宇宙は巨大な幽霊屋敷、修理屋ヒーロー家業も楽じゃない

Ann Noraaile

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第1章 宇宙回廊の修理者

03: 特異点内部世界へ

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 護は、他のリペイヤー達の「乗り物」を見たことがない。
 正確には対侵入者用リペイヤー搭乗機だ。
 特異点内部に進入する為のプラットホームを個別に与えられる護のようなリペイヤークラスになると、両者が余程親しくならない限り、お互いの「乗り物」を実際に見る時間も、機会もないからだ。
 だが互いの話を総合すると、「乗り物」は全て形状が違うようだった。

 「乗り物」は、機構本部のプラットホームから、特異点に向かって伸びていく「トンネル」を、高速で移動できるものなら、その形状はなんでも良いらしい。
 また「トンネル」の直径も結構大きく、対侵入者用リペイヤー搭乗機ではないものの、30名もの調査団を特異点に送り込んだリージョナルジェットも、ここから発進した。

 もちろんリージョナルジェットが離陸する際には、既にリージョナルジェットの機首は特異点の影響下にはいっての前提はある。
 そうでなければリージョナルジェットはトンネルの中で行き場を失い大破してしまう。
 トンネルはそれを可能にする。
 特異点からこのトンネルを造り出したのは機構の大きな成果だ。

 つまり今、特異点への進入経路を「トンネル」と表現したのは、特異点に向かって自分を移送する「乗り物」を、自動車と表現する護だからであり、飛翔機械を使うリペイヤーは、それを「カタパルト」と呼ぶ。
 特異点への進入経路も、「乗り物」と同じく、なんでも良いのである。

 護の「乗り物」は、昆虫の様な黒い鎧を着た、マーコスLM500だった。
 精密に表現すると、マーコスLM500をイメージベースにした水陸両用移動デバイスである。
 空中もグライダー程度なら、滑空する事も可能だった。
 当然、中身は「自動車」ではない。
 まあ言ってみれば子どもの夢の玩具のようなものだ。
 ただ恐ろしいことに全てが見せかけではなく、本当に、その目的通りに、機能する。

 これらの乗り物が、どういう経緯と技術で製造され、各リペイヤーの元に配備されるのかは、機構の末端であるリペイヤー達には知らされない。
 一説には、トンネルと同じく、特異点内部を支えるテクノロジーそのものを転換・導入して製造しているのだ言う話もあるが、それも定かではない。

 とにかく特異点の内部世界である「異界」に進入した際、到着位置が地上であるのか、空中であるのか、はたまた水中であるのかは、その度に変化するから、こういった強力な移動デバイスが必要になるのだ。
 特異点内部に進入するだけなら、特異点との親和力に優れたリペイヤーは、トンネルを徒歩で移動し、進入を可能にするが時間がかかり過ぎた。

 それでは、巷で「ダイビングポイント」と呼ばれる特異点の綻びを狙って、決死の侵入を試みる人間達に遅れを取ってしまう。
 移動用デバイスを使おうが、徒歩で移動しようが、比較的安定した進入を確保できる時は、リペイヤーが土中や水中に出現する事はほとんどない。
 しかし、たまたま・・特に緊急発進した場合には、地中深いマグマの中に飛び出すというようなことが、、それも特異点内部なら充分にあり得る事だった。
 もしそうなったら?あとは神のみぞ知るだ。
 そして夾雑物出現のタイミングは、機構側からは推し量れないのだ。


    ・・・・・・・・・

 残照が残る夕闇の中、滑空するマーコスLM500の右前方に、光をまぶしたデコレーションケーキのような、巨大な石積みの建築物が出現した。
 特異点内部に進入した直後に襲われる、強烈な薬物をやっている最中のような酩酊感に揺さぶられつつ、護はそれを見つめた。
 高空から俯瞰してこれなのだ。
 途方もない大きさだ。
 その大きさだけで神聖さを感じさせた。

 不思議な事に、誰がどのルートから特異点内部に進入しても、これだけは、ほぼこの形状で見える。
 その外観はリペイヤーによって若干の差があるようだが、個人の妄想世界が具現化した世界ではないかと思われている特異点内部にあって、万人の共通項とも言える巨大遺跡が存在すること自体が驚異だった。
 ブリューゲルが描いた「バベルの塔」とよくにている為、リペイヤー達はこれを「バベルの塔」と呼んでいる。

