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第5章 混沌王の創世
56: 刺青の意味
しおりを挟む「君と交わしたレイチェル・奥田についての約束は守る。」
会議が終わって執務室に戻った混沌王が、突然そう言った。
アレンは何か、わけの分からない熱いものが自分の胸を駆け上がって来るのが分かった。
あの果たし合いの時の約束は、あの場限りで有効期限が切れた筈だった。
それ以前に、その後の混沌王の辿って来た激動の道のりを見ていると、混沌王はあの時に取った人質の女の事など忘れていても不思議ではないのだ。
それをこの混沌王は覚えていて、いや、アレンのレイチェル・奥田に対する思いを理解していて、彼女を助けてやると言ったのだ。
「ですが、先程の会議の場では『曙の荊冠』の方が厄介だという捉えでは、なかったのですか?レイチェル・奥田は排除の対象でしょう?」
アレンは自分が思っている事の真逆の事を口にしていた。
「この私を侮るなよ。たかが一つの反乱組織だぞ。その組織の中からレイチェル・奥田を分離し、その上で組織を潰す、それくらいの事が出来ないとでも思っているのか?むしろ問題なのは、君の方だろう。彼女は、自分の所属する組織が壊滅させられるのを見て黙っているタイプではないだろう?君や私は、恨まれる。私は痛くも痒くもないが、君は違う筈だな。」
「、、、、。」
混沌王はよく理解していた。
アレンは返事が出来なかった。
だがそれでもレイチェルは助けたいと思った。
「、、この際だ。前の世界での事を少し話してやろう。前の世界では、政略結婚など当たり前だった。必要とあらば自分の想い人さえ、相手に差し出したのだ。だが一度、その相手との関係が崩れた時には、自分が差し出した女を闘いで取り戻したものだ。無様と言えば、無様だが、自分の女を取り戻したいという思いは抑えられないのだよ。運命に抗うという行為は、時としてそんな滑稽な顔を見せるものだ。その後、そんな二人が、上手く行くかどうか?それは、その男と女の性根しだいだな。理屈で考えれば、上手く行くはずはないがな、、。」
それは想像も付かない話だったが、混沌王がたとえ話で言っている様には見えなかった。
「形を変えてもう一つ話してやろう。私はあのオコデイ王子と軍を従えて六度戦った。最初の四回は負けた。負けたどころか、四回目にはオコデイ王子軍に囚われ、囚人となった。この頭の入れ墨は、その時に彫られたものだ。彫らせたのはオコデイ王子だ。王子の家の家紋である龍が、私の頭を押さえつけている図案を考えたのもオコデイ王子だ。これを彫られた後、私はオコデイ王子の前に引き据えられた。今でもあの屈辱は忘れられない。囚われるより殺されていた方がマシだと思えた。」
混沌王は一瞬、その瞳の中に狂おしさを見せた。
「だが私は半年をかけて、囚われの身から脱出した。しかし国に帰っても、戦いに破れ一度は捕虜になった王子は誰にも相手にされなかった。それでも私は耐えた。耐えて、もう一度信頼を回復させた。二年かかったよ。頭に彫られた入れ墨を誤魔化す方法をいくつか思いついたが、それも放棄した。屈辱を忘れないためだ。私が大地にちゃんと立っている限り、私の頭に巻き付いている竜は、私を抑え込んだ事には、ならない。そして再びオコデイ王子軍と戦い、今度は引き分けに持ち込んだ。六度目、チャンスは私に傾いた様に思えた。最後の最後は、大将同士の一騎打ちにまで持ち込んだ。だがその時、あの天地を揺るがす大異変が起きたのだ。それから後は、君が知っている通りだ。」
嘘だと思いたかった。
表面は、ぶっきらぼうだが葛星は優しい人間だった。
敵であっても、相手に屈辱を与えて喜ぶような事は絶対にしない。
これでは葛星が悪人に見えて、混沌王が立派な人間に見える。
だが混沌王が嘘をついている様には思えなかった。
それにこの話は、彼の自慢話ではなく、人間はいかに困難を乗り越えうるか、という話だった。
困難や屈辱を受け入れてでも、自分が大切にしたいものは手に入れろ、その為に闘えという話だ。
つまりレイチェル・奥田の事だった。
「私には信じられない話ですが、仰って下さる意味は分かります。レイチェルは助けてやって下さい。多分、レイチェルは私の今の立場を知ったら、私を非難すると思いますが、それでもかまいません。あなた様のご厚意に感謝いたします。でも、なぜ私に情けをかけてくださるのですか?」
「簡単な事だ。君は私の語り部だ。語り部の心の陰影が深い程、その話も深くなる。そういう事だ。今日は、その為に、君にもう一つプレゼントをやろう。」
「もう一つ?」
アレンの頭は先ほど明かされた葛星の過去の事で一杯だったが、それでも混沌王の話は聞きたいと思った。
ネロや今日会った人間たちが混沌王に従うのは、必ずしも魔法にかけられたからだけではないのだとアレンは知った。
「周騎冥の事だ。君はまだ人を殺した事がないのだろう?だったら周騎冥を殺して来い。私がそのチャンスをやる。その間は、語り部の役は解く、自由にしてよい。」
「私と周騎冥の因縁を、ご存知なのですか?」
「知らん。知らんが、君が周騎冥を殺したがっているのは、あの時にはっきり分かった。君の様な人間が殺したがるんだ。その因縁は、聞かなくても大体の事は判る。」
「人を殺す事を、勧められるのですか?」
「アレン。君は私を何だと思っているのだ?私が今まで何人、人を殺して来たと思っているんだ?そして人を殺した事もない君が、そんな私を真に語れるのか?」
「しかしそれは、、。」
「君は周騎冥という男に怒りはないのか?私は恨みもない男たちを無数に殺したぞ。そうしなければ私が殺されていたからだ。」
「怒りはあります。だからと言って、、」
「自分が殺すのは嫌だが、誰かが殺すのは構わないのか?君は今日の会議で、私が周騎冥を処断する決定を下した事に溜飲を下げたのではないのかね。それとも、法とやらで裁くのが良いと思っているのか?その法が死刑を命じたらどうだ?それも、自分とは違う誰かが、周騎冥を殺してくれるという思いと同じ事だろうが?」
「しかし」
「まだ言うのか?つまり君は周騎冥という男を許したということだな?」
「そんな極端な、」
「どこが極端なんだ。そうやって君はいろいろな事をあやふやにして誤魔化しているだけだろう。戦場ではそんな誤魔化しは効かないぞ。・・・ここは戦場ではないと、いいたそうだな?君は今日の報告を聞いていなかったのか?周騎冥は、それこそ罪のない人間を何人も殺している。奴を始末しなければ、そういう人間が今後も増え続けるのだぞ。そして君は、その事実を知っている。」
・・・この男は、お前には復讐する権利、いや義務があると言っているのか?
・・・だが、人殺しにそんな理屈が適応されるのか?しかしそんなきれい事では俺の周騎冥への憎しみは消えない。
アレンは混乱した。
「フィリポ・ベトサイダは、任務だから人殺しが許されて、君は任務ではないから、人殺しが許されないと思っているなら、私がこの場で王として君に厳命してやろうか?そうすれば、君は泣く泣く人を殺すというポーズがとれる。だが、君の拘りの本質とは、そういう問題なのか?」
アレンは追い詰められた。
そして一瞬理解できたと思った混沌王という男の存在が、再びわからなくなっていた。
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