宇宙は巨大な幽霊屋敷、修理屋ヒーロー家業も楽じゃない

Ann Noraaile

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第2章 「左巻き虫」の街

15: 鬱な碇湾岸署

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 南北に二つの中規模空港と、大きな内海の湾を抱えた巨大都市「みなと」。
 表面上は、この国の第二首都の位置づけだが、所詮、中央に対しては一地方都市にしか過ぎず、湊人(ミナンチュ)と呼ばれる湊市民たちのどん欲なまでのメンタリティを持てしても、湊の経済は四半世紀以上、低迷を続けていた。

 もっともそれは、特異点が「湊」のすぐ側に、停留するまでの話だ。
 現在の「湊」は、世界中で最もヒートアップした都市の一つになっている。
 街を歩けば、二百人に一人の割合で、国際的な諜報活動に関わる人間に遭遇し、企業家達は特異点の影響で「世紀の発明」を密かに生みだし続けるこの街に、マネーチャンスの野望を抱き続ける。
 そして犯罪者達は、この街の放つ危険で香ばしい匂いに強く吸いよせられていたのである。

 この夜、湊市いかり湾岸署の元に、一つのデータが緊急回線で送られてきた。
 事件現場に駆けつけた警官が、気を回して、碇湾岸署にこの「映像」を送ったのだ。
 丹治が躾けた警官だから、出来る芸当だった。
 その丹治が、署内に残っていた二人の部下達と、送られてきた映像を見つめている。
 運が良ければ、現場に急行させた刑事達から、更に詳しい報告も入るかもしれない。
 丹治の勘が、この事件は後々更に大きく成長し禍々しいものになるだろうと、彼に囁いていた。

 碇の夜の波止場で行われる麻薬の取引、、一方は現金の詰まったアタッシュケースを開き、もう一方はパケがぎっしり詰まったケースを開き、双方が睨み合っている。
 正にその瞬間、彼らの間の空中から、一人の男がこぼれ落ちてきた。

「なんだおめえ!!やっぱり裏切りやがったのか!」
 現金を持っていた側の男が叫ぶ。

「おまえこそ」と麻薬入りのケースを仕舞いながら、もう一人の男が応じた瞬間、パンパンと乾いた音が四度続き、ケースを持った男達の頭部が吹き飛び、脳症がはじけ飛んだ。
 途端に画面が激しく揺れる。
 そのせいで、今まで見えなかった光景が映し出される。
 撮影用のライト、予備のカメラ、呆然と立ちすくんでいるスタッフの姿。
 ・・・それが転送されて来た「映像」だった。

「お前達も応援に行け、何でもいいから証拠を漁って来るんだ。奴が撃った弾、、四発だ。一人に二発ずつ撃ち込んでる。だがこのビデオでみる限り、着弾したのはそれぞれ一発ずつだ、外れたのが、手に入る可能性があるぞ、」

「でも鑑識が。」
 部下の内、若い方が驚いたように丹治を見て言った。

「見れば判るだろ、このヤマは特異点がらみなんだ。もう今頃、機構の方が動き出してる。鑑識もへったくれもないんだよ、」
 今まで座っていた椅子から半分腰を浮かせながら、もう一人の年配刑事がそう言った。

「いいから、早く行け。」
 丹治は今まで見ていた映像を、もう一度最初から繰り返して見る積もりらしく、動く様子がない。
 二人の刑事は、部屋の外に飛び出して行った。

 二人の俳優の前に突如墜ちてきた男が、カメラに正面から向いた瞬間をとらえて、丹治は映像を止めクローズアップをかけた。
 男は黒い髪をリーゼントにまとめ上げている。
 目は垂れているが、間抜けの印象はない、むしろ冷酷な光りを放っている。

「やっぱりお前か、カルロス、、歳をとっても、やることがチンピラのままだな。ギャング映画の撮影現場に飛び込んできやがって、それを本物と勘違いした上に、さっそく特異点帰りの腕試しか、、。」
 丹治はそう呟くと、もう映像には興味を失ったのか、手に持っていた映像用のリモコンをテーブルに置き、代わりに胸の内ポケットから私用のスマホを抜き出して、そのアイコンを押した。
 丹治には、こんな「物件」に出くわした時、手配をかけなければいけない相手が、何人もいたのだ。


    ・・・・・・・・・

「なんなんですか、先輩。なんで俺達の時に、奴がいるんすか!?」
 現場に急行する車の運転をしながら若い刑事が、ぼやいた。

「お前、丹治さんのこと、奴って呼ぶのは止めとけよ。俺の前だからって、安心するのも止めろ。お前を庇ってやるのにも、限界がある。俺だって自分が可愛いんだからな。」

「わかんねぇな、たかだか警部でしょが。俺らへの指示以外は、殆ど単独行動、それも仕事にかこつけて何をしてるか分かったもんじゃない、実質、署内では、香坂さんが警部の役割してる。他の人は全滅だ。香坂さんが、警部代理なんですよ。それに署長は、何も口を出さない。あれじゃ丹治が署長だ。」

