ボクのおじさん探偵は調子パズレでいつもヘトヘト 『ディドリームビリーバーとハードディズナイト』

Ann Noraaile

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第7章 The GORKと大女と透明な探偵

73: ミニチュアの儀式

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 あの「ミニチュア」を初めて見た時の衝撃は、今でも忘れられない。
 いや初めは、大女の自宅にある筈のゴォーク・システムへの侵入経路を調査する事が目的だったのだ。
 江夏は、病院でのゴォーク侵入遊びに飽きたらず、スタンドアローンの筈のゴォークを、自分のホームネットワークに引き込んでいた。
 その実態を調査に行った筈の俺が、別のモノを発見してしまったのだ。

 嬰児殺し、、俺が最初そう思ったのも無理はないだろう。
 大女が闇の中で、大型保冷庫から抱きかかえるようにして取り出したのは、紛れもなく小さな人体だった。
 大女は嬰児にしては、やけにほっそりしたその身体を食事用のテーブルの上に立たせた。
 テーブルの外周には、何本かの蝋燭が立ててあり、大女の行為を何やら悪魔の儀式めいたもののように見せていた。

 大女はルーペを使い、その人体のミニチュアを子細に観察し始めた。
 ミニチュアに自分の目の高さを合わせようと、スリムジーンズの臀部の生地が張り裂けそうになるほど尻を突き出している。
 脚が長いので、なかなかにスタイリッシュで官能的な光景だった。
 こんな大女は、俺の女性の好みにやや近い。

 だが俺は大女のこの姿よりミニチュアに強く惹きつけられていたので、息を潜めながらテーブル越しに大女の真正面に回り込んでいった。
 人間の真正面に至近距離で立つのは、いくら透明であっても避けなければならない事だったが、俺はあえてそのリスクを負った。
 大女の本質を理解する為には、このミニチュアを見る大女の表情をしっかり観察する必要があると判断したからだ。

 大女の顔はセックスの最中のように上気し、その目はぎらぎらと輝いていた。
 円形のテーブルに沿うように、大女は自分の観察位置をゆっくり変えて行く。
 俺もそれにつれて移動して行ったので、ついにミニチュアの正面がはっきりと見える位置が訪れた。
 そのミニチュアは、俺が江夏との関わりで調べていた「一蔵幸夫」だった。

 俺は凍り付いた。
 一蔵幸夫、関東学院付属病院で将来を嘱望される若き外科医だったこの男は、三年前に何の前触れもなく蒸発していた。
 俺がこの男の事を知っているのは、以前に大女の家に忍び込んで、彼女が秘匿していたパソコンデータを盗み見していたからだ。
 確か、一蔵は180センチを越す長身の男だった筈だ。
 それが今、40センチほどの身長に縮められていた。

 そのミニチュアを構成する素材は、いくつかのエピテーゼ用資材であり、そして大部分は、俺にとっても尤もなじみ深いもの、つまり本物の男達の肉と皮と骨だった。
 俺の嗅覚は、あの懐かしい解体された人体の臭いと、それに混じり込んだ化学物質の匂いに、混乱と奇妙な興奮を覚え始めていた。
 ・・・煙猿!?俺は煙猿に囚われネオ・プラスティネーション処置を施されて・・・

 大女の唇が溶けて、赤い舌がぞろりと伸びた。
 大女は全裸のミニチュアに顔を寄せて、その肌を舐め始めた。
 ミニチュアの全身がしとどに塗れ、蝋燭の光に怪しく光り始める頃、大女は感極まったように、その胴体を鷲掴みにして自らの股間に運んでいった。


 電車の中の酔漢は、片手に持った大衆週刊誌を上手く覆いに使いながら、俺の股間に手を伸ばしてきた。
 その手を払いのける代わりに、俺は後ろ手で彼のズボンの上を撫でてやる。
 こんな時に、何をやっているんだと思うが、俺がどんなに悲壮感に溢れようが、今乗っている電車のスピードが上がるわけではない。
 気を紛らわすためのつまらない時間潰しだったが、俺の反応で酔漢は脈有りと見たのか、ますますその身体を俺に密着させて来る。

 俺たちのすぐ側にいた女性乗客が気まずそうに距離を開けようとする。
 それを感じたのか、酔漢の顔はますます赤黒くなり、その表情を醜くゆがめた。
 だがそれも長くは続かなかった。
 俺が酔漢の股間を強く握りしめたからだ。

 男は自分の口から飛び出そうになる悲鳴を必死にこらえていた。
 やがて・・男の赤黒い顔から血の気が引き始めた。
 この世界の俺は、冷酷でいたずら好きだ。
 きっと煙猿の影響を受けているんだろう。
 ん?煙猿って誰だった?まあどうでもいいが。


 大きなダイニングルームの片隅にある隠し扉のようなドアをあけて地下のワイン貯蔵庫に大女が降りていく。
 結婚記念日を自宅で祝う為に、豪華な夕食を用意しようと張り切っている新妻といった感じの足取りだ。
 黒い半袖のセーターから突き出ている引き締まった白い腕が妙に生々しい印象を与える。
 ワイン貯蔵庫は、大女の叔父である江夏武が、この屋敷と共に大女へ残したものだった。

