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第1章 宇宙回廊の修理者
05: サクリファイス王女
しおりを挟む護とゲッコがジッグラトと呼んだ遺構は、城塞の形状を有していた。
「バベルの塔」の場合は、どのリペイヤーも、ほぼ同じ外見としてその姿を認識しているが、「ジッグラト」に該当するものは、リペイヤーによってその姿形はかなり違ったようだ。
だが特異点の中にあって、不法侵入者達に「変化」が起こる重要な拠点として、何らかの巨大な建築物が、「バベルの塔」以外に存在するのは総てのリペイヤーに共通しているようだった。
護の「ジッグラト」は、巨大岩の石積み建築で、その頂点を切り取られた円錐型の肌を巻き上げる外壁の階段が目に付く城塞遺構だった。
それが荒野の中にポツンとそびえ立っている。
そして壁の所々には、その内部空間の充実を感じさせる出窓があり、この建築物が単なる高みだけを目指した存在でないことを意味していた。
ちゃんと人が住み、何かの機能を果たしているのだ、と言うか、そう見える。
護はマーコスLM500のドアをゆっくり閉めた。
音を立てない為だ。
勿論、ここに来るまでのエンジン音は誰からも丸聞こえなのだから、そんな行為に大した意味など無い。
いわば取り組み姿勢の問題だった。
護はそういう事にこだわる男だった。
陸軍仕様の野戦服のベルトに吊られた大型拳銃を点検してから、大型懐中電灯で城壁を照らし上げる。
城壁の上には、赤黒く染まった雲が重くたれ込めている。
感覚を研ぎ澄ます。
そうすると、護はこの世界での異質な存在・夾雑物を自分の感覚で抽出する事が出来る。
城壁の西の相当高い位置にある出窓に、白いものが浮かび上がってすぐに消えた。
こちらを見下ろしている顔、、人間だ!
護はジッグラトに巻き付く階段めがけて走り出した。
・・・大丈夫だ。
・・・奴はまだ力を手に入れていない。
護はこの時点で、対象を自分の感覚に「標的」として捕捉する事が出来ていた。
恐ろしく長い石積みの階段が始まる辺りに、このジッグラト内部に入るための正式な出入り口があった。
護はそれを横目に見ながら階段を駆け上がる。
護は今までもジッグラト内部に、あまり足を踏み入れることはなかった。
理由は簡単だ。
ジッグラト内部では何が起こるか予想がつかず、しかも「何か」が起こる可能性はきわめて高かったからだ。
リペイヤーの間では、「バベルの塔」に準ずるモノ、つまりジッグラトは、リペイヤーの想念によって左右されない、特異点そのものの「システムの可動部分」だと思われている。
正に異界中の異界なのである。
見たこともない巨大機械の内部で、回転するギア群に手を差し入れる愚を犯す必要はまったくなかった。
階段の幅は不規則に変化する。
最小で人の歩幅ぐらい。
最大だと車が通れる程の幅になる時もある。
同じように墜落防止の為にある石積みの柵もあったりなかったり、又、その高さもでたらめだ。
そこにはなんの建築学も働いていないように思える。
それでもこの外部階段が、ジッグラト内部に通じ、その高低をカバーする為の移動通路である事は確かで、暫く上っていくと、ジッグラト各階に通じる出入り口に接続されているのが判る。
いわば出来の悪い非常階段といったところか。
護が「それ」に出くわしたのは、侵入者が潜んでいる階まで、あと少しという場所だった。
女性の悲鳴が聞こえたような気がして、今までは覗き込む事すら避けてきたジッグラトの出入り口に、護が気を止めたのが事の始まりだった。
特異点内部世界の異様さや、ロバート長谷川と言う幽霊を見慣れている筈の護だったが、目の前のジッグラトの一室で繰り広げられる光景には、たじろがざるを得なかった。
反射的に護は腰のホルスターから拳銃を抜いていた。
音も匂いも質量感も何もない癖に、その存在だけは感じ取れるという点で、薄暗い石室の様なジッグラトで追走劇を展開する人間達は、ロバート長谷川のような「幽霊」に近かった。
違いがあるとすれば、ロバート長谷川は護を認知しているが、彼らは護どころか、こちらの世界自体の存在を理解していないように見える事だった。
護に「のぞき見」という理解が一瞬にしてひらめいた。
彼らは全く別の世界の人間で、自分は何かの拍子でそれを覗き込んでいるのだと。
全身を西洋鎧に身を包んだ若い女性の様に見えるそのモヤっとした存在は、長剣を構えて、自分に追いすがって来る男達を牽制しているようだった。
しかしそれも長くは続かず、外への出入口側に、つまり護がいる場所へ追い詰められ始めていた。
「ジャンヌダルク?俺は過去の時空を覗き込んでいるのか?」
護は自分の持っている乏しい歴史知識からそんな事を考えたが、今目の前で起こっていることは、レイプ現場を目撃しているような生々しさを持っていた。
鎧姿の女性に対して、男達は緩やかなケープのようなものを身に纏っているようだ。
どの男も極度に興奮しているのが気配で判った。
「ジャンヌダルクじゃないな、サクリファイス王女なんてのは、どうだ?生け贄王女、いかにもって感じだろ。」
ロバート長谷川の幽霊が護の隣に、突然、出現してそう囁く。
護はその出現のタイミングに飛び上がる程、驚いた。
そうしてる間にも、男達に追いつめられた女の背中がどんどん護に近づいて来る。
護は思わず目を閉じた。
そうすれば半透明のそのビジュアルは、ロバート長谷川のように、護の身体をすり抜けて行くはずだった。
しかし思いも寄らぬ衝撃がやって来た。
実体を持たぬ筈の女の身体が、護にドシンとぶつかったのだ。
その瞬間、護の意識は白くはじけ飛んだ。
なんの構えも無かった護は、その女と共に、転落防止の石積み柵をもんどりうって落下した。
ジッグラトの壁は垂直ではなく、裾野に向かってなだらかに広がっている。
何とか落下から逃れようと、護の腕が無意識に手近なモノを掴もうとした。
空中を泳いでいたその手が、巨岩の石積みの縦の割れ目に偶然はまりこむ。
左手からの恐ろしい程の激痛と引き替えに、護は落下から逃れる事が出来た。
岩の割れ目に偶然はまりこんだ左手は、一瞬のうちに落下する全体重を不自然な角度で支えたのだ。
左手首の骨は完全に骨折しているだろう。
護は痛みに遠のきそうになる意識をなんとか集中させ、自分の置かれている状況を確認した。
地面までには、相当の距離があるが、その代わりジッグラトの壁の角度も緩やかさをましている。
落下スピードがこうやって一旦殺された状況下なら、ここから再び墜ちたとしても、悪くて骨折程度で済みそうな気もした。
そして自分の右下側に見えている出窓のひさし、、左手を中心にして壁にぶら下がっているような護が、その痛みを堪えて身体を左右に振って反動をつければ、右手の指先が辛うじて、そのひさしの縁に届くかもしれない。
どのみち、ここから滑り墜ちるしか脱出方法がないとするなら、一度あの出窓に取り付くことを試みてみても、、そう考えた時、その出窓に一つの頭が突き出され、護の方を見た。
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