3 / 54
第1章 宇宙回廊の修理者
02: 神の領域に近いタイムラグ
しおりを挟むまだ特異点が時空転移ゲートとして認識されずに、この世界に顕在化したシーンで一番有名かつセンセーショナルだったものは、某国におけるプロバスケットのワールドリーグ戦の真っ最中だった。
シュートを打とうと空中にジャンプした選手の頭が突然、アイスクリームを丸く掻き取る器具を使ったみたいに、消えて無くなったのだ。
会場にいた全ての観客が、その選手のシュートに注目していた。
そしてその頭部が異なった空間の接触によって、掻き取られ、その後の血飛沫の惨状までが、観衆の目の前で唐突に展開されたのだ。
その日を皮切りに、特異点は地球上のありとあらゆる場所、そして時間に出現した。
その大きさは、まちまちで、巨大ビルを半分切り取った事もあれば、とある実験室の顕微鏡下で細胞片を次々と欠損させていった事もあった。
特異点自体には「大きさ」の概念がないのだ。
さらに特異点が出現した周囲では、数々の奇跡が起こった。
壊れかけていた機械が正常になる。
バッテリーが勝手に充電されている。
最も顕著な例は、不治の病や重度の障害が治るという事実だった。
この特異点が、極東の没落しかけたある島国国家に固着した頃には、特異点が人間社会に及ぼす本質的な意味が、ようやく人々に理解され初めていた。
それは、人間が地球外知的生命体に遭遇する以上の、人間存在に対する浸食的な意味を持っていた。
全能なる特異点は、人間の全ての「飢え」と「欲望」を満たし、それによって人間の進化を停止させる可能性を持っていたのだ。
特異点の力を、人類が完全に制御出来るまで、超国家単位でその管理にあたると合意できたのは、欲深い人間達にもまだ辛うじて理性が残されていたという証明だったかも知れない。
今ではこの特異点は、人々の取り決めによって「時空転移ゲート」、あるいは「宇宙回廊ジャンクション」として、その機能を意図的に解釈、限定されている。
以降、特異点の発現跡は、各国の政府によって封殺され、その存在は全面的なトップシークレットとなった。
今では人々の口にのぼる特異点は、表面上、只の禍々しい都市伝説にしか過ぎない。
半分に掻き取られたビルは、テロリストの起こした爆破の結果となり、バスケット選手の死は試合中の脳溢血となった。
しかし当の極東の島国では、奇妙な噂が流れ、それが絶える事はなかった。
「ある時刻、ある場所に、ある方法で人がそこに立つと、その人間は神隠しに合い、再び戻ってきた時には人にあらざる存在として帰ってくる」と、、。
極東の島国への繋留と共に、不活性化したと思われた特異点は、この地でその力を、前とは違う形で、地獄の釜の煮えたぎった泡の様に、沸々と地表に涌き上げていたのだ。
レズリー・ローは、リペイヤーの中で夾雑物排除率トップを誇る後輩の同僚にあえて伝えなかった言葉を、自分の中で反芻しながら、グラスに唇を寄せた。
『・・共通点はあるよ。君は、あそこで幽霊を自分の相棒にして、あたしはすべての人間をあたしの奴隷にした。秘められた願いが叶う場所。その意味では、あそこは間違いなく個人の妄想世界そのものなのよ。』
ローの無言の返答に耐えきれぬように、護は、突然、思いついた事を喋った。
「あんた、左利きか?」
護は、艶のある黒に塗られた爪先を持つローの細い手首をみつめた。
「それが、何か問題なの?」
「俺は小さい頃、左利きだった。両親が早い内にそれを矯正させたんだ。ロクでもない親だったがそれだけは妙に覚えている。しかし、右利き左利きってのは不思議なもんだよな。右利きの人間は、例えばギターなんかを持つ時は、左手でネックの上を運指して右手で弦を鳴らす。右手の方が遙かに動きが細かいのにな、、。だから逆みたいな気がするんだけど、それでうまく良く、、。」
ローは少し興味を引かれたように護の顔を見た。
「でも利き手じゃない方の手の動きは、いくら器用に操ってもどこか他人の手を借りてるような感じがしないか?気持ちが、まわり切らないというか、神の領域に近い部分でタイムラグがある。そんな感じだ。無意識のレベルでスムースにってわけにはいかない。」
「ふん・・気のせいよ。」
「ああ、まったくだ、、。」
決勝戦の対戦相手である長谷川を殺したのは、護がクロスカウンターで放った頭部への左の拳だった。
瞬間に勝利が確信出来たほどの威力と精度のある拳だったが、それは技の結晶であり、決して暴威ではなかった。
長谷川程の相手であれば、それを相手の勝利の技として綺麗に受け止めてくれる筈だった。
それこそが、防具なしの試合における「当て」の高度な暗黙ルールだった。
それが、実に嫌な手応えを持って返って来た。
長谷川の頭部が、護の拳から逃げるのではなく、自ら当たりに来ているように思えた。
そして次の瞬間、長谷川の首は護の予想もしない角度にぐにゃりと曲がったのだ。
その時、護は相手を「殺した」と気づいた。
「でも神の領域に近いタイムラグがあるっていう表現は面白いね。」
「ああ、、いや、、。あんたがさっき言ってくれたように、その正体は気のせいってやつだよ。」
この話はやはり、持ち出すべきではなかったと護は後悔した。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる