ボクのおじさん探偵は調子パズレでいつもヘトヘト 『ディドリームビリーバーとハードディズナイト』

Ann Noraaile

文字の大きさ
64 / 85
第6章 煙の如き狂猿

63: ハレの怪物

しおりを挟む

「そいつを助けてやらなかったのか、薄情な奴だな。」
 不意に背後から声がした。
 俺は振り向きざま銃を撃とうとしたが、下からすくい上げて来るような金属の打撃によって、銃ごと弾き飛ばされていた。

 目の前に、まさかりを肩に担いだ、黒のセーターとパンツ姿の男が立っていた。
 セーターもパンツもタイトなものだったので、その体つきのスマートさが際立っていた。
 男の目立った装備といえば、背中に背負った小さなナップサックとベルトに挟んだ大型拳銃くらいのものだ。
 おそらくそいつは、俺の注意がケンタにいってしまった隙をついて、俺の背後に回り込んだのだろう。

 俺はとっさに、男との距離を取る為、後に下がろうとしたが、それを足下で倒れている筈のケンタが邪魔をした。
 ケンタの脚が、俺の脚に絡んで来て、俺を転倒させ、その後も脚挟みの拘束を緩めなかったのだ。
 俺は拳でケンタの脚を打って、その戒めを解こうとした。

「無駄だよ。そいつは痛みを感じないからな。それにその男の心はもう死んでいる。あんたを喰い殺して来いと命令した時は、まだ少しは人間ぽかったんだがな。ちょっと血を流させ過ぎた。」
 男の額の円形の隆起が、薄闇の中でもかすかに見えた。
 その下には、この世の全ての残酷を見てきたというような暗い目があった。

「貴様、煙猿だな。ケンタに、、、半島で手にいれた薬でも使ったのか?」
 俺は煙猿を見上げて言った。
 銃を奪われ、足下をケンタに固められ、この間合いで煙猿に立たれては、もう為すすべはなかった。
 後残る延命の可能性は、蛇喰がこの場に間に合ってくれる事だけだ。
 それまで時を引き延ばす以外に、俺に残された道はない。

 それに煙猿は、先ほど俺の銃を弾き飛ばす時に、わざわざ、まさかりの刃の付いていない部分を使った。
 煙猿は本来、そんな男ではない筈だ。
 普通なら銃を持った俺の手首ごと、まさかりで切り落とし、俺の手首から吹き出す血しぶきを楽しんでいた筈だ。
 十蔵から、俺の命を取らずに裏テンロンへ連れ帰れ、とでも言われているのだろう。

「薬?ほほう、よく知っているな。あんたが俺の事も嗅ぎ回っていたと十蔵君から聞いているが、さすがだ、ポンコツ探偵。」
 煙猿は長い柄の付いたまさかリを杖代わりにして、長い脚を少し交差させ、モデルのように立っている。

「そいつに使った薬っていうのはな、、、前線で負傷して役に立たなくなった兵士を特攻兵器として再利用する為に開発したモノだそうだ。この薬を使うと、死に損ないの耳元で命令を囁いてやるだけで何でもやる。もう既に半分死んでるから、どんな攻撃を受けても平気だ。ゾンビ映画から思いついたらしいぞ。アイツら、あきれるだろ。だが、俺は好きだな、そういうの。」

 クソ、こいつ、俺がずっと倉庫を見張っててたと言うのに、その間にケンタをあの倉庫に連れ込んだってのか?
 、、倉庫から出られない訳じゃなかったんだ。
 あの2時間の間、こいつは俺の様子を見ながら、ケンタをいたぶって日が暮れるのを待っていたんだ。
 まさにこいつは煙だ。

「なんで、こんなカカシ見たいな拘束具を付けるんだ!ケンタの指を潰したんだろ?おまえなら薬を打つために、相手を半殺しにするなんて訳もない事だろう!」

 ケンタはまだ、自分の脚で俺の足元を挟み込んで、それを離そうとしない。
 しかしケンタの目は、見開かれた白目の中で、黒目がグリグリと回るばかりで、もう俺すら見ていない。
 その目の下にある形の良い鼻の穴からは、生白い精液が内から漏れだしている。

 そうだ、芳年の無惨絵は、ただの残酷な絵ではなく、猟奇性の極限に達することで「陰」が極まって「陽」となるように、ある種の「ハレ」の力を宿してる。
 そして、ケンタが生み出した「ハレ」の中心にいるのが煙猿だった。

「今さらそれを聞くか?こりゃ、おかしいな。あんた俺の事を嗅ぎ回っていたんじゃないのか?しかもその原因は沢父谷って話なんだから、俺の趣味も判ってたんじゃないのか?俺は単純な人体パーツ製造卸元じゃないんだぜ。ケンタとやらには、必要な情報を聞き出してから随分、楽しませてもらったよ。俺は綺麗なものが好きなんだ。すぐに首をはねるには勿体ないくらい可愛い顔をしてたからな。もぎ取った首だけで、奉仕させても、今一、具合がな。だからだよ。」
 その時、煙猿の身体の向こうに、廃工場跡の入り口近く、車のヘッドライトの光がいくつも小さく揺れて見えた。
 蛇喰たちだった。

「それにその拘束具、元はあんたに使う予定だった。十蔵君へのお土産のラッピング代わりだったんだがな。」
 勝手にほざいてろ、蛇喰たちが来たかぎりには、俺にもまだチャンスはある、
 そう思った瞬間、俺は頭部に衝撃を受け意識を失っていた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

(完結)姑が勝手に連れてきた第二夫人が身籠ったようですが、夫は恐らく……

泉花ゆき
恋愛
蘭珠(ランジュ)が名門である凌家の嫡男、涼珩(リャンハン)に嫁いで一年ほど経ったころ。 一向に後継ぎが出来ないことに業を煮やした夫の母親は、どこからか第二夫人として一人の女性を屋敷へ連れてくる。 やがてその女が「子が出来た」と告げると、姑も夫も大喜び。 蘭珠の実家が商いで傾いたことを口実に、彼女には離縁が言い渡される。 ……けれど、蘭珠は知っていた。 夫の涼珩が、「男女が同じ寝台で眠るだけで子ができる」と本気で信じているほど無知だということを。 どんなトラブルが待っているか分からないし、離縁は望むところ。 嫁ぐ時に用意した大量の持参金は、もちろん引き上げさせていただきます。 ※ゆるゆる設定です ※以前上げていた作の設定、展開を改稿しています

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

処理中です...