 護は、その「バベルの塔」を眺めながらマーコスLM500のウィングをたたむタイミングを考えていた。
 ウィングをたたんだ後、マーコスLM500は強力な揚力を失ってしまう。
 その後の数十秒は、マーコスLM500後部に設置してあるジェット噴射による直線的な推力しかない。
 地表に浅い角度で突っ込んで軟着陸するしかないのだ。

 特異点内部の地形は侵入の度に大きく変化する。 
 その度に着地点、あるいは滑走路となりうる直線距離の長い道路を見つける必要があった。
 もし見つけられずに地面に激突するような事があれば、護は特異点の中で、一度死んで「生き返ら」ねばならない。

 特異点にダイビングポイントを利用して進入してくる犯罪者達は、力を得ようとして、意識的に「生き返ろう」とするが、彼らは知らないのだ。
 あの力を得て、まともに生き返る事が出来る人間がごく少数である事を。
 多くの人間は、そのまま特異点内部に展開される、まさに言葉通りの「地獄」に墜ちるか、自分自身が「地獄」に変貌してしまうのだ。

「お前には無理かもな。」
 まるで護の心を見透かすような声が呟かれた。
 護は、おそるおそる飛行中のマーコスLM500の薄暗い助手席を眺めた。

 そこには、彼が殺した筈のロバート長谷川が座っていた。
 長谷川は、あの試合の際に着用していた胴着を身につけている。
 マーコスLM500内部の各種モニターの放つ光に浮かび上がって、陸軍の野戦服を着た護と、胴着を着たロバート長谷川、、不思議な取り合わせだった。

 幽霊という存在は不思議なものだ。
 体臭や体温、身体を動かした時に起こる微妙な空気の流れ、そういったものが一切ない。
 ないのに、そこに居る事だけは強烈に判るのだ。
 だが幽霊の出現に動転しては居られなかった。
 今、安全な着陸の為の集中力を乱せば、自分自身が死んでしまうことになる。

「お前は、いつも俺を死なせてしまった事を後悔してるんだろう?どうして今更、己の死を怖れるんだ。いっその事、死んじまえば楽になるぜ。」
 特に護に、恨みつらみを言っているような口調ではない。
 かと言って、もちろん親しげに語っているわけもない。

「・・ああ俺もそう思う。だが、こんなつまらない事では、死にたくはない。」
 護はそれだけ言って口を噤んだ。
 着陸の時だ。

 このままウィングを大きく広げていると地上からのあおりを受けてしまう。
 薄闇の中で、やっと見つけた道幅のある直線道路が、真っ直ぐ闇の地平線に向かって伸びている。
 両脇には朽ち果てた高層ビルのシルエットや、うずくまった動物のように見える巨大な石造建築の影がある。
 ぐんぐんと近づいてくる地表を見つめながら護は、突き上げてくるランディングのショックに耐えるために奥歯を噛みしめた。

 今は幽霊どころではない。
 一瞬、道ばたでドラム缶のたき火に当たっている浮浪者たちがこちらを見上げているのが見えた。
 勿論、そんな光景はすぐさま後ろに流れ去っていく。
 シートベルトがちぎれ飛んでしまうかと思える衝撃が去った後、護は無事に特異点内部世界に着地できた事を知った。

 助手席の幽霊はもういなかった。
 いつもの事だった。
 幽霊の登場は、護の必然や行動様式になんら左右されないのだ。
 どんな時でも現れるが、同じようにどんな時にでも消え去ってしまう。
 そして幽霊が喋る内容は他愛もない事が多かった。

 護は急いでダッシュボードに取り付けてある通信機のマイクを口元に近づけた。
 直ぐにでも、護がいた現実世界の影響力は薄まり、最後には無くなってしまう。
 今を逃せば、帰還の為の特異点出口に入るまで、現世との通信は一切絶たれてしまうのだ。

「ゲッコ。着いたぞ。そちらではまだ侵入者の捕捉は出来ているのか?」
 護は特異点内移動管理管制官にそう呼びかけた。
 特異点の属性を付与された人間は、その時から本部での追尾は不可能になる。
 言い方を変えれば、本部がターゲットを捕捉している限りは、その人間はまだ「普通の状態」であり、特異点の安定を乱す要因となることはないのだ。

 人が特異点内部で力を付与されると捉えるのは、人間側の解釈であって、特異点はその度ごとに不安定になって行くらしい。
 特異点と特別な親和性を持つリペイヤーが、その内部に侵入するのとは意味が違うのである。
 故に護のようなリペイヤーの一部は、この不安定要素を取り除く為の任務に付く。
 勿論、護はその理屈の本当の意味を理解しているわけではなかったが。


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