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第6章 煙の如き狂猿
62: 無惨絵のカカシ
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俺が、この数日ずっと潜んでいた小倉庫の壁面は、コンクリート製で凹凸がほとんどない。
だが不思議な事に、こちらから見ている限りでは、煙猿が屋上に上がる為に、梯子を掛けた様子がなかった。
俺は、自分の指先だけで山肌のわずかな凹凸を見つけて登っていく特殊なフリークライマーか、かぎ爪の付いたロープを天井に投げ込んで、それをスルスルと上がっていく煙猿の姿を想像してみた。
やがてその姿に、オカマバーに貼り付けてあったポスターに写っていた田崎修の甘い顔が乗っかる。
いや、今の煙猿の額には、天使の輪っかのような膨らみがある。
この夕日の照り返しの中で、煙猿の額の輪っかはどう見えるんだろうと、俺は途方もない事を考え始めていた。
『・・・頭の上に輪を乗っけているのは孫悟空と天使だ。鉄の輪に光の輪、煙猿は肉の輪。輪の位置で比較すると、天使は空中に、悟空は頭の鉢に、そして煙猿はその額に、これはそれぞれの徳の高さを表しているのか?だとすると両耳の上を結ぶ横線が、天国と地獄の境目になるのか?』
俺の緊張感が知らぬ内に、途切れ初めていた。
我ながら無理もないと思った。
あんな殺戮ショーを見せ付けられ、今も自分の命が危険に晒され続けているのだ。
正常でいられるワケがない。
俺が小倉庫を飛び出し監視に回ってから、2時間以上は経っている。
もうすぐ日が暮れる時刻だった。
とうとう日が落ちた。
周囲は薄闇に覆われている。
肉眼で小倉庫を監視し続けるのが、難しくなっていた。
俺はここまでの持久戦を想定してはいなかった。
だが、もうそろそろ蛇食がやってくるだろう。
ここには都心から2時間半ほどで来れる筈だ。
そうなれば、又、展開も変わってくる。
突如、ギィという耳障りな音を立てて、小倉庫のドアが開いた。
中から人影が躍り出る。
俺は拳銃を構え直したが、その人影の奇妙な動きを見て、引き金にかかりそうになる力を意識的に抜いた。
カカシだ!
カカシが、揺れながら歩いて来る。
あるいは自分の体を、そう見えるようにした人間が、こちらに向かって歩いてくる。
カカシの両腕が水平に上がったまま降りない。
そして一直線に、こちらに向かって脚を曳きずりながら、それなりの速度で近づいてくる。
すくなくとも、煙猿ではないのは確かだ。
顔が見える距離まで近づいた時、そのカカシの正体が、ケンタである事がわかった。
生きていたのか!?
しかし俺の安堵は、すぐに疑問に変わった。
ケンタのリーゼントは、崩れて前髪となって垂れており、ただでさえ女性的な顔が、乱れた髪に覆われ、男に責め抜かれた女のように見えた。
さらにその口は、大きく開けられ、布のようなものがぎっしりと詰め込まれていて、唇の血の気は失せて泡の混じった唾液にまみれていた。
恐らくその詰め物が、彼の声を封じ込めているのだろう。
きっと苦しいのに違いない、眉根が寄せられ、血の気が引いた顔は汗で覆われている。
そしてその首には、金属製らしい首輪が填められていた。
さらに首輪の後部で一体になっているのであろう一本の鉄棒は、ケンタの肩に担がれた形になり、鉄棒の両端には手枷があって、それが彼の両手首を捕まえていた。
それが、カカシに見える理由なのだ。
しかし酒に酔ったようなあの足取り、苦痛を感じているのか快楽を感じているのか判然としないその表情、、、カカシがはめるような軍手を取り付けて、指先がひらひら揺れるその様子。
なにもかもが、不自然だった。
これは浮世絵の責め絵の3Dか、、。
俺は、いったん降ろしかけた銃口を再び持ち上げた。
警戒の為もあったが、思いもよらず勃起した己の欲望に規制をかける意味もあった。
だがそこまでするのが、精一杯だった。
ケンタに声をかけようと思ったが、その声はでなかった。
口の中がカラカラに乾いている。
目の前にあるのは、幕末、維新の動乱を駆け抜けた絵師・月岡芳年の無惨絵だ!
