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第7章 The GORKと大女と透明な探偵
72: 別の俺
しおりを挟む電車から降りてふと空を見上げると、西の空が茜に染まり始めていた。
古代の神々が力任せに千切り撒き散らしたような雲は、オレンジと静脈の青を混ぜた色を孕んでいる。
そしてその雲の群れの中を突っ切って、地上から放たれたひときわ鮮やかな直線の飛行機雲が見えた。
あの空の向こうに自分の知らない新しい世界があり、自分もいつかはそこに行くんだと信じて疑わなかった幼い日々。
強烈に懐かしい想いが俺を揺さぶる。
そう思ったら、少し涙が出た。
そしてそんな俺を、街角の片隅でミスター・スポッキィが睨み続けていた。
俺はリョウから教えてもらった呪いを呟く。
「馬鹿にしないでよ。そっちのせいよ。プレイバック、プレイバック。」
幸いな事にこの世界でもこの呪文は効くようだった。
でも、ここは俺の世界じゃない。
前も薄汚いドブネズミが住む世界だったが、こんなに海と底にいるような重苦しさはなかった、それが俺の故郷だった。
その涙を散らすように、俺の肩を叩いた男がいた。
偶然の再会だった。
そいつは俺があの銭高零に近づく際に、利用した男だった。
この男は、銭高零の名前の由来を知っていた。
「親父は手元の銭が0でも、そこから這い上がれって意味で、俺に零と名付けたらしい。爺さんの跡目を継いだけなのに、自分が男としてでかい人間だと思いこんでいた粗野で馬鹿な男なんだよ。、、で、そんな馬鹿な男の財産目当てに言い寄った高学歴のいけ好かない女狐が、俺の母親ってことさ。」
・・とまあ、そんな内容だが、それを引き出せるという事は、それなりにこの男は銭高零に愛されていたんだろう。
そいつは、あの女でも通るような容貌の銭高零が、いかにも惚れそうなマッチョな色黒男だった。
・・・ なかなかいい。
俺は力で犯しまくるような責められ方も好きだ。
男の逸物が、俺の腸壁の粘膜をこそぎとっていく。
男の快楽弾道の目標は、俺の蜜道の右側の奥深くを狙っている。
そこが男に目覚めた目川純の快楽スポットなのか、単にこの男の肉欲の癖なのかは判らない。
俺を仰向けにし、Mのポーズを取らせている男のこめかみに、血管が浮かび上がっているのが見えた。
俺の体は本能的に危険を感じ取って、男から逃れようとするのだが、両足首は男の脇の下にしっかり固定されている。
「純、、しばらく、、、ん、ん、、見ないでいたけど、、、よくなったぜ。あの件、、、うぅうぐ、、水に、、はふ、、流せんなら、、なあ、、又。」
気持ちがイイ。
俺の透明なペニスに、サックのように被せてあるラバースーツのペニスが怒張している。
ちなみに相手の男はラバー好きだ。
俺は本当はラバーはイマイチなのだが、透明人間を抱いてくれる男はいないし、コンシーラを全身に塗るわけにも行かない。
つまり遊ぶときは大抵、着衣セックスだ。
しかし俺もマリーに仕込まれて随分、目覚めたものだ。
今では、俺が拘ってきた「性別」等という垣根が嘘のようなものに感じる。
俺がそんな事を考えながら、生ぬるい快楽に浸っていると男の体が痙攣した。
俺の腸壁が男の精液を啜り上げる。
果てたのだろう。
男はしごく満足そうに、どさりと俺の隣に横たわった。
俺の方は、ガツンとした快楽と出会えずに、行為が終わってしまっていた、、まだ食い足りない。
だが、もう時間がない。
「なあ、泊まりにしねぇか?」
「俺も、そうしたいけど用事があるんだ。」
キスをせがんでくる男をかわした。
男が逆上しないように、俺はできるだけそれが本当に聞こえるように喋った。
この程度の男なら、殺傷沙汰になる前に、何の問題もなく処理出来たが、無用なトラブルでこれ以上時間を浪費したくなかった。
腹八分目であっても、それなりにこの男とのセックスに満足したのだからそれでいいだろう。
時間の「浪費」という言葉もなんだが、「快楽」の為に費やされる時間は、すべからく過ぎてしまえばそのようなものだ。
