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第1章 宇宙回廊の修理者
11: 生体移動デバイス 虹色竜
しおりを挟む「私はあの日、自分の特異点内部世界で侵入者を確保し、その男を連れ帰る為、移動用デバイスの中へ彼を監禁しおえた状況でした。」
ローは侵入者の事を、護が普段口にするような「夾雑物」という言葉を使わなかった。
「君の移動デバイスは、虹色竜だったな。確かコックピットは胸部にあった筈だね。あの大きさだと、人間一人を監禁出来るスペースは、デバイスのどこにあるのかな?」
虹色竜、、名前通りの移動デバイスなら、ローは生体移動デバイスを使っていることになる。
生体移動デバイスは、特異点内部のみから調達されるもので、こちらの世界では最高度のバイオテクノロジーを駆使しても生成不可能なギアだとされている。
その名の由来は、ローに逮捕された侵入者達が、見る角度によって玉虫色に体表色を変化させるこの翼のある竜を「虹色をした龍」と呼んだ為だ。
噂でしか聞いた事のない生体デバイスを、自分の身近な人間が使っていた事に護は少し衝撃を受けていた。
ローが時折、自分のデバイスを指す言葉として口にする「虹」が、まさか生体移動デバイスの事だったとは、護には思いもよらない事実だった。
「コックピットには人が二人入れますが、そこに他人を入れるつもりはありません。まして相手は、私から言わせれば犯罪者です。男は、デバイスの腹部の空きスペースに監禁しました。つまり虹色竜の腹の中です。飲み込ませるんです。いつも私はそうしています。その事に何か問題でも?」
・・・夾雑物を本部に連行した後はどうするんだ?その竜に吐き出させるのか?それとも糞と一緒にひりだすのか?と護は真剣に考えた。
「いや何もない。ただ単純に疑問がわいたから聞いてみただけだ。生体移動デバイスは、私にしても珍しい存在だからね。だが調べたくても、グレーテルが構築した格納庫の警備は特殊過ぎて、私でさえ見学するのが厄介なんだ。だから虹色竜の実物は見たことがない。知っているのは、データ上の知識のみ、それに私とて、リペイヤー総ての移動デバイスの内部構造を事細かく把握しているわけではない。グレーテルなら、別だがね。失敬した。続けてくれたまえ。」
逆に言えばヘンデルは、多岐にわたるリペイヤー達の移動デバイスの内部構造を、大まかであれば「総て」把握しているという事だった。
しかし、このヘンデルのこの質問は驚きだった。
が、よく考えてみれば、不思議な話ではなかった。
例えば、移動デバイスが「馬」だっとしたら、そのオーナーであるヘンデルは、リペイヤーに貸し与えた「馬」の存在は知っていても、実際の「馬」の体調や息遣いなどは、判りはしないのだ。
「馬」は生き物であり、護達が使用しているような機械ではないからだ。
つまり虹色竜の実態は、実際に虹色竜と行動を共にしているローにしか判らないと言うことだ。
「虹の腹を撫でてやって、帰還しようとした時、どこからか叫び声が聞こえました。私には、それが非常に異質なものである事がすぐに判りました。特異点内部では、様々な事が起こりますが、所詮は全て予定調和内の出来事です。ですから、そうではない異質な出来事は、すぐに察知がつきます。現にあの時、私の特異点内部世界では、道ばたの石ころ一つまで、その悲鳴に共鳴するかのように細かく振動していました。まさに、世界がブレたという感じです。でも私には、その正体が掴めませんでした。声が聞こえた、おおよその方向だけは、見当がついたのですが、、。虹の中に戻った時、ひょっとして先ほどの声の正体が判るのではないかと思って、マップを開いたら、特異点内部の形状が変化した地域を発見したんです。それは、自分が見当を付けていたあの悲鳴が起こった方向と一致していました。」
「それで、君はその方向に調査に向かったんだな。」
「ええ、一瞬、捕らえた男を連れて帰るのが先かと悩んだのですが、悲鳴の正体を探るのが先決だと判断したのです。」
「君のデバイスに搭載してあるマップのことだが、それは虹色竜の意志というか、感覚器の現れと捉えていいのかな?つまり、君の言う異変を探知したのは、そのマップの特殊性、故だという事だ。報告書には、そうは書かれていなかったが、私とグレーテルにとっては、その部分が大切なんだよ。それに、さっき言葉を濁したが、虹色竜の原型は、この星というか、この世界のものではない。あれは完全に異世界のモノだ。その詳しい事に付いて、グレーテルは、この私にでさえ一切言及しないがね。だから私は、尚更、今回の件は重要だと思っている。今のところ、特異点が生み出すプロダクトは、全てこの星のものから着想を得ているが、アレは違うんだよ。君も判っているだろう?」
この時、ローは複雑な表情を見せたが、虹色竜の所属世界についての自分の思いには、あえて触れずに、証言を続ける積もりのようだった。
文脈的に解釈すれば、ヘンデルは、虹色竜そのものではなく、虹色竜に搭載されているマップについての質問しているのだが。
「正式な場面でそう表現した事は一度もありません、マップはマップです。マップの形は違えど、どのリペイヤーも管制室以外の独自なマップを持っています。、、虹のそれについて詳しく言及することによって生まれる不必要な混乱を、私は好みません。それに大変失礼な言い方ですが、今回の事案に関しては、マップについての言及は必要ないと考えます。」
この女、いや男か?言うことは言うんだと護は驚いてローの顔を見た。
「でも事実はドクターが指摘されたとおりです。私はいつも、このデバイスを一つの生命体と捉え、私が虹に乗り込むという事は、その生命体と私が一時的に融合することだと捉えています。ですからマップに、その叫び声の地点が映し出されたと言うことは、虹自らもこの異変を感じ取ったというメッセージを私に伝えた事になります。それはきわめて重要なことだと私は理解したのです。それに、、、」
「それに、なんだね?」
「普通、特異点内部での予定調和からはみ出す行動は、大きな異変を引き起こしかねないものです。多くのリペイヤー達は体験的にそれを理解していて、与えられた任務以外の事を、特異点内部では行おうとはしません。ですがこの時は、当のデバイス自体がその心配を打ち消してくれたんです。」
「ほう、それはどういう意味だね?」
「私は、、、虹色竜は、他の無機質なデバイスとは異なり、特異点そのものの意志の反映としての存在だと思っています。これは本音です。そのデバイスが、叫び声のあった方向に向かうというなら、その結果は必ず予定調和に近い部分に収まるはずだと。」
ローの表情は護が今まで見たこともない真剣なものだった。
完全に、普段のミステリアスなアバズレぽい雰囲気がなくなっていた。
しかし、自分の前で今、広げられているこの会話は、「一体なになのだ?」という疑問は、護の中で膨れあがる一方だった。
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