俺は生きた無惨絵の女主人公となったケンタの姿に魂ごと魅入られていたのだ。
ケンタがどんどん近づいて来る。
俺は何も出来ない。
昼間、煙猿に仕掛けられた恐怖は不安を増幅したが、この恐怖は俺の欲望を逆撫でする事により、俺を呪縛しているのだ。
だが、呆然と銃を構えているだけの俺に、ケンタが倒れ込んで来た時、俺はそれを抱き留めようとはせずによけた。
自らの命を守ろうとする本能がそうさせたのだ。
最後の瞬間、ケンタの目の色が、獲物にたどりついた時の獣のように光ったからだ。
何か変だ!?。
俺はかろうじて我に返っていた。
地面にうつぶせの形に倒れたケンタの背中が見えた。
その背中は、背骨に沿って大きく断ち割られていた。
ケンタは、煙猿のあのまさかりの一撃を受けていたのだ。
ケンタの両手の指先は、拷問を受けたのか、すべて潰されており、それが歩く時にヒラヒラと揺れて見えていたのだ。
ケンタがまだ、こうして生きているのが不思議だった。
だが不思議な事に、こちらから見ている限りでは、煙猿が屋上に上がる為に、梯子を掛けた様子がなかった。
俺は、自分の指先だけで山肌のわずかな凹凸を見つけて登っていく特殊なフリークライマーか、かぎ爪の付いたロープを天井に投げ込んで、それをスルスルと上がっていく煙猿の姿を想像してみた。
やがてその姿に、オカマバーに貼り付けてあったポスターに写っていた田崎修の甘い顔が乗っかる。
いや、今の煙猿の額には、天使の輪っかのような膨らみがある。
この夕日の照り返しの中で、煙猿の額の輪っかはどう見えるんだろうと、俺は途方もない事を考え始めていた。
『・・・頭の上に輪を乗っけているのは孫悟空と天使だ。鉄の輪に光の輪、煙猿は肉の輪。輪の位置で比較すると、天使は空中に、悟空は頭の鉢に、そして煙猿はその額に、これはそれぞれの徳の高さを表しているのか?だとすると両耳の上を結ぶ横線が、天国と地獄の境目になるのか?』
俺の緊張感が知らぬ内に、途切れ初めていた。
我ながら無理もないと思った。
あんな殺戮ショーを見せ付けられ、今も自分の命が危険に晒され続けているのだ。
正常でいられるワケがない。
俺が小倉庫を飛び出し監視に回ってから、2時間以上は経っている。
もうすぐ日が暮れる時刻だった。
とうとう日が落ちた。
周囲は薄闇に覆われている。
肉眼で小倉庫を監視し続けるのが、難しくなっていた。
俺はここまでの持久戦を想定してはいなかった。
だが、もうそろそろ蛇食がやってくるだろう。
ここには都心から2時間半ほどで来れる筈だ。
そうなれば、又、展開も変わってくる。
突如、ギィという耳障りな音を立てて、小倉庫のドアが開いた。
中から人影が躍り出る。
俺は拳銃を構え直したが、その人影の奇妙な動きを見て、引き金にかかりそうになる力を意識的に抜いた。
カカシだ!
カカシが、揺れながら歩いて来る。
あるいは自分の体を、そう見えるようにした人間が、こちらに向かって歩いてくる。
カカシの両腕が水平に上がったまま降りない。
そして一直線に、こちらに向かって脚を曳きずりながら、それなりの速度で近づいてくる。
すくなくとも、煙猿ではないのは確かだ。
顔が見える距離まで近づいた時、そのカカシの正体が、ケンタである事がわかった。
生きていたのか!?
しかし俺の安堵は、すぐに疑問に変わった。
ケンタのリーゼントは、崩れて前髪となって垂れており、ただでさえ女性的な顔が、乱れた髪に覆われ、男に責め抜かれた女のように見えた。
さらにその口は、大きく開けられ、布のようなものがぎっしりと詰め込まれていて、唇の血の気は失せて泡の混じった唾液にまみれていた。
恐らくその詰め物が、彼の声を封じ込めているのだろう。
きっと苦しいのに違いない、眉根が寄せられ、血の気が引いた顔は汗で覆われている。
そしてその首には、金属製らしい首輪が填められていた。
さらに首輪の後部で一体になっているのであろう一本の鉄棒は、ケンタの肩に担がれた形になり、鉄棒の両端には手枷があって、それが彼の両手首を捕まえていた。
それが、カカシに見える理由なのだ。
しかし酒に酔ったようなあの足取り、苦痛を感じているのか快楽を感じているのか判然としないその表情、、、カカシがはめるような軍手を取り付けて、指先がひらひら揺れるその様子。
なにもかもが、不自然だった。
これは浮世絵の責め絵の3Dか、、。
俺は、いったん降ろしかけた銃口を再び持ち上げた。
警戒の為もあったが、思いもよらず勃起した己の欲望に規制をかける意味もあった。
だがそこまでするのが、精一杯だった。
ケンタに声をかけようと思ったが、その声はでなかった。
口の中がカラカラに乾いている。
目の前にあるのは、幕末、維新の動乱を駆け抜けた絵師・月岡芳年の無惨絵だ!
俺は生きた無惨絵の女主人公となったケンタの姿に魂ごと魅入られていたのだ。
ケンタがどんどん近づいて来る。
俺は何も出来ない。
昼間、煙猿に仕掛けられた恐怖は不安を増幅したが、この恐怖は俺の欲望を逆撫でする事により、俺を呪縛しているのだ。
だが、呆然と銃を構えているだけの俺に、ケンタが倒れ込んで来た時、俺はそれを抱き留めようとはせずによけた。
自らの命を守ろうとする本能がそうさせたのだ。
最後の瞬間、ケンタの目の色が、獲物にたどりついた時の獣のように光ったからだ。
何か変だ!?。
俺はかろうじて我に返っていた。
地面にうつぶせの形に倒れたケンタの背中が見えた。
その背中は、背骨に沿って大きく断ち割られていた。
ケンタは、煙猿のあのまさかりの一撃を受けていたのだ。
ケンタの両手の指先は、拷問を受けたのか、すべて潰されており、それが歩く時にヒラヒラと揺れて見えていたのだ。
ケンタがまだ、こうして生きているのが不思議だった。
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