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第三章 時空バイパス
44: 悪魔の行進のブルース
しおりを挟む岩崎はその日の夜、アマンダの夫の普段着を借りて、彼女にマザーグースの店まで案内してもらった。
店から出てくる酔客達が、そんなアマンダに対して何か冷やかしの声を掛けたが、岩崎の聞き取り能力ではまだその内容までは理解できなかった。
アマンダは、この店は女が入るような場所ではないからと断って先に帰宅した。
もしかすると先ほどの酔客の冷やかしに関係があるのかも知れなかったが、今の岩崎にはそれを気に止めるだけの心の余裕はなかった。
店内に入るとブルースギターのやるせない音が聞こえた。
カウンターの側の空間で一人の黒人の太った老人が年季の入った椅子に座り込んでギターを弾いていた。
丁度演奏はさびの部分に入っているのだろう。
チョーキングによって甘く引き延ばされた高音に、店内の誰もが聞き惚れていた。
岩崎は混み入った店内で一人きりで座れる場所がみつからなかったので、カーボーイハットの長身の男が座っているテーブルについた。
男の胸には星のバッジが着いている。
時代は違うが岩崎とご同業という訳だ。
「ブルースってのは簡単だな。マディによれば今の曲は(悪魔の行進のブルース)ってんだ。なんでもブルースを付ければそれらしくなっちまう。そんでもって歌詞の内容はお決まりさ。(神よ我らを哀れみ賜え。)だ。」
正にカウボーイハットの男が言ったとおり、BBマディは曲の終わりを(神よ我らを哀れみ賜え。)のシャウトで締めくくった。
マディの側の客が彼の肩を叩きながら、彼に酒を注いでやっている。
「あんたは彼の歌が嫌いなのかね?」
岩崎はカウボーイハット男の渋顔を見つめながら訪ねた。
「黒ンボ野郎は嫌いだが、奴の歌は別さ。奴は、俺達みんなの心の痛みを知っている。新入りさんよ。あんたもその内、マディの歌が心に染みるようになるさ。」
カウボーイハットが自分のグラスに酒を満たし直して岩崎に差し出した。
「俺のでよければ一杯やってみろ。」
岩崎はそれを飲み干す。
「口に合うかい?嫌だと言ってもそれしかない。ここで作れる物と言えばそんなもんだ。とにかく早く慣れることだ。」
奇妙な味がしたがアルコールには違いない。
BBマディは次の曲に入っていた。
寡婦暮らしの女の心情をテーマにした歌らしい。
「アマンダの歌だよ。しっかり慰めてやりな。お前さんは彼女の亭主に姿形がよく似ている。」
「どういう意味だ?」
岩崎の言葉の底には怒りがあった。
岩崎はどこまでも古いタイプの人間だった。
そう、性の倫理観においてもだ。
カウボーイハットの男は、怯んだ様子もない。
「十年だぜ。アマンダの亭主がいなくなって。彼女の亭主はボートに乗ってウビコン河を遡っていってしまった。ここから出て行くんだってな。彼女は泣いて止めたさ。この世界からは誰も出て行けはしない。悪いのは亭主の方だ。誰かが、彼女を慰めてやってもいい頃だ。」
カウボーイハットの男は引ったくるようにしてグラスを岩崎から取り戻すと、そこに又酒を並々と注いだ。
それから男は二度と口を開かなくなった。
その替わり胸の星のバッジが鈍く輝いて、男の胸の内をずっと喋り続けているようだった。
(逝ってしまった男を誰が責められよう。)
そんな内容でBBの歌は終わった。
そしてBBは今夜のステージの終わりの挨拶をした。
「皆の衆。今夜はこれぐらいにしとこう。明日もこのBBに酒を注ぐのを忘れんでくれよ。ああ、それからもう一つだ。誰かギターの弦を手に入れてくれんか。もう手持ちがないんだ。」
店内の客達の中からざわめきが上がった。
どうやら彼らにとってBBの悩みは人事ではないらしい。
「俺の家にピアノがあるぜ!どうせ誰も弾けない、あの中の鉄線はどうだ!」
「いやいや。いくらこの儂の指が強くともピアノの鉄線をチョークするのは無理だ。それともこの儂に今からピアノを習えというのかね?」
笑い声が少し上がり、大半の人々が席をたった。
殆どの客がBBの演奏と歌声を目当てにマザーグースに集まってきたのが判る。
岩崎はBBが席を立ち自分の住処に戻るのを待った。
BBはマザーグースの裏手のほったて小屋に居を構えていた。
ベッドの以外にテーブルセットが一つだけで家具が極端に少ない。
彼は食事などの日常的な賄いをマザーグースに頼っているのだろう。
「何もないだろう?まあ儂は、あの店の専属アーチストという所だからな。ここには眠りに帰ってくるだけだ。どうせ一人では不自由の体だしな。で?イワサキ、この儂に何が聞きたい?」
BBは岩崎に椅子を勧めながら言った。
「この世界の事だ。あんたが一番良く知っていると聞いた。大体はアマンダから聞いてはいるが、、、。」
「フーム。彼女の話が信じられんのだな。新入りには無理もないが、早く現実を受け入れる事だ。それがここで旨くやっていくコツだ。」
「みんなそう言うな。しかし私はここに浚われてきたのではない。目的があって遣ってきたのだ。用事が済めば元の世界に戻る。」
(元の世界に戻るだと?)BBの顔が歪んだ。
いやもしかすると笑ったのかも知れない。
「良いだろう。では話してやる。かいつまんでな。儂は新入り達に幾度もこの話をしている。今じゃ空で言えるほどだ。質問はあんたからにしろ。お互い年なんだろう?。夜更かしは身体に堪える。」
「ここは地球とは違う星なのか?」
岩崎は電脳世界の事はあえて持ち出さなかった。
それを言っても盲目の過去世界の住人には理解できないだろうと思ったからだ。
「ここは我らが故郷の星の双子星だ。姿形もその歴史も故郷のものとうり二つと言うことだな。もっとも故郷の夜空からではこの星は見えないぐらい遠くにあるらしいがな。」
「どうしてそんな事が言い切れる?」
「この町は大きい。色々な人間が流れ込んでくる。始めは儂の方から話をせがんだ。目が見えないのでな。この驚きの世界を理解するにはそれしかなかったんだ。その中には一流とは言えないが天文学者もおったし、地質学者もおった。彼らが長い年月をかけて推理考察した結果を、この儂がため込んでいったという訳だ。その内に、儂は沢山の知識を身につけ、今度は話して聞かせる側に回った。勿論、辻褄の合わない所は整理した上でだ。相手も自分が知っている新しい情報があれば、話をしてくれる。そんなこんなで出来上がった話なのさ。信じたくなければ信じなくて良いが、儂の話の真偽のほどを確かめる為には、あんたはこの星を何百年と旅しなくてはならないはずだ。」
「判った、、、。あんたは生きたデータベース、いや百科事典というわけだ。では、聞こう。そんなに離れた二つの星を、双子という訳はなんなんだ。惑星としての規模や成立、環境が同じでも、そんなに距離が離れているなら、双子とは呼べまい?」
岩崎は自分が相手をしているのが辺境の土地に縛られている盲目の年老いたギタリストだという事を忘れて、突っ込んだ質問を始めている事に気付いて後悔した。
だが相手の精神は想像以上に豊かで強靱だった。
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