「異常なのは、重々承知だ。しかし、丹治さんはそれだけの力を持ってる。署長は勿論、もっとずっと上の位の人間まで動かせるって話だ。実質、碇じゃ、丹治さんが裏警察の署長みたいなもんだ。この身分序列が絶対の世界でだそ。丹治さんが、今の身分でいるのは、それを楽しんでるからだ。学歴だって、ど派手な実績だってある、昇進試験なんか、軽いもんだ・・・それでも、現場から離れたがらない、楽しんでいるんだよ。刑事っていうヤクザ稼業をな。早い話が、あの人は、根っからの悪党警官、いや悪漢なんだよ。」
 香坂と呼ばれた年上の刑事が苦笑いをする。

 香坂は、丹治よりは少し年上だが、碇署に配属されたのは同じ年で、同期になる。
 二人とも碇署では、もう古株だ。
 だから香坂は、丹治が、ここまでこの都市で君臨できるようになった方法の一部を知っている。

 例えばさっき、丹治は犯人が撃った弾を見つけて来いと言った。
 このヤマは、遅かれ早かれ、機構のものとなり、そうなった限りには、警察は絶対に手出しが出来ない。
 しかし丹治の手には、犯人の撃った弾が残る。
 丹治なら、それを元に、色々な事を洗い出せるだろう。

 そこから得た情報が、役に立つのか立たぬのか、それは大した問題ではない。
 大切な事は、常に最新のレアな情報を握っているということと、それを必要な時に、必要な切り札として使える才覚があるかどうかだ。
 丹治にはそれがある。

 勿論、そんな能力など、刑事の仕事の中心になるものではない。
 丹治も最初は、その才覚を捜査の為にだけ使っていた。
 それが、今やどうだ。
 丹治に限っては、汚職刑事などという表現は、生やさしいくらいだ。
 警察内の上級幹部でさえ、丹治には手が出せないという。

「しかし驚きましたね。送られて来た、あの映像。」

「よく、覚えておくんだぞ、若いの。この街のパトロール警官の何人かは、警官である前に、丹治さんの子分なんだ。いや、丹治さんの子分になることが、警官になるってことだと思ってる人間までいる。だから彼らは、丹治さんが、喜びそうな事を、自発的にやるんだ。」

「いや、そういう事じゃなくて、俺が言いたいのは、あの偶然具合ですよ。ギャング映画のロケ撮影中に殺しが起こって、カメラがそれを、ドンピシャのタイミングで、、いやこれは当たり前か。相手が撮影中に飛び込んできたんだから。でもやっぱり、その記録媒体の方に気づく、巡邏も偉いな。俺だったら、現場自体に気が取られちゃって、カメラの事まで、気が回らない。」

「警官としてはそれで当たり前だよ。いつも飼い主から撫でて欲しくて、どうやったらいいかだけを考えてる犬のような奴は、まともじゃない。」

「・・・結局、香坂さんも、まともじゃないすか。それを聞いて、少し安心しましたよ。」

「馬鹿言え、特異点が近くに出来ちまってから、この街はおかしくなってるんだ。その街で刑事やってて、まともでいられるか。」

「・・・ふーん、そいじゃ、俺もダイビングポイントやらに、飛び込んでみましょうかね。」

「おい、その手の話はそこまでにしとけ、自分が刑事だという事を忘れるな。今の台詞、もし漏れたら、機構にひっぱられるぞ。」
 香坂のその言葉に、今度こそ、若い刑事は黙りこくった。

 湊市には、「実は特異点には、大きさがある」という説が根強く残っている。
 特異点に関する噂話や、都市伝説の類は山程ある、そのほとんどが直ぐに消えて行くのだが、これだけは別だ。

 この噂話が消えない理由は、湊市やその周辺に、点在移動する特異点へのダイビングスポットの存在と、「奇跡の湧出スポット」の存在にある。
 特異点は、正に概念上の「点」であり、線でも面でも、ましてや人間の生きる三次元の立体世界ではない。その正体が、人間の空間の認知範囲を超える超絶的なものだとしても、それらのスポットは現実にあるのだ。

 「点」の存在位置は、湊の沖合数十キロの位置にある海中を示している。
 ならば、特異点が完全に停留した現在では、特異点が引き起こす数々の奇跡は、その地点近くに限られるのではないか?
 それが何故、遠く離れた湊周辺で発現されるのか?

 つまり特異点は、別の次元では一定の大きさを持った存在として有り、その大きさの中に、湊が含まれているのではないか?そういった発想である。

 又、ある者は、特異点の実体は、別次元ではかなり巨大な球体であり、その中心を、我々人間が「特異点」と認識しているのだと主張する。
 勿論、真偽の程は判らない。

 この地球上で、もっとも特異点に近い存在と思われるグレーテルが、決してこの件についての情報を開示しないからだ。
 しかしそんな状況を尻目に、「特異点」の影響は、今日も遠く離れた湊に及びなから、人々の欲望をかき立て、そこに欲望のゴールドラッシュを生み出しているのだ。

 その「湊」の中で、最も熱い警察署が、元は湾岸の造成地に過ぎなかった碇地区に配置された碇湾岸署だった。





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