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第5章 混沌王の創世

54: アクアゲヘナの治安

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 混沌王の執務室から8階下に単に「作戦指令室」と呼ばれる大会議室があった。
 会議室と言っても、その壁のほんんどは電子器機に埋め尽くされていて、見ようによればどこか戦艦の集中司令室のようにも見えた。

 混沌王が後からビッグマウンテンに造らせたものだ。
 王が作らせたからといって、そういった器機が、性能面でゲヘナやアクアリュウムにある既存のものより遙かに優れているというものでもなかった。
 混沌王自身が、本当に必要とされるのは機械のたぐいではなく、要となる優秀な人間達だと考えていたからである。
 機器類は、この部屋に集まった彼らが、それらを緊急に必要とした時に使える程度で良いと考えていた。

 混沌王がアレンを従えて作戦室に入室した時には、治安対策用の十一人の構成メンバーが、一人の欠席者もなくそろっていた。
 彼らはゲヘナ、アクアリュウムの出身を問わず、混沌王自らが旧組織の中から選抜した人間達だった。
 旧組織のトップだった者もいれば、格下だったがその有能さを買われて引き上げられた者もいる。
 もちろん、ほぼ全員、混沌王の「魔法」にかかっていた。

 彼らは混沌王の信奉者だ、その意味で彼らの間には序列がない。
 アレンは作戦室の人間達の顔を見渡したが、一人として馴染みの顔がなかった。
 彼らは、もしアレンが一介のサルベージマン予備軍として、そのままに人生を過ごしていれば、一生顔を合わせなかったはずの人間達だった。

 作戦室に集まった人間達は、殆どが治安や軍事・諜報面で活躍する人間達で、アレンの素性も既に掴んでいる筈だったが、誰もその事をその表情に浮かべようとはしない。
 混沌王の側に常にいる、、それがアレンの値打ちを決めていた。

 そしてアレンは今、混沌王の斜め後ろに着座もせず、ただ、じっと立っていた。
 混沌王によって新たな力を付与されたアレンは、必要とあれば、同じ場所に気配を消した状態で、1ヶ月以上も微動もせずずっと立っていられた。
 そしておそらく自分の中には生体レコーダーのような機能も仕込まれている筈だとアレンは考えていた。
 これから行われる会議の様子も逐次、そのレコーダーに記録されるのだ。

 そして来るべき日が訪れた時、アレンの思いも記憶も、その生体レコーダーの内容も、混沌王の伝記として開示されるのだろう。
 その開示される相手が、混沌王がこれから征服し建国する予定の国の民なのかどうか、それは今は判らなかった。


 この会議は、混沌王が戦略面で収集をかけた人間達との情報交換と、これからの方針の確認の場、つまり軍議のようなものだが、まずはそれぞれのメンバーに与えられた分担の報告から始まった。
 混沌王はそれを黙って聞いている。

 混沌王はアレンに対しては、今後の方針として外界に点在しているアクアリュウムのような巨大避難コロニーの吸収を漏らしていたが、それは先の話であり、現在は統合したアクアリュウムとゲヘナの完全掌握を目指していた。
 つまりは足固めだ。
 お膝元のゲヘナには、それほど問題はないようだった。
 アクアリュウム側には、やはり問題が色々とあった。

 報告の中で、特にアレンの気を惹いたのは、アクアリュウム警察の旧公安を解体して、今はゲヘナ警察のそれへ吸収統合されている総合公安セクションの報告だった。
 報告したのはフィリポ・ベトサイダという名の中年男だった。

 旧の所属はアクアリュウム警察旧公安幹部ということだけで、アレンはそれ以上知らされていなかった。
 地下と地上世界、統合においてはどうしてもゲヘナが優勢になりがちな中で、アクアリュウムの旧組織から、しかも公安部門で横滑りではなく、抜擢されたのだから、相当有能なのだろう。

