ボクのおじさん探偵は調子パズレでいつもヘトヘト 『ディドリームビリーバーとハードディズナイト』

Ann Noraaile

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第6章 煙の如き狂猿

58: 人間狩り

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 セーフハウスの外の敵は、『十蔵とは違う。』と思った。
 十蔵には、これ程の執拗性はなかった。
 第一、十蔵はまがりなりにも、自分が昔受けた恩義を返す男なのだ。
 屠殺、、こんな人の殺し方はしない筈だ。
 では外の相手は十蔵が送り込んできた他の刺客なのか?、、俺はそう考えながらホットラインで結ばれているスマホを取り出した。

 蛇食ならスマホをかけても問題ないだろう。
 何故それに、早く気がつかなかったのかと、不思議に思ったのだが、考えてみればあのチャイムを聞いてから、まだ数分しかたっていないのだ。
 阿木から教えられていた蛇食を呼び出すための登録ボタンを押そうとした瞬間、連絡を避けていた阿木からの着信があった。
 スマホの小さなディスプレイに光っている阿木の文字が禍々しいものに思えたが、俺は思い切ってスマホを耳に当てた。

「目川さん、無事かい?今、救出に行く。ドアを開けてくれないか?」
 阿木とは声が違った。
 外にいる野郎だ!
 声そのものは優しいのに、常に他人を嘲っているような調子がある。
 俺は、一瞬目を閉じた。

 阿木がそう簡単に自分のスマホを敵の手に渡すワケはないし、なおさら唯々諾々と自分と俺との関係を喋りはしないだろう。
 ・・・相手は、まさかりで人間の首を打ち落とし、その頭部で遊ぶような敵なのだ。
 阿木は一体ナニをされたのだろうか。殺されたのか?

 俺の頭は目まぐるしく回転する。
 騙されたふりをして、ドアを開ける直前に、先ほどのように銃弾を撃ち込んでやろうか、、いや、相手は、こちらの動きを読み切っている。
 第一、阿木からスマホを奪えたと言うことは、阿木の拳銃だって持っている可能性もあるのだ。

「おまえ、誰だ?阿木はどうした?」
 思考より先に、言葉が飛び出ていた。
 初めて俺は、自分が怒っているのだと気づいた。
 暫く沈黙があって、スマホの向こうから押し殺したような笑い声が聞こえた。
 その時、頭上で天窓のガラス窓が割られる音が聞こえ、ガラスの破片と共に何か黒いボールのようなモノが落ちてきた。

 その明り取りの天窓は、倉庫のほぼ中央の天井に取り付けられてあり、俺は倉庫中央から離れて、ややドアよりの位置に立っていた。
 だから俺には、落下物が落ちてくる様子が、嫌でも克明に見えた。
 俺は、階上の飛び降り自殺者と視線を合わせてしまう怪談話を脈絡もなく思い出していた。
 阿木のアフロヘアは、大量の血を含んで彼自身の頭部をべったりと包み込んでいた。
 阿木の見開かれた白目の部分だけが、異様にぎらぎらと光っていた。
 頭部は床にぶつかって、ゴウンという音を立て少し転がった。

 今度はそれを見ても俺は嘔吐しなかった。
 阿木の頭部から目を逸らすこともなかった。
 さすがに生理的な恐怖が、一瞬それなりの体の動きを示しかけたが、それよりも強烈な怒りと麻痺感覚が俺を支配していた。

「なぜ、ここまでやる、、。」
 そういう「怒り」だった。
 もちろん、阿木が自分を守る任務についた為に殺されたという思いもあった。

 殺人者が屋根の上を動き回る音が大きく聞こえてくる。
 今まで徹底的に気配を断って行動して来た人間が、意識的に立てる音、つまり威嚇だった。

 だが今の俺には、それが逆効果だった。
 俺は出来るだけ音を立てないように、後ずさりながらドアに向かった。
 ここを放棄する。
 逃げ出すのではなく、相手に攻撃を仕掛けるために。
 そう決めたのだ。

 押し開けたドアが、半分開きかけて止まった。
 何かを挟み込んで、それが障害になっているようだった。
 ドア付近の地面は、俺の吐瀉物と血にまみれ、異様な臭気を放っている。
 ドアの隙間を広げる為に、おそるおそるそれを押す力を増すと、隙間から足首が奇妙な角度に折れ曲がった人の脚の先端が見えた。
 見覚えのある先の尖ったコンビの靴を履いていた。
 美少年じゃない方の阿木の手下の靴だった。

 俺はその靴と倉庫内の天井を交互に見た。
 天井裏では殺人者が動き回る音の代わりに、天窓周辺にまさかりを打ち込んでいる激しい音が聞こえ始めている。
 敵は、まさか臆病者のこの俺が、反撃の為に倉庫の外に出るとは思ってもいないのだろう。

