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第1章 宇宙回廊の修理者
12: 親密なる査問
しおりを挟む「・・どうだ藍沢君、君は私たちの今の会話についてこれるかね?」
査問会でのやりとりではなかった。
ヘンデルは、護を、二人の濃密な会話に巻き込もうとしていた。
もっともその真の狙いが、どこにあるかまでは護には判らなかったが。
「予定調和という感覚は、なんとなく理解できます。特異点内部の世界が、そこに入り込んだリペイヤーの意志を反映して形作られるなら、その世界にリペイヤーが想像できないような突拍子もないことは起こらない。どんな突拍子もないことが起ころうが、それは大きく見ると、想定内の出来事でしかない。もちろん夾雑物の存在は別ですが、、、そう言った事を、レズリーが、いやロー先輩が予定調和と言われたんなら、それはそうだと思います。しかし、この予定調和が誰の為のものか、という疑問は残ります。」
そう応えながら護は、ジッグラトでの出来事、特にサクリファイス王女の件は、完全に予定調和外のハプニングだったと考えていた。
「、、、ロー先輩の言われた生体デバイスの件については、正直、私の理解を超えます。それでは、まるで生体デバイスが、特異点の代弁者であると聞こえます。、、そうであるならドクターヘンデルの前で、失礼なもの言いになりますが、特異点の研究は、もっと容易なものになるのではないかと。」
現在の特異点は、ごく一部の者だけが、その解き方の一端を知っているに過ぎない巨大なパズルボックスだった、しかしもし、このパズルボックスが「口がきけたら」と、護は言ったのだ。
「うむ、そうだろうな。レズリーも、そう単純に捉えられる事を懸念して、自分のデバイスに付いての正直な評価を公式では控えているようだな。たった一つの化石で、過去の事が総て分かる訳じゃないのって事だ。そんな事で自分の大切な移動デバイスを私達に弄られたくないのだろう。しかし、他の事でレズリーは難しいことを言ってるわけじゃない。」
みんな判っているなら、何故、その事をわざわざローに聞いた?と護は思った。
「・・レズリーが聞いたという不思議な叫び声の正体を調べる為の探検に出かけても、レズリーは自分が迷子にならいないですむという安心感を移動デバイスから得ていた。なぜなら、レズリーの移動デバイスは、特異点の意志と同等ではないにしても、その一端である事には間違いないからだ。それが君のメイドイングリム兄弟のマーコスLM500との違いだね。自分自身が建てた家の中では、それがどんなに大きな屋敷でも迷子にはなりようがないという事だな。・・さあ、それからを続けてくれるかな、レズリー。」
またヘンデルに、煙に巻かれたと、護は思った。
「虹は、私が今まで見たことがない空の景色に向かって飛び続けました。うまく言えないんですが、空間自体がどんどん縮まっていって、空気そのものが入れ替わっていく感じがしました。つまり進めば進むほど、私の特異点内部世界が無くなっていく感じがして、これは相当危険だなと。」
「けれど、君は先ほどの理由で、探索を中止しなかった。」
「ええ、でも私のデバイスが、多くのリペイヤー達と同じ様な無機質なモノだったら、私は怖くなって途中で引き返したと思います。自分の特異点内部世界が、消失するという事は、自分の存在が消えて無くなるということと同じですから、、この感覚だけは、味わった者ではないと判らないと思います。」
「それでも君は、虹色竜を信頼して、叫び声の正体を知るために飛び続けた。」
「ええ、そしていつの間にか、私の内部世界が果てる境界に到着し、そこを突き抜けていました。私の眼下には藍沢リペイヤーの特異点内部世界が、広がっていたのです。今、思うと、それを可能にしたのは、正に移動デバイス自体の力ではなかったかと、、。私一人で、他人の特異点内部世界に侵入できるなんて、とても思えませんから。」
「まあ、それをどう考えるかは、君の自由なんだがね、その点に付いて私たちは別の角度で考えている。実は今日、ロー君に来て貰ったのも、その辺りが大きいんだよ。」
それはどういう意味なんだ?と、護は苛立った。
一体、この査問会もどきの目的は、何処にあるんだと。
「ちょっと待って下さい!俺も、ロー先輩が言われるように、特異点に完全対応するようなリペイヤーの内部世界へ、易々と入り込めるような人間は、例えリペイヤーであっても、存在しないと思います。」
