19 / 66
第二章 漂流漂着
19: 弥勒会議の影
しおりを挟む岩崎は、本庁のデータベースに向かい合っていた。
イマヌェル見崎がCUVR・W3第1レベルで垣間見たという『凶悪な世界』を、現実との類似性をもって最近の『犯罪事例』に照合するためだった。
岩崎の直感は、イマヌェルが告白して仮想現実の中に、現実の犯罪に相似する匂いを嗅ぎ取ったのである。
岩崎は、その『凶悪世界』を捜査する為に、再びCUVR・W3へ接続する時には、現実世界での予備知識こそが重要になると考えていたのだ。
それにあわよくば、現実世界でのデータベース検索で、『凶悪世界』のマスターを確定する事も可能かも知れなかった。
特に現場跡に残されていたという批判本がキーポイントだった。
イマヌェル見崎の供述は仮想空間中の事でありながら正確を極めていて、検索の為の入力は多大の時間を必要としたが、その分、犯人像の絞り込みの精度が期待できた。
岩崎の隣には、若手のマーシュ刑事が付き添っていた。
「こんな事をしている時間があるんですか?先輩があそこに潜っていられる期限は限られているというのに。」
「時間がないからこそこうしているんだ。CUVR・W3内部は私が考えていた以上に遥かに広大だ。あてもなく、うろつき回っても捜査は進展しない。私はあそこでは、陸に上がった魚という所さ。」
岩崎の目は、検索結果が表示される筈のデスプレィを見つめながら言った。
それは数秒後に答えを吐き出した。
「マーシュ、見ろ!ブキャナン事件だ。これで当たりだろう!」
デスプレィに表示された文字を読んでマーシュが息を飲んだ。
「確かに。それにブキャナンは執拗にガタナ氏の思想を批判していますね。見崎がもらしたキーワードと一致する。この寄稿数を見てると異常なくらいだ。」
「ブキャナンは心理学者だ。心理学界きっての論客と言う事で、心理学以外の幅広い分野への言及でも知られているが、専門外のガタナへのこの執拗な絡みようは、ストーカーのそれに近いな。」
岩崎はデータベースがはじき出したブキャナンの書籍タイトルを眺めながら言った。
「それに他の該当事件事例が表示されませんでしたね。ブキャナンか、、あらゆる面でどんぴしゃりだ。しかし彼は現在、国立精神病理学センターに収容されている筈ですよ。おそらく事件当日も収容されていた筈だ。完璧なアリバイって奴ですね。警部、こいつはひょっとすると予想していた以上にどでかいヤマかも知れませんね。俺はCUVR・W3絡みだから、ジャッジメントシステムにのっかただけだと思っていましたが、、これは単純な殺人事件に収まらないかも知れない。」
マーシュが興奮を隠しきれずに言った。
「マーシュ、すまんが、今直ぐ国立精神病理学センターに飛んでくれないか?私はブキャナンについてのデータをまとめ終わったら、ソラリスに戻って、もう一度接続してみるつもりだ。」
マーシュは深く頷くと、その部屋を飛び出していった。
『アルビーノ・ブキャナン博士。今世紀最大の犯罪心理学の権威であり、同時に大量淫楽殺人者の烙印を押された男か、、。ガタナ殺しの容疑者としては、はまり役過ぎて怖いぐらいだな。』
岩崎はそのあと更に、アルビーノ・ブキャナンが犯した戦慄すべき殺しの実態をこのデータベースから引き出すことになる。
・・・・・・・・・
保海真言は、人気のない『闇の左手』の道場の板張りの上で座禅を組んでいた。
真言は相当に深い疲労の中にいる。
しかもその疲労は肉体的なものではなかった。
いつもは直ぐに瞑想状態に入れるのに、この日は、いつになっても、それが出来なかった。
CUVR・W3の中で最後に出会った、『あのもの』の存在が、真言の心に突き刺さったままだったからだ。
『あのもの』は、確かに真言を見つめていた。
それに第一レベルに入り込んだのは良いものの、ソラリスによって直ぐに弾き出されている、そのダメージもあった。
「よう。保海。精神修行か?のんびりしてるじゃないか?」
真言は突然背後から声をかけられた。
声の持ち主が近づいて来る気配すら察知できなかった。
『闇の左手』の使い手としては完全に失格だった。
「流さんですか?なんの様です。」
「何のようとは、ご挨拶だな。いろいろと調べて来てやったぜ。聞きたくないのか?」
流騎冥は真言の前にどっかりと腰を下ろした。
「お前、弥勒会議ってぇのを知っているか?そいつが俺達を踊らせているようだ。」
「なんですかそれは、秘密結社の名前ですか?」
流がにやりと笑うと、どう猛な大粒の歯並びが見える。
「未来に出現し人間を救うという仏さまの名前をかたるとは大仰なネーミングだが、なんでもこの弥勒会議が始まったころには、もっとまともな名前だったらしい。始めの頃は、各先進国の指導者・実力者・有識者が寄り集まって、Ωウェブの有効利用と運営をそこで考えていたらしいな。」
「オメガウェブ?それCUVR・W3の事でしょう?今なら秘密でもなんでもない。」
真言は瞼を閉じたまま言った。
「いや。Ωウェブの有効利用の看板は表向きなのさ。弥勒会議はΩウェブ関連の通常では取り扱えない厄介な問題を専門にしているようだ。CUVR・W3は見方を変えれば、人間の精神とコンピュータの融合の場って事だよな。そこから人間は、望むと望まざるとに関わらず、新しい存在になるための階梯を登っていくわけだ。とまあ彼らはそう考えている。その過程上に起こる様々なトラブルを、弥勒会議が予見し処理するという事なのさ。」
流は最後の内容を何処かで聞きかじったらしい、自分の言葉になっていなかった。
「俺達銀甲虫に、お前の護衛を指示したのは、その弥勒会議だ。何かしらんがお前は重要な鍵を握ってるって事だな。あの二次元刀とかに関係してるのかもしれん。」