 ただし、アレンの知っているアクアリュウム公安は賄賂まみれで内部の権力闘争に明けくれ必ずしも有能ではなかったし、たまにニュースなどで聞き及ぶ、公安長官の名はろくな内容で登場するものではなかった。
 旧組織では不遇だった切れ者、、そういう事だろう。
 混沌王の魔法は、初めてあった者を自分の帰依者にしてしまうだけではなく、一目でその人間の真価を見抜いてしまうという力も含まれていたのだ。

「、、、と言うことはアクアリュウムにいる『回天』と、『曙の荊冠』が課題なのだね?」
 混沌王がフィリポ・ベトサイダの報告への感想を述べた。
 まだ意見は言っていない。
 他のメンバーの発言を待っているのだ。

「両方とも一気に潰してしまいましょうか?いつまでも野放しにしておくと、勢力が拡大する恐れがあります。」
 今はゲヘナ軍とアクアリュウム軍を統合させた、いわば混沌王軍とでも言えるものを統括する旧ゲヘナ軍の長・バルトロマイ・アルニアが言った。
 地上と地下世界の各組織が統合される中で、最もその統合が難しいと言われた二つの軍を力づくで結びつけたという豪腕の持ち主だった。
 少し前までは、敵同士だった二つの軍を、彼の軍人としての威信と実力で統合させたのだ。
 バルトロマイ・アルニアは稀代の英雄と言って良かった。

「いや、私はどんな形であれ、民の数を減らしたくはないのだ。国の力とは煎じ詰めれば民の数なのだよ。特にこの星の荒廃した自然の状況下ではね。」
「しかし、そうは申されても、、。」
 バルトロマイ・アルニアは、退くつもりはないようだ。
 混沌王の魔法は単に、自分に対するイエスマンを増やすだけではない。
 言うべき時はしっかりと言う、そういった心根を損ねる魔法ではないのだ。

「ベトサイダ君の報告を聞くと、同じ反乱分子でも『回天』と『曙の荊冠』ではその質が大きく違っている。つまり摘むべき芽と、その方法が違うということだろう、、。その点についてベトサイダ君は既に答えをもっているのだろう?それを今ここで報告して貰えないか?」
 混沌王がそう穏やかに言った。

「先ほどもお話ししましたが、この二つの地下組織の方向性は少し違います。まとめて言えば『回天』は、この世界を今までのように地上と地下が明確に別れていた状態に戻そうというもの、『曙の荊冠』は我々が目指す外界進出という方向性は変わりませんが、その具体的な方法論が違います。彼らはあまり人間による積極的な外界開拓という方法を考えていないようです。つまり焦点をぼかさずに言えば、『曙の荊冠』が非難しているのは、具体的な指針、つまり混沌王、あなた様の存在そのものへの否定です。」
 フィリポ・ベトサイダはそうハッキリ言った。
 これがあるから、この男は力があっても上には昇れなかったのだろうとアレンは思った。

「君のいう具体的な指針の違いとやらを教えてくれたまえ。その違いがわかる程の内容を、私は民に対しても、君たちに対しても、多くを語っていないと思うよ。私は確実に出来る事だけを言っている。多くの事を胸に秘め、準備を秘密裏に進めていてもだ。その内容は、君たちを含めて多くの者は知るまい。極個人的なものだからね。しかし公安のリーダーである君が、職務以上の事を知っていても、それは君の有能さの証明だ。」

「『曙の荊冠』は、こう考えています。現在、凍結中のゲヘナ地下拡張計画をそのまま推し進め、拡張した先端地点で、また新しいアクアリュウムを造るのです。ただし次のアクアリュウムと地下との関係は、過去の失敗を生かしたものにします。そうやって人間が生きる領土を徐々に広げていくというものです。その中には他の待避コロニーへの侵略は含まれていません。つまり指針の違いとは他のコロニーに対する侵略の事です。彼らの目には、現在の混沌王の動きから、将来の侵略がはっきりと映っているのでしょう。」
 フィリポ・ベトサイダは「侵略」とはっきり口にした。



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