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第1章 宇宙回廊の修理者
02: 神の領域に近いタイムラグ
しおりを挟むまだ特異点が時空転移ゲートとして認識されずに、この世界に顕在化したシーンで一番有名かつセンセーショナルだったものは、某国におけるプロバスケットのワールドリーグ戦の真っ最中だった。
シュートを打とうと空中にジャンプした選手の頭が突然、アイスクリームを丸く掻き取る器具を使ったみたいに、消えて無くなったのだ。
会場にいた全ての観客が、その選手のシュートに注目していた。
そしてその頭部が異なった空間の接触によって、掻き取られ、その後の血飛沫の惨状までが、観衆の目の前で唐突に展開されたのだ。
その日を皮切りに、特異点は地球上のありとあらゆる場所、そして時間に出現した。
その大きさは、まちまちで、巨大ビルを半分切り取った事もあれば、とある実験室の顕微鏡下で細胞片を次々と欠損させていった事もあった。
特異点自体には「大きさ」の概念がないのだ。
さらに特異点が出現した周囲では、数々の奇跡が起こった。
壊れかけていた機械が正常になる。
バッテリーが勝手に充電されている。
最も顕著な例は、不治の病や重度の障害が治るという事実だった。
この特異点が、極東の没落しかけたある島国国家に固着した頃には、特異点が人間社会に及ぼす本質的な意味が、ようやく人々に理解され初めていた。
それは、人間が地球外知的生命体に遭遇する以上の、人間存在に対する浸食的な意味を持っていた。
全能なる特異点は、人間の全ての「飢え」と「欲望」を満たし、それによって人間の進化を停止させる可能性を持っていたのだ。
特異点の力を、人類が完全に制御出来るまで、超国家単位でその管理にあたると合意できたのは、欲深い人間達にもまだ辛うじて理性が残されていたという証明だったかも知れない。
今ではこの特異点は、人々の取り決めによって「時空転移ゲート」、あるいは「宇宙回廊ジャンクション」として、その機能を意図的に解釈、限定されている。
以降、特異点の発現跡は、各国の政府によって封殺され、その存在は全面的なトップシークレットとなった。
今では人々の口にのぼる特異点は、表面上、只の禍々しい都市伝説にしか過ぎない。
半分に掻き取られたビルは、テロリストの起こした爆破の結果となり、バスケット選手の死は試合中の脳溢血となった。
しかし当の極東の島国では、奇妙な噂が流れ、それが絶える事はなかった。
「ある時刻、ある場所に、ある方法で人がそこに立つと、その人間は神隠しに合い、再び戻ってきた時には人にあらざる存在として帰ってくる」と、、。
極東の島国への繋留と共に、不活性化したと思われた特異点は、この地でその力を、前とは違う形で、地獄の釜の煮えたぎった泡の様に、沸々と地表に涌き上げていたのだ。
レズリー・ローは、リペイヤーの中で夾雑物排除率トップを誇る後輩の同僚にあえて伝えなかった言葉を、自分の中で反芻しながら、グラスに唇を寄せた。
『・・共通点はあるよ。君は、あそこで幽霊を自分の相棒にして、あたしはすべての人間をあたしの奴隷にした。秘められた願いが叶う場所。その意味では、あそこは間違いなく個人の妄想世界そのものなのよ。』
ローの無言の返答に耐えきれぬように、護は、突然、思いついた事を喋った。
「あんた、左利きか?」
護は、艶のある黒に塗られた爪先を持つローの細い手首をみつめた。
「それが、何か問題なの?」
「俺は小さい頃、左利きだった。両親が早い内にそれを矯正させたんだ。ロクでもない親だったがそれだけは妙に覚えている。しかし、右利き左利きってのは不思議なもんだよな。右利きの人間は、例えばギターなんかを持つ時は、左手でネックの上を運指して右手で弦を鳴らす。右手の方が遙かに動きが細かいのにな、、。だから逆みたいな気がするんだけど、それでうまく良く、、。」
ローは少し興味を引かれたように護の顔を見た。
「でも利き手じゃない方の手の動きは、いくら器用に操ってもどこか他人の手を借りてるような感じがしないか?気持ちが、まわり切らないというか、神の領域に近い部分でタイムラグがある。そんな感じだ。無意識のレベルでスムースにってわけにはいかない。」
「ふん・・気のせいよ。」
「ああ、まったくだ、、。」
決勝戦の対戦相手である長谷川を殺したのは、護がクロスカウンターで放った頭部への左の拳だった。
瞬間に勝利が確信出来たほどの威力と精度のある拳だったが、それは技の結晶であり、決して暴威ではなかった。
長谷川程の相手であれば、それを相手の勝利の技として綺麗に受け止めてくれる筈だった。
それこそが、防具なしの試合における「当て」の高度な暗黙ルールだった。
それが、実に嫌な手応えを持って返って来た。
長谷川の頭部が、護の拳から逃げるのではなく、自ら当たりに来ているように思えた。
そして次の瞬間、長谷川の首は護の予想もしない角度にぐにゃりと曲がったのだ。
その時、護は相手を「殺した」と気づいた。
「でも神の領域に近いタイムラグがあるっていう表現は面白いね。」
「ああ、、いや、、。あんたがさっき言ってくれたように、その正体は気のせいってやつだよ。」
この話はやはり、持ち出すべきではなかったと護は後悔した。
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