ボクのおじさん探偵は調子パズレでいつもヘトヘト 『ディドリームビリーバーとハードディズナイト』

Ann Noraaile

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第6章 煙の如き狂猿

61: もしかしてこれは浮気?

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 この月の最後の金曜日の午後から、剛人さんとの「お泊まりデート」というか、福井県から中部地方を巡るドライブが始まっていた。
 二人も遊んでいられるような状態じゃなかったのに、、いや、だからこそ始まったドライブ旅行だったのだと思う。

 例の幽霊食堂に立ち寄る為に、高速道から遠く離れた地道を走っていたから、普通の観光ルートに戻るまでずっと夜中走っていた。
 ルートがまともな観光用に戻ってからは、ありきたりの観光名所を巡り、越前海岸から東尋坊へ海を見ながら北上して、三国温泉でお泊まりになった。

 所長ともよくこういったドライブにでかけていたが、剛人さんのそれと違うのはお金の掛けようだった。
 三国温泉でも予約されていたのは、有名な料理旅館で、多分、僕たちのようなカップルがここを予約する時の目的は「しっぽり」という事以外ないと僕には思えた。
 で僕は覚悟していたし、それなりの準備もしていた。

 所が部屋は二部屋とってあった、、、それはそれで、ゴージャスと言えばゴージャスなんだけど。
 このちょっと調子が狂う感じは、夕食も同じで、どのみち後で「茹で蟹」を追加で頼んでくれるなら最初から蟹のフルコースを奢ってくれればもっとよかったのに、というのに良く似ていた。

 でもこの不満は、ついつい剛人さんを所長を相手にするような感じで見てしまうからだ。
 おそらく剛人さんは、どこで稼いだかは置いておいて、間違いなくお金を持っていたし、大人の贅沢も知っているが、それに溺れるような人ではないのだろう。
 そして僕をこの旅で誘惑しようなんて気持ちはこれっぽちもないのだ。

 11月6日、冬の味覚の王様「越前がに」漁が解禁され、3月20日にカニ漁が終わり、各料理旅館でも生け簀の蟹がなくなったところで冬のシーズンは終わるのだそうだ。
 今はその最先端の時期、ラッキーだった。
 これが所長だったら「おい今から蟹を食べに行くぞ」と言いながら、わざとシーズン直前や直後にいって「残念だったな」とか言うのだ。

 福井港タグを腕に巻き付けた食べかけの蟹クンの片腕を見ながら、「去年は豪雪の為にあまり漁にでれなくて蟹の水揚げが少なくて、、。お客さんも少なかった。」等という若い仲居さんの説明を二人で仲良く聞いている僕達は一体どんな風に見えてるんだろう。
 この料理旅館は不思議な事に若い従業員さんが多く、いずれも美人ぞろい。
 男の子もイケメンライダーに登場していてもおかしくない美男子ばかりだ。
 彼らを見てると、はしたなくも夕食のデザートで出た超美味しいバナナシャーベットを思い出した。
 そんなせいで部屋は二部屋だというのに、ついつい僕は夜中に僕の所へ訪れてくる剛人さんを想像してしまうのだ。

 「夜伽」なんて古い言葉が似合いそうな夜だった。
 本当ならここの旅館の貸し切り露天風呂で、剛人さんとフィニッシュだった筈なんだけれど。
 「クゥ。」と下から嗄れた小さいうめき声、騎乗位はリーダーシップがとれて楽だし、僕が可愛い女王様役だから剛人さんも納得してついてきてくれるのがいい。
 ピチョピチョと、ローションにまみれた性器同士のこすれる音だけが、まだ蟹の臭いの残っている部屋の中で卑猥に響く。

 右手の人差し指と中指であそこを挟んで、操縦桿みたいに剛人さんの肉欲をコントロールする。
 その指に硬さが増すのが感じられる頃に、僕は「いつどこで」の発射計算をし始める。
・・・もちろん、そういうのは、みんな僕の幼い妄想だ。
 でも湯から上がって、寝床に入った僕は眠りに付くまでの間、いつまでもこの妄想に浸っていた。

 朝の4時、軽石みたいな笏谷石を使った湯船の窓から眼下に広がる海と岬を見る。
 昨日の夕刻には見事な夕焼けを見せていた空だけど、今は月も星もない。
 窓際の洗い場で、体中に染みこんだ昨夜の妄想の匂いや様々なものをゆっくりと洗い落としていく。
 窓に映った青白い僕の半身の向こうに見える海も、遠くの旅館の灯り以外は、何も見えない。
 あと数時間で夜が明ける、そうすれば元の僕に戻れる。


 三日目は、金沢経由で奥飛騨へ。
 日本海側から白川郷に抜ける東海北陸自動車道の景観が綺麗だった。
 早春の光の中、残雪を戴いた山肌を輝かせる巨大な壁のような山脈を真正面に見ながら、その懐に分け入っていく感覚は疲れた気持ちを再生させてくれる。
 この東海北陸自動車道を抜けた場所が雪の白川郷だ。

