ボクのおじさん探偵は調子パズレでいつもヘトヘト 『ディドリームビリーバーとハードディズナイト』

Ann Noraaile

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第5章 因縁 medaillon(メダイヨン)皮剥男

56: 手渡されたメダイヨン

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 リョウの手が、力なく開いた俺の手に被さってきて優しく撫でてくれていた。
 時々、リョウが人差し指で、俺の手の甲に文字を描くのだが、何と書いているのかは判らなかった。
 リョウの手は乾燥していて、すべらかで、とても気持ちがよかった。

 ここは神戸から京都に向かう特急電車の中だ。
 四人掛けボックス席構成車両の端には、中途半端に残った二人掛けの椅子があるが、俺達が満員電車の中で運良く座れたのは、その席だった。

 当然、立っている乗客達は、自分の場所を選べない。
 俺達の席の側にいた、大学生風の男は自分の目のやり場に困っていたようだ。
 それは、そうだろう。
 昼日中から、得たいの知れない男同士が手を握り合っているのだから、、、。
 もちろん普段の俺なら、リョウにそんな事をさせたりはしないし、リョウもわきまえている筈だった。
 リョウがそんな事をしたのは、そして俺がそれを受け入れたのは、俺自身が余りにも疲れ果てていたからだ。

 窓の外に須磨の海岸線が流れ去っていく。
 穏やかで美しい晩秋の海だった。
 そんな海を見ていても、俺の神経は突如として乱れ、ヒヨコが拷問されるシーンに直結されてしまう。
 俺の手がびくりと痙攣した時、リョウが乾いた手で握りしめてくれる。
 それは癒しであると共に、あのメダイヨンの感触を思い出させる引き金でもあった。


 気絶した俺、というよりも、あの場にいた全ての人間を助け出してくれたのは、他ならぬ銭高組の会長本人だった。
 会長自らが、数十人の部下を連れて出向かなければならないほど、事態は切迫していたようだ。

 今から思えば、それは俺達にとって非常に幸運な事だったのだ。
 なぜなら、暴走した斉藤を止められるのは、会長しかいなかったからだ。
 あの時の斉藤を思うと、損壊したヒヨコの死体を更に切り刻み直ぐにでもそれを、神戸の町中に撒き散らしかねなかった。
 目抜き通りのゴミ箱に詰め込まれた黒いビニール袋には、、、という展開だ。
 『犯人は一体なんの為に、こんな目立つ場所に、切り刻んだ死体を捨てたんでしょうね?』という奴だ。

 俺達は、会長によって回収され、それぞれしかるべき場所で処置を受けた。
 俺は無傷だったので、他の連中のように、病院に回されることもなく、会長宅にて充分な睡眠と、入浴の施しを受けた。

 次の朝、会長との2度目の会見のチャンスを得た俺は、メダイヨンの存在と、俺が書いた筋書きを直接、会長に話した。
 その時、俺の目の前にいた男はもう「怪物」ではなく、只の老人だった。
 俺が疲れ果てている原因の一つは、その時の銭高会長の姿にもあった。


「零の父親の高尚は酷い男だった。自分の息子に手を出すのだからな。儂は今でも幼い零が、儂に泣いてすがって助けを求めよった日の事が忘れられん。その一方で、それなりに高尚は父親としての自覚もあったようだ。だから零は余計に揺れたんじゃろう。」
 『あんたの血がそうさせたんだよ。』とは、口が裂けても言えなかった。

「組長はその弱みで、そしてアナタは孫への盲目の愛で、零さんを怪物に育て上げていったって訳ですね。」
 俺は血糊でコビリついた分厚いメダイヨンを会長に手渡した。

「、、いや怪物は、もう一人いましたね。斉藤もそうだ、、。」
 老人はそれには答えず、じっと俯いたままメダイヨンを指先で撫で回していた。

「若くて綺麗な娘達だったんだろうな、、生きていれば人生を充分楽しめたろうに、、。」
 あんたにゃその台詞は似合わないと口から出かけたが、俺は今度もそれを止めた。
 この老人が本心で言っているのが判ったからだ。
 少なくともこの瞬間は、、だが。

「目川君。もう帰って貰っていい。あんたは良くやってくれた。報酬については、外で待ってる部下に、段取りを付けさせてあるから、、。」
 そう言うと銭高は、そのまま彫像のように凍り付いてしまった。
 その為に、俺は「組は零をどうする積もりなんです?」という疑問を投げかける事が出来なくなってしまった。

 そうだ、、。
 もうこれは俺の手を離れた仕事なんだ。
 探偵家業は、依頼人が持ち込んだ仕事を成し遂げれば、もうそれ以上の関わりを持ってはならない。
 それが鉄則だった。

 俺は、多額の報酬を手にして、リョウの待っているホテルに帰った。
 会長が零に仏心を出して、奴を生き延びさせるような事になれば、俺はやはり口封じの為に殺されるかもしれない。

 だが今となっては、そんな事はどうでも良いことだった。
 零が、いつも俺につきまとう不可思議な「依頼」の対象人物と同一人物なら、零との決着は、他の誰でもなく俺との間で付けられる筈だからだ。
 それが運命のように思えた。
 そして今はもう、ただ休みたかった。

 いつの間にか電車は、海岸線から遠ざかる地点まで進んでいた。
 だが時々は、車窓の向こうに流れ飛んで行く建物の間から、ひょっこりと海がその色を見せる事もあった。
 海は、落日に黄金色に輝いていた。
 そして俺は、「忘れていた依頼」の半分が、ヒヨコの死によって達成されたのを苦い思いで確認した。
 香代が見ただろう、数人の男のうち、磨き込まれた黒いヘルメットを被ったオートバイライダーは、もうこの世にはいない筈だ。

 晩秋の夕暮れ、陽の落ちるのは早い。
 空はもう薄暗い赤色に変わりつつある。
 そして明日は鞍馬の火祭りの日だ。
 俺はもう一度、その祭りを見る上気したリョウの火照った横顔を見たいと思った。





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