実際、俺はこのホテルで二時間近く時間を浪費している。
江夏に宣戦布告をしたからには、いつものようなペースは望めない。
「そっか、、残念だな。でも又、あってくれるよな。」
「約束する。」
過去に銭高零を間に挟んだ二人、二人ともそれぞれの理由で銭高零を忘れられない。
俺たち二人は、お互いの新しくした電話番号を交換しあってその場で別れた。
出がけにラブホテルの趣味の悪いフラミンゴの形をしたネオン管を何気なく見上げた時に、鼻の奥がツンとした。
やばい、いつもの「信号」だ。
男と別れてから、俺は走りだした。
なんだか土砂降りの雨が降り出す前に感じるあのムズムズに近い「悪い予感」がして来た。
「大女の奴、きっと何かをやらかすぞ。」
俺と江夏はある意味、ゴォークで繋がっているのだ。
だから判る。
この世界での江夏は、俺の知っていた江夏とは少し違う。
前の江夏なら、俺の警告程度では、早急な動きなどしない、色々な画策を巡らせる。
だから俺はそれに対応しながら、搦め手で行くつもりでいたのだが、、、。
この世界の江夏は、「大女」としての比重が大きいのだ。
俺は大急ぎで、大女の実家までの最短ルートとなる交通経路を考え始めた。
俺は透明人間であるだけで、空を飛べるわけではないのだ。
タクシーか、、いや国道55号はこんな時間でも混んでいる、、迂回路の家根街道を使うなど距離的にもっての他だ。
つまり車は全滅、ここからなら地下鉄と私鉄を乗り継いだ方が早い。
これが映画だと、主人公はすぐ側にある停車中の車をぶんどって、派手に信号無視を繰り返しながら走り去る所だろうが、残念ながら今の俺は、そうしたくても運転免許を持っていない。
もし警察に捕まり、身元を照合されるような事になればゴォークどころではなくなる。
元の世界の目川は免許取得者だが、この世界の目川である俺は免許を持っていない。
照合をかけられると、そこがかえってトラブルの元になるのだ。
俺が運転免許を持っていない理由は簡単だ、透明人間だからだ。
この国には、透明人間に運転免許書を与えるような鷹揚さはないようだったし、運転手がいないのに自走する車はまだ発売されてはいない。
電車は結構、混んでいた。
時刻は遅いのだが、都心から近隣のベッドタウンに向かうこの路線では、勤め帰りに軽く一杯ひっかけたサラリーマンや食事をとったOLの数が存外に多いのだ。
俺は開かない側のドアの近くに立って、焦燥に駆られながら、窓から流れさる夜の景色を見ていた。
俺の首筋には先ほどから酒臭い息が吹きかけられていた。
俺を覆うようにして大柄の男が密着して立っていて、男の口からその臭いが漂ってくるのだ。
俺は窓ガラスの方に首をねじ曲げて、その臭いから遠ざかった。
遠くの夜空に閃光が走った。
雷だ。
生白いうつろな俺の顔が闇の中に浮かび上がる。
そしてその頭一つ高い位置に目をぎろぎろとむき出した赤黒い顔があった。
判っている。
それは俺の背後に密着して立っている酔漢の顔だった。
突然、子どもの頃の記憶が断片的によみがえる。
酔った男に悪戯をされた、、。
精通もまだの歳だった筈なのに、幼い俺はその体験に奇妙な興奮を感じ、我を忘れていた。
・・いや、それともこれは俺が集めてきた誰か他人の「記憶」なのだろうか。
第一、あの時、宗一郎兄貴は俺の側にいたのか、、?
いたなら、知っていたなら、、兄貴はどうしただろう、。
判らない。
俺は考えるのを止めた。
その記憶は、前の世界の目川純と同じだ。
かすかな引っかかりはあるが、自分では何一つとして、目川純が前の自分であるという立証が出来ない。
もしかしたら今の俺は、香代という女子高生が創り出した脳内ホムンクルスなのか?
のしかかってくる赤黒い酔っぱらいの顔は、やがて俺の記憶の中で、保冷庫から人の形をしたミニチュアを取り出す為に、白々とした照明に照らし出された大女の顔にすり替わっていった。
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