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第1章 宇宙回廊の修理者
14: 失われたものの回収
しおりを挟む謹慎処分とは誰も言わなかったが、あの査問以来、護に出動命令が四日以上おりないとなれば、実質上、護はそういった処分をくらっていた事になる。
特異点内部に侵入を果たした人間は、回転するルーレット盤のポケットに該当する各リペイヤー内部世界のどれかに落ち込む形になる。
彼らはその確率が相当に高い、「護」という内部世界のポケットに落ちながらも、しばらくすると、その目の前の光景が、別のモノに描き変わるという不思議な体験をしたに違いない。
護がトンネルに入らなければ、その世界は確定されず、代わりに出動した他のリペイヤーの影響力に晒されるからだ。
そして、護は謹慎以外の、もう一つの問題を抱えていた。
たとえ、出動命令が下ったとしても、特異点内部に入るためのデバイスは、ジッグラト近くに停車したままだったのだ。
五日目、護の姿は、特異点への進入トンネルの中にあった。
それを見つけたのは、他ならぬ管理管制官のゲッコだった。
特異点進入路に侵入者がある事を知らせる警報が管制室に鳴り響く直前、ゲッコはその解除スィッチを押した。
勿論その時、管制室にいた管制官全員が、それぞれの方法で、その異常に気づいていた。
だが、仲間の管制官の一人が警報の解除スィッチを切ったからには、その異常の正体を、それ以上深く追求しようとする人間はいなかった。
それぞれに、担当したリペイヤーの命綱を握っている管制官には、他の恣意的なトラブルに、神経を回せるほどの余分な注意力は残されていなかったのだ。
「すまん!さっきのはみんな、俺のミスだ。忘れてくれ!」
ゲッコは管制室に鳴り響くほどの大声で怒鳴ったあと、今度は逆に他の誰にも聞こえぬように、護のいる進入路に繋がっているマイクに喋りかけた。
「馬鹿野郎、、なにしてんだ、そんな所で。第一お前、謹慎中だろが。」
トンネル内にゲッコのささやき声が大音量で響く。
「ゲッコか、、ヒッチハイクだよ。俺はこれから、忘れものを取りにいく。」
護は、トンネル内の音が総て、集音マイクで管制室に拾える事を知っている。
忘れ物は二つある。
一つは移動デバイス、もう一つは、命欲しさで切り捨てた自分の左手だった。
昨夜、護は夢の中で、自らをグレーテルと名乗る神に、打擲される虫けらのような自分の姿を見た。
神は、虫けらでさえ全うできる筈の事柄を、成しえなかった護に、怒っていたのだ。
しかしその「成しえなかった事柄」とは、一体何なのか?
夢の中の神は、それを護に教えることはなかった。
ならば、自らその答えを見つけるしかない。
失くした左手は、その象徴なのだろう。
「上層部は時期を見て、お前の新しいデバイスを用意すると言ってただろうが!」
「そんな恥ずかしいもので、これから仕事を続けろってのか。他の奴らに笑われる。」
「笑われたっていいじゃないか、ここをクビになってたって、おかしくなかったんだぞ!」
「よかぁ、ないね!」
護は査問のウェイトが、レズリーにあった事をゲッコに伝えていない。
護が、謹慎処分を受けているとすれば、銃を奪われ、侵入者にみすみす逃亡を許した事実に対する処罰より、むしろ報告に関する虚偽罪だろう。
つまりサクリファイス王女の遭遇を黙っていたことだ。
しかもこの処罰は、ヘンデルからの暗黙のプレッシャーとして、護だけに効果を示す。
親しいゲッコも、この裏の事情はわからないという事だった。
公式には、護はなんの処罰も受けていないのだ。
だがそれでも、サクリファイス王女の事は、誰にも話すつもりはない。
護は、トンネルの中を走り出した。
「おいおい、本気かよ、、」
ゲッコの情けない声が、疾走を続ける護の背中を追いかける。
護の目の先にあるのは、移動デバイスの強力なヘッドライトでも切り裂けない真の闇だった。
それが特異点内部への入り口だった。
一瞬、護はダイビングポイントから特異点に飛び込もうとする人間達の気持ちが、少しだけ理解できたような気がした。
彼らは生まれ変わる為に特異点に飛び込むのではなく、本当の自分を取り戻す為に、特異点に飛び込むのだと。
生身でも、特異点内部に入れるのは判っていた。
判っていたが、実際にやるのは初めてだった。
飛び込んだ。
護の身体と共に、護という人間を構成している過去が、粉々に分解されていった。
機構での短い活動時期を除いて、フルコンタクト空手という武道以外は、余りにも空虚で惨めな幼年期と青年期だった。
それが嫌という程、判った。
だが判ったからと言って、何も変えられない。
護は、暗黒の中で歯を食い縛り、特異点内での再生待った。
ただその闇の中で、自分の左手、いやサクリファイス王女の左手だけが輝いて見えるのが判った。
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