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第三章 時空バイパス
43: アマンダという女
しおりを挟む岩崎は差し出された食事を平らげながら、アマンダと名乗る女性から、この世界の驚愕の実態を知らされた。
岩崎は、もし自分がこの事件に携わる事がなければ、彼女の話を狂女の妄想と決めつけていただろうと思った。
又、アマンダの話は、過去地球上に起こったと言われている超自然的な集団蒸発現象をいかにも合理的に説明している様に思えた。
彼女たちは、岩崎と同じ生身の身体を持つ人間であり、しかも各時代の各場所からアトランダムに、何の予告もなくこの世界に浚われてきたのだと言う。
岩崎はそれでアマンダの言葉のイントネーションをはじめとする奇妙さが理解できた。
岩崎は通常、世界標準語を使っている。
そしてその世界標準語の母体は、アマンダの故国のものと一致している。
彼とアマンダの会話が成立するのはそのせいだった。
「で。あなた方の様に、この町に流されてきた人は何人ほどいるんです?」
岩崎は食後に差し出された山羊の乳の様なものを飲みながら聞いた。
コーヒーが欲しかったが、この世界にはお茶も含めてそういった嗜好飲料はない様だった。
嗜好品は植民地政策の産物だ。
アマンダの話を総合すると、人間はこの世界の最高知性体ですらなく極少数の存在の様だった。
嗜好品などを作り出せる余力など彼女たちには在りようがない。
「私のいる村では二百人ぐらいかしら。私はここに来てから外に出ることは少なかったので良くは知りませんが、一つの村で二百人もの人間がいるのは珍しい事なんですって。」
さらにアマンダは、岩崎がこの世界の入り口で目撃した角のある人間達の存在を否定しなかった。
この世界の主役は岩崎のいた世界の様に『人間』だけではない。
それどころか『人間』は、この世界全体で千のオーダーに満たないのではないかとアマンダは把握しているようだった。
「村は、言葉や文化が近い者同志が集まって出来るのですか?」
岩崎はもっと詳しく、直に、彼女がもといたという時代と世界の事を聞きたかったのだが、それを口にする勇気がなかった。
岩崎の直感と観察力は、アマンダを過去から来た女性であると信じ始めていたが、理性がそれを認めなかったからだ。
過去に(悪魔の行進)にみまわれた、何処かの国の、何処かの村、、。
アマンダの言う事を信じるのなら、この世界は物質転送どころか、タイムワープさえ可能にしている事になる。
「大体はその様ですわ。最も、極端に浚われてくる時代が違うと、国や文化圏が同じでも言葉は不自由します。そういう人達は、自分に近い人々の群を探すのを諦めて、始めに浚われて来た場所に落ち着くみたいです。こんな世界ですもの、そこで生活するのは、きっと心細いと思いますよ。」
岩崎はそう言った意味では、幸運だったのかも知れない。
偶然にも少なくとも言葉だけは通じる村に拾われたのだから。
「時代が違うと言えば、未来から浚われて来た人はいるのですか?」
岩崎はもう一度、別の角度でタイムワープの可能性を探ってみた。
過去の人間と出会う事は、まだ理性が許せても、こんな状態で未来の人間を出会う事にでもなれば岩崎の混乱は留まる所を知らなくなるだろう。
岩崎の理解力は、仮想現実空間から繋がるこの異世界の存在を受け入れる事だけで限界に達しかけていた。
「私にして見れば貴方がそうですわ。でも私たちはこうした事に慣れていますから、余り驚きません。大体は服装を見れば判る。貴方も私が今まで見たこともない生地で出来た服を着ていた。」
岩崎は我ながら愚問だと思った。
アマンダにとっては岩崎自体が、未来から来た存在に当たる。
岩崎が彼自身の実感として、タイムワープのあるなしの実証をするには、自分が未来から来た者とあって確かめるしかないのだ。
アマンダは困惑しきった岩崎を見て、一つの提案をした。
「貴方は今までの浚われて来た人間とは違うのですね。なんだか様子がちがう。それに、お連れの若者と同じように、何かの目的を持ってここに来た。それなら私よりもっとこの世界の事を良く知っている人物がいますわ。BBマディという盲目のギター弾きなんですが、この街のマザーグースという酒場で会えると思います。あの若者にもそう教えました。」
その提案を受けて岩崎はある事に思い当たった。
それはCUVR・W3接続中は考えた事がなかった切実な問題だった。
経済の問題だった。
「酒場に行くのには金がいる。私には持ち合わせがない。それにこのままでは貴方に対する礼も欠かすことになる。」
「この世界では貨幣はありません。たかが二百人ですもの。必要なのは、物ですわ。それはなんでも構わない。自分で作った物、浚われて来たときに持ち込めた物。人々は自分が必要とする物を手に入れ、必要でない物は分け与える。必要なものが不足すれば共有する、それだけです。そして何も持たない人間は(与えられる権利)がある。」
「まるでユートピアだな。」
岩崎が感心したように言った。
彼のいた世界では十にも満たない子どもが小金欲しさに人を殺したりする。
挙げ句の果てには悪を抑止するための銀甲虫の様な悪まで必要とするのだ。
「、、、ここは、そんな理想郷ではありません。この世界では私たち人間はそうでもしないと生き残れないんです。仲間の数を減らさないこと、それが一番のルール。、、、、この世界で独りぼっちになった事を考えただけで身震いがするわ。」
アマンダは何かを思い出したように暗い顔をした。
「とにかくお金の事は心配しないで、あなた方の事は、狭い町ですもの。もう概に知れ渡っている。新顔は大切にしてくれますよ。」
岩崎は痛み出した左足の膝関節をさすりながら今日の夜にでも、そのBBに会おうと決心した。
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