宇宙は巨大な幽霊屋敷、修理屋ヒーロー家業も楽じゃない

Ann Noraaile

文字の大きさ
44 / 54
第3章 竜との旅

43: 墓標 櫻世界

しおりを挟む

 地表に晒された桜の木の太い根の中に、ヘンリー・アーヴィングの顔が埋まっていた。
 いや、同化していた。
 護は、一旦分解した植物組織を再構成して作ったようなヘンリーの緑色の眼球を見て、吐き気を感じたが、自分の側にいるレズリーの手前もあってそれを堪えた。

 レズリーは、屈み込み差し出した手で、かっての友人が変化した木の肌と人の肌の中間にある質感を受け止めながら、それを撫で続けている。
 護がレズリーを発見してから何十分もだ。

 それにいつもレズリーの身体から放たれている覇気がすっかりなくなっていた。
 ・・虹色竜がSOSを発した理由が判った。
 そんなレズリーの姿を見ていられなくなって護は視線をそらす。

 周囲は満開の時期を迎えた櫻の木で一杯だ。
 風が吹き渡る度に花吹雪が流れる。
 悲しいほど澄み切った青空。
 おそらく、木の根っ子に仰向け寝るような格好のまま櫻の木に同化した男の緑の瞳にも、この青空が写っているのだろう。

「助けてやらないのか?俺達はその為に来たんだろう。」
 護は自分の問いかけが間抜けたものであることを自覚しながらも、そうレズリー問いかけた。
 そうでもしなければ、前に進まないからだ。
 少しでも早くこの任務を終えて、元の世界へ、いや碇に戻らなければならない。
 護には、すっかり自分を見失って失っているレズリーの感傷に付き合っている暇はななかった。

「助けるって、どういう意味?彼は自ら望んでこうなったのよ。見てわからない?」
 ようやくレズリーが反応を返してくる。

 ・・・判っているさ、満ち足りたこいつの顔の表情を見れば子供だってわかる。
 これは自殺でさえすらない。
 だが俺達に与えられた指令はこいつの「救出」だ。
 あんただって、俺より一足先に、こいつを見つけた時には、気が動転したんじゃないのか?
 だから虹色竜があんたを追いかけたんだ。
 誰よりも気丈な伝説のリペイヤーが、、自分を見失った。
 それだから虹色竜の奴が気を利かせて俺を呼んだんじゃないか、、。

「・・だったら、この状況を記録して帰還しよう。本部も文句は言わないさ。記録機材は俺のディバイスにあるが、あれじゃ、この丘には登れない。あんたの虹色竜でも、それぐらいの事は出来るんだろ?」

「・・・すでに。やってる。護、あなた少し黙っててくれない、、。」

 護は肩をすくめて見せて、桜木の幹を背にして座り込んだ。
 レズリーの心が収まるのを待とう。
 こうやって、ようやくいつもの反応が返って来たんだ。
 レズリーが平常に戻るのは、もうすぐだろう。
 無理矢理、この場を離れさせる訳にはいかない。

 それにしても美しい風景だった。
 それに平和だった、思考が停止してしまうほどに。
 もしこんな内部世界があるのなら、人はここから外に出たいと思うだろうか。

 護は今、碇に返りたいと切望しているが、それはそこにやり残した事があるからだ。
 しかしその想いさえ、この内部世界に長くとどまれば、やがて薄まってしまうかも知れなかった。
 リペイヤーは内部世界に長くいると変質を起こす。
 しかしこんな変質なら問題はないのかも知れない。

 自殺ではない。
 胎内回帰のようなものだ。
 しかし内部世界は、それを「見つめる者」、すなわちリペイヤーがいるから成り立つのだ。
 そのリペイヤー自身が、内部世界自体に同化しようとしたらどうなるのだろう。
 リペイヤーの居ない内部世界だけが残るのだろうか、、。

「・・・彼との話が終わったわ。」
「えっ?」
 いつの間にかレズリーが護の隣に腰を下ろしていた。
 すでに日が傾きかけていた。
 櫻世界に取り込まれ、時間を忘れて惚けていたのは護の方だったかも知れない。

「あんた、テレパスの力もあるのか?」
「馬鹿ねぇ、、」
 レズリーは、馬鹿と言ったが先ほどのような刺々しさはなかった。

「護、あんな風に死ねたら最高だと思う?」
「悪くはないだろうけど、俺はそうしないと思う。」

「私も彼との別れ際にそう言った。」
「死んだのか、でもこの世界は何も変化が起こっていない。」

「死んだんじゃなくて、彼はこの世界そのものになったの、、。」
 護にはその意味が上手く理解できなかった。
 少なくとも一つだけ確かな事は、主の居ない空っぽの内部世界が今、誕生したという事だった。

「・・彼は、自分の相手が、連れて帰れないような侵入者だったら、躊躇わずにその場で殺してしまうようなリペイヤーだったのよ。」
 レズリーは過去を懐かしむような表情で語り始めた。
 レズリーの頬を風に流された櫻の花びらが撫でていく。
 文句なしに美しい光景だった。

「彼の世界の櫻の花びらは、最初はもっと白みがかっていたらしいわ。それが地面に流された血で赤みが強くなったんだって。」

「ここに長くいると腑抜けになっちまう。そんな内部世界の持ち主がねぇ、、。昔は随分、ハードな男だったんだな。」

「ある時、女性の侵入者が彼の世界にダイブした。手強い相手で、三日三晩の死闘を繰り広げたらしいけど、最後には、お互いが惹かれ合う状況になったらしいわ。二人とも恋愛についてはとても不器用だったみたい。自分たちが普通の状況だったら、一目惚れ同士だったって事にさえ気がつかなかったのね。」

「嘘みたいな話だけど、信用するよ。この世界を見た人間としてはね。ここは美しいのに悲しいからな。それに平和なのに空虚だ。相反するものが美しさで結びついている。」

「彼は、彼女を殺してから、彼女が好きだった事に気が付いたみたい。それからね、彼があまり現実世界に戻ってこなくなったのは。」
「・・・。」
 その話を聞きながら、なぜか護は丹治夫婦の事を思い描いていた。 


    ・・・・・・・・・


 8車線分の道幅があろうかという直線道路を突っ走っていくと、周囲の闇がますます濃くなっていき、その闇はやがてヘッドライトの光さえ切り裂けぬ漆黒となる。
 その闇の圧迫感に耐え切れぬようになった時、急に周りが明るくなる。
 そして出し抜けに、そこが機構本部にある内部世界へのカタパルトである事に気が付く。

 ・・・それが護の内部世界からの帰還パターンだ。
 護が気になっていた、今回の任務における内部世界と外部世界の「時差」は、機構との通信が回復した時点で予め確認がとれていた。
 6日間で3ヶ月、3ヶ月なら、碇はまだ間に合う、大丈夫だ。

 護は直感的にそう思った。
 何に間に合って、何が大丈夫なのか、口には出来なかったが護はそう思った。
 そして帰還の後、いつもは念入りにやる移動ディバイスの点検確認もそこそこに、護はヘンデルの執務室に向かって直談判をする為に、駆け出そうとした。
 もちろん、それは、自分を今すぐ、碇へ戻して欲しいという要求だった。
 そんな護を、トンネルの出入り口前で待っていたのは意外な人物だった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 日曜日以外、1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!! 2025年1月6日  お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております! ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします! 2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております! こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!! 2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?! なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!! こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。 どうしよう、欲が出て来た? …ショートショートとか書いてみようかな? 2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?! 欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい… 2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?! どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

処理中です...