「僕を戦車まで使って追いかけていた側は?」
「そいつは判らない。ただ弥勒会議は、彼らの敵対者に、自分たちの立場の意思表明をしたかったんだろう。(俺はお前には反対だ。)そう言うことだ。そしてお前を追いかけていた奴も(俺はこうするぜ)と弥勒会議に伝えたかった訳だ。どうやら奴らの本当のやりあいは、これから始まるらしい。」
「そんな事のために、あんな派手な市街戦を引き起こしたのか?何人死傷者が出たことか、、、。」
真言の顔色が曇った。
「おいおい。お前らしくもない。クールな顔してそんな事を気にしていたのか?『闇の左手』の使い手で、しかもヤクザの跡取り息子にゃ出来過ぎだぜ。それに権力とはそんなもんだ。俺達だって、銀甲虫になった時は人の命なんて屁とも思っちゃいないぜ。」
「、、、どうやってそこまで調べたんです?」
「流個人として本庁の警視正を締め上げた。勿論、相手に銀甲虫の素性をばらす様なヘマはしちゃいないがね。奴も騒ぎだてはしない。俺は奴さんのちょっとした弱みを握っているんでね。」
銀甲虫は警察組織とは別物だが、まったく関係がないという訳ではない。
流の階級を無理矢理、警察のそれに並列させれば流の階級は警視正よりずっと下の筈だ。
真言はそれをどうやったかについては興味を持たなかった。
ヤクザも警察も銀甲虫も脅しのやり口は似たようなものの筈だった。
「と言うことは、その警視正も弥勒会議のメンバーなんですか?」
「そうじゃない。奴はCUVR・W3で起こった別件のトラブルで、たまたま弥勒会議の存在を知ったようだ。つい最近な。」
「別件のトラブル?」
真言の切れ長の目がうっすらと開きかける。
それは道場の薄明かりの中で鞘から引き抜かれかけた日本刀のような青白い輝きを放った。
「そっちの方は、さすがに口が堅い。よく判らないんだ。ただ、市警の岩崎というおっさんが、その件で首を突っ込んでいるらしい。ジャッジシステムに本人が指名されたらしくて、かなり派手にやってる。市警じゃその噂で持ちきりだ。俺達、市警に居場所を間借りしてる部外者の銀甲虫にさえ、岩崎を応援する署内のムードが伝わってくる。今まで内調が警察から横取りした事件は数多いからな。無理もない話だ。縄張り意識って奴だ。こいつは俺達、銀甲虫にもあるが。おっとその事についちゃ、ヤクザが本家本元だったな。」
「今日の流さんは、やけに明るいですね。はしゃぎすぎだ。」
「お前さんが、幽霊みたいな顔色をしているからさ。その顔を見るのが嬉しくてたまらない。所でお前さんの方はどうだ?俺にこれだけ喋らせておいて、黙っているなんて事はしないよな?」
流の顔は笑っていたが、目はそうではなかった。
「CUVR・W3に接続するツテを掴みました。それでソラリスの第一レベルに一瞬ですが、入り込むことが出来たんです。」
真言は彼が体験したことを詳しく流に伝えなかった。
CUVR・W3に入った途端に、誰かに目を付けられたと言っても話がややこしくなるだけだった。
それに、流も彼が仕入れた情報を事細かに伝えている訳がないと判断していたからだ。
「それで?向こうであの奇妙な刀の事は判ったのか?」
「わかりません。もう一度挑戦してみます。」
「そうか、、、。もう一つ教えといてやろう。もうすぐお前の叔父貴にCUVR・W3使用の認可が下りるだろう。」
「どういう事です?」
「それが弥勒会議の方針らしい。その意味は俺に聞くな。お前さんと同じことさ。(わかりません。)だ。」
「(わかりません)に挑戦はしてくれるんですか?」
真言は挑発するように言った。
真言には、この男が、自らが関わったこの事件にのめり込んでいる事が手に取るようにわかっていた。
「お前の為にでなく。俺自身の為にな。だから必ず、もう一度俺と勝負をやるんだ。いいな。決着はまだついていないんだぞ。」
流はズックリと立ち上がりながら保海に言った。
そして保海は再び、静かに目を閉じ瞑想に戻った。
0
あなたにおすすめの小説
異世界ランドへようこそ
来栖とむ
ファンタジー
都内から車で1時間半。奥多摩の山中に突如現れた、話題の新名所――「奥多摩異世界ランド」。
中世ヨーロッパ風の街並みと、ダンジョンや魔王城を完全再現した異世界体験型レジャーパークだ。
26歳・無職の佐伯雄一は、ここで“冒険者A”のバイトを始める。
勇者を導くNPC役として、剣を振るい、魔物に襲われ、時にはイベントを盛り上げる毎日。
同僚には、美人なギルド受付のサーミャ、エルフの弓使いフラーラ、ポンコツ騎士メリーナなど、魅力的な“登場人物”が勢ぞろい。
――しかしある日、「魔王が逃げた」という衝撃の知らせが入る。
「体格が似てるから」という理由で、雄一は急遽、魔王役の代役を任されることに。
だが、演技を終えた後、案内された扉の先にあったのは……本物の異世界だった!
経営者は魔族、同僚はガチの魔物。
魔王城で始まる、まさかの「異世界勤務」生活!
やがて魔王の後継問題に巻き込まれ、スタンピードも発生(?)の裏で、フラーラとの恋が動き出す――。
笑えて、トキメいて、ちょっと泣ける。
現代×異世界×職場コメディ、開園!
『召喚ニートの異世界草原記』
KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。
ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。
剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。
