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第2章 「左巻き虫」の街
28: 狂犬のデビュー
しおりを挟む護がジェミニの二人に接近した瞬間、三人の男達はジェミニ二人を守るようにして前に出た。
彼らには、相当、アルコールが入っている筈だが、それなりの場数を踏んでいるのか、その動きに無駄はなかった。
先ほど護達の車を見ていた銀髪のジェミニの視線の先は、黒いサングラスのせいで、どこに当てられているのかがよく判らなかったが、「気」のようなモノが、自分に向けられていることを護は感じた。
だがそれは、暫くの間だけの事で、このジェミニの気は、やがて護の背後に流れていった。
彼は、車で待機している丹治を気にしているのだ。
護は、丹治が車の中で銃でも構えているのだろうかと気になったが、今、後ろを振り向くわけにはいかなかった。
「なんだぁ?お前は、、。」
三人の内、中央にいた肩幅の異様に広い短躯の男が口を開いた。
どう応えて良いのか判らない護は、「碇署の藍沢護だ。」と、とりあえず言って、今朝、碇署の署長から手渡されたばかりの仮発行された警察バッジを見せた。
非常事態ではないから、まだ護の立場は「警視正扱い」にしか過ぎない。
あくまでも扱い、その実態は警察官ですらない。
「お前達を麻薬販売の容疑で逮捕する」と思わず続けそうになるのを、ぐっと飲み込む。
三人のボディガードとジェミニの内の一人、金髪の男が、警察バッジと護を交互に見比べる。
ただ一番最初に護達の車に注意を払った銀髪のジェミニは、依然と丹治の動きを注視し続けているようだった。
「見かけねぇ顔だな、サツの新顔か。お前、この街での俺達の売り出し方を知ってるか?」
ジェミニの内の一人が口を開く。
金髪の方だ。
その外見の異様な見栄えからは、想像も出来ないようなちんぴらぶりだった。
だがもう一人のジェミニの銀髪男の視線は、依然と護の肩を越えて丹治に的を絞っている。
まるで、この場で彼が見つめるに値するのは、丹治一人と言った風情だった。
「答えてやろう。最初のはイエスで後のはノー、、というより、お前達のことなど、どうでもいい。」
「ふん、その口の効き方も、後悔させてやる。この街の悪達は、みんな丹治に尻尾を振る。表では、俺こそボスだって偉そうな顔をしてるくせにな。この街で、丹治に堂々と唾を吐くのは俺達だけだ。その意味判るか?」
「つまり、お前達は、低脳だってことか?」
ボディガードの3人が殺気立つ。
「面白いことを言う奴だな。・・俺達は先月、三人の警官を叩きのめした。それで仲間の一人は、速攻で務所行きだ。だが、後一人は裁判で、奪い返した。」
金髪の後で、会話に加わった形になる銀髪はそこで言葉を区切る。
その沈黙が、三人のガードマンが飛びかかってくるのを止めているようだ。
金髪より銀髪の格が上なのだろう。
そして銀髪の注意は、こうしている間も丹治に注がれている。
「まあ・・別にそんな事はどうでもいいか、、。大切なのは、俺達は誰にも媚びずにやることをやるってことさ。」
銀髪のその台詞を待っていたかのように、三人の男達が護に飛びかかってきた。
だが護は風のように、彼ら三人の突進の間をすり抜け、銀髪のジェミニに近付いた。
銀髪男は、唖然とした表情を浮かべ、その場に凍り付いている。
先ほどまでの余裕は吹き飛んでいる。
次の瞬間、護が繰り出した左の掌底突きが、ジェミニの顔の中央にヒットした。
サングラスは吹き飛び、ジェミニの身体は少し空に浮かんでからその場に崩れ落ちた。
普通の掌底突きなら、ここまでの威力はない。
「左手」だからだ。
それにしてもジェミニ達は無防備すぎた。
どうやらジェミニ達が特異点で得たという能力は、身体的なものではないようだった。
金髪のジェミニが急いで、地面に倒れた銀髪のジェミニを抱え起こす。
護にすり抜けられた形の三人の男達が、ようやく振り向いて、護の身体を捉えようと手を伸ばしてくる。
それは攻撃と言うより、ジェミニ達から護を引き戻そうとする動作だった。
しかし三人のそれに対応する護の動きは、完全な先制攻撃のものだった。
護はこの展開を読んでいたのだ。
その差が出た。
自分の身体の一部をつかみ取ろうと伸びてきた敵の手首を、逆につかみ取った護は、それを支点にして相手の動きの勢いを利用し投げた。
その様子を間近で見て、状況をようやく把握し、体勢を整え始めたもう一人の男に、容赦のない蹴りをたたき込む。
頑丈そうな身体をした男だったから、護でも通常なら一撃では仕留められなかっただろうが、護の圧倒的なスピードに押された男は、完全な防御体勢に入り切れていなかった。
結果、男の身体も嘘のように折れ曲がり、その場に崩れた。
