剥がされ、その上から、圧着力の高いラバーを着せられる事に耐えられるだろうか。
ドクはおそるおそる、ヒヨコの腕に注射針を差し込んだ。
斉藤が、まだ皮膚の残っているヒヨコの左脇腹の側面に、浅くサバイバルナイフの切っ先を潜り込ませると、俺に目で合図を送ってきた。
尋問を再開しろという事らしい。
「零を誘拐したのはお前だろう?」
ヒヨコは、はっきりと頷いた。
痛みから逃れるためではない。
「どこに監禁してる?」
「言うつもりはない。」
驚いた事にヒヨコが言葉を発した。
部屋中の視線が、ヒヨコの口元に集中している。
恐らく今までヒヨコは、信じられないほどの苦痛に対して悲鳴さえ上げず、斉藤の常軌を逸した激しい拷問に耐え続けて来たのだろう。
現に、斉藤のナイフは、こうしている間にも、ヒヨコの皮膚を剥ぎ取り始めている。
ヒヨコの喉の奥で、悲鳴が遠くの雷鳴のようにごろごろと鳴り響いていた。
俺は斉藤の手を止めながら、もう一度質問した。
「ならいい。質問を変えよう。お前が、女達を殺したんだな?」
「そうだ。」
「零を無理矢理手伝わしたんだな?」
「そうだ。」
「東京の女もやったのか?香山優希だ。」
「、、、、」
ヒヨコの沈黙。何かを計算している。
しかし斉藤は、その「沈黙」を待てない。
ヒヨコの胸に残った表皮を、力任せに剥ぎ取ってしまう。
ヒヨコはまさに、絶叫をかみ殺した。
食いしばった歯が根こそぎ折れるのではないかと思った。
「そうかい。そうやって何時までも、我慢しテロ、、。」
斉藤が下を剥いて何かをつぶやいたが、その声も、その表情も判然としなかった。
俺はそれらが判らなかった事に感謝した。
誰だって悪魔は見たくない。
「目川さん。ちょっと後ろに下がってくれますか。ドク、このお嬢さんに、もう一度あのブラジャーを付けてやってくれ。証拠品の一つにと思ってたんだがな。こんな赤剥けの裸じゃ恥ずかしいだろう。」
先ほどまでとは打って変わった、空気が凍ってしまうような斉藤の冷静な声。
それに伝染したようにドクと呼ばれた男が、震える手で、ポケットからゴム布を取り出す。
知っている。
あれはラバリスト達が愛好するラバー製のブラジャーだ。
男でもこれが好きな奴がいる。
この場所にあるという事は、零とヒヨコのプレイに何度か登場した代物だろう。
ドクは、後ろからそのブラジャーをおそるおそるヒヨコの赤剥けの肌に当てる。
自分のやる事に、びびっているのだ。
「ドク、しっかり付けてやれよ。緩いのは駄目だってさ。」
ヒヨコの顔が苦痛に歪む。
斉藤が、ヒヨコのラバーブラジャーに顔を寄せて、彼の舌を乳首にあたる突起部分に当てる。
舐めるという程ではない。
次に歯でそれを噛んだ。
そしてゆっくり頭を引いて、口を開けた。
ラバーがゆっくり伸びて、急激にヒヨコの筋肉が直にむき出した血だらけの胸にバツっっ!という音を立てて戻った。
ヒヨコの男根がまたビクンと跳ねる。
俺は見かねて、斉藤の肩を引いた。
「止めろ!俺に代われ!質問を再開するいいな。」
ヒヨコの前に屈んでいた斉藤が立ち上がって、俺に場所を空けた。
斉藤は、これで喋る気になった筈ですよと、言いたげだった。
「香山優希をやったな?」
「ああ、。」
「零がその女に惚れたからか、、。」
「ああ、、。だから、かっさらった。」
「今度も零に手伝わせたのか?」
「いや、、零は、、。今度は俺の言う事を聞かなかった。」
「それもあって、お前は組から零を遠ざけたんだな?」
「そうだ、、。」
斉藤の手が俺の肩を引いた。
どけという事らしい。
俺には、もう退かない理由はなかった。
俺が描いた、筋書き通りのことをヒヨコは喋ったのだ。
「今度は、俺からの質問だ。」
斉藤はそう言いながら、腕を水平にドクの方に上げた。
彼の手のひらは、ドクに何かを求めているように上を向いている。
ドクは斉藤からの要求が、何なのかが判らずキョトンした表情をしていたが、やがてのろのろと、内ポケットから注射器を取り出し、いつでも打てる状態にしてから、まるで神器を置くようにそれを斉藤の手のひらの上に置いた。
斉藤が左手をヒヨコの地肌の透けた坊主頭の頭頂に置いて、彼の頭の動きを殺した。
ついで、斉藤は注射針をヒヨコの眼球の目の前に突きつける。
「お前と零との関係だ、、、。どちらが女をしてた、、?どちらがやられるんだ?」
『そんな事を聞いて、今更、何の意味がある。俺は前に言ったじゃないか。零が「従」で、香山優希に走ったからヒヨコが優希を殺した事にしろと!』
そして俺は思い当たった。
今、斉藤がやっている事は、彼のプライベートな「質問」であり、「拷問」なのだと。
ヒヨコには、それが判っているのか、何も答えない。
答えないどころか、その口元には嘲笑のゆがみさえあった。
斉藤が、注射針の先端をヒヨコの眼球に刺し込んだ。
それを受けてもヒヨコは頭を動かすそぶりどころか、瞬きさえしない。
俺の背後で、斉藤の部下達がゲロを吐く音を立てる。
血もでず、打突の音さえも聞こえぬ「拷問」だったが、斉藤の冷酷さと、ヒヨコの凄まじい反逆心が俺達を打ちのめしていた。
「もう一度聞く。ケツにチンポを填められて、おんなみたいによがったのはどっちだ?」
「なんで聞く?この糞豚が、、、。」
斉藤の親指が、注射器の底部をゆっくりと押し込み、注射器から離れる。
注射器はヒヨコの右目に突き刺さったままぶらりと揺れた。
「零は、おんなにされたのか?どっちだ?」
「零さんの代わりに、銭高の爺にケツを掘られている糞野郎に答える義務はない、、。」
斉藤の顔に朱が射し、手が振り下ろされる。
初めて見た斉藤の「取り乱し」だった。
ヒヨコの顔が瞬時に仰向いた。
ヒヨコに残された「歯」という名の唯一の武器を使うためだ。
あっという間に、斉藤の指が食いちぎられている。
斉藤は、その手をゆっくり自分の目の前にかざした。
ひぃゆーっという甲高い笛のような音が、斉藤の口から漏れる。
しかし斉藤も化け物だった。
斉藤の中で「苦痛」は、瞬時に「怒り」に転換される。
斉藤の左手に握られた拳銃がゆっくりと、ヒヨコの顔面に向けられた。
「そうかい。判った。もう終わりにしようや。」
斉藤の氷の声。
ヒヨコはどう猛に嗤って応えた。
次の瞬間、ヒヨコの頭頂部が欠け飛ぶ。
2発目。
3分の2の頭部が無くなる。
3発目、そこで俺は気を失った。
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