――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。
面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。
そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。
「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。
昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。
……だから、今度は俺が――。
現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。
少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。
引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。
※こんな物も召喚して欲しいなって
言うのがあればリクエストして下さい。
出せるか分かりませんがやってみます。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
アガルタ・クライシス ―接点―
来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。
九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。
同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。
不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。
古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。
鋼なるドラーガ・ノート ~S級パーティーから超絶無能の烙印を押されて追放される賢者、今更やめてくれと言われてももう遅い~
月江堂
ファンタジー
― 後から俺の実力に気付いたところでもう遅い。絶対に辞めないからな ―
“賢者”ドラーガ・ノート。鋼の二つ名で知られる彼がSランク冒険者パーティー、メッツァトルに加入した時、誰もが彼の活躍を期待していた。
だが蓋を開けてみれば彼は無能の極致。強い魔法は使えず、運動神経は鈍くて小動物にすら勝てない。無能なだけならばまだしも味方の足を引っ張って仲間を危機に陥れる始末。
当然パーティーのリーダー“勇者”アルグスは彼に「無能」の烙印を押し、パーティーから追放する非情な決断をするのだが、しかしそこには彼を追い出すことのできない如何ともしがたい事情が存在するのだった。
ドラーガを追放できない理由とは一体何なのか!?
そしてこの賢者はなぜこんなにも無能なのに常に偉そうなのか!?
彼の秘められた実力とは一体何なのか? そもそもそんなもの実在するのか!?
力こそが全てであり、鋼の教えと闇を司る魔が支配する世界。ムカフ島と呼ばれる火山のダンジョンの攻略を通して彼らはやがて大きな陰謀に巻き込まれてゆく。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
虚弱生産士は今日も死ぬ ―遊戯の世界で満喫中―
山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。
Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。
最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!?
ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。
はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切)
1話約1000文字です
01章――バトル無し・下準備回
02章――冒険の始まり・死に続ける
03章――『超越者』・騎士の国へ
04章――森の守護獣・イベント参加
05章――ダンジョン・未知との遭遇
06章──仙人の街・帝国の進撃
07章──強さを求めて・錬金の王
08章──魔族の侵略・魔王との邂逅
09章──匠天の証明・眠る機械龍
10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女
11章──アンヤク・封じられし人形
12章──獣人の都・蔓延る闘争
13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者
14章──天の集い・北の果て
15章──刀の王様・眠れる妖精
16章──腕輪祭り・悪鬼騒動
17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕
18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王
19章──剋服の試練・ギルド問題
20章──五州騒動・迷宮イベント
21章──VS戦乙女・就職活動
22章──休日開放・家族冒険
23章──千■万■・■■の主(予定)
タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる