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第7章 神に寄生する
61: 慎也の失踪
しおりを挟む今夜も薔薇宿での聞き込みに収穫はなかった。
作戦を最初から見直す時期に来ているのかも知れないと、海は思い始めていた。
重い足取りで自宅のマンションまで辿り着いた時、集合玄関の前の窪地に、一人の男が座り込んでいるのを海は発見した。
男の周囲には、煙草の吸い殻が散乱していた。
海は眉を顰めたが、そのままマンションに入ろうと階段に足を掛けた。
「神領海さん、だよね?」
窪地の陰の中から男が立ち上がって声を掛けて来た。
「そうだけど、あんた誰?」
「俺?柚木顕一郎。慎也を騙した屑探偵って言えば判って貰えるかな?」
「そのクズ探偵が俺に何の用?」
「慎也が姿を消した。その件で、アンタの家で話がしたいんだがな。」
「姿を消しただと?どういう事だ!」
海の表情がガラリと変わった。
「あっ、別にあんたの家でなくてもいいや。とにかく話がしたいんだ。」
柚木は海の表情の変化を見て、彼の第一目的を果たしたようだ。
つまり、神領海が慎也を浚ったのかどうか?
神領海の部屋に、慎也の死体が転がっていないかどうか?
全てNOだ。
それどころか、神領海は慎也の失踪を、今知ったようだ。
「オタクを家に上げるつもりはない。ウチはベランダも含めて禁煙なんでな。だが話はする。」
「そうかい、有り難いな。じゃ俺の車へ行こう。近くにある公園の側に止めてあるんだ。」
歩いて5分程度の公園の側に、いかにも中古然とした外車が止めてあった。
公園の乏しい照明でも、その車が汚れているのが判る。
それでも、貧相に見えないのは、その直線で構成された車のばかでかさのせいだった。
「車の中を掃除しなよ。左ハンドルが泣くぜ。」
海は助手席の足元に落ちているアルミ缶を二つほど、後部座席に投げ込んでから助手席に座り込んだ。
「慎也も同じ事を言ってたな。、、これだから顔の可愛い男はな。」
顔の可愛い男とは、慎也や海の事を言っているのだろう。
確かに、この探偵の容貌を基準にすれば、海は十分に可愛い。
「、、ざけるな。それより早く慎也の事を教えろ。」
「煙草吸っていいか?俺の車の中だぜ。」
「さっさと吸え。」
柚木は胸ポケットからラッキーストライクのパッケージを取り出し、一本、吸い付けた。
「慎也が店に出なくなって一週間たった。周りは騒ぎ立てるだけで、何もしやがらねぇ。だから俺が腰を上げた。」
「あんた、慎也の何だ?慎也を騙したクズ探偵じゃないのか?」
「クズ探偵には違いはないが、騙したってのは人聞きが悪い。あん時はどうしても金が必要だったんだ。それに波照間からの話じゃ裏を取るまでもなく、あんたが黒だと思えたんだ。俺の探偵としての第六感に従ったんだよ。それと俺は慎也の、、、保護者、いや後見人ってとこだ。俺が慎也をあの店に紹介してやったんだ。」
あの店?男は海がそれを知っていて当たり前のように言った。
そう言われて、海は今更ながらに、自分が慎也の何も理解していないことに気付いた。
いや理解することを、拒否してきたのだ。
知的寄生虫に殺された真行寺真希の弟、それだけで充分だった。
いや十分すぎた。
海が慎也に深く関われば関わる程、慎也をこの世界に巻き込む可能性があったのだ。
だが、「慎也が失踪した」という情報に対する海のうろたえぶりは、遊が海に助けを呼んだあの夜と同じものだった。
「俺の所に来るくらいだ。色々、調べたんだろう?今、慎也の周りはどんな情況だ?」
「慎也は人気者だった。店でも可愛がられていたし、奴の周辺で悪意を持っている人間はいない。慎也があんたとの旅行の為に一週間近く店を明けても誰も文句を言わなかったくらいだ。だが人間ってのは、思わぬ落とし穴がある。例えば、道ですれ違って肩がぶつかって謝りを入れなかったって理由で後を付けられ腹を刺されたって人間を俺は知ってる。そういうのも含めて、俺は全部調べ上げたんだよ。だが皆目、足取りが掴めない。」
「誰かに浚われたんじゃなくて、自分で姿をくらませた可能性はないのか?」