この私的な査問会の焦点が、レズリーローの特異点内部間の移動にあるのだと考えた護は、思わず口を挟んでしまった。
ヘンデルは優しい表情を浮かべながら護を見て、無言でその反発を押さえ込んだ。
ローが、気を回して話の続きを再開した。
「虹色竜の真下に、リペイヤー達が普段、ジッグラトと呼んでいる建築物があり、マップは叫び声がそこから発せられたのだと言っているようでした。ジッグラトの壁には、つい最近崩落したような部分があって、私はそれに興味を覚え、地上に降り立ってみようと思いました。」
「君はその時、自分がいる世界が、他のリペイヤーの内部世界であることを知りながら、その世界に直接足を踏み入れようとしたわけだ。」
「ええ、内部世界が他のリペイヤーの侵入を拒む性質があるなら、その影響はとっくの昔に現れている筈だと考えましたから。それがないなら、危険はないと判断しました。」
「君には変化がないと思えても、実は藍沢リペイヤーの内部世界は、君の世界に塗り替えられつつあったのかも知れないぞ。なにしろ藍沢君は、その時、意識を失っていた訳だからな。」
それを聞いて、ローの顔色が変わった。
やはり特異点内部世界は、強力なリペイヤー同士では共有出来ないのか?それともある条件が揃えば出来るのか?、、少なくともヘンデル達は、両方の可能性を捨ててはおらず、ローの行為は期せずして、そんな彼らの考察材料の一つとなっていたのかも知れない。
「続きを、、俺の、いや、私の世界はロー先輩には、どう見えたんですか!?」
護は二人の会話に、許可も得ず再び口を挟んだ。
もしかしたらレズリーは、護の左手に関するなにかを、その時に見ているかも知れない。
レズリーやヘンデルには、何気ない護の特異点内部世界の描写であっても、護には違う意味を持つ。
護の質問に対する自分の発言の許可を求めるような視線を送ったレズリーに、ヘンデルは頷いて見せた。
「私は虹を操作して、壁面の崩落部分をなぞるようにゆっくりと下降していきました。崩落の開始場所と思われる部分は、奥に深くえぐり取られていて、爆薬か何かが炸裂した様子でした。」
「君は、報告書にその断面の部分と、地面に落ちた壁の材質の様子が異なっていて驚いたと書いていたね。その辺りを、もう少し詳しく教えてくれないか?」
「爆弾が炸裂したのだろうと思われる箇所は、非常に堅い巨岩が割れるような感じで破壊されていたのですが、下に落ちた筈のその破片は砂のようでした。藍沢リペイヤーは、その爆発に巻き込まれて落下した訳ですが、もし、巨岩がそのままの状態で下に落ちたのなら、彼は相当なダメージをおった筈です。しかし彼は砂流とも呼べる壁面の崩落のおかげで、軽傷ですんだのだと思います。爆発前は非常に硬い岩、爆発後は砂岩のようなものに変化したとしか言いようがありません。」
「君は、その変化を、どう推理してる。」
「ジッグラトの壁の崩落というか爆破は、藍沢リペイヤーの内部世界に侵入した人間がしかけたものだという事を証明していると思います。藍沢リペイヤーが関与した事なら、巨岩はもっとそれらしく巨岩として爆破され、大きな石くれとなって下に落下したはずです。内部世界は、リペイヤーによって形作られますが、なんでもかんでもリペイヤーに都合良く変化するわけではありません。内部世界にまったく干渉力を持たない人間が、何らかの現実的な破壊エネルギーをジッグラトにぶつけたら、ジッグラトは本来、それが作られた材質というか、方法論に基づいて破壊されると、、、。」
「土に戻るゴーレムの死に様だね。君も、特異点世界ハイパーナノロボット形成論者なのか?」
既に答えを知っている教師が、生徒に質問するようにヘンデルが楽しそうにローに問うた。
「そんな表現がいいのか、私には判りませんが、そう理解しないと、特異点内部世界の説明が難しくなります。超高度に発達した科学は魔法と同じだと、いつかドクター自身も仰っていたと思います。それにみんな口には出しませんが、おおかたのリペイヤー達が、自分たちの内部世界がハイパーテクノロジーによるナノロボットで形成されているのだと思っています。特異点は、無限の数の箱庭世界を内包する事の出来る巨大な空間だとも。」
既に正解を知っている教師の問いに、その答えを返す事の馬鹿馬鹿しさを愛した優等生レズリー。
護は再びヘンデルとレズリーの男女関係の噂を思い出した。
いや男女ではなくホモセクシュアルなのか、、、。
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