だが最後に残ったガードマンは、完全に体勢を立て直していたし、背後で相方の介抱に関わっている筈の金髪の男の動きにも変化の気配があった。
護は躊躇せず、伸縮自在の金属警棒を懐から左手で引き抜き、それを打ち出した。
左手なら、金属警棒の一振りに「気」を乗せて放てる。
もし金髪の男が銃を使う気なら、悠長に体術を交わして、目の前の男と戦っている暇はない。
使い慣れない金属警棒を、護が必殺の気を乗せて振り回せば、相手の男に手加減など出来ない。
「左手」を使うのだ、男は重傷を負うだろう。
力の差がありすぎる。
場合によっては殺す事になるかも知れない。
だが勿論、護は己に向かって発射された銃弾をよけられるようなスーパーマンではない。
死傷者が出ようとも、ここは一気に勝負を決めなければ護自身が危なかった。
「そこまでだ!皆の衆!」
総ての動きを停止させる威力を秘めた鉄錆のような声が響いた。
彼らの背後には、いつ車から降りたのか、丹治が銃を構えてうっそりと立っていた。
署に帰還しようとする車の中で、護は正体の判らない怒りを必死に堪えていた。
運転は丹治に代わっている。
丹治はクラブ前の騒動を、数分で調停し終えていた。
ジェミニの一人が、無様に打ち砕かれた事と、丹治が「対抗すべき相手」ではなく、「調停者」としてあの場に現れた事が有利に働いたのである。
丹治は、今夜この場で起こった事を誰にも喋らず、無かった事にすると約束して、双方を引かせたのである。
この騒動の火付け役が他ならぬ丹治自身である事を、ジェミニ達は勿論、知らない。
「あの時、なぜ一直線に銀のジェミニに攻撃をしかけたのですかな?それが兵法だとはいわせませんぞ、警視殿。」
ふざけた口調だった。
丹治は勿論、護の怒りの対象が、自分自身にある事を知っている。
判っていながら「判らない」で、物事を押し流していこうとしているのである。
『正直に言えば・・それはあんたに、嫉妬を感じたからだ。ジェミニの銀髪野郎は、車の中のあんたしか見てなかった。俺と闘っているというのにだ。他の男に惚れている女を自分に振り向かせようと馬鹿な行動に出る男の心境だったんだよ。』と、護は吐き捨てるように腹の中で呟いた。
丹治に対する怒りが湧くのは、ある意味、護が先の戦闘から冷静になりつつある事の証でもあった。
その冷静さが、『いつまで子供のように膨れ面をしてるつもりだ。この男に自分のそんな姿を見せても侮られるだけだぞ。こいつは逆だ。こいつは逆に、人間のまっとうさに弱い男だ。それが今日、一日かけての収穫だろ』と護に教えた。
「フルコンタクト空手をやっていた。だが始めは本気じゃなかった。本気になったきっかけを、さっきのトラブルで思いだした。」
「、、、。」
丹治は意外にも護の言葉を真剣に聞いているようだった。
「高校に入り立ての頃だ。ロバート長谷川という男が常勝のチャンピオンだった。ある大会で俺は、その長谷川に最も近いところにいると言われていた選手と当たった。トーナメント表を見ると、俺との試合の後が、奴ら二人の試合だった。実際、長谷川は俺達の見える位置に正座をしていて、俺達の試合を見ていた。試合内容は最低だったよ。実力差が開きすぎていたんだろうな。それに相手が手を抜いていた。後の試合程度で、ロバート長谷川に自分の手の内を見せるのも嫌だったろうし力も温存しておきたかったんだろう。それはいい。俺でもそういう立場になったら、そうしてたかも知れない。」
護は一旦、言葉を切って、後は吐き出すように続けた。
「・・まあ、しかし、それは頭の中だけの話だ。試合中、奴は俺を見ずに何度も長谷川の事を見ていた。俺を適当にあしらいながらだ。それが俺に火を付けた。俺は狂った。何故だか、判らない。そういう性格だと言えばそうなんだろうが、、。試合の最後には、死にものぐるいの猛攻をかけた。奴に、お前の見るべき相手は、この俺だと認めさせたかった。と言うより、俺の方は、もう喧嘩だな。そして最後の最後、虚仮の一念さ。相手がたじろいた瞬間を突く、決めの一撃が打てた。だが、怒りの為に、俺はそれを止められなかった。当てじゃなく喧嘩の拳だった。速攻で反則負けになった。それからだな。俺がフルコンタクト空手を、死にもの狂いでやるようになったのは、、。恥ずかしい動機に、恥ずかしい心根だったと思う。だが、それが当時の俺だったんだ。・・今日は、それを思いだした。」
「うむ。」と丹治は意外にも、小さくうなずいただけだった。
そして暫くすると、「物事の評価は、動機が全てではないさ。私などは、自分が若い頃、考えていた事を思い出すと、体中がむず痒くなる。」と、進行方向を向いたまま丹治は言った。
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