「馬鹿をいえ、慎也はあんたと出会ってから、絶好調だったんだぜ。」
柚木は急に煙草がまずくなったと言うように、煙を強く吐き出してそう唸った。
「俺に残った可能性は二つだった。一つはあんただ。だが、その目はない。俺が慎也の失踪を伝えた時のあんたの顔色で判った。あんたまるで、突然、親の死を告げられた子供みたいだったぜ。」
「残るもう一つは、なんだ?早く言え。」
「香美組ていう小さな暴力団だ。慎也は昔、ここの組長を騙して長ドスを一本拝借してる。それだけじゃなく、身の程知らずにも色々と相手を小馬鹿にしたような事をやらかしてたみたいだ。だが香美組の本命度は、あんたと比べると遙かに低い、、。」
「つまり、お手上げって事か、、。」
「そういう事になるかな、、この後、香美組には当たっては見るが、、。」
「なんで、その事を俺に話す気になった?俺の顔色を見て、コイツは白だと判った時点で、あの場から消えれた筈だろ?」
「なに、慎也を探すには、人手が多い方がいいだろう。その後、色々あるかも知れないが今はそれが最優先だ。」
にやりと笑った柚木の顔が凍り付いた。
助手席に座っている海の向こう側に、突然現れた一人の男の顔を見つけたからだ。
その男は車の中をのぞき込み、ニヤニヤ笑っている。
「なんだこいつ?」
海が不機嫌そうに訪ねる。
「、、、借金取り。俺が最近、慎也探しで動き回ってるから、何かの弾みで、どっかから金が動くんじゃないかって思ってるみたいだ。」
「ちっ!鬱陶しい。」
海がドアを開けて車の外に出る。
男が数歩下がる。
二人の様子を、柚木は心配そうに見ていた。
いざとなったら柚木は、海を置いてこの場から車ごと逃げだそうと思っていた。
男と海が二言三言、言葉を交わした。
その途端、海の胸の前の夜気が揺れたかと思うと、次には男が数メートル後ろに倒れ込んでいた。
海が何事もなかったように車に戻ってくる。
「あんた、すげーな。で、あいつをぶっ飛ばす前に、なんて言ったんだ?」
「あんたも細かい男だな。そんなのが気になるのか?金を回収するなら、俺の用事が済んだ後にしろって言ったんだよ。」
海は、柚木と明日の約束をして別れた。
柚木の車が遠ざかっていく。
横幅のある外車のテールランプが夜に消えていく様は、普通の車のそれのようには見えず、不思議な感じがした。
公園の外側の植え込みの下に、先ほど殴り倒した男の身体が横たわっている。
なにもかもが、不穏な夜だった。
「、、困ったな、あの二人組を探してる最中に、これだ。」
『海は慎也君を捜せばいい。』
「って煌紫。奴らは、いずれ共食いに行く可能性があるんじゃないのか?一太郎の時より、今の方がずっとやばい。」
『共食いに移行する可能性はある。大いにね。だが情況は、前とは少し違って来ている。あのファイ種を追いかけているのは私達だけじゃないと言うことさ。極夜路塔子もファイ種を追っている、アンビュランスの存在だよ。共食いを、されるくらいなら、あのファイがアンビュランスに掴まって解剖に掛けられる方がましかも知れない。』
「、、煌紫らしくないな。」
『ああ、私らしくない。だから海には、海らしくあって欲しいんだ。それに海、君は慎也君の失踪が、我々の動きと関係があると考えているのではないのかね?』
「そうだ。あのクズ探偵の言った事が信用できると考えれば、慎也が失踪する原因は、俺達、人間側にあるんじゃなくて虫の方だ。波照間は皇事件の全容を知っていて、あの二人の女子高生がその口封じにやって来た。皇事件のど真ん中にいた慎也と俺の事を放置しておくとは考えられない。奴らが、俺の目の前で逃げたから、俺は勘違いを起こしていたんだ。奴らは、俺と煌紫の関係は別として、俺の力は知っている筈だ。もしかして慎也は、俺への人質として奴らに捕まえられたのかも知れない。俺が普段から慎也の事に気を配っていればこうは、ならなかったんだ。」
『、、たぶん、その推測は当たっているよ。だからこそ、海は慎也探しに集中しろ。』
煌紫の言葉は何時になく陰鬱だった。
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