 隠しドアは開け放したままだ。
 何事にも注意深い大女にしては、乱暴この上ない所作のように見えたが、この家の警備システムの厳重さを思えば、納得出来るというものだ。
 誰も大衆浴場に入って、個別の湯船を要求したりはしない。

 一旦、この家に入った限りには、彼女のプライバシーは完全に守られる。
 それほどに、この家のセキュリティは万全だった。
 今までに何度も、空き巣や押し入りまがいの事をしてきたこの俺が言うのだ、間違いない。
 この屋敷に侵入できるのは007か、透明人間ぐらいのものだろう。

 何故、それほどの警備設備拡充に大女が手間暇をかけたのか?
 言うまでもない、それは大女が自分の所行を隠蔽する為だ。
 もちろん俺は、この侵入チャンスを見逃す筈もなく、彼女の後を付けて地下室に降りていった。
 そして、そこで俺は、大女のミニチュア製造過程を目撃する事になったのだ。

 大女は、誘拐してきた男を眠らせ、血を素早く凝固させる薬品を注入し、半分生きたままの男を解体しては、それぞれをパーツとして採取、次にミニチュアとして復元する為に、そのディテールを更に詳しく調べていた。
 つまりミニチュアのパーツを作る為の人体のサイズダウンと、素材作りとしてのプラスティネーション化は、この地下室で同時に行われるわけだ。
 更に大女は、この行程を二段階に分け、死体のミニチュア化の前に、もう一つの楽しみを自分自身に与えていた。
 もちろん、この行程の本当の意味が理解できたのはずっと後の事であり、俺がこの時、目撃した大女の行為は、医療行為に粉飾された黒魔術の儀式以外の何物でもなかった。

 その男の死体は、大きなステンレススチールの解体テーブルの上に静かに横たえられていた。
 地下室の無影灯のせいか、そのやや緑がかってみえる白い肌は、俺が今まで見たどの死体よりも綺麗に見えた。
 その死体からは、糞尿や汗、内分泌液、そして血、、それらの存在がまったく感じられなかった。
 そのくせ、身体のあちこちには、まるで大きなケーキからショートケーキを切り出したように肉体の断面が見えた。
 食人鬼風にグロな見方をすれば、少し肉を削られたドネルケバブだ。

 大女は、部屋の三隅に設置して有る三脚付のビデオカメラのスィッチを入れると、巨大なガラス面で構成される保冷庫を開けて、そこからやけにリアルなマネキンのマスク状のものを取り出して、死体の側に近づいて行った。
 遠目に見ても、そのマスクが女性を形取ったものであることは理解できた。
 相当高いレベルの人面マスクだと言える。
 大女の楽しげで、どこか勢いを感じさせる動きだけを見ると、保冷庫に冷やしてあるクリームクレープを取り出したウェイトレスのように見えなくもない。
 次に大女は、その仮面を男の顔の横に添えるように置くと、男の後頭部に両手の指先をさしこんだ。

 男の顔立ちは、顎が張った四角い顔立ちをしていた。
 生きていれば相当、強い意志を感じさせる表情を持った男だったのだろう。 
 俺の予備調査では、大女は少なくとも4人の男の失踪に関係している。
 この男はまだミニチュア化されていない所を見ると、かなり最近の犠牲者なのだろう。

 パチンパチンと乾いた音が男の後頭部から聞こえたかと思うと、大女はいきなり、死体の頭の皮を剥がし始めた。
 男の顔面は頭皮と髪の毛も含めて見事にずるりと男の頭部から分離してしまう。
 後に残ったのは、眼球とむき出しの歯を見せた筋肉組織の固まりだった。
 だが、いかにグロテスクに見えようとも、今、俺の目の前で起こっている行為は、単なる人体解体の模倣儀式に過ぎない事がすぐに判った。
 実際の解剖は既に終わっているのだ。

 例えば、顔を引き剥がされた男の顔は、筋肉をむき出しにしてテラテラとぬめり輝いているが、それは本物の血や内分泌液によるものではない。
 それらは化学成分を持つローションのてかりなのである。

 大女は引き剥がされた男の頭部を恭しく捧げ上げると、男の仮面の裏側にたまったローションを自分の顔に垂らし始めた。
 そして自分の頭部がすっかりローションまみれになった途端、大女ははぎ取った男の顔を頭の先から、自分の頭にすっぽりとかぶった。
 次に大女は新しい顔の表面を自分の顔に指先を使ってなじませ終わると、後頭部に隠されているスナップボタンを留め始めた。
 豊かな胸と、突き出た尻を持つ身体に男の四角い顔が生まれる様は奇妙な興奮を誘った。
 この時点で、大女の内面で、彼女は自らが解体した「愛する男」に成り代わっているのだ。

「待たせたね。由香里、、これからたっぷりかわいがってあげるよ。」
 男のマスクの裏打ちは、余程うまく出来ているらしく、そうつぶやいた大女の唇の動きは、まるで生きているようだった。
 大女は次に、顔を引き剥がされた男の側に置いてあったマスクを取り上げると、今度はそれを、さも愛おしげに自分の目の前で開いて見せた。
 横に扁平に引き延ばされたマスクの顔が、はっきりと視認出来た。
 それは江夏自身の顔だった。

 
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