 集落の建物のあちこちに人々の寒さへの知恵や工夫を発見しながら萩町合掌集落を見学した後、庄川を見下ろせる温泉施設「白川郷の湯」につかった。
 白川郷には何度も来たという剛人さんは、お風呂上がりにも所在なさげだったけど、飛騨高山に移動してから「京や」で食べた昼食で機嫌が直ったようだ。
 ここの飛騨牛コース、リーズナブルで、1年間は牛肉を食べないで済むほどの量があった。
 剛人さんの強靱な身体を維持するためには、普通にこんな食事がひつようなんだろう。
 その後、あちこちとドライブをしたあと今日の宿泊地である福地温泉へ向かった。

 平湯川沿いに湧く湯を利用した福地温泉は、奥飛騨温泉郷の中でも規模がもっとも小さくいわゆる「秘湯」ぽい情緒を残している温泉地だ。
 逆に言えば「ちょっとお洒落」な喫茶店も小物販売店もない場所。
 穂高の山々を仰ぎ見る谷間の道沿いに、あまり大きくない和風旅館が道沿いに並ぶ。
 流行の「おこもり宿」には、ピッタリの場所だ。
 でも僕の不倫アンテナにピピピと来たカップルは以外と少なかったな。
 熟年夫婦比率が六割強、あとは普通の幸せなカップルなんだろう。

 僕が剛人さんと泊まった旅館の近くには、「舎湯(やどりゆ)」という足湯があって、僕はここで初めて本格的な足湯体験をした。
 「どこの宿の客人も、福地温泉の客人。福地温泉全体でもてなすもの」というコンセプトの元、各宿の当主が集まって、温泉の宿泊客なら誰でも利用できる村共有の足湯施設を作ることにしたらしい。
 築300年になる古い民家を移築してきたもので、中には大きな囲炉裏と、源泉を利用した足湯がある。
 足湯は案外深く、膝下数センチのところまで温泉に浸かる。
 10人ほどが窓向きに並んで座れる構造、正面の窓からは天気が良ければ穂高の山々を見ることができて、景色を楽しみながらぼんやりと出来る。

 冬場でも十分も足を浸けていれば背中からほっこりと暖まってきてやがて汗がでる。
 人生、無為無策でぼーっと生きるのもいいなぁとか思う一時だ。
 なぜだか「今まで生きてきた中で一番幸せです」と言った、わずか14歳で水泳競技でオリンピックのメダリストになった女の子の名言?と思い出した。
 そして僕は時々、隣に座っている剛人さんの横顔を見つめる。

「もし自分に子どもがいたとしても涼子君にするようには喋れないと思うんだよ。だから私は色々な場面で、こんな時は子どもってどんな風に感じるんだろうと考える時があるんだ。今度の旅行で、随分それを勉強させて貰っている。」
 うっすらとこめかみに浮かんだ剛人さんの汗。

「今の私には、それが重要なんだ。、、気持ちの整理がついたら、すぐにでもやることをやるつもりだ。」
 ふと漏らした剛人さんの言葉に、あの苦しい思いが胸をよぎる。

 「舎湯」を出てから、村の外れにある「青だる」をみて旅館に戻った。
 簡単に温泉に入ったあと、いろりを意識したテーブルに相方と向かい合わせに座って夕食を取った。
 桜の葉を一緒に入れて味のアクセントにした蕪蒸しが僕のお気に入りだった。

 剛人さんは鮎の塩焼きだとか、川魚の焼いたものが好きだから、この日出たイワナの塩焼きに大感激してる。
 その他、五平餅とか、蕎麦とか、完璧な郷土料理で、こうものが口に合わないと、ちょっと難しいものが沢山でた。
 僕は半分ぐらいダメだったけど、それらを嬉しそうに次々と平らげていく剛人さんの姿を見てるだけで充分満足だった。

 夕食後、しばらく休憩をして今度は、福地温泉が企画した「のくとまり手形」という、自分が宿泊する宿以外にもう1軒のお風呂に無料で入ることができる手形をフロントで貰ってもらい湯へ出かけた。

「もらい湯に ちゃりちゃりと 雪駄がけ 星屑揺れる 坂道の提灯」
 そんな狂歌みたいなのが思い浮かんだので、剛人さんのスマホに送ってみた。
 こういう事は同年代の子達には、遊びだと誤魔化したとしても、絶対出来ない。
 所長にだって出来ないだろう。
 相手が剛人さんだから出来るのだ。

「涼子君はブンガク少女なんだな。いいじゃないかこの句」
 口にするのが恥ずかしいからスマホで送ったのに、意味がない。
 それにブンガク少女って何だろうと僕は思った。

 木々の間に氷で出来た青だるが健在な土地だ。
 夜になるとさすがに肌寒い。
 二人で肩を寄せ合って温泉を目指して坂道をのぼった。
 夜空には北斗七星が瞬いていた。


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