「すまん。成仏してくれ、」
 俺は小さくつぶやくと、体全体で思い切りドアに力を込める。
 ドアからは、何か弾力のある物を引き裂く感覚が伝わって来る。
 俺は自分の半身を通すだけのドアの隙間を確保すると、死体を跨いで、前だけを見て駆け出した。

 昔、リョウが俺の車を運転していた時、目の前を猫が駆け抜けようとしてリョウは急ブレーキを踏んだ。
 結局は間に合わなかった。
 その時、俺はリョウを叱った。

「たまたま後続車がいなかったからよかったが、もしいたら、今のでぶつかられていたぞ。」
「だったら後続車の前方不注意じゃない」と、リョウは言い返して来た。
 そういう問題じゃないだろとその時は思ったが、それを言うならリョウに無免許運転を許している自分がもっと馬鹿だったのだ。
 先ほど俺がドアでその損壊を大きくした首なし死体を遠くに見ながら、俺はそんな事を思いだしていた。
 車に挽きつぶされた猫と、あの死体は俺のせいだ、、やはり俺の間抜けさ加減は、昔からだった。

 俺は、ついさっきまで自分が立てこもっていた倉庫の全景が見通せる別の倉庫の陰に隠れて、拳銃を構えていた。
 今度、リョウが車の運転をさせろと言った時はきっぱり断ろう。
 そう思った時、胸の内ポケットにあったスマホが震えた。
 俺はそれを取り出す。
 もし奴だったら宣戦布告の一つもしてやろうと思った。
 だがスマホの窓に浮かび上がった文字は蛇喰だった。

「もしもし、目川さんかい。」
「蛇喰さんか、、。」

「阿木に何かあったのか?定時連絡がない。他の奴らもだ。仕方がないんであんたにかけた。」
「・・殺された。阿木さんと、もう一人の若いのは直接死体をみた。ケンタとかじゃないほうだ。ケンタもたぶん殺されているだろう。」
「・・・・。」
 しばらく蛇喰の沈黙が続いたが、次に口を開いた蛇喰いの口調はやけに平坦なものだった。

「で、あんたは今なにをしてる?」
「かなわないかも知れないが、敵討ちをしようと思ってる」
「馬鹿な、、私の部下は何の為に死んだと思ってる」
「倉庫にいても、いずれやられると思ってね。あそこは防御を破られたら逆に逃げ場がないんだ。それになにより、」

「それになにより、、何だ?」
「腹が立ってきた。」

「・・・とにかく私が行くまで持ちこたえろ。あんたをなんとかするまで奴もそこを離れられないんだ。こっちが奴を探し出す手間が省けるってもんだ。、、落とし前は必ず付ける。」
「気が楽になったよ、」

「どういう意味だね?」
「あんたがここに来る意味が俺の救出じゃなくて、意趣返しだってことがわかったからさ。俺は他人に命をかけてもらうほど値打ちのある人間じゃない。」

「そんな屑の為に、私の部下は死んだのか?」
「いや彼らは、自分の任務の為に死んだんだ。そう思おうと、決めた。」
「そうか、、判った。とにかく私が行くまで持ちこたえろ。」

 数分前から殺人者が倉庫の天井を壊そうとする打撃音が止んでいた。
 再び廃工場跡に静寂が訪れている。
 俺が身を隠している場所は、さっきまでいた小倉庫から道路一本と空き地を隔てて立てられた倉庫の凹みだった。
 コの字型になった倉庫の壁面のへっこみにいる訳だから、背後からの進入はない。
 それに小倉庫の監視は一時も怠ってはいないし、その限りにおいて敵の動きはない。
 今度は逆に敵の方が、あの倉庫に潜んでいて、こちらの動きを知ろうと観察している可能性が高い。

 俺が恐怖に駆られ逃げ出したと思いこんで、すぐに追跡して来るような相手だったら、簡単に反撃が出来ただろうに。
 敵は、こちらが奴を迎え撃つ気になって、待ち伏せをかけているのを知っているようだった。
 俺の倉庫脱出に気付かなかった、過去の自分のミスを直ぐに修正している。
 相手の心理の変化を読み尽くしているのだ。
 今のところ奴が犯した誤算は、俺が恐怖に縮み上がってあの小倉庫の物陰で凍えていると想定した、過去のその一瞬だけだった。

 敵がやって来るなら、正面からしかない。
 しかし、これほど相手の恐怖心をうまく利用した心理戦を展開できる刺客とは一体何者なのだろう?
 しかも神出鬼没で、異様なほどの体力を備えている。
 阿木のスマホから聞こえてきたあの声が、殺人者のものだとするなら、敵は若い男だと考えられる。
 俺はその人物像に一致する男の名前を一人、知っていた。

「・・・まさか、俺への刺客は、あの煙猿なのか?」



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