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第四章 ハートランドのゲーム
53: 飛び込んできた依頼
しおりを挟む奇妙な感覚をなだめるのに忙しい流騎冥が座る隣のスツールに、高価なスーツを着込んだ男がドスンと座った。
ただし、そのド派手な縦の幅広ストライプ柄は、普通の人間のセンスなら大方は選ばないだろうという代物だった。
席は幾つも空いている。
ここは退役軍人達を主な顧客にした酒場件ダイニングだ。
まだ俺の古びた英雄談を聞きたがる間抜けがいるのかと、流騎冥はその男の顔を見た。
豊かな黒髪に大きなウェーブがかかっている。
長い睫毛に肉感的な唇をしているが、それらは肉食獣属性のものだ。
「あんた、あの伝説のブロンズメダルの人かい?」
「どうだろうな、、それを知りたきゃ、俺の襟首を捲ってみりゃいい。」
もちろん、流騎冥にそんな事をさせるつもりはない。
軍にいる時は、ブロンズとスチール保持者は、襟後ろにそれ用の穴の開いた軍服を常に身に着けるのが規則だったが、退役した今は、そんなルールなどクソ喰らえだった。
メダルを見せるのも嫌だったし、見られるのも嫌だった。
襟首を捲くってみろとは、単純に男への挑発の台詞だった。
第一、襟首に隠れている首筋のコネクタの穴は、メロディの作ったケーブルで塞がれていて、それを見たところで、コネクタカバーシャッターの色がブロンズかどうかは判らないのだ。
ちなみに人々が、コネクタカバーシャッターの事を「メダル」と呼ぶのは、その形が円形な事もあるが、表面に刻み込まれた識別バーが、古代コインの模様のように見えるからだ。
「さすがに、軍の英雄は勇ましいな。」と男は余裕を見せて苦笑する。
分厚い唇の間から牙が見えそうだった。
この男にしても、それなりに荒事には自信があるのだろう。
男が身に着けている高級そうなスーツからでも、その身体の肉の厚みが分かった。
沢山の指輪が嵌っている指も太く、関節にタコがあった。
年齢は流騎冥とそれ程離れていないようだ。
そんな二人の様子を暫く見ていたバーテンダーが、男の顔に何か気づいた様で、流騎冥へ首を振りながら、もうやめておけという合図を送って来た。
もちろん、そこまでされれば、流騎冥も馴染みの店で暴れるつもりはなかった。
「で、俺になんのようだ?」
「依頼だよ。あんた、始末屋やってるんだろう?」
確かに流騎冥は始末屋をやっているが、収入源としては彼に対して特別に支払われている退役軍人年金が別にあるし、それ程、ガツガツとした仕事ぶりではない。
大口のクライアントは、先のジェシー・ルー・リノ将軍で、彼からまわってくる仕事も暗黒街に潜り込んだ脱走兵の捜索といった、軍絡みのものが多かった。
流騎冥は、一応、「犯罪」とは縁のないところにいたのだ。
「身なりを見てると、それなりの顔のようだが、おたくみたいなのに頼まれる仕事ってあるのかな?俺は只のしがない始末屋だぜ。」
「あんた、軍では極めて腕の良い狙撃手だったんだろう?」
流騎冥は視線を落とした先のグラスの中に、砂塵の中でもがく昆爬虫類達の断末魔の姿を見る。
鱗模様の甲冑で覆われた長い首を打ち振りながら地響きを立てて倒れ込む昆爬、まるで解けたゼンマイバネの様に、激しく身体を回転させて死んで行く痩せた鰐の様な昆爬、、、。
その大小に関わらず、昆虫と大型爬虫類のハイブリッドの様な姿をした昆爬が死ぬ時には、奇妙な鳴き声を上げる。
その、胸がざわつく様な音も思い出す。
未だに何の気なしに現れる強烈な記憶と光景だ。
何百匹、俺のライフルで殺してやったか、、。
もしかしたら片腕老人の腕を食い千切ったフェアリーだって始末しているかも知れない。
「コロニーの中で昆爬は関係ないし、奴らの侵攻もコロニー周辺の土地からは軍が押し返した。今更、なんだ?。」
「今度の相手は昆爬じゃない。同じ狙撃手だ。名前はスネーク・クロス、あんたも知ってるんだろう?」
スネーク・クロス、両腕に、それぞれ蛇の入れ墨がある軍の伝説上のスパイナーだ。
流騎冥は、両腕を揃え合わせ拳を上に前に突き出し、その腕にある二匹の蛇が絡み合っている様を得意げに見せている若き日のスネーク・クロスの写真を思い出した。
第2期世代と呼ばれる兵士達にとって、スネーク・クロスは憧れの的で、流騎冥もその例外ではなかった。
彼が活躍したのは、まだ昆爬虫類への根本的な対抗策も発見されていない時期で、先住生物である昆爬虫類に対して信仰心のようなものを持つ人間や小規模コロニーが沢山あった。
スパイナーの任務も、対昆爬虫類ではなく人間に対するものが多かった筈だ。
噂では、スネーク・クロスは、自主退役後、裏の仕事に転身したと言われている。
つまり暗殺専門のプロだ。
依頼されて狙った相手は絶対に仕留める凄腕。
そして対抗狙撃の為に放たれた人間が何人も殺されているという噂も聞く。
ちなみにスネーク・クロスは、メダル保持者ではない。
時期的には彼も志願をすればコネクタを取り付ける事が可能性だった筈だから、それを望まなかった彼は、自分の狙撃手としての腕に相当な誇りを抱いていたのだろう。
そして流騎冥の見聞によると、スネーククロスは、コネクタを付けた時の流騎冥と互角か、あるいはそれ以上の能力を持っていたようである。
「、、対抗狙撃は難しい。一撃必殺、先手必勝の世界だからな。それにあんた、裏の世界では、相当顔が利きそうな感じだ。その力を使って、先にスネーク・クロスとやらを取り押さえる方が、利口じゃないのか?」
「そんな事は重々承知だ。それが判った上で、こうやって頭を下げに来てる。どうだ、俺の話を本気で聞いてくれるか?」
依頼を受ければ、それなりの金になるだろう。
だが今は、それ程、金には困っていない。
特異点テクノロジーのガラクタがオマケについてくれば、話は別だが。
それに、受ける立場の対抗狙撃だ、どう考えても分が悪い。
仕事を上手くやりこなせる目処もつかない、こんな話に乗ってどうする。
そう思った流騎冥だったが、スネーク・クロスの名前が妙に引っ掛かっていた。
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